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5、クロノスの仮面

5、クロノスの仮面


オズの魔法使いのドロシーが竜巻にさらわれてオズの国に連れ去られたように、未知はクロノスの魔法で時計の針が文字盤から解放されて踊るように回転した末、生み出された時空に巻き込まれた。

どこかに着いた感覚を得て目を開けると、そこはどこまでも広がる草原だった。砂漠の乾いた黄土色、樹海の深い緑と比べて、今回の明るい緑色は澄んだ空気に漉された太陽の光の柔らかな温もりを感じさせた。

草原の緑を背景に黒装束のクロノスが不可思議なシルエットとなって佇み、前方に見えるこんもり盛り上がった塚を眺めていた。大きな塚だった。よく見ると、下方は石を巧妙に積み上げて作られていた。クロノスがその塚に向かって歩んでいくのに、未知は疑問と好奇心で胸を高鳴らせて従った。

「これは一体何なのですか」

塚にたどり着くと、未知は好奇心をもはや抑えきれずに尋ねた。

「墓、古墳だ。紀元前3200年ごろに作られた」

紀元前3200年というと、今から5千年以上昔ということになる。キリストが生きていた時代よりさらに3千年以上も昔とは、まったく想像もつかない。そんな太古の建造物と時の神クロノスとが、遠い過去へと急流のように遡っていく未知の心の中で結びつき、全身を名状しがたい畏怖で震わせた。

古墳の入り口には、渦巻模様が描かれた巨石が守り神のように置かれていた。クロノスは一瞬振り向いて未知の姿を確認すると、慣れたような身軽な所作で中に入っていった。

謎また謎の連続の中、ためらう余地などなかった。未知にはクロノスの後を追うほかに選択肢がなかった。

建物の中は薄暗く、両側に2メートルほどの石を並べた通路がまっすぐ伸びていた。人一人がやっと通れるほどの狭い通路だが、そこには古代からの古色蒼然たる空気や気配、匂いがみなぎっていて、さらにその闇は何かの訪れを予感して息を殺しているようだった。

クロノスは魔法の棒の先から出る灯りで闇を照らし、通路をためらいなく進んでいった。未知は両側の石の壁が闖入者をはさんで圧迫するのではないかという恐怖と闘いながら、クロノスの後を歩いた。

20メートルほども進んだころ、通路は突き当りの石室の前で終わった。天井がぐっと高くなったそこは、埋葬室だとクロノスが教えた。石を積み上げた丸天井は6メートルほどの高さがあり、雨水を通さない堅牢な作りだった。5千年以上も前にこのような建造物が作られたのは驚異としか言いようがなく、「現在」に凝集した5千年の時をこの場所で体感しているのだと思うと、未知は体の芯から身が慄いた。

凝縮された時が五感や血管から未知の体内に忍び込んで、催眠術をかけるように未知を自在に操るのではないかと危惧した。そして、クロノスは時の支配者の風格を漂わせ、渦巻き模様や幾何学模様が描かれた石の壁の中に溶け込んでいきそうに思えた。

重厚な沈黙の中で息使いさえ聞こえない、人間離れのしたクロノスは、荘重に言葉を発した。

「時計などを持たない古代の人間は、星や月、太陽の動きから時を知った。彼らにとって時間とは、神が司る天界からのメッセージだった。それを彼らは敬虔な心で受け止め、律儀に、従順に読み取った。そして時への賛美を込めて作ったのが、この建物だ。」

最初未知にはクロノスの言葉の意味が分からなかった。確かにここには5千年以上の時が堆積しているが…。と、未知が思案したその時、石室が突然明るくなった。クロノスの魔法の棒の弱弱しい灯りを凌駕する、本物の明かりだった。

まさか、と未知が石室の入り口から通路を覗くと、なんと光がそこを埋め尽くしていた。まるで招かれた客のように、太陽の光が古墳の入り口にある小窓から差し込んで、20メートル近くある通路を通って奥の石室まで入り込んだのだった。

「これは!」未知は息をのみ、絶句した。

「年に一度、冬至の日の朝に太陽の光が通路を通って石室に差し込むように設計されている。」

その説明に、未知はそうした太陽の動きを測って作られた古代の建造物、ストーンヘンジなどのことを思い出したが,それにしてもここまで精密に計算されているのは奇跡のようだった。

クロノスはやはり未知の考えを読み取って言った。

「太陽や月や星といった天の表徴から、彼らは時間というものを教えられた。彼らは時間を尊重し、愛した。だからこそこうした建造物を作ったのだ。」

そう語った人物こそ、時間の神クロノスだった。ここは古墳であるとともに、クロノスを崇め、特別の日に丁重に内部へ招じ入れる神殿でもあるのだと、未知は思った。

その特別な日、たった数分間だけ太陽の光に照らされる石室の中、そこはクロノスが正体を見せるのになんとふさわしい場であることか。

「クロノスを愛するのだ」

その声は見えない翼を得たように、丸天井に響き渡った。

未知は教会音楽のような深い奥行きを持ったそのエコーに軽いめまいを覚えながら、今まさに石壁の中に消えていこうとするクロノスが仮面をとるのを見た。

仮面の下から現れたのは、未知が想像の中で生み出し思い描いた「朝陽の国」のルシアンの顔だった。


(了)



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