第8話 ~新人(New face from satellite ; "Y.E.S-55")~
『F-Resh!』が人類の天敵・『デス』であった、という事実を書き記した報告書を、殉義は『連続猟奇殺人事件対策班』の最高責任者であるサキバサラ警察署署長・茂原八積に提出していた。
「この街で絶大な人気を誇るアイドルグループ・ヒルーダを構成しているユニットのひとつ『F-Resh!』のメンバーが、紅正義前サキバサラ首長同様、人間を食べて生きる怪物・『デス』であった、ということは由々しき事態であります。もしかしたら、ヒルーダの他のユニットのメンバーも、いや、ヒルーダのトップメンバーは全員『デス』ではないかと思われます。この街で行われた連続猟奇殺人事件の犯人が『デス』であることは間違いないでしょう。……署長。これを機に『デス』の全貌を明らかにするべく、ヒルーダの事務所を徹底的に捜査したいのですが」
しかし、八積は渋い表情を浮かべて殉義の提案を拒絶した。
「藤原。お前、なに寝ぼけたことを言ってるんだ。この報告書に添付されている『デス』とかいう化け物とその正体とされる人間の写真だけで、その人間が『デス』であると断定することはできん。その人間が『デス』に変化しつつある状態、あるいは『デス』から人間に変化しつつある状態の写真があれば信じてやってもいいがな。……確かに、紅正義はお前の言う『デス』という化け物だった。革命党本部で党員を虐殺したのは奴のしわざだろう。だが、『F-Resh!』をはじめヒルーダのトップメンバーが全員『デス』であると断定するには証拠が足りなすぎるし、連続猟奇殺人事件がすべて『デス』のしわざであるということもまだ断定はできん。……だいいち、『デス』とはいったい何者なのだ? その肝心な部分が明らかになっていないのに、お前の勝手な憶測だけで事を進めていってもらっては困るな」
八積はそう言うと、殉義の提出した報告書をポイと突き返した。
悔しさのあまり、殉義は両の拳を固く握り締め、奥歯をぐっと噛みしめていた。
その頃、烈人は東西博士と一緒に、ブレイゾンのための新しいメモリカードの開発に取り組もうとしていた。
「博士。狼虎が空を飛べるのにブレイゾンは空を飛べない、っていうのはあんまりじゃないですか」
烈人の突っ込みに対し、東西博士は静かに答えた。
「ブレイゾンは地上での格闘戦に特化し、攻撃力と防御力の高さを重視したイクサバイバーじゃ。一方、狼虎はパンチ力やキック力といった格闘戦能力を抑えた代わりに機動力を強化しておる。……烈人君。ブレイゾンはブレイゾン、狼虎は狼虎じゃ。ブレイゾンに狼虎の代わりはできん。逆もまたしかりじゃ。ブレイゾンの持つ格闘戦能力をさらに強化するメモリカードを開発することこそ、強さを増していく『デス』に対抗するために烈人君がやるべきことじゃと思うが、どうかね?」
「……わかりました。博士」
烈人は素直にそう答えると、すかさず、自分のアイデアを東西博士に提案した。
「実は、こんなメモリカードがあったらいいな、という案をひとつ持っているんですが、そのメモリカードの開発に手を貸していただけませんか?」
東西博士は笑顔でうなずいた。
「烈人君の方から『ブレイゾンをパワーアップしたい』と言ってくるとはうれしい限りじゃ。全面的に協力させてもらうよ」
そして博士と烈人は研究室に入り、新メモリカードの開発を開始した。
サキバサラ随一の大富豪、三輪明輝良がオーナーであるサキバサラセントラルビルディングの90階には、ヒルーダの事務所が置かれていた。
ヒルーダのチーフプロデューサーである下里太地は、頭を抱えながら落ち着かない様子で事務所の中を歩き回っていた。
「なんてことだ! ましろに続いて香住と美祢もイクサバイバーに倒された。……南西エリアを担当していた『F-Resh!』が失われた今、我々はどうすればいいのだろうか……?」
そこへ、三人の少女たちがドアを開けてヒルーダ事務所内に入ってきた。
「誰だ! お前たちは!? ノックもせずに入ってくるとは失礼じゃないか!!」
太地は半分怒りの混じった口調で三人に問いかけた。
麦わら帽子に丸メガネの、長い黒髪の少女が最初に口を開いた。
「ノックでしたら先ほどから何回もしましたけど」
「なのに下里さんってばボクたちのことに全然気づいてくれなかったじゃないっすか」
茶髪の背の高い女性がすぐさま言葉をつなげる。
最後に、赤い髪の少女が太地に言い放った。
「ま、うちら、今日からトップメンバーに昇格したんだけどさ。……ま、トップメンバーのユニットをひとつイクサバイバーに潰されたんだから、うちらのトップメンバー昇格の話は聞いてないかもしんないんだけどさ。でもさ、ま、チーフプロデューサーだったら、メンバーの入れ替えくらいきちんと把握してほしいんだけどさ」
事務所に入ってきた少女たちの言葉に、太地はハッとさせられた。
そう。今日、サテライトから三人、トップメンバーに昇格するのだった。太地はそのことを完全に忘れていたのである。
そこへ、白いドレスに身を包んだ舞子が事務所の奥から現れて、メンバーの入れ替えを忘れていたチーフプロデューサーの代わりに笑顔で三人の新人を迎え入れた。
「トップメンバー昇格おめでとう。久々野渚」
舞子は赤い髪の少女に向かって歓迎の意を表した。
「トップメンバー昇格おめでとう。栃原佐奈」
舞子は茶髪の背の高い女性に向かって歓迎の意を表した。
「トップメンバー昇格おめでとう。切石かなえ」
舞子は麦わら帽子に丸メガネの長い黒髪の少女に向かって歓迎の意を表した。
渚、佐奈、かなえの三人は同時に
「ありがとうございます。マジェスティ」
と返礼をした。
ここで佐奈はほっと一息つくべく、胸ポケットからメントールのタバコを取り出し、それに火をつけようとした。
そのとき、舞子は厳しい声で佐奈に声をかけた。
「佐奈。あなたもトップメンバーになったのだったら覚えておきなさい。私はタバコの煙が大嫌いなの。私の半径10メートル以内は禁煙です」
だが、佐奈は『女帝』である舞子に口答えした。
「……でも、ボクは22歳だし、吸殻はボクがいつも持ってる携帯用の灰皿に捨てます。ここには『禁煙』の表示もされてないし、別にタバコの1本や2本、どーだっていいじゃないっすか?」
「……佐奈」
舞子は再び佐奈の名前を呼んだ。
佐奈が舞子の方に顔を向けたその瞬間、舞子の視線が佐奈の瞳から心の奥底へと静かに飛び込んでいった。
佐奈は舞子の瞳に魅入られたかのように、一瞬動きが止まった。
(「えっ……!?」)
そんな佐奈に向かって、舞子の声が甘く優しく響く。
「未成年者の喫煙は法律違反ですしヒルーダの掟にそむく行為ですが、佐奈は22歳。タバコを吸うこと自体については私は何も文句は言いません。しかし、ヒルーダの一員であることを忘れることなく、人前での喫煙は控えなさい。それから、私の半径10メートル以内は、いかなる事情があろうとも禁煙です。……わかりましたか? 佐奈」
舞子は佐奈に向かってそう言うと、妖しげな笑顔を見せた。
佐奈は、今度は舞子の言葉に素直に従った。
「はい。わかりました。マジェスティ。どうもすみませんでした」
佐奈はタバコとライターを胸ポケットにしまいこむと、舞子に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「それはそうと……」
太地が新しくトップメンバーとなった三人に向かって声をかけた。
「お前たちのユニット名と中心となる活動エリアを決めなければならないな」
「ま、そのことなら決定済みだけどさ」
渚は太地に向かってあっさりと言いのけた。
「ユニット名は『Y.E.S-55』。主な活動エリアは……ま、北東エリアに決めたんだけどさ」
「ちょっと待て」
太地が渚に向かって言った。
「ユニット名『Y.E.S-55』は認めよう。しかし、北東エリアには能登川稲枝と香芝志都美のユニット『スタースプラッシュ』がいる。お前たちは『F-Resh!』の抜けた南西エリアを中心に活動してほしい」
「え~っ!!」
渚は不快感をあらわにした。
「うちらが肢体だけを売りにしてきた三流グラドルの後がまになるの~っ?? ま、そんなのやってらんないんだけどさ」
しかし、太地はきっぱりと言い放った。
「これは命令だ。逆らうことは許さん」
ここで、今まで沈黙を続けていたかなえが太地と渚の話に割って入ってきた。
「待って下さい。私たちが主な活動エリアとして北東エリアを選んだのには理由があります」
かなえはそう言うと、持参した大きな肩掛けかばんから資料の入ったファイルを取り出し、あらかじめ付せんをつけていたページを開き、太地に向かって説明を始めた。
「これはヒルーダの各ユニットの支持度を毎週調査したものをグラフ化したものです。……『F-Resh!』、『スタースプラッシュ』、『Maximum Heart』、『マリンブロッサム』、そしてヒルーダ全体の支持度、以上5つの項目がグラフになっています。『F-Resh!』については、支持度が低い時期もありましたけど、DVDや写真集を出し、それにともなってイベントを行うことで、支持度をぐっと上げています。『マリンブロッサム』と『Maximum Heart』については、多少のぶれはありますが安定して高い支持を受け続けています。しかし、『スタースプラッシュ』については、ここ数ヶ月、右肩下がりの状況がずっと続いています。にもかかわらず、人気回復のための打開策はなんら講じられていません。そしてそれはヒルーダ全体の支持度に大きな影響を与えています。……つまり、『スタースプラッシュ』が他のユニットの足を引っ張っているというわけなのです」
太地はかなえの渡した資料をじっくりと読んでいた。
そして数分後、太地は『Y.E.S-55』の三人に向かって問いかけた。
「お前たちが北東エリアで活動すれば、『スタースプラッシュ』以上の活躍ができる、ということなのだな?」
「ま、そんなことさっきからずっと言ってるつもりなんだけどさ」
渚はすかさずそう返事をした。
舞子は太地と『Y.E.S-55』とのやり取りを一歩引いた位置から見つめていたが、おもむろに太地のところに近づくと、「下里さん。その資料、私にも見せてもらえるかしら?」と言った。
舞子は太地が渡した資料をじっくりと読んだ。
そして数分後、舞子は顔を上げると、太地に対して「『スタースプラッシュ』の二人をここに呼んで下さい」と指示を出した。
しばらくして、『スタースプラッシュ』の稲枝と志都美が事務所に姿を現した。
舞子はかなえが作った資料を稲枝と志都美に見せつつ、
「このままの状況が続くようでしたら、あなたたちをサテライトに降格させなければならなくなります」
と言った。
そして舞子は、『スタースプラッシュ』の主な活動エリアである北東エリアで活動をしたいと言っている新しいトップメンバー、『Y.E.S-55』の三人を稲枝と志都美に紹介した。
次の瞬間、稲枝と志都美は明らかな敵意を表情に表しつつ、『Y.E.S-55』の三人に食ってかかった。
「北東エリアはずっと前から私と志都美が活動してきたエリア。サテライトから上がってきたばかりのあんたたちなんかに譲る気はないわ」
「それに、あなたたちが作った資料、私たちを陥れるためにデータを捏造してるんじゃなくて!? ……現に、私たちのライヴはいつも満員なのよ」
先輩たちの口撃に対して、かなえが反撃の言葉を発した。
「先輩方のライヴはいつも『満員』なのですか。……付き人をしているサテライトの研修生を使ってサクラを集めれば、確かに会場は『満員』になりますよね。でも、いつもライヴに来て下さるファンの方は、いったいどのくらいいらっしゃるのでしょうか。先輩方がお名前を存じ上げているファンの方は、いったいどのくらいいらっしゃるのでしょうか。……いつも先輩方のことを応援して下さっているコアなファンの方は、いったいどのくらいいらっしゃるのでしょうか?」
「……昨日今日サテライトから上がってきたばかりの小娘に、私たちの何がわかるって言うのよ!!?」
かなえの今の発言に激しい怒りを覚えた稲枝は心を暗い闇で包み込み、かなえに殴りかかろうとした。
それを、志都美は稲枝の後ろから稲枝を羽交い絞めにするかのようにして必死に押さえた。
「稲枝。ここであの子に手を上げたところで何の得にもならないわ。それにマジェスティや下里さんの目の前なんだよ。下手なことをしたらサテライトに降格……サテライト降格ならまだマシ。それ以上の罰を受けるかもしれないわよ。悔しいかもしれないけど今はこらえて」
稲枝は悔しそうに奥歯をぐっと噛み締め、両の拳を固く握り締めて自分の足元に視線を送った。
志都美は『Y.E.S-55』の三人に向かって、改めて問いただした。
「あなたたちが北東エリアで活動すれば、私たちを超える人気を得られる、っていう自信があるの!?」
渚はすかさず言い返した。
「ま、あんたたちよりはマシになると思うんだけどさ」
「あなたたちのその自信、トップメンバーに上がれたうれしさからくる『うぬぼれ』でなければいいけれどね」
志都美は渚に向かってそう言い返すと、その場にいるすべての面々――舞子、太地、渚、佐奈、かなえ、そして稲枝に向かって、ひとつの提案をした。
「北東エリアの二ヶ所で同時に、『スタースプラッシュ』と『Y.E.S-55』のライヴを行いましょう。そのライヴにおいて観客動員数の多かったユニットが北東エリアを担当する、ってのはどうかしら? ……もちろんですが『サクラ』を使うのは禁止ですからね」
「ま、そんなの、やる前からうちらの勝ちは見えてるんだけどさ、先輩方がどーしても、って言うんだったら、ま、受けて立つしかないんだけどさ」
渚はそう言って、志都美の提案を受け入れた。
だがそこに、チーフプロデューサーである太地の待ったが入った。
「お前たちは同じヒルーダの一員だ。ヒルーダ同士でファンの奪い合いをしてどうする!」
しかし、稲枝と渚は太地のこの言葉に激しく反発した。
「下里さんはいつもおっしゃってるじゃないですか。サキバサラは私たちの戦場だ、って。そして生存競争に生き残れなかった者は敗者として消え去っていくしかない、って。このライヴ対決は、私たちにとっては後輩たちとの真剣勝負。ここで後輩たちに負けるようなことがあったら、『スタースプラッシュ』はそこまでの存在でしかない。もし私たち『スタースプラッシュ』が『Y.E.S-55』に負けたなら、私はヒルーダを辞めて芸能界から引退する。それだけの覚悟を持って私はこの勝負に挑む。だけど私は、いや、私と志都美……『スタースプラッシュ』は、トップメンバーに上がってきたばかりの『Y.E.S-55』には決して負けない!!」
「ま、やるとなったら先輩も後輩も関係ない。強い奴が勝つ、ただそれだけなんだけどさ」
太地は不安そうに舞子の顔を見つめた。
舞子は満足げな表情をしていた。
「稲枝、志都美、渚、佐奈、かなえ、とことんおやりなさい。この世界は強い者しか生き残れません。……生き残りをかけて、精一杯戦いなさい」
舞子は『スタースプラッシュ』の二人と『Y.E.S-55』の三人に向かって、激励するかのように声をかけた。
そして舞子は窓の向こうに広がる景色を静かに眺めるのだった。
(「ヒルーダ内部で今回のようなユニット間の競争が行われるのって、ずいぶん久しぶりのことだわ。ユニット間の競争がなければ自分たちの向上はありえません。だからこれはいい傾向です。……思い切り戦いなさい。そして私たちにとって邪魔な存在であるイクサバイバーを倒すことができるほどの強さを身につけるのです」)
『スタースプラッシュ』と『Y.E.S-55』が北東エリアでの活動権をかけて同時に別の場所でライヴを行う、という情報はあっという間にサキバサラ全域に伝えられ、人々はどちらが勝つのだろうかという興味を抱いていた。
ひとみも「どっちのライヴに行こうかなぁ」と頭を抱えて悩んでいた。
「なんで同じ時間に別の場所でライヴやるんだろうな。合同でライヴをやればいいのに」
その問いかけに対して、コーヒーを飲みながら休憩していた烈人が答えた。
「俺は詳しいことはよくわからないんだけどさ、これっていわゆる『世代闘争』じゃないのかな」
「世代闘争??」
「以前から北東エリアを担当していた『スタースプラッシュ』に、新人の『Y.E.S-55』が挑戦する。……普通なら、『Y.E.S-55』は『F-Resh!』のいなくなった南西エリアに回されるはずだ。だけど、『Y.E.S-55』は『スタースプラッシュ』がいるというのを知りつつも、あえて北東エリアでの活動を選んだ。これは明らかに世代闘争、先輩と後輩との対決だよ。……さて。俺は新しいメモリカードの開発を続けるとするか」
烈人はそう言うと、研究室の中へ入っていった。
ひとり残されたひとみは、「どっちに行きゃいいのよ!!」と大声で叫んでいた。
『スタースプラッシュ』と『Y.E.S-55』による北東エリア活動権をかけたライヴの日がやってきた。
人々の気持ちは未知の新人である『Y.E.S-55』にひかれ、彼女たちのライヴ会場の入口には開場前から既に長蛇の列ができていた(結局ひとみもその列の中に入っていた)。
そして開場時間になるや否や、観客はいい席を取ろうと目の色を変えて猛ダッシュで会場内へ飛び込んでいく。
一方、もう見慣れている、いや、もう見飽きているのかもしれない『スタースプラッシュ』側のライヴ会場は閑古鳥すら鳴けないほどにガラガラ。数名のいわゆる「コアなファン」しか集まっていなかった。
「そ……そんな……」
稲枝と志都美は、この現実の前にしばし言葉を失っていた。
『自分たちはトップに昇格したときからずっと、北東エリアで活動してきた。その自分たちが、ポッと出の新人なんかに負けるはずがない』。
だが、二人のその考えこそが『うぬぼれ』であったことを、現実は過酷なまでに二人に見せつけていた。
二人は今までの自信が音を立てて崩れていくのをはっきりと感じ取っていた。
だが、観客がひとりでも来てくれている以上、ライヴは行わなければならない。
二人はゆっくりと顔を上げ、開場を待っているファンたちの顔を見据えた。
稲枝も志都美もそのファンたちの顔をライヴやイベントで何度も見ている。出待ちをし、その後喫茶店で反省会のようなことを企画してくれたファンもこの中にいる。……しかし、稲枝も志都美もそんな熱烈なファンたちの名前を、まったく知らなかった。
稲枝と志都美は、開場時間前であったが、自らの手でライヴ会場の入口のドアを開けた。そして入口に立つと、自分たちのライヴを見に来てくれた熱狂的なファンのひとりひとりに対して、感謝の念を込めて握手をした。
ライヴを見に来た『スタースプラッシュ』のファンは、稲枝や志都美と握手をしながら、
「イナちゃんもしずみッちも、暗い顔しちゃダメだよ」
「二人には俺たちがついてるんだからさ」
「僕らはどこまでも『スタースプラッシュ』についていくよ」
今まで名前すら知ろうとしなかったにもかかわらず、ここに来てくれたファンは私たちを心の底から応援してくれている。
稲枝と志都美の目からは、いつしか涙がこぼれていた。
「ごめんなさい。そしてありがとうございます」
「私たち、皆さんのお名前すら覚えようとしなかったのに……」
あるファンが、胸ポケットからハンカチを取り出して稲枝と志都美の涙をぬぐった。
「だ、か、ら、泣かないで、って。……そりゃ、名前を覚えてもらえたらすっごくうれしいけど、俺たちは、少なくとも俺は、二人に名前を覚えてもらいたくて追っかけやってるんじゃない。イナちゃんとしずみッちのことを、『スタースプラッシュ』のことを応援したいから、追っかけやってるんだよ」
「皆さん……」
「さあ。いつも通りの笑顔で、いつも通りの歌声で、俺たちに元気を与えて下さい。どうぞステージへ。……俺たちの女神様」
会場に詰めかけたファン全員に後押しされるようにして、稲枝と志都美はステージに上がった。
一方、『Y.E.S-55』のライヴは超満員であった。
ただ、この客のほとんどが「サテライトから昇格したばかりなのに先輩から活動エリアを奪い取ろうとしている『Y.E.S-55』がどれほどの実力を持っているのか見てみたい」という様子見の客であって、本当の意味での「『Y.E.S-55』のファン」ではないことに『Y.E.S-55』の三人は気づいていた。
ヒルーダドレスをまとってステージに現れた三人は、ステージに現れるや否やヒルーダドレスを脱ぎ捨て、渚は白いTシャツに赤のベストとスパッツ、佐奈は黄色いジャケットにジーンズ、かなえは青いワンピース姿に変わり、
「来てくれてサンキューな! うちらが『Y.E.S-55』だよ!!」
と渚はファンに向かって第一声を発した。
それと同時に前奏が始まり、彼女たちは歌い始めた。
――退屈な日常 飛び出したくて夢の世界へ
目くるめくファンタジーが 心と体刺激する
だけど夢の世界も 慣れてしまえば退屈
日常の方が 刺激的かも
日常も夢の世界も ずっと続けば退屈
どっちもあたしの居場所じゃない!
毎日陽が昇るたびに 新しい刺激追いかける
そしていつか見つけ出すよ あたしの居場所――
今までのヒルーダにはない曲の感じに、観客たちは大きな衝撃を受けた。
そして歌が終わったときには、観客は総立ちで『Y.E.S-55』に拍手を送っていた。
「みんなサンキューな」
渚が三人を代表して観客に礼を言った。
そして三人は観客に向かって自己紹介を始めた。
「ま、そういえば、うちらの自己紹介がまだだったんだけどさ。……うちは久々野渚。ま、あだ名で呼ばれるの嫌いだからさ、『渚』って呼んでくれるとうれしいんだけどさ」
「ボクは栃原佐奈。『佐奈』って呼んでね」
「私は切石かなえと申します。『かなえ』とお呼び下さい」
「ま、うちらのスタイルは『自由奔放』。この三人で頑張ってくから、よろしく、ってことだけどさ!」
渚はそう言うと、手の甲にばんそうこうを貼った右の拳を天に向かって突き上げた。
観客もそれに呼応するかのように、右の拳を天に向かって突き上げた。
その反応に、『Y.E.S-55』の三人は手ごたえのようなものを感じていた。
だがその観客の中で、ただひとりだけ、会場のノリについていっていない者がいた。
その者は心を暗い闇で満たすと、灰色の猫のような『デス』――キャットデスに姿を変えた。
「なにが『Y.E.S-55』だ。全然大したことないじゃないか。こんな連中に北東エリアを任せられるものか! 北東エリアを担当するのは『スタースプラッシュ』こそふさわしい。……ヒルーダファンの皆さん! 目を覚まして下さい!!」
キャットデスはそう叫ぶや否や、ステージの上の『Y.E.S-55』の三人に向かって飛びかかっていった。
観客は恐怖に絶叫し、我先にと外へ逃げ出していく。
だが『Y.E.S-55』の三人は、この化け物の襲来にもまったく動じず、平然としていた。
「……こいつ、『スタースプラッシュ』の刺客かな」
「先輩方もずいぶんひどいことをなさるものですね」
「ま、こんなのの一匹や二匹、うちらの敵じゃないんだけどさ」
その頃、烈人は東西博士の協力を得て、新しいメモリカード『ソードテクター・メモリカード』を完成させていた。
そこに、『デス』の出現を告げるリスターの声が響いた。
『デス』の出現地点は『Y.E.S-55』のライヴ会場である。
烈人はブレイズストライカーに乗り込むと、『デス』の出現した北東エリアへ向かっていった。
ライヴ会場には、キャットデスと『Y.E.S-55』の面々だけが残されていた。
「俺はお前たちを認めない!」
鋭い爪を三人に向けつつ、キャットデスは言った。
佐奈がキャットデスに問いかけた。
「あんた、『スタースプラッシュ』のファンだろ?」
「ああそうさ。それがどうした!?」
「……やっぱりな。『スタースプラッシュ』は自分たちが負けるのわかってたから、ボクたちのライヴ会場に刺客を送り込んだんだ」
「違う! イナちゃんとしずみッちは関係ない。俺は俺自身の意思で、お前たちのライヴをむちゃくちゃにするためにやって来たんだ」
ライヴ会場から逃げる人々の中に、烈人はひとみの姿を見つけた。
「ヒトミン、ケガはないか?」
「私は大丈夫だけど、中に残されてる『Y.E.S-55』の三人が心配だわ。相手は猫みたいで、すばしっこそうな『デス』だし」
「……大丈夫さ」
烈人はひとみの頭の上に手を置いて言った。
「新しいメモリも完成したし、今日も『デス』を『狩り』に行ってくるぜ」
「気をつけてね、レッド」
ライヴ会場の中へ向かう烈人に対するひとみの声に対して、烈人は軽く左手を挙げて応えた。
「ま、『スタースプラッシュ』の差し金かどうかは別にして、うちらにケンカ吹っかけて、タダで帰れると思っちゃいけないんだけどさ」
氷のように冷たい渚の言葉とともに、渚、佐奈、かなえの三人は心を暗い闇で覆いつくそうとしていた。
だがそこに、全身赤ずくめの服装の男――烈人が飛び込んできた。
「このライヴをむちゃくちゃにしたのはお前のしわざだな!?」
烈人はキャットデスに向かってそう叫ぶや否や、ステージの上にいる『Y.E.S-55』の三人に向かって「早く逃げるんだ」と言った。
『Y.E.S-55』の三人は烈人の声に促されるかのように、静かにステージから下がっていく。
そして三人が姿を消したのを確認すると、烈人はリスターのチャージングジャイロを回転させてブレイズチャージャーを出現させ、右手にエヴォルチェンジ・メモリカードを持って両手を前に突き出した。
「変進!!」
烈人が右手のエヴォルチェンジ・メモリカードを左メモリスロットにセットした瞬間、「Blaze-on!!」の声が鳴り響き、烈人の全身は炎のオーラに包まれた。
そして数秒後、炎のオーラはかき消され、イクサバイバー・ブレイゾンがその姿を現した。
ブレイゾンとなった烈人は左肩を一回前に回転させてコキリと音を鳴らし、
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
と言いながらキャットデスを指差した。
キャットデスは
「黙れ! 北東エリアは『スタースプラッシュ』のものだ! それを邪魔する奴は俺が許さない!!」
と叫ぶや否や、両手の爪を振りかざしてブレイゾンに襲いかかった。
ブレイゾンは右腰のメモリカードホルダーから、できたてほやほやの新メモリカード――円形の盾の先端部に両刃の剣が描かれ、下の方には「Sword Tector」と書かれている――を抜いてブレイズチャージャーの右メモリスロットにセットした。
「Sword Tector」の発声とともに、ブレイゾンの右前腕部に円形の盾――ソードテクターが出現した。その盾の手首方向には両刃の刃が出現している。さらに、ブレイゾンの足にはジェットローラーブレードが装着され、ブレイゾンは防御力、攻撃力、機動力のすべてを一気にパワーアップさせたのである。
キャットデスの鋭い爪も、ブレイゾンの右前腕の盾に防がれて役に立たない。一方、ジェットローラーブレードで加速したブレイゾンは、随所にローラースケートのテクニックを披露しながら、ソードテクターの剣でキャットデスを斬りつけていく。
そしてブレイゾンはキャットデスを誘うかのようにライヴ会場から外へ出た。
キャットデスがブレイゾンを追って外に出てきた瞬間、「Blast End」の声が響き、キャットデスは光の中で動けなくなった。キャットデスがブレイゾンを追いかけて外に出てくることを見越して、ブレイゾンは右メモリスロットにセットするメモリカードをソードテクター・メモリカードからブラストエンド・メモリカードに変えていたのである。
キャットデスの体から出現した1、2、3、4、5のホログラフの5に向かって、ブレイゾンは飛び蹴りを放った。
「ブレイズエクスプロージョン!!」
ブレイゾンは次々とホログラフを蹴り破りながらキャットデスに迫る。
「Five」「Four」「Three」「Two」「One」「Blaze-on!!」
ブレイゾンの飛び蹴りがキャットデスの胸板にヒットし、キャットデスは十数メートルほど吹き飛ばされた。
ブレイゾンはキャットデスに背を向け、「爆散」と死の宣告を放った。
次の瞬間、キャットデスは全細胞が爆発し、「『スタースプラッシュ』最高!!」の絶叫を残して跡形もなく粉々に砕け散った。
ブレイゾンは左メモリスロットのエヴォルチェンジ・メモリカードを抜いて垂水烈人の姿に戻ると、ブレイズストライカーに乗りこんでその場を後にした。
「ブレイゾンの正体である人間の身体的特徴は私の脳内データベースに記録しましたわ。これできっと、ブレイゾンの正体がわかることでしょう」
ライヴ会場内でブレイゾンに『変進』した烈人の姿を、かなえはひそかにチェックしていたのだ。
かなえは知能指数400という超天才少女である。また、自分と出会った人物の身体的特徴を把握する能力に長けており、把握した身体的特徴とその人物の属性(氏名、性別、年齢、職業等)とをリンクさせたデータベースにして、その人物に関する情報を記憶、必要に応じて検索・抽出することが可能なのである。
「ま、このライヴ勝負はうちらの勝ちだろうし、『スタースプラッシュ』のファンが『デス』になって乱入してくれたおかげでブレイゾンの正体もわかりそうだし、うちらにとってはいいことずくめなわけだけどさ」
『Y.E.S-55』の三人は、堂々と事務所へ向かうのであった。