第4話 ~狼虎("Rouko", the Second ExSurvivor)~
「紅首長。『しらはす』の件はいただけませんね」
サキバサラ役所の首長室を訪ねてきた明輝良は正義に苦言を呈していた。
「あんなに派手に『デス』を暴れさせたら、警察だって黙って見過ごすわけにはいかなくなりますよ。……事実、サキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』の解散は撤回されたのですから」
それでも、正義は強気の姿勢を崩そうとはしなかった。
「警察は一連の『猟奇殺人』が『デス』による人間の捕食の結果であることにまだ気づいていないはずです」
「しかしですね……」
明輝良は渋い表情を浮かべて正義に言葉を返した。
「『しらはす』の件によって、『デス』を倒すことができる能力を持った『イクサバイバー・ブレイゾン』なる邪魔者の存在が明らかになったのです。これまでのように、『デス』が好き勝手に暴れまわることができなくなってしまったんですよ。人類を超えた、選ばれた存在である『デス』が人類を怖れさせ闇から支配する、という僕の理想を、『イクサバイバー・ブレイゾン』が妨害しようとしているんです。……首長。過激すぎる改革はどうかお控え下さい」
「ご心配にはおよびません」
正義はきっぱりと言い切った。
「私が首長でいる限り、『イクサバイバー・ブレイゾン』には好き勝手させません。改革は必ず成功させてみせます」
「首長。そのお言葉、信じさせていただきますからね。……あなたを首長に推した僕の期待、裏切らないで下さいよ」
明輝良は正義に向かってそう言い放つと、席を立って首長室から去っていった。
明輝良の去っていった首長室のドアを見つめながら、正義は激しい怒りの表情を浮かべて立ち上がると、天を仰ぎながら絶叫した。
「今のサキバサラの支配者は俺だ! 俺に盾突く奴は、『イクサバイバー・ブレイゾン』だろうが、ヒルーダだろうが、三輪明輝良だろうが、絶対許さねぇ!! ぶっ潰してやる!! 俺はサキバサラ首長・紅正義だ!! 俺こそが正義なんだ!!!」
天を仰いで吼える正義の影は、人間のものではなかった。
「しらはす」の一件はあったが、サキバサラ首長となった正義の政策は次々と実行されていった。
これらの政策の基本理念は『高齢者切捨て、青年層重視』であった。
医療費に関しては、高齢者医療費にかかる公費負担を廃止するばかりか、60歳以上の住民については「高齢者医療費特別加算」を徴収することにした。その一方で、住民税を納めている20代の住民については医療費を全額公費で負担して無料とし、20歳未満の住民および住民税を納めている30代の住民については医療費の9割を公費で負担した。
さらに、40歳未満の住民にかかる住民税は一律従来の半額となる一方で、60歳以上の住民については住民税を従来の2倍に、70歳以上の住民については住民税を従来の3倍にした。
また、青年層の失業率ゼロを達成するために、行政は無職の青年を積極的に採用するよう企業に通達を出し、無職の青年を積極的に雇用する企業に対しては補助金の支給や税の減免といった優遇措置を行う反面、無職の青年を雇用しない企業に対しては「青年層雇用促進負担金」という名目で数十万円~数百万円を行政に拠出させるようにした。その結果、青年層の無職者は激減した。しかし、雇用される青年個々人の能力を無視した雇用が行われたり、採用されたはいいが遅刻や欠勤を重ねろくに働こうとしない青年に対しても懲戒解雇できない、といった現象があちこちで発生していた。
これらのあからさまな『高齢者切捨て、青年層重視』政策に対して、高齢者本人はもちろんのこと、高齢者と同居している住民や、ろくに働こうともしない青年を押し付けられた企業の経営者たちから不満の声が上がった。また、こんなむちゃくちゃなルールがまかり通る街ではまともな企業活動が成り立たない、と、サキバサラから撤退する企業も見られるようになった。
それに対し、正義は集団での抗議活動を一切禁止する「デモ活動禁止条例」、サキバサラから撤退する企業に課す「サキバサラ安定基金」に関する条例を議会で可決させ、逆らう者は徹底的に弾圧するという強硬な態度をとった。
だが、人々は正義のこうした強硬手段にも決して屈することはなかった。「デモ活動禁止条例」違反なのを承知の上で、反対派のデモ活動は毎日のようにサキバサラのあちこちで見られた。
東西南北新科学研究所のある路地の入口に建つAX電器ビル前でも、紅正義率いる革命党行政に対する不満の声をあげる人々が集まっていた。
彼らは北西エリアを活動拠点にしているヒルーダのユニット『マリンブロッサム』の新曲、『Get Freedom』を歌いながら、紅首長に対する怒りをあらわにしていた。
――夢に見てた 淡い恋も
現実になれば 虚しさがつのる
夢と現実のはざまで
私はひとり 心が痛む
愛されたいと思うのなら 自分の心に嘘をつく
愛したいと思っていても そんな男はどこにもいない
『自由』になりたい……
I want to get "Freedom" ――
烈人とひとみはデモの様子を路地の入口近くでぼんやりと眺めていた。
「せっかく紅正義に投票したってのに、あの人のやることはむちゃくちゃすぎるわ。ヒルーダの人気に後押しされて当選したんだってことを忘れてさ、さも自分がサキバサラの支配者だ、みたいな態度だし」
ひとみは自分がデモに参加しているかのように、紅正義に対する不満をあらわにしていた。
そんなひとみに対して烈人は言い返した。
「ヒトミンが紅正義に投票したのはあいつがイケメンだからだろ? ……見かけの派手さに目を奪われて中身を見ようとしないから、ふざけた人間を首長に選んだりするんだ。俺に言わせりゃ、『自業自得』って奴だ」
「じゃあレッドは紅正義をサキバサラの首長として認めてるわけ!?」
ひとみは怒りの矛先を烈人に向けて言い返してきた。
烈人はつとめて冷静に答えた。
「俺だって、あんな奴が首長だなんて認めてないって。だけど、ヒルーダのバックアップがあったとはいえ、あいつはルールに則ってサキバサラの首長になったんだ。本気であいつを辞めさせたいんだったら、やるべきことがあるんじゃないのか?」
「やるべきことって何よ!?」
「たとえば、合法的に紅正義を首長の座から引きずり下ろす方法とかさ……」
「そんなことできるの!?」
「詳しいことは俺も知らないんだけど……」
「じゃあダメじゃん」
烈人とひとみが言葉のやり取りをしている最中、二人の近くで、赤い腕章を左腕に巻いた若者が右手に鉄パイプを持ってデモ参加者を無差別に襲い始めた。
「サキバサラは俺たち革命党が、そして紅正義様が支配する街だ!! 貴様らは革命党に、正義様に従っていればいいんだ!!」
人々を無差別に襲う革命党員の絶叫が周囲に響き渡る。
「レッド! これって……」
「革命党はなりふり構わず反対勢力を潰しにかかってきたようだな」
驚いた表情を浮かべるひとみに向かって烈人は静かに答えた。
そして烈人は、
「……やれやれだな」
とつぶやきながら左肩を一回前に回してコキリと肩を鳴らすと、暴れ回っている革命党員のところへゆっくりと近づいていった。
自分のところへ全身赤ずくめの男が近づいてきていることに、鉄パイプを持って暴れまくる革命党員は気がついた。そして動きを止め、赤ずくめの男の方を見やる。
赤ずくめの男――烈人は革命党員に声をかけた。
「ちょっとあんた。自分の所属する政党やその党首が批判されて気にいらないってのはわかんないわけじゃないけどさ、鉄パイプ振り回して力ずくで反対者を抑えつけるってのは利口なやり方じゃないんじゃないの?」
烈人の言葉に、鉄パイプを持った革命党員はカッと目を見開いて言い返した。
「何を言うか! 貴様も革命党のシンボルカラーである赤い服を着ているのならわかるはずだ。正義様の政治が正しいということを」
「すっげーこじつけだな」
烈人は思わず苦笑した。
「赤い服を着るのに、いちいち革命党の許可を取らなきゃいけないってのか? ……冗談にしてはつまらなさすぎる。寝言は寝てから言え」
鉄パイプを持った革命党員は激高した。
「貴様! 正義様を、革命党を愚弄するか!!」
まるで斬り捨て御免の侍のような言葉を吐きながら、革命党員は鉄パイプを大きく振り上げ、烈人に向かって襲いかかってきた。
鉄パイプが烈人の頭めがけて振り下ろされる。
ここで、普通の人ならばバックするか横に体を移動させて鉄パイプの攻撃から身をかわすのであろうが、烈人は鉄パイプを振り下ろす革命党員がまったく想定していなかった行動に出た。
つまり、振り下ろされる鉄パイプ、さらに言えば鉄パイプを振り下ろそうとしている革命党員の方へと体を近づけたのである。
その間合は、烈人が革命党員の鉄パイプ攻撃を封じ、なおかつ、革命党員に反撃するための技を繰り出すのに最適な間合であった。
烈人は、いわゆる「格闘技」のルールでは禁止されているが、実戦においては有効な攻撃技である金的への蹴りを放った。
完全に隙となっていた金的を蹴られた革命党員は、思わず鉄パイプを手放し、前のめりになった。
鉄パイプが地面に落ちるカランカランという音が響く中、烈人の第二撃が放たれた。
烈人は右の手のひらの付け根(「掌底」と呼ばれる部分)で、革命党員の鼻と上唇の間の溝(「人中」という急所である)を突き抜いた。
ここで烈人が握り拳で革命党員を攻撃しなかったのは、拳で相手の顔の正面を突けば、相手の鼻骨と自分の拳とがぶつかることになり、自分の方も拳にダメージを受けてしまうからである。「硬いものと硬いものとがぶつかれば、程度の差こそあれ双方ともに傷がつく。相手の硬い部分への攻撃は自分の柔らかい部分で、相手の柔らかい部分への攻撃は自分の硬い部分で行うのが有効かつリスクが低い」ということを、烈人はサキバサラへ来る前の風来坊時代に体得していたのだ。
烈人の掌底を喰らった革命党員は、数メートル向こうへ吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「……幼稚園か小学校で習ったはずだぞ。『他人の迷惑になるようなことをしてはいけません』ってな」
鼻血を出し、顔を押さえながら立ち上がろうとする革命党員に向かって、烈人は相手を威圧するかのような声色でそう言った。
普通なら、革命党員はここで烈人の強さに恐れをなして人ごみの中に逃げ去っていくところだ。
だが、この革命党員は違っていた。
空に向かって絶叫すると、心を黒い闇で満たし、ヤマアラシのような灰色の怪人・ヤマアラシデスへと姿を変えたのである。
ヤマアラシデスはすかさず背中の針を伸ばして近くにいたデモ参加者たちの体に針を突き刺し、その人たちの骨をズズズッと吸い取っていった。そして骨の支えを失った人間はグチャリとした肉の塊になって地面に広がった。
人間の骨を吸い取る怪人の出現に、デモ参加者は恐怖のあまり絶叫し、恐れおののきながら我先にと四方八方へ逃げ去っていった。
そしてこの場にはヤマアラシデスと烈人の二人しかいなくなった。
「貴様は逃げないのか」
ヤマアラシデスが烈人に問いかけてきた。
「俺は『デス』を狩る者だ。獲物を目の前にして逃げる狩人がどこにいる」
烈人はそう言い放つと、ヤマアラシデスへの怒りをこめてチャージングジャイロを回転させ、ブレイズチャージャーを起動させると、右手にエヴォルチェンジ・メモリカードを持ち、両腕を前に突き出した。
「変進!!」
烈人の発声とともにエヴォルチェンジ・メモリカードはブレイズチャージャー左側のメモリスロットにセットされ、烈人は赤いアーマーの戦士、イクサバイバー・ブレイゾンへと『変進』した。
ブレイゾンは一回左腕を前に回してコキリと左肩を鳴らすと、
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
の決めゼリフを放つや否や、ヤマアラシデスに向かって猛然と突っ込んでいった。
「なにが『デス』を狩る者だ! 俺の方こそ、貴様の骨を全部吸い取ってやる!!」
ヤマアラシデスはそう叫ぶと、人間の骨を吸い取る針をブレイゾンに突き刺すべく針を伸ばした。
しかし、ヤマアラシデスの針はブレイゾンのアーマーを突き破ることはできず、パンチの間合にまで入ってきたブレイゾンのマグマアッパーで宙に舞った。
ブレイゾンはヤマアラシデスが地面に落ちてくるのを待つことなく、一気にとどめを刺すべくブレイズチャージャー右側のメモリスロットにブラストエンド・メモリカードをセットした。
ブレイズチャージャーから発生した光によって動きを封じられ、宙に浮かんだ状態で静止したヤマアラシデスから、地上のブレイゾンに向かって1、2、3、4、5のホログラフが出現する。
ブレイゾンはその場でジャンプするのと同時に「ブレイズエクスプロージョン!」と必殺技名を呼称した。
ブレイゾンは自動的に飛び蹴りの構えを取り、引力を無視するかのように5、4、3、2、1のホログラフを下から上へと蹴り破ってヤマアラシデスに迫った。
「Five」「Four」「Three」「Two」「One」「Blaze-on!!」
ブレイゾンの飛び蹴りはヤマアラシデスをさらに上空へと蹴り上げた。その姿は地上からは米粒ほどの大きさにしか見えない。
そしてブレイゾンが着地し「爆散」とつぶやいた次の瞬間、はるか上空にまで飛ばされたヤマアラシデスの全細胞は爆発を起こし、そのときに生じた一瞬の閃光だけを残して、ヤマアラシデスはこの世界から消滅した。
「やったねレッド! 今日も大勝利だよ」
ブレイゾンの勝利を祝福するかのように、ひとみがブレイゾンの――烈人のそばに駆け寄ってきた。
ブレイゾンは左メモリスロットからエヴォルチェンジ・メモリカードを取り出し、『変進』を解除して烈人の姿に戻った。
そんな二人の前に、紺色のスーツを着た若い男性が突然現れた。
彼は右手で身分証を二人の前に見せつつ声をかけた。
「失礼します。自分はサキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』の藤原殉義です。……赤い服のあなた。あなたが『イクサバイバー・ブレイゾン』の正体なのですね」
殉義の問いかけに対し、烈人はうなずいて答えた。
「ええ。俺が『変進』して『デス』を狩る者、『イクサバイバー・ブレイゾン』……垂水烈人です」
殉義に向かって自分の正体を明かした烈人に対して、ひとみは驚きと当惑を覚え、烈人の赤いジャケットの下袖を引っ張って烈人に言った。
「レッド! どうしてレッドがブレイゾンの正体だ、ということを赤の他人にあっけらかんとしゃべっちゃうのよ! ……この人はもしかしたら『デス』の仲間かもしれないんだよ!! 『デス』の仲間とは違ってたとしても、あの人は刑事だよ。『デス』関係の事件の重要参考人として警察に連れていかれるかもしれないでしょ!?」
烈人は静かに答えた。
「あの人の目を見てみろ。『デス』の持つどす黒い光はまったく感じられない。それに、この人は俺を取調室に連れていくようなことはしない。なんとなくだけど、俺はそんな気がするんだ」
「レッドは甘すぎるよ」
「かもな。だけど、人を見る目はヒトミンより確かなはずだぜ」
「あの……お取り込み中申し訳ありませんが」
殉義が二人の会話に割って入ってきた。
「『変進』とか、『デス』とか、『イクサバイバー』とか、自分の知らない単語がいっぱい出てきたんですけど、これらの単語って、いったいどういう意味なんですか? そしてあなた方はいったい何者なんですか!?」
烈人は静かに答えた。
「数日前まで、俺も藤原さんと同じ疑問を抱いてました。だけど、俺の父の研究仲間であった東西南北博士からこの街の裏の事情を聞かされ、そして俺は、『デス』を作り出した鹿羽根博士と一緒に姿を消した姉を探しながら、人類の天敵となる『デス』を狩るために『イクサバイバー・ブレイゾン』として戦うことを誓ったんです。詳しい話は、この路地の奥にある東西南北新科学研究所で、東西南北博士から伺って下さい。……いいよな、ヒトミン」
ひとみは、
「しょ……しょうがないわね」
と言って首を縦に振るしかなかった。
それを見た烈人は、殉義に対してきっぱりとした口調で問いかけた。
「ただ、俺が今言ったこと、藤原さんがこれから東西博士から伺う話は、決して他の人には言わないで下さい。『デス』やイクサバイバーのことが世間に知れたら、サキバサラの街は警察にも手のつけようがないほどの無秩序状態になってしまいますから」
「わかりました。約束しましょう。この件について自分は他言しません」
殉義もきっぱりと答えた。
「……その方が自分にとっても好都合ですし」
「えっ!?」
「いや、こっちの話です。気にしないで下さい」
「では、藤原さんを東西南北新科学研究所にご案内します」
烈人はそう言うと、「俺についてきて下さい」と目で殉義にサインを送り、暗い路地裏へと入っていった。
殉義も烈人の後を追うようにして暗い路地裏へと入っていった。
その場にはひとみだけが残された。
「ちょっとレッド! 私のこと忘れてなぁいぃ!?」
ひとみは大声で烈人にそう呼びかけながら、暗い路地裏へと入っていった。
東西南北新科学研究所に入った殉義は、さっそく東西博士と顔を合わせた。
「お久しぶりです、東西博士。藤原財団最高責任者・藤原不二人の孫の殉義です」
「……立派になったようじゃな。殉義君」
東西博士と殉義が初対面ではなかったことに、烈人とひとみは顔を見合わせて驚きの声をあげていた。
「この二人、前から知り合いだったのか……」
「この二人、前から知り合いだったのね……」
すかさずひとみが東西博士に問いかけた。
「おじいちゃん! この刑事さんって……おじいちゃんの知ってる人みたいだけど、どんな人なの!?」
「藤原財団の藤原不二人さんは、わしらの研究テーマである人類のさらなる『進化』について大変興味を持って下さった。そして、わしらの研究に必要な資金を、全部出して下さったのじゃ。殉義君は不二人さんのお孫さんなのじゃよ。……鹿羽根博士が『デス』を作り出し、わしらのところから去っていったときじゃ。わしと垂水博士は、鹿羽根博士が人間の心の闇の部分を増幅して邪悪なる『進化』をとげ、人間を捕食する生命体・『デス』を作り出したことを深く後悔し、研究をもうやめようと思った。だけど、不二人さんは『鹿羽根博士の件で責任を感じているのなら、彼の暴走を止めることが大事なんじゃないですか』とおっしゃって、今までどおり資金援助をして下さった。……そのおかげで、わしらは『デス』を狩る者・イクサバイバーを開発・完成させることができたのじゃ。……殉義君。改めて礼を言わせてほしい。『ありがとう』と」
東西博士は懐かしげにそう言うと、殉義に向かって深々と頭を下げた。
そんな東西博士の言動に当惑を覚えた殉義は、
「……これは自分がやったことではありません。祖父が東西博士たちのためにした行いです。東西博士。どうぞお顔をお上げ下さい」
と、「自分を特別扱いにしないで下さい」という思いをこめて、東西博士に言った。
顔を上げた東西博士に対して、殉義は問いかけた。
「それはそうと、『デス』は今どのくらいいるんですか? そして、『デス』と戦うイクサバイバーはいったい何人いるんですか?」
殉義の問いかけには烈人が答えた。
「『デス』の総数についてはまだわかっていません。……ただ、紅正義の革命党には、『デス』となった党員が何人かいると思います。さっきデモ隊に襲いかかった『デス』は革命党員だったし。……それから、イクサバイバーは俺ひとりだけです」
「君ひとりだけ!?」
殉義は驚きの声をあげた。
「たったひとりで、どれだけいるかわからない『デス』と戦っているっていうのですか!? はっきり言って無茶だ」
「刑事さん、レッドを見くびってくれちゃ困るな」
殉義の言葉に耐えかねたのか、リスターが話に割って入ってきた。
この展開に殉義は驚いた。
「!? 今、誰が自分に向かって話しかけてきたんですか?」
「こいつです」
烈人は殉義に左手首のリスターを見せながら答えた。
「俺のはめている腕時計・リスターは、俺がイクサバイバー・ブレイゾンへと『変進』するための核となるアイテムなんです。……リスターには超高性能の人工知能が装備されていて、俺がブレイゾンに『変進』しているときは的確なアドバイスを送ってくれるし、普段もこのようにしゃべったりするんですよ」
「……そうなんですか」
殉義はそう言いながらリスターをのぞき込んだ。
リスターはさっきの話の続きを殉義に聞かせた。
「レッドはこの数日間で、何体もの『デス』を倒してきたんだ。……数日前にイクサバイバーになったばかりのレッドがだぞ」
「烈人君の能力の高さは自分も否定しません」
殉義はリスターに向かって言い返した。
「しかし、『デス』を狩るべき存在であるイクサバイバーが烈人君ひとりだけでは、烈人君の身に何かあったときに誰が『デス』と戦うんですか? それに、『デス』が複数の地点に同時に出現したら、いくら烈人君でも対応しきれない。……イクサバイバーがひとりだけしかいない、というのは問題があります」
「……藤原さん」
烈人が殉義に問いかけてきた。
「あなた、いったい何が言いたいんですか?」
殉義はきっぱりと答えた。
「自分もイクサバイバーの力が欲しい。サキバサラの街を『デス』から守るためにも」
殉義は東西博士の方を向くと、東西博士の目を見つめながら深々と頭を下げて頼み込んだ。
「自分にも、烈人君と同じイクサバイバーの力を与えて下さい。お願いします」
東西博士は殉義に頭を上げるよう言うと、研究室に入った。
そして数分後、東西博士は右手にスマートフォンのようなものを持って戻ってきた。
「これはイクサバイバーへの『変進』ツールとなる『スマートセルラー』じゃ。……ちなみに、スマートセルラーにはリスターのような人工知能は搭載されておらんが、携帯電話としても使用可能じゃし、『デス』の出現を感知するシステムは組み込まれておる。それから、操作方法についてはスマートセルラーの『HELP』アイコンを押し、ヘルプ画面を表示させて調べてほしい」
殉義は東西博士の持ってきたスマートセルラーをひったくるかのように自分の手に取ると、子どもが新しいゲームを初めてプレイするときのように、きらきらと目を輝かせながらスマートセルラーを操作した。
そして数分後、殉義は満足そうに顔を上げて言った。
「スマートセルラーの操作方法、そしてスマートセルラーに記憶されているイクサバイバーの能力についてはおおむね理解しました。……これで自分も『デス』と戦えます。ありがとうございます」
殉義は本当に満足そうな笑みを浮かべていた。これで自分も『デス』と対等に戦うことができる、という喜びの笑みを。
そして殉義が新たなるイクサバイバーになったことを祝福するかのように、テレビからヒルーダの曲が流れていた。
――「旧い」って言われてもいい
「ダサい」って言われてもいい
私の気持ちは一直線
飾りなんかいらない
魂さえあればいい
私は言いますこの言葉
「あなたが好きです」――
そのときである。リスターのアラーム音と、スマートセルラーの着信音が同時に鳴り響いた。
「『デス』か!?」
烈人はリスターに問いかけた。
「その通りだ。北東エリアD-28地点に『デス』が現れた。……ちょっと待ってくれ。『デス』の反応が二つある」
「えっ? 二体の『デス』が同時に現れたっていうのか!?」
烈人が驚きの声をあげる。
「自分も確認しました。北東エリアD-28地点に、『デス』の反応が二つ。……『デス』が二体同時に現れたようですね」
スマートセルラーの画面を見ながら殉義が言葉を返した。
烈人はいらだちを顔に表しながら言った。
「こんなこと、今までなかったのに。……どういうことなんだよ!!?」
「それは自分にもわかりません」
殉義は静かに答えた。
「だけど、イクサバイバーは二人います。烈人君と自分とでこの二体の『デス』を狩りましょう!」
殉義は烈人に向かってそう言うと、車庫に置いてあった青いバイク――スマートセルラーで『変進』するイクサバイバー用に開発されていた、最高時速370kmを誇る超高性能バイク・『シリウスライナー』――に乗り込み、『デス』の出現した北東エリアD-28地点に向かって飛び出していった。
烈人もリスターから「レッド、俺たちも早く行くぞ」と促され、ブレイズストライカーに乗り込んで北東エリアD-28地点に向かった。
北東エリアD-28地点。そこは小さな町工場であった。
その工場は創業以来数十年の歴史を誇っていた。しかし、ここ数年は入社する者もほとんどなく、仕事自体も以前と比べるとずいぶんと少なくなっていた。
そこへ、紅正義首長による「青年層積極雇用」政策が実施された。
社長や幹部社員は大いに喜び、この工場に就職してくれる若者がたくさん来てくれることを、そして若い力によって活気ある職場が復活することを期待していた。
しかし、その期待に反して、この工場に就職を希望する若者はほんの数人だけであった。しかも、入ったはいいが一週間も経たないうちに全員自己都合退職してしまった。
その結果、この工場はサキバサラ行政に対して「青年層雇用促進負担金」として500万円を支払うことになった。
また、折からの景気の低迷のせいか、工場の赤字も徐々に増えている。
ついに社長は覚悟を決め、社員全員を解雇、工場を閉鎖することにした。
その行動に、社長はサキバサラ行政から目をつけられた。
初めは文書で「事業活動を終了しサキバサラの街から出て行くのであれば、『サキバサラ安定基金』に1000万円を拠出しなさい」という通達がなされたが、今のこの会社に、1000万円もの大金を支払う余裕などなかった。
次には電話で「街から出て行くんなら『サキバサラ安定基金』に1000万円拠出しろ」と強気の指示が出された。これに対して社長は「私どもは社員を全員解雇し、会社にはお金が残っていません。1000万円もの大金など支払えません」と返答した。
それを聞いたサキバサラ行政担当者は不快と怒りの入り混じった声で「じゃああんたの身に何があってもいいんだよね」と言い残し、電話を切った。
そして数日後。左腕に赤い腕章を巻いた革命党員が二名(一名は血気盛んな若者、もう一名は分別をわきまえた大人の雰囲気をかもし出している)、その工場に姿を現した。
「俺たちはサキバサラ首長・紅正義の使いの者だ!」
「社長さんはどちらにいらっしゃいますか?」
作業服に身を包んだ社長と思しき初老の人物が、2階の事務所から下に降りてきた。
「わしがこの会社の社長だが、わしに何か用か?」
「ふざけんな!!」
右側にいた血気盛んな革命党員が、両手で社長の胸ぐらをいきなりつかんだ。
「行政から話は聞いているはずだ! サキバサラから出て行くんだったら『サキバサラ安定基金』に1000万円拠出しろ、ってな」
「そのお話なら私どもには無理だと言ったはずだが」
「てめぇ! 俺たちに対して口答えする気か!? サキバサラ行政を、革命党をなめんじゃねぇよ!!」
社長の胸ぐらをつかんだ革命党員は、そう言いながら胸ぐらをつかんでいた両手を前へ突き出し、社長をお尻から地面に突き倒した。
「金がねぇだと? 嘘言うんじゃねえ! ……サビついた機械は金にならないかもしれねえが、この土地を売れば1000万くらい楽勝だろ!?」
社長はゆっくりと立ち上がりながら答えた。
「この土地も機械も既に売却済みだ。そして土地や機械を売った金は社員たちへの退職金や事業清算のための支払いで全部なくなった。私の手元にはもうわずかばかりの金しかない」
「ぁんだとぉ……!?」
社長の言葉に、若い革命党員はキレかけている。
それを、もうひとりの年長の革命党員が左腕を伸ばして制した。
そして年長の革命党員は、静かに、そして優しい口調で社長に言った。
「『サキバサラ安定基金』に1000万円を拠出する方法が、まだ『ひとつだけ』残っていますよ」
年長の革命党員はそう言うと、心を暗い闇で包み込み、灰色の侍のような『デス』――サムライデス――に姿を変えた。
腰を抜かし、その場にへたり込んだ社長を見据えながら、サムライデスは言葉を続ける。
「あなたも生命保険のひとつやふたつくらい入っているでしょう。あなたの死亡保険金から、『サキバサラ安定基金』にお金を拠出していただければ万事解決ですよ」
「それはいい考えだな」
サムライデスの後ろに控えていた若い革命党員も、心を黒い闇で満たして灰色のサルのような『デス』――モンキーデス――に姿を変え、歓喜の声をあげた。
「俺がこいつの肉や内臓を食いまくればいいんだよな」
血気にはやるモンキーデスをサムライデスは再び手で制した。
「それはダメです。『連続猟奇殺人事件の被害者』、つまり『デス』によって殺された者には死亡保険金が下りない事例がいくつか見られるようになってきました。……君がこの男を食うことについて、とやかく言うつもりはありません。ですが、その結果としてこの男の死亡保険金が下りなかったら、我々は『サキバサラ安定基金』に拠出してもらわねばならない金を得られなくなってしまう。そうなれば正義様が我々に対してどういう処罰を下すのか、君にも想像はつくでしょう。……ここは私が腰の刀でこの男を一刀両断し、警察を呼びつける。そしてこの事件がいわゆる『普通の殺人事件』に認定されたら、この男の身内に支払われるであろう死亡保険金を私たちが社長の遺族からいただけばいい。……君にしてみれば面倒なことかもしれませんが、それが最も確実な方法です」
サムライデスの説得に、しぶしぶながらもモンキーデスは従うことにした。
それを見てサムライデスは左腰から刀を抜き、切っ先を社長に向けた。
「下手にジタバタしない方が楽に死ねますよ」
がくがく震える社長に向かって、サムライデスは刀を振り上げた。
そのときである。赤と青の二台のバイクが爆音とともに工場の敷地内へ弾丸のように飛び込んできた。
そしてバイクの搭乗者たちはヘルメットを脱ぐと、二体の『デス』に向かって鋭い視線を投げかけた。
赤い服に身を包んだ赤いバイクの搭乗者――垂水烈人が『デス』を指差して叫んだ。
「お前たちの悪しき野望は俺たちイクサバイバーが打ち砕く!」
烈人の隣に立つ青いバイクの搭乗者――藤原殉義が、烈人の言葉に呼応する。
「『デス』は法では裁けぬ存在。ならば自分がお前たちに判決を言い渡す。……死刑だ」
突如として現れた烈人と殉義の言葉に、二体のデス、特にモンキーデスは激しい不快感を抱いた。
「何が死刑だ!! 逆に俺がお前らの肉を食わせてもらうぜ!」
モンキーデスが烈人と殉義のところへ猛ダッシュしてきた。
烈人はリスターの外周部にあるチャージングジャイロを回転させてブレイズチャージャーを起動させ腰に巻くと、左手にエヴォルチェンジ・メモリカードを持ち、両手を前に突き出した。
殉義はスマートセルラーの画面に映っている『EVOLCHANGE』のアイコンをタップした。すると、殉義の腰に、スマートセルラーを格納するための空間の空いたバックルのついた銀色のメタリックなベルト―狼虎チャージャー―が出現した。
烈人は両手を前に突き出した姿勢で「変進!」とコールし、エヴォルチェンジ・メモリカードをブレイズチャージャーの左側のメモリスロットにセットした。次の瞬間、「Blaze-on!」の音とともに烈人の全身は炎のオーラに包まれ、そしてそれを吹き飛ばすかのようにして、赤いイクサバイバー・ブレイゾンが姿を現した。
殉義は携帯電話で通話するかのようにスマートセルラーを顔の横に持ってくると、「変進!!」とコールしてスマートセルラーを狼虎チャージャーにセットした。
次の瞬間、「WolfTiger」という音声がスマートセルラーから発せられ、殉義の全身は氷のようなオーラに包まれた。
そして数秒後、彼を包み込んだ氷のオーラを中から打ち砕くかのように、狼の顔のような仮面に青いアーマーと白いダイバースーツに身を包んだイクサバイバーが出現した。
「自分はイクサバイバー・狼虎」
殉義が『変進』したイクサバイバーは自らをそう名乗った。
「黒き闇を切り裂く銀の刃が、悪しき魂を打ち砕く!!」
狼虎は『デス』に向かってそう言い放つと、社長の近くにいるサムライデスに向かって突っ込んでいった。
ブレイゾンもいつものように左肩を前に一回転させてコキリと肩を鳴らすと、
「「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
の決めゼリフとともにモンキーデスに飛びかかっていった。
だがモンキーデスは見かけからは想像できないほどの素早さでブレイゾンを翻弄し、鋭い爪と牙でブレイゾンにダメージを与えつつあった。
接近戦では不利だと判断したブレイゾンは、バックステップで敵との距離を取ると、ブレイズトリガーでモンキーデスを撃った。
モンキーデスは素早さではブレイゾンを上回っていたが、ブレイゾンの精確な銃撃の前に徐々にダメージを受け、チャンスとばかりに飛び込んできたブレイゾンのスイクルバーニングを喰らってはるか向こうへと蹴り飛ばされた。
(「今だ! レッド。ブレイズエクスプロージョンだ!!」)
リスターの指示を受けたブレイゾンは右のメモリスロットにブラストエンド・メモリカードをセットした。
ブレイズチャージャーから放たれた光によって動きを止められたモンキーデスから、ブレイゾンに向かって1、2、3、4、5のホログラフが出現する。
「ブレイズエクスプロージョン!!」
ブレイゾンは絶叫とともにモンキーデスに向かって必殺の飛び蹴りを放った。
「Five」「Four」「Three」「Two」「One」「Blaze-on!!」
ブレイゾンの飛び蹴りがホログラフを突き破り、モンキーデスの胸板に炸裂する。
「爆散」
ブレイゾンがモンキーデスに死の宣告を下すや否や、モンキーデスの全細胞は爆発を開始し、「うっきーーーーー」という絶叫とともに、モンキーデスは跡形もなく砕け散った。
一方、サムライデスに向かって突っ込んでいった狼虎は、ベルトの左腰にさげているサーベルの柄を右手に持つと、柄の先端をサムライデスに向けた。
狼虎のサーベル――ブリザーベル――の柄の先端から、『デス』の体を貫通する氷のような弾丸・ブリザーベルショットが1秒間に5発のペースで連射される。
サムライデスはブリザーベルショットの前になすすべがなく、一方的に狼虎の攻撃を受け続けた。
そして狼虎はスマートセルラーの刀のアイコンをタップしてブリザーベルの刃・ブリザーベルエッジを出現させると、硬度9.9を誇るブリザーベルエッジで何度ともなくサムライデスを斬りつけた。
サムライデスは大きなダメージを受けてよろけた。
そんなサムライデスを冷たく見据えながら、狼虎はスマートセルラーの『BLAST END』アイコンをタップした。
「Blast End」という冷たい機械音が響き渡った次の瞬間、サムライデスは真冬の冷たい満月に照らされたかのように全身を光で包まれ、動けなくなった。
狼虎は右足を大きく引き、左半身の姿勢を取った。
狼虎の右手に持たれたブリザーベルには、氷のように冷たく、突きによる攻撃に特化した刃・クリスタルエッジが出現している。
ブリザーベルの切っ先がサムライデスの胸元に向けられたその瞬間、狼虎は右足で地面を蹴り、右半身を前に押し出しながらブリザーベルで突きを放った。
「クリスタルスラスト!!」
満月に向かって吼える狼のような狼虎の声とともに、触れたものすべてを凍らせるかのようにクリスタルエッジが伸びてサムライデスの胸板を貫いた。
ブリザーベルに刺し貫かれたサムライデスは全身が凍りついたかのようになった。
そしてブリザーベルを抜き、柄を左腰に戻した狼虎は、サムライデスに背を向けて死の宣告を放った。
「閃壊」
サムライデスの凍りついた全細胞が、ガラスが割れて粉々に砕け散るかのように、バリーンという高い音をあげて粉々になった。
二体の『デス』を狩ったイクサバイバーの二人は、いったい何が起こったんだ、という表情をしている社長に対して「もう大丈夫だぜ」「あなたを殺そうとした奴らは自分たちが『狩り』ました」と言い残し、自分たちの乗ってきたバイクに乗って風のようにその場から去っていった。