刑事ドラマの方が正しいこともある案件。
パーンッ。
静かな店内に響き渡った。
男は背後から背中をうたれ、
苦悶に満ちた顔で振り返った。
そこにはあいつがいた。
名探偵、
いや自称名探偵の藤崎誠が。
「どうした辛気臭い顔をして」
藤崎は太田に言った。
太田は官僚時代の親友で現役内閣府特命担当大臣。
「検挙率がな~」
太田は国家公安委員長も兼務していた。
「大変だよな。
日本国民は刑事ドラマが好きだから」
藤崎は左隣の椅子に座り、バーボンをオーダーした。
「テレビのようにはいかな」
太田はため息をついた。
「そりゃあ、テレビのように1週間程度で片付く事件はまれだろ。
原因は・・・」
「分かっている」
太田は顔をしかめた。
「指揮官の能力と言いたいんだろう」
「分かってるじゃないか。
だったら対処は簡単だろう」
「指揮官を変えろといいたいのか。
でも、お前みたいな優秀なヤツはそういないぞ。
優秀過ぎて上司は使いづらいとよく言っていたな」
太田は皮肉を混ぜて言った。
「でも、能力だけじゃない。
態度もな。
知り合いのお巡りさんが言ってた。
俺たち下っ端は完全にコマだと」
「でもだな」
太田は警察を代表して弁護する。
「警察組織として犯罪に立ち向かうにはある程度しょうがない。
コマとして扱わなければ、犯罪捜査運営はできない」
しらみつぶしに聞き込みをする時など、
コマとして扱わざる得ない。
そうでもしないと漏れがでてしまう。
「だったら完全にコマにすればいい。
将棋か囲碁のように。
そしてAI、人工知能に捜査させればいい。
プロ棋士でも最近はあまり勝てない。
AIの方が作戦能力が上なのはまぎれもない事実だ。
もう中国ではAIによる軍事作戦が当たり前だという。
その作戦速度は人間にかなわないからだ。
だから犯罪捜査にもAIを導入すればいい。
監視カメラの画像識別とセットにすれば検挙率は間違いなく上がるだろう」
太田は首をなんども振る。
「分かっているだろう。
無理なことは。
職人気質の警察官らがAI導入に応じるはずもない」
「でも、これはAI開発に政府が多額の税金を投入できる口実になる。
AI開発が遅れれば世界に取り残されるぞ」
太田は苦い顔をする。
太田としても、この藤崎の案は捨てがたい。
「でも、意外と県警に歓迎されるかもしれないぞ」
藤崎の発言に太田は怪訝な顔をした。
「中央からキャリアが着て、いきなり若造が捜査二課長になるんだ。
AIに指示されるようになっても大して変わらないだろう」
キャリア試験にパスすれば、訓練後、警部として捜査二課長として配属される。
刑事ドラマや小説はキャリアと地元警察官との対立がよく描かれた。
「早く本命の案を出せよ」
太田はすっきりとした藤崎の顔を見て言った。
不満は吐き出せたようだ。
「だから上司に嫌われるんだ」
太田は藤崎のことはお見通しだった。
だから太田は藤崎と親友でいられるのだ。
「刑事ドラマにも真実がある」
藤崎は真剣な顔で言った。
「刑事ドラマに?」
「ああ、犯人を追い詰める」
藤崎は遠い目をして言った。
数ヶ月後のことだった。
一人の警察官が河原で、腰を落とし
制帽をわきに抱え、
両手を合わせていた。
目をつむりずっと。
でも、今日は涙を流していなかった。
ここへ来るのは2度目だった。
ちょうど2か月前だった。
その時はまだ花も飾られていず、
遺体の形のテープが生々しかった。
テープは小さく、被害者の母親と思われる女性は泣き続けていた。
通り魔殺人が起こった二日後、
鑑識作業はすべて終了していた。
彼は戸惑った。
初めてだった。
殺人現場にはいることが。
普通なら現場に入ることは許されなかった。
刑事にあこがれていたが、いまだ交番のお巡りさん。
彼は遺族の悲しみに涙を溢すのを我慢した。
彼は被害者の無念さに奥歯を?み締めた。
彼は犯人への憎しみで手を震わせた。
それから彼は自分の担当地区の聞き込みを聞き込みに赴いた。
だが、現場に訪れた警察官は彼だけではなかった。
捜査会議に出席した警察官や現場周辺の警察官すべてだった。
捜査指揮を取った警察本部長の指示だった。
「被害者とその家族の無念と悲しみを心に刻み込め」
彼は今日犯人逮捕の報告に来た。
逮捕のきっかけは彼の職質だった。
午後4時過ぎ、普段なら職質をかけなかったスーツ姿のサラリーマン。
あの現場に行ったからこそだった。
もしかしたら、と。
サラリーマンは激しく動揺した。
まさかこの格好で職質されるとは思わなかったようで。
あまりの不振さに交番への同行を求めた。
ただ、覚醒剤の保持だろうと。
しかし、持ち物検査をすると、
サラリーマンは簡単に口を割ったのだった。
彼は静かに手を合わせた。
彼は手柄を誇ろうとしなかった。
容疑者を確保した時も。
彼の心には刻み込まれていた。
泣き叫ぶ母親の姿が。
そして、犯人を逮捕しても、幼子は生き返らないことを。