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第九十九話 黄昏の塔と孤高の勇者⑤

所変わって、現実世界。

それは、久遠リノアが美羅の器に選ばれた頃の話である。

少年は、幼なじみであり、同じクラスのリノアと絶交中で、目を合わせれば、悪態を吐いて顔を逸らしていた。


「リノアの顔なんて、もう見たくない! どっか行けよ!」


そんな状況が続いたある日、少年の口から勢いに任せたような、酷い言葉が()いて出た。

明らかな拒絶の言葉に、リノアは顔色を変える。


「うん、どっか行くね」

「なっ?」


教科書を開いたリノアは(くら)い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて言う。

予想外な反応に、振り向いた少年は呆けた表情を浮かべた。


「私は、美羅様の器。私は、この世界の救世の女神」


リノアの透き通るような小さな声が、流れるように口ずさむ。

それは触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。


「私は、美羅様の器に選ばれた。だから、もう『私』としては、あなたに会うことはない」

「ーーっ」


決定的な言葉に、少年は明確に表情を波立たせた。

リノアが発した意味深な発言。

その理由を慎重に見定めて、少年は怪訝そうに尋ねる。


「な、何言っているんだよ?」

「望くん、愛梨さん。早く、美羅様を受け入れて。そして、私に賢様の願いを叶えさせて」


それはまるで、祈りを捧げるような懇願だった。

リノアのその言葉は、今までのどの言葉よりも少年の心に突き刺さった。

少年の表情が硬く強ばったことに気づいたリノアは、少し困ったようにはにかんでみせる。


「私は、明日から美羅様に生まれ変わるの」

「生まれ変わる?」

「うん。だから、明日から、あなたに会うことはない」


少年の疑問に、リノアは胸のつかえが取れたように微笑む。


「ねえ、勇太くんは何か望みはある? 私の望みは、美羅様になることなの」

「望み……?」


賢が求めた理想を体現しようとするリノアの姿が、柏原(かしわはら)勇太(ゆうた)の心の琴線に触れる。


「勇太くんは確か、ソロで『創世のアクリア』をしているんだよね」

「ああ」


リノアはとっておきの腹案を披露するように、勇太を見つめた。


「ねえ、『レギオン』に入らない? 勇太くんの望みが叶うよ」

「入らない。っていうか、絶交中なのに、何で普通に話しかけてくるんだよ」

「私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの」


リノアの意外な誘いに、勇太は彼女の真意を測ろうとするが、それは今後の展開でおのずと判明するだろうと思い直した。

それはーー救いと呼ぶには、あまりにも残酷な選択だったかもしれない。

この時、差しのべられたのは、希望か、絶望か。

今でも、それは彼には分からない。

だが、これが、彼が『レギオン』について探るきっかけにーー

そして、望達と関わることになる前触れへと繋がるのだった。






リノアが、勇太に別れを告げた翌日ーー。

賢はドアのセキュリティを解除して、『レギオン』のギルドマスターが控えている部屋に入る。

そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。

ディスプレイや小型の機械は、中央の玉座と隣に設置された台座へと繋がっている。


「美羅様。今から、美羅様と久遠リノアの『同化の儀式』を執り行います」


片膝をついた賢からの報告に、美羅は何も答えない。

賢は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。


「美羅様、お喜び下さい。この儀式を終えれば、美羅様は現実世界でも顕現することができます」


賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

物々しい機材やモニターに繋がれている玉座。

そこで今も眠った表情のまま、美羅は座っていた。


「美羅様……」


その隣の台座に座ったリノアは、緊張した面持ちで事の成り行きを見守っている。


「大丈夫だ」

「そうよ、リノア」


少女の両親は申し合わせたように、調度を蹴散らすようにしてリノアのそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。


「……お父さん、お母さん。私、本当に女神様に生まれ変われるの?」


『レギオン』のギルドメンバーであり、この施設の研究員でもある両親の言葉に、リノアが率直に疑問を抱いて小首を傾げる。


「ああ。リノアなら、女神様の意思を引き継げる」

「賢様が、あなたの願いを叶えてくれるから」

「うん。でも……」


力強い両親の声に、リノアの心は大きく揺さぶられた。


「……勇太くんと仲直りできなかったのが、心残りだったな」


今にも壊れてしまいそうな繊細な声が、言葉を紡ぐ。


「賢様。美羅様の久遠リノアへの同化、いつでも可能です」


モニターのついた機材を操作して告げるのは、『レギオン』のギルドメンバーの一人だった。


「ついに、この時が来たか」


ギルドメンバーからの報告に、賢は嗜虐的に笑みを浮かべる。


『生成!』

「ーーっ」


賢の合図とともに、リノアの身体が大きく跳ねた。

美羅の身体が赤く光り、リノアの身体から力が抜けるような感覚が(ほとばし)る。

美羅の姿が溶けるように消え、光の粒子になってリノアの中に吸い込まれていく。


「…………」


電子音が止まり、儀式を終えた後、リノアの瞳には光もなく、表情も虚ろだった。


「リノア!」

「もう、彼女は美羅様だ」


リノアの両親の叫びを即座に否定すると、賢はリノアの身体を玉座に移動させる。


「さあ、美羅様。どうか私達に再び、ご加護をお授け下さい」


賢は祈りを捧げて、美羅が宿ったリノアを神聖化する。

まるでそれは一度、何かしらの事情で引き離された主君に再度、忠誠を誓う聖なる儀式のようでもあったーー。

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