表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/559

第ニ話 憧憬②

ダンジョンは細い通路が緩やかに延びており、両脇の燭台が周囲を薄く照らしていた。


「ふむ。この先の隠し通路に例の素材があるのか。しかし、そこには、このダンジョンのボスがいる、と」


有はインターフェースを使い、目の前に表示されているダンジョンマップに沿って歩いていく。

周囲に視線を巡らせていた花音は、興味津々の様子で望のもとを訪れると甘く涼やかな声で訊いた。


「望くん。さっきの人って、望くんの知り合い?」

「いや、知らない」

「じゃあ、望くんのファンだねー」


望の答えに、花音はあまり冗談には思えない顔で言って控えめに笑う。

そこで、有が核心に迫る疑問を口にした。


「何だ? 望、椎音(しいね)(ひろ)と知り合いじゃなかったのか?」

「……椎音紘? もしかしてあいつが、あの『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスターなのか!」


望の驚愕に応えるように、有は物憂げな表情で腕を組んだ。


「ああ。『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスター、椎音紘。『創世のアクリア』のユーザー達の中でも三人しかいないと言われている特殊スキルの使い手だ」

「俺と同じ特殊スキルの使い手……」


望の問いかけに真剣な口調で答えて、有はまっすぐダンジョン内を見つめる。

椎音紘。

どんな状況からも決して負けない高位ギルドのマスター。

多くのプレイヤー達が、羨望の眼差しで見つめた最強不敗のプレイヤーだ。

また、『アルティメット・ハーヴェスト』は『創世のアクリア』で名を馳せる高位ギルドの一つで、マスターである紘をはじめ、メンバー達も実力者揃いだった。


「そんな感じには見えなかったな」

「そうだね」


望が咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は元気づけるように望を見上げた。


「ーーって、わっ! お兄ちゃん、望くん、モンスターが出たよ!」


望達が奥に進んでいくと、三体のスライムタイプのモンスターが待ち構えていた。

花音が怯えたように、有の背後に隠れる。

モンスターの頭上にはHPを示す、青色のゲージが浮いている。

丸くて愛嬌のある顔立ち、グミのような柔らかくて弾力のある質感でありながら、彼らの攻撃方法である体当たりは、ゲームを始めたばかりのプレイヤーには脅威だ。

だが、熟練のプレイヤーである望達は、初心者用のダンジョンに出てくるモンスターに後れは取らない。


「お兄ちゃん、どうしよう? モンスターが襲ってきたよ!」

「初期ステータスのポイントを、素早さに全振りしているから大丈夫だ。妹よ、モンスターの背後に回るぞ!」

「うん!」


会話の内容と呼応するように、前衛の望をブラインドして近づいていた有と花音が、それぞれの武器を構えた状態でモンスターの死角から現れる。

有の杖と花音の鞭。

有と花音の連携攻撃に気を逸らされたモンスター達は、急接近してきた望の剣戟に切り刻まれて、あっさりと地に伏せた。


「有、隠し通路まではどのくらいだ?」

「あと少しだな」

「わーい! お兄ちゃん、望くん、大勝利!」


望が、有と顔を見合わせてそう言い合うと、花音は嬉しそうに二人にしがみつく。

そして、一旦、離れると、両手を広げてその場をぴょんぴょんと跳ねる。

望達がしばらく歩いていると、淡い青色の壁のパネルの一つが不自然に光っている箇所があった。


「ここが隠し通路だ」


有がパネルに触れると、地響きとともに壁の一角が開いた。

中に入ると、周囲の光景が変化する。

淡い青色の壁は、周囲に眩しく照らす黄金色に変わっていた。

金色に輝く部屋は豪華絢爛で、まるで宝物庫のようだった。


「あれ? お兄ちゃん、望くん、あそこに誰か倒れているよ!」


花音が手に持った鞭で指し示す。

部屋の中央には、一人の少女が背中を丸めて寝ていた。


「おい、大丈夫か?」


望が駆け寄っても、少女はぐったりとして動かない。


この部屋には、ダンジョンのボスがいるはずだ。

だが、肝心のボスの姿が見当たらない。

もしかしたら、この子が先にボスに倒してしまったかもしれないな。


「ーーっ」


そう思ってその少女に触れた瞬間ーー望は呼吸すら忘れたように少女に見入ってしまった。

腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪。

病的なまでに白い肌。

穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。

まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。

彼女を見ていると、まるで意識が吸い込まれそうになる。

なのに何故か、この少女から目を離すことができない。

望は次第に、まるで自分がこの少女であるような錯覚に陥っていった。


「ねえ、望くん。この子、大丈夫かな?」

「ーーっ!」


気づかうように顔を覗き込んできた花音を見て、望はようやく現実に焦点を結ぶ。


「ーーあ、ああ、そうだな」

「の、望くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


頭を押さえる望を見て、花音は不安そうに顔を青ざめる。


「望、花音、目的の素材は採取できた。ボスもいないようだし、ギルドに戻るぞ」

「お兄ちゃん、望くんとこの子の体調、大丈夫かな?」

「とにかく、ギルドに戻るしかーー」


有が、花音の戸惑いに答えようとしたその時ーー。


鋭く重い音が響き、血飛沫を散らしながら、有の身体が吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  なるほど、人知れずトッププレイヤーとのすれ違いだったとキャッキャして間髪入れずトラブルに見舞われる訳ですね。  兄妹の共同作業は典型的な萌えですけど、私はそんな萌えが大好きです。  燥…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ