第一話 転生した元英雄は夢を見る
「レナ!おい!レナ!しっかりしろ!」
駆け付けた建物の中、俺は抱き上げた少女の名前を必死に呼ぶ。
俺は英雄と呼ばれていた。
辺境の街で、妹の《アルカナ》の【未来予知】で厄災を予知し、俺は闘気を使った《アーツ》を使いこなし、卓越した剣技と《アルカナ》を使って迫り来る厄災を未然に防ぐ。
それを繰り返す内に、俺は“技巧の剣聖”と呼ばれる英雄になっていた。
なのに、どうしてこんな事になったのか。
俺達は今まで守って来た民達に刃を向けられ、俺の唯一の肉親である最愛の妹は血塗れで倒れている。まだ息はあるが、剣で斬られた傷からの出血が止まらない。間違いなく致命傷だった。
「クソ!なんでこんなことに!?」
「···兄さん」
「っ!?レナ!意識が戻ったのか!」
「兄さん···ごめんね···私···予知出来なくて…」
そこまで言ってレナは、ゲホッゲホッと酷い咳をする。見れば口元を抑えた手には血がベットリと付いていた。
俺は必死にレナへと声を掛ける。
「もう喋るな!お前のせいじゃない!大丈夫だ!直ぐに《回復魔法》を掛けてもらえばそんな傷」
「今の私達に···誰が掛けてくれるの?」
「っ!?」
言葉が出なかった。そもそもレナを斬ったのは街の住人達なのだ。レナを斬った奴は斬り捨てたが、俺達に武器を向けたのは街の住人の過半数だった。
《回復魔法》など掛けてくれるはずがない。
「クソ!」
気を抜くと、街の住人達への怒りで頭が狂いそうになる。
レナが居なければ、今すぐにでも街の住人を皆殺しにしていてもおかしくない。
「兄さん······街の人達···恨まないで···あげて···お願い」
「······」
「街の人達にも···きっと理由が···ある···はず···だから」
「···レナ」
「···兄···さん···ご···めん···ね···」
レナは最後に途切れ途切れにそう呟くと、それから動かなくなった。
俺には理解出来なかった。
裏切られ、恩を仇で返されて尚、レナは街の人達を守ろうとしていた。そんな優しい少女が何故死ななければならないのか。
言いようのない怒りや憎しみが沸々と溢れてくる。
「···ふざけるな」
俺は呪った。
街の人達だけではない。神を、優しい少女が死ななければならない、この理不尽な世界全てを呪った。
その果てしなく膨れ上がる負の感情が、俺の中で何かに変わろうとした時、俺の脳裏に『街の人達を恨まないで』と言ったレナの言葉がよぎる。だが―――
「すまない···レナ、俺には出来そうにない···だから···」
そこまで言うと、俺は自分の胸に剣を突き付ける。
「(俺も直ぐに後を追うよ)」
次の瞬間―――俺は剣を胸に突き刺した。
◇◆◇◆◇◆◇
そこで俺の目を覚ます。
「···最悪の夢だ」
ベッドから身体を起こすと、長い黒髪がひらりと肩にかかる。
更に目線を落とすと、子供の小さな手足が見えて、深くため息をつく。
「···5年も経ったというのにまだこの夢を見るのか···」
そこまで言って、俺はもう一度ため息をつく。
夢の続き、俺は自らの胸に剣を突き刺して確かに死んだ。
そして気が付くと、俺は竜人の女の子――エレノア・ドラグリスとして新たな生を受けていた。
突然の変化して混乱したが、それよりも俺はレナを失った悲しみと街の者達への怒りでおかしくなりそうだった。
今思えば、あの時の身動きが取れない赤子の体は、好都合だったのかも知れない。
しかし、あれから5年の月日が経っても、稀に先程の様な夢を見る事がある。
「···レナ、お前は俺を恨んでいるか?」
そんな言葉が口から漏れる。
理由は分からないが、俺が英雄じゃなければ、あんなことが起こることはなったのではないかと思っている。
前世の俺は両親を亡くし、体の弱いレナを守るためだけに生きてきた。
「レナ、俺達に他の道はあったか?」
例えば俺が英雄じゃなければ、生活は苦しいだろうが、真っ当な生活が出来たのではないか。
そんなことを考えても無駄なことは分かっているが、どうしても考えてしまう。
「レナ、すまない」
俺がそう呟いた直後だった。
ノックの後に部屋の扉が開かれ、外から燕尾服を着た初老に入った一人の執事が入ってくる。
名前はセルバ。
少し細見だが長身で、少し白身を帯びて来た髪はセルバの執事ぜんとした雰囲気に良く似合っていた。
そしてセルバの背中と臀部の少し上あたりには、竜人の象徴たる翼と尻尾が生えている。
これは竜人共通のもので、上位の者になると出し入れが可能になり、中には角や鱗が生えている者もいる。
「エレノア様、朝食の準備が整いましたので、お呼びに参りました」
「分かった、直ぐに行く」
俺がそう返事をすると、セルバに深いため息をつかれる。
「姫様、あなた様は今は亡き“魔王ヴァン・ドラグリス”様の娘なのですよ?」
「知っているが…?」
「でしたら、もう少し姫君らしい言葉遣いを覚えて下さいませ。今の男性の様な言葉遣いでは品位に欠けます」
「······」
ぐうの音も出ない。
今の話を聞いて分かったと思うが、俺は5年前――俺が生まれて直ぐの頃に勇者と相討ちになった竜人の魔王の娘で、つまりは竜人の姫という事になる。
今は人族との抗争から生き残った竜人達と共に、人の寄り付かない深い森の隠れ里で暮らしているところだが、前世の記憶の影響が大きく、中々言葉遣いが直らないでいた。
「まあ言葉遣いは追々直して行くとして、まずは朝食です。今日も《魔法》の練習をなさるのでしょう?」
「勿論。今日は森に行く。あそこなら練習が幾らでも出来る」
「森ですか。里付近の森には確かに強い魔物は見られませんが、居ないという訳ではありません。行くのなら護衛を連れて行くべきかと」
「問題ない。俺の隠密能力の高さは知っているだろ?」
現に俺が本気の――《アルカナ》を使った――時には、里の者では誰も俺を見つける事が出来ない。
セルバもそれを理解しているのか、とやかく言われる事はなかった。(言葉遣いを除いて)
✻ ✻ ✻
世界には三大エネルギーと呼ばれる三つのエネルギーがある。
・一つ目が全ての生命の核である魂のエネルギー――エネス。このエネスを具現化し、個々の能力に変化させたものを《アルカナ》と呼ぶ。
・二つ目がこの世のあらゆる者に宿るエネルギー――魔力。この魔力を使い超常現象を起こしたものを《魔法》と呼ぶ。
・三つ目が生物の生命エネルギー――闘気。この闘気を使い、それを技へと昇華させたものを《アーツ》と呼ぶ。
ちなみに、エネスと闘気は似ている様に思うかも知れないが、エネスは生命の核(魂)のエネルギーであって生命エネルギーとは全く別物だと思って欲しい。
✻ ✻ ✻
朝食の後、俺は予定通り森に来ていた。
理由はもちろん《魔法》の練習のため。
今世の俺は、膨大な魔力を持つ竜の血を引く竜人であり、魔王の娘だ。
そのため魔法が殆ど使えなかった前世と違って、今世では既に5歳とは思えない程の魔力を持っている。
ただ、生まれ変わった影響で、魔力は増えた代わりに鍛え上げた闘気が完全にリセットされてしまった為、メリットだけという訳では決してない。
そんなこんなで森に入ると、早速魔法の練習を開始する。
まずは闘気で『気配察知』を使う。
『気配察知』は闘気を波の様に放ち、その波長の違いで生物の気配を探る《アーツ》だ。
そして生物の気配を捉えると、ほんの僅かな波長の違いから、その中で傷を負っている生物を見つける。
「あっちか」
獲物を見つけると、俺は闘気で身体能力を強化し、一直線に補足した生物の元に向かう。
すると、そこには真新しい怪我が負った一匹の狼を木の陰に身を潜める様に佇んでいた。
ある程度近付くと、狼もこちらに気付いた様で、グルルルッと唸り声を上げて威嚇するが、俺は気にせずに接近し、魔法を発動する。
「“彼の者の傷を癒せ”『ヒール』」
一節の短い詠唱の後、狼が淡い光に包まれ、傷が少しずつ塞がり始める。
そう、《回復魔法》だ。
魔法には属性というものがあり、火・水・風・土・光・闇・雷・氷の全部で八つの属性が存在する。
そして人には八つの属性の内、親和性が高い属性――属性適性がある。
この属性適性に詠唱やイメージ、魔力などの複数の条件が揃うことで、初めて《魔法》は発動する。
ちなみに俺の属性適性は光属性で、《回復魔法》も《光魔法》の一種になる。
前世では《回復魔法》が使えず、俺はレナを失った。今世でも同じ状況が訪れないとも限らない。
「大丈夫だ、もう何も失ったりしない」
俺はそう言い聞かせる様につぶやき、次の練習台を探しだした。