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第七十六話 太陽の祠②

「アクアスライム!」


隼の指示に、アクアスライムは今度は愛梨へと姿を変える。

そして、隼はナイフを取り出し、構えた。


「蜜風望、そして椎音愛梨。美羅様の完全な覚醒のために、おまえ達を頂く」

「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」


隼の誘いを、花音は(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。


「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。他のギルドに渡すわけにはいかない」

「愛梨を守ることが僕の役目だ」


強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。


「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」

「そんなことさせるかよ!」


プラネットと徹も、隼の申し出を拒む。

望はそんな有達に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。


「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」

「ならば、無理やりにでも協力してもらおう」


望達の否定的な意見を、隼は予測していたように作業じみたため息を吐く。


「望くんと愛梨ちゃんに手出しはさせないよ!」


咄嗟に花音は、隼へと鞭を振るおうとしたが、予期しない人物に行く手を阻まれた。

それは、愛梨の偽物。

彼女は隼を守るように、両手を広げて立っていた。


「花音、やめて」

「ーーっ! 愛梨ちゃん!」


鞭を振り下ろそうとしていた花音は、慌てて急制動をかける。


「こざかしい真似を」


奏良は苛立たしげに銃を取り出し、銃口を偽物の愛梨に向けた。


「……奏良くん」

「ーーっ」


だが、悲しみに包まれた偽物の愛梨の表情が、奏良の動揺に拍車をかける。

愛梨の偽物。

その事実が分かっていても、奏良は一向に引き金を引けなかった。


「有様。この空間は、『カーラ』のギルドホームに向かっているみたいです。予定どおりに、事が運んでいるのは敵も同じということですね」

「その通りだ、プラネットよ。しかし、『カーラ』の思惑どおりに、事が進んでいるのは(しゃく)だな」


プラネットが口にした言葉に、戦局を見据えた有は不満そうに同意する。


「愛梨に姿を変えるなんて厄介だな」


アクアスライムが愛梨に姿を変えた事情を察して、徹は忌々しそうに表情を歪めた。


「どうしたらーー」


望がそうつぶやきかけた瞬間だった。

望の想いに応えるように、蒼の剣からまばゆい光が収束する。


「これは……!」


望が剣を掲げた途端、蒼の剣による、水の魔術の付与効果が発動した。

蒼の剣から溢れ出した、水の魔術の奔流が空間を席巻する。


「ーーっ」


突如、立ち上った水流に、偽物の愛梨の動きが止まり、やがて苦しそうな表情を浮かべた。

偽物の愛梨の姿が少しずつ変化していき、元のアクアスライムの姿へと戻る。

どうやら、蒼の剣には、変幻を元に戻す効果があるようだ。


「まさか、アクアスライムの変幻を解くとはな。恐れ入った」

「ーーっ!」


隼の鋭い視線が、望を射貫くと同時に二本のナイフが放たれる。

弾丸のような速度で迫ってきたその攻撃を前にして、望は軌道を捉え、蒼の剣で全てのナイフを弾いた。


「蜜風望。特殊スキルを使わずとも、手強い相手のようだな」


隼は不愉快そうに、懐から新たなナイフを取り出した。


望達と隼達。

『カーラ』のギルドホームに赴くという目的は、互いに同じだった。

だが、その意味合いはまるで違う。

望達は、クエストを破棄させるためにーー。

そして、隼達は望達を捕らえて、美羅の真なる覚醒を促すためにーー。


交錯する視線。

それぞれの武器を構えた望達と隼達が対峙する。

隠しようもない戦意と敵意。

痛いような膠着状態はーー


「ーーっ」


望達のいる空間が、どこかに降り立ったことで霧散した。


「さて、『カーラ』のギルドホームに着いたようだ」

「……っ」


蒼の剣を構えた望を見据えて、隼が冷たく言い放つ。

その言葉を合図に、大人数の『カーラ』のギルドメンバー達が次々とこの空間に現れた。

全員が白いフードを身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。


「蜜風望、一緒にかなめ様のもとに来てもらおう」

「くっ……」


無感情な隼の声が、望達の耳朶(じだ)に否応なく突き刺さったのだった。






「望くん、大丈夫だよね」


花音は途方にくれたようにつぶやくと、牢屋の外をじっと眺める。

既に、望達が囚われてから一時間が過ぎていた。

牢屋の窓から射し込む日差しは、普段より眩しく思えた。


「うーん。窓から出られそうだよ」


背伸びをした影響で、花音の赤みがかかった長い髪が大きく揺れる。


「ねえ、奏良くんの風の魔術で飛んでいったら、外に出られないかな?」

「……ふん」


花音が率直な疑問を述べると、奏良は不満そうに目を逸らした。


「それで何とかなるのなら、苦労していない。そもそも、この牢屋には結界が張られていて、外に出ることはできないんだ」

「もう、奏良くん! 愛梨ちゃんのために、脱出、頑張ろうよ!」

「……花音。何故、そこで愛梨の名前を出すんだ?」


花音のどこか確かめるような物言いに、奏良は不快そうに顔を歪める。


「ここまでは、予定どおりだ。このまま、紘の指示どおりに動くしかないな」

「徹様、電磁波の発信源の特定、お任せ下さい」


徹の方針に、プラネットは誇らしげに恭しく頭を下げる。

プラネットは、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。

ニコット達が出している電磁波の発信源を特定することで、望の居場所が分かるかもしれない、と考えたのだ。


「心配するな、妹よ。望なら、大丈夫だろう。正直、椎音紘の思い通りに、事が進むのは釈然としないが、望達を守るためだ」

「……うん」


有の気遣いを聞いても、花音の表情には明白な悄然と焦燥が滲んだままだった。

発信源を特定するまでは、花音達は何もできない。

なす術もなく、ただ過ぎていく時間を甘受することは実に辛い。

ましてや、それが囚われの身であるならば、尚更に焦燥感だけが募る。


「望くん、大丈夫だよね……」


花音の訴えに、望の返事は返ってこない。

牢屋の周りは、どこまでも静謐さだけが漂っていた。

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