第7話 ~逆襲("F-Resh!" final live)~
イクサバイバーと高平ましろの闘いの様子を、『F-Resh!』の柴山香住と重安美祢は携帯電話の動画録画機能を使って陰でこっそりと録画していた。
ましろが狼虎のクリスタルスラストの前に砕け散り、彼女を失った紅正義がブレイゾンのブレイズエクスプロージョンにより崩壊するところまで録画をすると、二人は停止ボタンを押し、顔を見合わせて満足げにうなずいた。
「タカヒラも紅正義もイクサバイバーが勝手に倒してくれた。その証拠もここにあるし、私たちにはおとがめなしだよね☆」
香住は笑みを浮かべながら美祢に向かってそう言った。
美祢も
「タカヒラがイクサバイバーに倒された、ってことなら、下里さんもマジェスティも文句はないだろうね」
とうなずいた。
しかし、ヒルーダの事務所に戻ってきた二人は、太地から思いもしなかった厳しい叱責を受けていた。
「紅正義はともかく、ましろを殺ったのがイクサバイバーだというのはどういうことなんだ!? お前たちはましろを援護できたはずだ。なのになぜ、ましろを見殺しにした!!?」
太地はそう言って香住と美祢を叱りつけた。
「だって……タカヒラは私たちの説得を拒んで、紅正義と一緒にいたい、って言ったんですよ。その時点でタカヒラはヒルーダの一員であることを自分から放棄したんです。そんな奴を手助けする義理や義務は私たちにはないと思います」
香住と美祢はそう言って太地に抗議した。
そこへ、『女帝』である朝霧舞子が現れ、口を開いた。
「香住。美祢。あなたたちの言っていることは間違っていないわ。ましろはヒルーダの一員であることよりも紅正義と一緒に生きていくことを選んだわけでしょ。そんな奴に手を貸す必要なんかない、というのは当然の発言だわ。それに、私は『万が一、ましろが説得に応じなかったときは、後のことはあなたたちに一任する』って言った。あなたたちがましろの処分をイクサバイバーに任せた、というのであれば、私はその判断を責める気はないわ。……下里さん。あなたの言葉はちょっと厳しすぎるんじゃないかしら」
「……申し訳ありません」
太地はそう言って舞子に頭を下げた。
だが、舞子は香住と美祢を許していたわけではなかった。
「あなたたちがイクサバイバーとましろ、紅正義との戦いを録画していた、ということは大いに評価できるわ。でも、詰めが甘かったわね。そこまで録っていたんだったら、どうしてイクサバイバーの正体を録っていなかったわけ……?」
舞子のこの言葉に対し、香住と美祢は何も返答することができなかった。
「イクサバイバーは、ヒルーダがサキバサラを裏から支配していく上でなんとしても排除しなければならない存在なの」
声のトーンは穏やかであったが、舞子が香住と美祢の不手際に対して怒りを感じているのは誰の目にも明らかであった。
「……あなたたちに120時間の猶予を与えます。その間に、イクサバイバーの正体を突き止めなさい。……失敗したらサテライトへ降格よ。わかってるわね」
舞子の厳命に対し、香住と美祢は「わかりました」と言って最敬礼すると、一刻も早く自分たちに課せられた使命を果たすべく、事務所から飛び出していった。
とはいうものの、何のヒントも情報もないのに、二人のイクサバイバーを見つけ出せ、というのは、あまりにも困難すぎる課題であった。
「こんなにいっぱいいる人の中からイクサバイバーを見つけることなんてできっこないよ」
目の前を通り過ぎていく人々の波をぼんやりと眺めながら、香住はぼやいていた。
「美祢と私はこのままサテライト落ちか……。あの地獄の日々に戻らなきゃいけないのか……」
ヒルーダには、メディアに華々しく登場しているトップメンバーの下に、サテライトと呼ばれている研修生たちが数十名存在していた。
トップメンバーの華やかさとは打って変わって、サテライトのメンバーは非常につらい日々を過ごしていた。
厳しいレッスン。限りなくゼロに近い低額のギャラでの、トップメンバーの後ろでのバックダンサーやドラマのエキストラ出演。トップメンバーの付き人としての雑用。
トップメンバーはひとりひとりに高級マンションの一室が与えられ(もちろん家賃は事務所持ちである)、給料も最低額(月額数千万円といわれている)が保証されており、まさに『華やかなスター』の生活が約束されている。
しかし、サテライトのメンバーは、寮といえば聞こえはいいが、築50年はあろうかというボロアパート(しかも炊事場やトイレは共用である)の六畳一間に2~3人が相部屋で生活しており、朝早くから夜遅くまで、レッスン、エキストラの仕事、トップメンバーから命じられた雑用への対応などに追われ、ほとんど休みもなく、収入も月15万円程度の「研修生手当」のみである。
華やかなステージを夢見てヒルーダに入った新人も、サテライトの生活のあまりの厳しさに、数日でリタイヤして辞めていく者も少なくはなかった。
しかし、サテライトの過酷な生活を歯を食いしばって耐え忍び、いつかはトップの一員になってやるんだ、というハングリー精神を持った者もサテライトには存在しており、彼女たちは自腹で路上ゲリラライヴを行うなど、なんとかして自分をアピールしようと必死になっていた。そして、「これは」という人材が登場したときには、サテライトからトップメンバーへの昇格が行われていた。逆に、トップメンバーであっても、ファンからの支持を得られない者はサテライトへの降格、あるいはヒルーダからの脱退を余儀なくされていた。
ヒルーダ結成当時からのメンバーである『女帝』の舞子、『Maximum Heart』の森田春江、速星千里の三人を除く現在のトップメンバーは、期間の長短の差こそあれ、皆このサテライト暮らしを経験している。そしてトップメンバーとして活躍している今でも、もう二度とサテライト暮らしには戻るものか、と、トップメンバーの地位を守るために必死になっているのだ。
「そういえばさ……」
美祢が香住に語りかけた。
「タカヒラと香住と私はサテライトの頃は同じ部屋だったよね」
「そういえばそうだったね」
香住は懐かしそうに答えた。
美祢は昔を回想するかのように話を続けた。
「……私たちがトップに上がるきっかけになったのが、写真集『F-Resh Body』だったんだよね。タカヒラと香住と私が、サテライトとしては破格の待遇の海外での撮影をやってさ。私たち、特にタカヒラがファンに支持されて、私たち三人は晴れてトップの一員になれたんだよね。……つまり、香住と私がトップに上がれたのはタカヒラのおかげだったんだよ。だから、今度は私たちが、タカヒラのために、タカヒラを殺したイクサバイバーに復讐しなきゃいけないんだよ」
「でもさ、タカヒラは私たちより紅正義を選んだじゃない」
「そんなの関係ないよ。香住とタカヒラと私はサテライト暮らしをしていたボロアパートの一室で、一緒に夢を語り合った仲間じゃない。私たちは三人で『F-Resh!』なんだよ。私たちのユニット名『F-Resh!』は、私たち三人がブレイクするきっかけになった写真集『F-Resh Body』のタイトルにちなんで、三人で考えたユニット名でしょ。『F-Resh!』として一緒にやってきた大切な仲間、タカヒラを殺したイクサバイバーを私たちは許しちゃいけないんだよ!!」
美祢は興奮のあまり、顔を紅潮させて香住に語りかけていた。
しばらくの間、香住は顔を伏せていた。だがしばらくすると、おもむろに顔を上げて、
「美祢の言うとおりだね。私たちはタカヒラの仇討ちをしなくちゃいけないんだ」
と美祢に言った。
美祢は満面の笑みを浮かべると、
「香住、やろう」
と言って香住に右手を差し出した。
香住は美祢の差し出した右手をしっかりと握り締めた。
「うん。やろう。私たちのために、そしてタカヒラのために!」
そう言う香住の顔にも、満面の笑みが浮かんでいた。
「……実はさ、私、作戦を思いついたんだ。イクサバイバーを探し出すのはむちゃくちゃ難しいけど、イクサバイバーを『呼び寄せる』ことはそれほど難しいことじゃないはずだよ」
美祢はそう言うと、香住の耳元でその作戦の概要を話した。
香住は美祢の作戦に大きくうなずいた。
「いける。いけるよ、これ!」
そして二人は、イクサバイバーを呼び寄せるための作戦行動を開始した。
舞子が香住と美祢に与えた猶予も、残り少なくなっていた。
香住と美祢はいつもライヴを行っているサキバサラ駅南西部の野外ライヴスペース・『ゼファー』にやって来ると、群集に向けて呼びかけた。
「明日の午後3時、『F-Resh!』のファイナルライヴを『ゼファー』の隣の西風会館大ホールで行います! 入場チケットは当日券のみで、全席自由席、入場料は1000円です。皆さん、『F-Resh!』としての私たちの最後の姿をぜひ見に来て下さい!!」
『F-Resh!』ファイナルライヴが行われる、という情報は、またたく間にサキバサラ全域に伝えられた。
「我々にひとことの相談もなく勝手に『F-Resh!』のファイナルライヴをやるとは、あの二人、何を考えているのでしょうか」
事務所で太地は舞子に問いかけていた。
それに対して舞子は妖しげな目をして答えた。
「あの子たち……イクサバイバーと刺し違えるつもりかもね。何の情報もないままイクサバイバーの正体を突き止めるために苦労するよりも、ライヴ会場にイクサバイバーを呼び寄せ、直接イクサバイバーと闘う方が手っ取り早いでしょうからね。イクサバイバーを倒したともなれば、あの子たちの名前はヒルーダの歴史に長く語り継がれることでしょう。……ただ、問題はあの子たちにイクサバイバーに勝つ、少なくとも相討ちになるだけの実力があるかどうか、ってところかしら」
翌日午後。『ゼファー』横の西風会館の入口周辺は、『F-Resh!』の最後のライヴを見に来た人たちでごった返していた。
そしてその群衆の中には、ひとみと(無理やり連れてこられた)烈人の姿もあった。
「突然のファイナルライブなんて、やっぱましろが行方不明になったのと関係あるのかな」
ひとみはつぶやくかのように烈人に問いかけた。
しかし、烈人はひとみの問いかけに答えることなく、厳しい表情をして無言で前を見据えていた。
「レッド、どうしたの? 怖い顔して。……もしかして、『F-Resh!』ファイナルライブに無理やり連れてきたのを怒ってるの?」
ひとみが烈人の顔をのぞきこむようにして問いかけてきた。
「そんなんじゃないよ」
烈人は苦笑いをして答えた。
その答えに安心したひとみは、早く開場時間にならないかな、と胸をときめかせて前を向いた。
開場時間になった。入口から列をなして開場を待っていた群集は、我先にとチケットを購入し、少しでもよい席を確保しようと猛ダッシュしていた。
そんな中、ひとみと烈人もかなり後方の席を確保した。
大ホールの横の壁には「『F-Resh!』KASUMI & MINE & MASHIRO」「『F-Resh!』 Forever」と書かれた横断幕が張られており、前方の席を確保できた熱狂的ファンは『F-Resh!』のうちわを掲げたり、「やめないで」などと書かれたボードを頭の上にかざしていたりした。
午後3時ちょうど。ステージに『F-Resh!』の香住と美祢が姿を現した。二人ともヒルーダドレス姿ではなく、普段着姿だった。香住は『F-Resh!』のTシャツに左ひざのあたりが裂けているジーンズ、素足にスニーカーといういでたちであった。美祢はピンクのシャツとおそろいのピンクのスカートを着て、赤いローヒールの靴を履いていた。
「皆さん。私たちの最後のライヴに来て下さって本当にありがとうございます」
香住と美祢は二人一緒にそう言うと、観客の前に深々と頭を下げた。
観客たちからは香住や美祢の名前を呼ぶ声や、「やめないで下さい!」などといった声も聞こえてきた。
しかし、二人は顔を上げるや否や、香住は観客に向かって言った。
「私たちがヒルーダのトップに上がれたのは、ここにいないタカヒラ――『猟奇殺人事件』に巻き込まれて亡くなった彼女のおかげです」
香住のこの発言に、観客たちは驚きの声をあげた。
そして烈人の横にいたひとみも、驚いた顔をして烈人に問いただした。
「レッド。ましろが『猟奇殺人事件』に巻き込まれて死んだ、って、いったいどういうことなの!?」
この話題には触れられたくなかったのだが、烈人は前を見つめたまま、冷静に答えた。
「高平ましろは『デス』だったんだよ。紅正義と同様にな。そして藤原さんと俺は、『デス』である高平ましろと紅正義を、イクサバイバーの定めに従って『狩った』んだ。そしてそれを、藤原さんに骨を折ってもらって、高平ましろと紅正義は『猟奇殺人事件』の被害者として処理してもらったんだ」
「ましろが『デス』!!? ……信じらんないよ!」
「俺も目を疑ったさ。……だけどそれは事実だったんだ」
ステージの上では、ましろが『猟奇殺人事件』に巻き込まれて死んだ、という発表に驚く観客たちに向かって、香住が話を続けていた。
「……タカヒラが亡くなったと聞いて、美祢と私はすっごく悲しくなりました。事務所からは、タカヒラの代わりに新しいメンバーを入れた新生『F-Resh!』として活動をしたらどうか、という話もありました。だけど、タカヒラと美祢と私は、サテライト時代から一緒にやってきた仲間です。その仲間のひとりであるタカヒラを失った『F-Resh!』は、もはや『F-Resh!』ではありません。タカヒラの代わりになる人はどこにもいません。タカヒラと美祢と私、この三人が揃ってはじめて、『F-Resh!』なんです。……タカヒラがいなくなった今となっては、『F-Resh!』は解散、いや、『卒業』って言った方がいいでしょう」
「私たちは『F-Resh!』を『卒業』しますが、香住も、私も、ヒルーダを脱退するつもりはありません。これからは二人ともソロでの活動をすることになると思いますが、今まで以上に頑張るつもりです。ですから、今までと変わらない応援をよろしくお願いします!」
二人の心の底からの熱い言葉に、詰めかけていた観客の中から、ぽつぽつと拍手が起こった。そしてその拍手の波は徐々に大きくなり、最終的にはホール全体が『F-Resh!』を『卒業』する香住と美祢の新しいステージへの飛躍を期待するかのような拍手の大波に包まれていた。
香住と美祢は魂を込めて『F-Resh!』の持ち歌を歌った。ましろのソロパート部分は、二人で一緒に、ましろへの思いを込めて歌った。
曲が終わるたびに、観客は二人の魂のこもった歌に返礼をするかのように大きな拍手を送った。
そしてついに最後の曲となった。
「最後は私たちの思い入れの一番強い歌、私たちのデビュー曲『Fresh F-Resh!』を歌いたいと思います」
香住と美祢は観客に向かって深々と頭を下げると、流れてきた前奏に合わせて振りをつけ、歌い始めた。
――この街は今日も退屈してる
人々は何か刺激求めてる
真っ青な空に浮かんだ白い雲
時間とともに形変えるように
Fresh Fresh F-Resh!
いつもと同じ街が新しく見える
Fresh Fresh F-Resh!
新鮮な刺激が私の心とらえる
この人と一緒に街を歩いても
なんかつまんない刺激求めてる
真っ青な空を見上げてつぶやいた
一秒ごとに私、変わっていく
Fresh Fresh F-Resh!
いつもと同じ自分新しく変わる
Fresh Fresh F-Resh!
新鮮な刺激があなたの心とらえる
新鮮な恋は私が作るもの
私の気持ちひとつで……
Fresh Fresh F-Resh!
いつもと同じ街が新しく見える
Fresh Fresh F-Resh!
新鮮な刺激が私の心とらえる
Fresh Fresh F-Resh!
いつもと同じ自分新しく変わる
Fresh Fresh F-Resh!
新鮮な刺激があなたの心とらえる――
歌い終わった二人が観客に向かって深々と頭を下げる中、幕はゆっくりと下ろされていった。
期せずして、立ち上がった観客の中から「アンコール」の声が響いた。
その声はたちまち会場全体を包み込み、香住と美祢を呼ぶ「アンコール」の声が会場を振るわせるほどに激しく響く。
当然、ひとみも立ち上がって「アンコール」と叫んでいた。
しかし、隣にいた烈人は座ったまま幕の下りたステージを見つめていた。
「ちょっとレッド! あんたも立ち上がって『アンコール』って叫びなさいよ! それが、アイドルのライヴを見に来た観客の当然のお約束なんだよ」
しかし、ひとみの抗議を受けたにもかかわらず、烈人は黙ってステージを見つめていた。
そんな烈人が、突然口を開いた。
「幕が上がっていく」
烈人の言葉の通りに、幕は徐々に上がっていった。
しかし、ステージに立っていたのは柴山香住と重安美祢の二人ではなかった。
背中に翼を生やした灰色の生命体――『デス』が二体、ステージに立っていたのである。
その足元には香住と美祢が着ていた衣装が散乱していた。
「我々は人類の進化形態であるとともに人類を喰らって生きる人類の天敵・『デス』だ」
「柴山香住と重安美祢は今さっき我々が丸ごと取り込んだ。……今度はお前たちが我々に取り込まれる番だ」
ステージに立っていた二体の『デス』はそう言うと、ステージの前の列にいた人間を次々と襲い、自分の体内に取り込んでいった。
会場は逃げ惑う人たちで大混乱となった。
絶叫と悲鳴とが響く中、二体の『デス』は次々と人々を襲っていく。
烈人はひとみに「早く逃げろ」と言うと、リスターの通信機能で殉義を呼び出し、「西風会館大ホールに『デス』が二体現れました。至急来てくれませんか」と連絡を入れた。
そして烈人はブレイズチャージャーを起動させると、「変進」の発声とともに右手に持ったエヴォルチェンジ・メモリカードをブレイズチャージャーの左メモリスロットにセットし、ブレイゾンへと『変進』して二体の『デス』に向かって突っ込んでいった。
「やめろ! これ以上の暴挙は俺が許さん」
客席の方から聞こえてきた声に、二体の『デス』は動きを止め、声の方に振り返った。
そこには、真紅のアーマーに身を包んだイクサバイバー・ブレイゾンの姿があった。
ブレイゾンはいつものように左肩を一回前方向に回転させてコキリと肩を鳴らすと、
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
と叫びながら二体の『デス』を指差した。
二体の『デス』の右側にいた、鶴のような姿をした『デス』――クレインデスがブレイゾンに向かって問いかけてきた。
「お前は紅正義を倒した……ブレイゾンか!?」
「その通りだ」
今度は二体の『デス』の左側の鳳凰のような姿をした『デス』――フェニックスデスが問いかけてきた。
「タカヒラを殺った青いイクサバイバー……狼虎はどうしたの!?」
「お前らなど、俺一人で十分だ」
ブレイゾンのその言葉に、クレインデスとフェニックスデスは激しい怒りを覚えた。
「お前なんかに用はないわ! 私たちはタカヒラを殺った狼虎に用があるの。邪魔をするな!!」
クレインデスの叫び声とともに、二体の『デス』は手のひらをブレイゾンに向け、手のひらからエネルギー弾を連射してブレイゾンを攻撃してきた。
「俺なんかに用はねぇ、か。ずいぶんと軽く見られたもんだぜ」
ブレイゾンはそうつぶやきながら軽い身のこなしでエネルギー弾をかわしていたが、二体の『デス』が放ったエネルギー弾は客席に引火し、客席のあちこちで炎がわき上がった。
「やべぇ! このままじゃホールが丸焼けになっちまう」
ブレイゾンはそうつぶやくと、足を止め、二体の『デス』の放つエネルギー弾を意図的にその身に浴びた。
二体の『デス』の放ったエネルギー弾の威力は相当なものであった。防御力の高いブレイゾンであっても、このままではエネルギー弾の攻撃を防ぎきれずに大ダメージを受けてしまうだろう。
「紅正義を倒した割には大したことないね。このまま一気にとどめ刺させてもらうよ!」
クレインデスがそう叫んだ次の瞬間、二体の『デス』の足元に氷の弾丸が撃ち込まれた。
ブレイゾンと二体の『デス』は同時に氷の弾丸を発射した主の方へ顔を向けた。
そこには青いイクサバイバー――狼虎の姿があった。
「お前は……!!」
クレインデスとフェニックスデスが憎しみを込めてそうつぶやいた瞬間、狼虎はスマートセルラーの『EXTINGUISH』アイコンをタッチし、ブリザーベルショットの先端から消火液を放って客席の火を完全に消した。
「ここは『狩り』には不向きな場所だ。……表へ出たまえ」
狼虎はクレインデスとフェニックスデスに向かってそう言うと、外に飛び出していった。
クレインデスとフェニックスデスは、ましろを殺した憎むべき仇である狼虎を倒すべく、ブレイゾンには目もくれず、狼虎の後を追って外へ飛び出した。
「お……おい! 待て!! 俺を無視すんじゃねぇよ!」
取り残された感じのブレイゾンも、慌てて外へ飛び出していった。
戦いの場は西風会館大ホールから『ゼファー』へと移された。
ステージの上に立ちブリザーベルショットを構えた狼虎は、彼を追って観客のための空間(『ゼファー』は立見専用のライヴスペースである)に現れた二体の『デス』に向かってきっぱりと言い切った。
「『デス』は法では裁けぬ存在。ならば自分がお前たちに判決を言い渡す。……死刑だ」
「黙れ!!」
クレインデスとフェニックスデスは同時にそう叫ぶと、狼虎に向かって突撃を開始した。
クレインデスは空に舞い、空中から狼虎を攻撃する。
フェニックスデスは目にも留まらぬ速さで大地を駆け、地上から狼虎を攻撃する。
だが、フェニックスデスの攻撃に横槍を入れる者がいた。その者はフェニックスデスに向かって炎の光弾を放つと、「俺もイクサバイバーだぜ。忘れんな」と言った。
自分を撃ったイクサバイバー――ブレイゾンの攻撃に、フェニックスデスの怒りが極限に達した。
「ブレイゾン! 私の、私たちの邪魔をするな!!」
フェニックスデスは絶叫とともにブレイゾンに向かって突っ込んでいった。
一方、狼虎とクレインデスの闘いは、クレインデスが優勢に立っていた。
クレインデスは空を自由に舞い、予想もつかないところから手のひらのエネルギー弾で狼虎を攻撃する。それに対して狼虎はブリザーベルショットの連射で反撃するが、クレインデスはブリザーベルショットの軌道を完全に見切っており、まったくヒットしない。
「空を飛ぶ敵に対してはこちらも空から攻撃しなければいけないようですね」
狼虎はそうつぶやくと、スマートセルラーの『FLIGHT』アイコンをタップした。
次の瞬間、狼虎は重力の束縛から解放されたかのように空に浮かび上がり、クレインデスに向かってブリザーベルショットで攻撃した。
「えっ!? 狼虎は空も飛べるの!!?」
クレインデスは驚きの声をあげた。
その瞬間、クレインデスに隙が生じた。
狼虎はクレインデスに向かって突っ込んでいくと、ブリザーベルエッジでクレインデスの左の翼を斬りつけた。
クレインデスは絶叫しながら墜落していった。
ブレイゾンとフェニックスデスの闘いは、スピードで勝るフェニックスデスが有利に進めていた。
「どうしたの! ブレイゾンってこんなもんだったの!?」
フェニックスデスの素早い連続攻撃の前に、ブレイゾンは防戦一方である。
(「レッド。新しいメモリカードを使うぞ。メモリカードホルダーからアクセラレート・メモリカードを取り出して右メモリスロットにセットするんだ」)
リスターの指示を受けて、ブレイゾンはメモリカードホルダーから、残像を残して疾走するブレイゾンの姿とその下に「Accelerate」と書かれたメモリカードを取り出して右メモリスロットにセットした。
「Accelerate」というアクセラレート・メモリカード起動音が鳴り響いた次の瞬間、ブレイゾンのスピードが飛躍的に向上した。
「えっ……? は……速い!!」
高速を誇るフェニックスデスが、ブレイゾンのスピードに圧倒されている。
そしてブレイゾンはスイクルバーニングでフェニックスデスをはるか向こうへと蹴り飛ばし、ダウンさせた。
イクサバイバーの攻撃にダウンしていた『デス』がよろよろと立ち上がってきた。
ブレイゾンはブラストエンド・メモリカードを右メモリスロットにセットし、狼虎はスマートセルラーの『BLAST END』アイコンをタップした。
「Blast End」の音が響くと同時に、二体の『デス』は光に包まれ、動けなくなった。
狼虎のブリザーベルに出現した鋭く冷たい刃――クリスタルエッジはクレインデスの胸元に向けられている。
フェニックスデスから1、2、3、4、5のホログラフがブレイゾンに迫ってくる。
狼虎は左半身の構えから右半身の構えにシフトし、クリスタルエッジでクレインデスの胸を刺し貫いた。
「クリスタルスラスト!!」
胸を刺し貫かれたクレインデスは全身が凍りついたかのように動かなくなった。
一方、ブレイゾンは自分の目の前に現れた5のホログラフに向かって飛び蹴りを放っていた。
「ブレイズエクスプロージョン!!」
ブレイゾンの飛び蹴りが5、4、3、2、1のホログラフを突き破るたびに、「Five」「Four」「Three」「Two」「One」の音が響く。
そしてブレイゾンの飛び蹴りがフェニックスデスの胸を蹴り込んだ瞬間に、「Blaze-on!」という一段大きな音が響いた。
狼虎とブレイゾンは自分と相対していた敵に背を向け、死の宣告となるキーワードを発した。
「閃壊」
「爆散」
凍りついたクレインデスの体は、ガラス細工が割れるかのように高い音を立てて粉々に砕け散り、全身に燃えるような熱さを感じたフェニックスデスの体は、細胞レベルで爆発を起こし、跡形もなく粉々になった。
そのとき、ブレイゾンの耳にははっきりと聞こえていた。クレインデスがフェニックスデスに向かって「美祢」と、フェニックスデスがクレインデスに向かって「香住」と呼んでいたのを。
「あいつら……柴山香住と重安美祢だったのか!?」
ブレイゾンは驚きの声を上げた。
「二人はあの『デス』に取り込まれた、ってのは嘘だったのか……」
「えっ? どういうことですか!?」
狼虎はブレイゾンに問いかけた。
ブレイゾンは静かに答えた。
「『F-Resh!』の柴山香住と重安美祢も『デス』だったんです。『F-Resh!』ファイナルライヴが終わりかけたとき、二人のいたステージにあの『デス』が現れました。『デス』は柴山香住と重安美祢を自分たちの体内に取り込んだ、と言ってましたが……まさか本人たちだったなんて……。彼女たちは仲間であった高平ましろを倒した俺たちに復讐するために……」
ブレイゾンはそこまで言うと、うつむいて拳を固く握りしめた。
そんなブレイゾンに向かって狼虎は声をかけた。
「……烈人君の考えは間違っていないでしょう。でも、彼女たちが倒したかったのは、『デス』となった高平ましろを狩った自分だと思います。……自分ひとりだけだったら、自分は彼女たちに負けていたと思います。援護して下さってありがとうございます」
「こっちこそ。藤原さんが来てくれなかったら、今頃西風会館は丸焼けになっていたはずです。もちろん俺も二体の『デス』に倒されていたでしょう。駆けつけて下さってありがとうございます」
二人のイクサバイバーはお互いに対して感謝の言葉を口にした。
そして『デス』を『狩る』使命を果たしたイクサバイバーは、どこへともなく去っていった。
……西風会館1階の裏で、イクサバイバーと『デス』の闘いを食い入るように見つめていた三人の人物の姿があった。
闘いはイクサバイバーが勝利し、二体の『デス』は消滅した。
「『F-Resh!』って、トップメンバーのユニットでしょ? 全然大したことないじゃん。ボクたちの方が断然強いよ」
三人の少女の真ん中に立っていた、三人の中で最も背の高い、茶髪で黄色いジャケットにジーンズという姿の女性が、頭の後ろに手を回した姿勢でそう言った。
「『F-Resh!』はしょせん肢体だけが売り物の三流グラビアアイドルですから。私たちと比較すること自体、論外ですわ」
三人の少女の左側にいた、麦わら帽子をかぶり、夏用の水色のワンピースを着て膝を曲げてしゃがんでいた、丸いメガネをかけた頭のよさそうな長い黒髪の少女が、黄色いジャケットの女性の言葉に反応する。
三人の女性の右側にいた、赤い髪をして左耳にピアスを3つつけ、白いTシャツに赤いベスト、スパッツにスニーカーといういでたちの、右の手の甲にばんそうこうを貼った、三人の中ではいちばん年下と思われる少女は腕組みをしてイクサバイバーと『デス』との闘いを見ていたが、闘いに決着がつき、戦後の感想を二人が話しているのに気づくと、二人に向かって声をかけた。
「ま、やられちゃったものはしょーがないんだけどさ。……とりあえず、お約束で事務所へご挨拶に行きますか」
赤い髪の少女についていくかのように、茶髪の女性と丸メガネの少女は西風会館を後にするのだった。