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第2話 ~正義("JUSTICE", the revolutionist of Sakibasara)~

 サキバサラ南東エリアC-1地区。そこに、この街で最も巨大なビルが建ち誇っていた。

 電車の車窓からも見ることができる地上100階建てのこの巨大建造物・サキバサラセントラルビルディングのオーナーは、この数年で一気にサキバサラ最大の富豪となった、この時代の寵児・三輪みわ明輝良あきらであった。

 明輝良は凄腕のデイトレーダーである。彼は得意とする株式・債券取引で一日のうちに数十億円から数百億円もの利益を得、またたく間に彼はサキバサラの街の上流階級の地位を手に入れた。さらに、明輝良が投資した事業はことごとく成功し、明輝良は投資額の数倍から数十倍の利益を得ていた。今や、明輝良の資産総額は数兆円であるとも言われている。

 また、明輝良はヒルーダのチーフプロデューサー・下里しもさと太地たいじとも関係が深く、ヒルーダに対して多大な額の資金援助をしている。逆に、ヒルーダが稼ぎ出した売り上げの約半分は、太地を経由して明輝良の懐をうるおしていた。つまり、明輝良はヒルーダにとって最大のスポンサーであり、ヒルーダは明輝良が投資した事業のひとつなのである。


 垂水烈人がサキバサラの街を訪れる前日のことであった。

 明輝良はサキバサラセントラルビルディング最上階の自室に太地を呼び出した。

「失礼いたします」

 ひとりの中年男性が思い切り腰を低くし、明輝良に媚びるような表情を浮かべて入ってきた。

 この男がヒルーダのチーフプロデューサー・下里太地である。年齢は40代後半から50代くらいと思われる。頭は薄くなりかけており、顔は脂ぎっている。相当長い間着込んだグレーのスーツに身を包んだその姿は、どこから見ても冴えない中年である。

 そんな太地に対して、白いスーツに黒いシャツ、白いネクタイを締めて、スーツの胸ポケットに赤いバラを挿した美青年の明輝良は『これはビジネスです。僕とあなたは対等の関係なんですよ。変に媚びなくてもいいですから』ということを表情に出しながら問いかけた。

「……ここのところ、ヒルーダは全体としての人気が微妙に下降気味ですね」

「申し訳ございません」

太地は額が床につくくらいに深々と頭を下げた。

「各エリアのマネージャーにもっと気合を入れて売り込め、と、きつく申しておきます」

「お願いしますよ。『女帝エンプレス』の復帰とそれを記念する映画の撮影開始も間近に迫っているんですからね」

明輝良はビジネスパーソン風の、私的感情を一切まじえない口調で太地にそう言った。

「かしこまりました」

太地は明輝良に向かってそう言うと、再び明輝良に向かって深々と頭を下げた。

 そして太地が顔を上げた瞬間、明輝良は別の話題を太地に持ちかけた。

「……話は変わりますが、もうすぐサキバサラ首長選挙がありますね。僕としては、革命党かくめいとう党首のくれない正義せいぎ氏を推したいんですが」

 ここで、明輝良の座るソファの左側のドアが開いた。

 そこから、黒い長髪の先端(特に前髪の先端)を金色に染め、左耳に赤いピアスをした、白いシャツの上から赤いネクタイをゆるく締め、黒いジャケットにズボン、左腕に赤い腕章を巻いた、服の上からでも筋肉がビルドアップされていることがわかりそうな、身長190センチくらいの、女性受けしそうないわゆる「マッチョ」な「イケメン」(だが男の目からしたら「チャラチャラしている奴」に見えるかもしれない)の20代後半から30代前半くらいの男性が中に入ってきた。

わたくしが革命党党首・紅正義です」

見た目のチャラチャラさからは思いもつかないような丁寧な口調で、正義は太地に向かって自己紹介をした。

 それと同時に、ヒルーダが歌う正義の応援ソングのデモテープが部屋中に響き渡った。


――Justice! 恋する少女おとめは待っている

  白馬に乗った王子様を

  Justice! 恋する思いは一直線

  貴男あなたに届け 恋の呪文


  草食男子じゃ物足りない

  力ずくで奪い取って

  熱く響く 貴男あなたの鼓動

  世界そのものを変えてしまう


  Justice! 恋する少女おとめは信じてる

  赤く燃える 熱い血潮

  Justice! 恋する思いは一直線

  貴男あなたに届け 私の想い――


 デモテープが流れる中、正義は太地に向かって語りかけていた。

わたくしのマニフェストは、『サキバサラを未来ある若者たちのための街にすること』です。既存権益の甘い蜜を吸っている政治屋の年寄りどもを行政の場から完全に一掃し、そして青年層の失業者や非正規雇用者をゼロにすることで若者たちの生活基盤を確立させ、若者たちの力で、サキバサラの街をさらに輝かせる。それがわたくしの願いなのです。……つきましては、わたくしの選挙活動に、この街で絶大な人気を誇っているヒルーダの皆さんのお力をお借りしたいのです。もちろんタダでとは申しません。わたくしが首長となったあかつきには、ヒルーダの皆さんが十二分に活動できるように、ヒルーダに公共施設使用の最優先権を与えましょう。また、警察に圧力をかけ、『デス』に関するすべての事件の捜査を打ち切らせます」

 正義の今の言葉を聞いて、今まで米つきバッタのようにぺこぺこしていた太地の目の色が変わった。

「紅さん。あなた……どうして『デス』のことをご存知……」

 ここで正義は厳しい顔をして手を前に突き出し、太地にこれ以上何も言うな、という態度を示した。

 だがすぐに元の穏やかな顔に戻ると、正義は

わたくしがサキバサラ首長になることは、あなたにとっても、ヒルーダにとっても、サキバサラの街にとっても、そしてあちらにいらっしゃる三輪さんにとっても、もちろんわたくしにとっても、プラスにこそなれ、マイナスになることは決してありません。どうかご協力のほどよろしくお願いいたします」

と言いながら太地に向かって右手を差し出した。

 正義の瞳には、自分の力で本気になってサキバサラを変えてやるんだ、という熱い炎が燃えている。

 サキバサラを変えようという正義の熱い思いを受け止めるかのように、太地は正義が差し出した右手をがっちりつかんで握手した。

「こちらこそ。……サキバサラのトップアイドル、ヒルーダを選挙応援に出させるのですから、必ず当選して下さいよ」

 このとき、正義の瞳にも太地の瞳にも、野望の光が浮かんでいた。

 そしてそんな二人の様子を、明輝良は水割りを片手に、満足そうに眺めていた。


 サキバサラ首長選挙の告示がなされた。

 街のあちこちには選挙ポスターを貼るための掲示場が設置され、24時間眠らない街・サキハバラを治めるのはいったい誰になるのか、という雰囲気を盛り上げようとしている。

 しかし、選挙管理委員会の思惑とは裏腹に、サキバサラ首長選挙に対する人々の関心は非常に低かった。

 サキバサラ首長選挙の立候補受付開始日に立候補のための書類を提出したのは、届出順に、

 「サキバサラ健全化委員会」委員長・浜風はまかぜみなみ

 五選目の当選を目指す現サキバサラ首長・長船おさふね香登かがと

の二名であった。

 この二名の対決図式は、前回、前々回の首長選挙とまったく同じであった。

 浜風はサキバサラの文化的退廃を憂い、「女性が男性の性的欲求を充足させるための道具として描写されている」あらゆるゲーム、アニメ、漫画等を厳しく規制し、女性も男性と同じひとりの人間として平等に扱われるべきである、ということを訴えている。

 一方、長船は自分が首長となってから行ってきたさまざまな政策により、オタクのたまり場に過ぎなかったサキバサラを、24時間休むことなく最新情報を発信し続ける超未来的文化都市へと生まれ変わらせた実績を広くアピールしていた。

 しかし、サキバサラの住民の大部分は二人の主張に聞く耳を持たず、投票率も非常に低かった(前々回の首長選挙の投票率は32.8パーセント、前回の首長選挙の投票率は29.9パーセントであった)。それでも、長船と浜風の得票率には大きな差があり、前々回、前回ともに、長船は有効投票数の約9割という圧倒的な支持を受けて当選していた。


 だが、今回の選挙はこれまでのしらけムードの選挙ではなく、文字通り街全体を巻き込む一大イベントとなった。

 そのきっかけとなったのが、立候補締め切り5分前に立候補手続きを済ませた第三の候補者、革命党党首・紅正義である。

 彼は立候補の手続きを済ませると、ただちにサキバサラ駅南西部に広がる立見専用の野外ライヴスペース・『ゼファー』に向かった。そして左腕に赤い腕章を巻き、ロックバンドのヴォーカルのようないでたちをして人々の前に姿を現した。

 その後ろにはロックバンドのメンバーのような姿をした、左腕に赤い腕章を巻いた革命党の党員が既に楽器の前で控えていた。

 いきなりの耳をつんざくようなギターの音色に続いて、ヴォーカルである正義の立候補第一声ライヴが始まった。


――俺は紅正義 首長選挙の候補者さ

  俺たちの手で この街を変えようじゃないか

  若者の働く場を奪うクソジジイどもを ぶっ潰そうぜ!

  若者のカルチャーを奪うクソババアどもを ぶっ潰そうぜ!

  そうさ サキバサラは俺たちの街だ

  俺たちが育てていく 光あふれる街さ!!

  俺は紅正義 首長選挙の候補者さ

  君たちの一票を 俺に投じてくれ よろしく!――


 しかし、正義の熱唱に対する反応は冷たかった。またどこかのストリートアーティストが好き勝手に歌っているだけだな、という程度の反応しかなかった。事実、正義の歌は下手ではないにしても、他人ひとの心を振るわせるほどうまいものではなかった。

 そこへ、マイクを持った正義が、道行く群集に向かって声をかけた。

「皆さん、はじめまして。俺は革命党からサキバサラ首長選挙に立候補した紅正義です。……今日は俺の選挙運動を応援するために、ヒルーダのユニットのひとつであり、サキバサラ南西エリアを主な活動エリアとしている『F-Resh!(エフ・レッシュ)』の三人、柴山しばやま香住かすみちゃん、重安しげやす美祢みねちゃん、高平たかひらましろちゃんが来てくれました!! ……みんな! 大きな拍手で『F-Resh!』の三人を迎え入れてくれ!!」

 正義がそう言った瞬間、場の雰囲気はがらりと一変した。道行く人々の足は『ゼファー』のステージに向かい、生の『F-Resh!』を一目でも見ようとする黒山の人だかりができた。

 そんな中、『F-Resh!』の三人が『サキバサラ首長選挙候補者 紅正義』と赤地に白い文字で書かれたたすきを衣装の上からかけ、左腕に赤い腕章を巻いた姿で、正義の横に駆け寄ってきた。

 『F-Resh!』の三人はアイドルらしく胸の前に持ってきたマイクを両手で握り、

「いつもありがとう。柴山香住です!」

「元気してたかな? 重安美祢です!」

「こんにちは。高平ましろです!」

と名乗りを上げた。

 そして三人は一斉に、

「今度のサキバサラ首長選挙では、『F-Resh!』だけでなく、ヒルーダのすべてのユニットは紅正義さんを全面的に応援しちゃいます。紅さんは、この街で頑張っている人たちを全面的にバックアップし、サキバサラの街をより強く輝かせようとしています。だから、今度のサキバサラ首長選挙では、紅正義さんに皆さんの一票を投じて下さい。紅正義さんをよろしくお願いします!!」

と、群集に向かって呼びかけ、正義の歌う曲にアレンジを加えた歌を歌い始めた。


――あの人は正義 あの人が正義

  自分の手で この街を変えていこう

  古いオジサンは もう要らない

  固いオバサンは もう要らない

  そうさ サキバサラは私たちの街

  私たちが育てて行く 光あふれる街さ!!

  あの人は正義 あの人を応援しよう

  皆さんの一票を 紅正義に よろしく!――


 『F-Resh!』の歌が終わった瞬間、大地を震撼させるかのような重低音の響きが群衆の中から起こった。『F-Resh!』が、この群集を紅正義の支持者に変えたのである。

 興奮の絶頂にあった群集に向かって正義は問いかけた。

「今度のサキバサラ首長選挙、俺に投票してくれるよな!!?」

 再び、大地を震撼させるかのような重低音の響きが群衆の中から起こった。

 そしてあちこちから、

「紅! 俺はあんたに期待するぜ!!」

という男性の声や、

「正義様のためなら私、すべてを投げ打ってもいいわ!」

という女性の声が聞こえてきた。

 最後には、群集は拳を突き上げながら「正義! 正義!」と、リング上で闘うプロレスラーに向けて応援のコールをするかのように正義コールを送っていた。

 正義はそんな群集に向かって、左腕に巻いた赤い腕章に視線を送りながら、

「応援ありがとう! 俺は必ずやる。サキバサラに革命を起こしてやる。この赤い血の燃えたぎる真紅の腕章に誓って!!」

と絶叫し、赤い腕章の巻かれた左腕を天に向かって突き上げた。

 興奮冷めやらぬ中、正義はバックステージに下がってきた。そして笑顔で「協力してくれてありがとう」と言いながら『F-Resh!』の三人と握手を交わし、あらかじめ呼び寄せていたタクシーに『F-Resh!』の三人を乗せると、タクシーの姿が見えなくなるまで三人を見送った。

 そして正義は満足そうにひとつうなずいた。

(「これで南西エリアは俺のものだ。……ヒルーダの手を借りなきゃいけないってのが歯がゆいがな。だが今は仕方ない。ヒルーダの人気と知名度を目いっぱい利用させてもらう」)


 正義は南西エリアで行ったこの手法と同じ手法を、他の三つのエリアでも行った。どのエリアでも、正義の応援に駆けつけたヒルーダのメンバーを一目見ようという人々でごった返し、最後には、集まった人々は熱烈な正義の支持者となっていた。

 正義が北西エリアに来たときには、烈人とひとみもその様子を見に行った。

 他のエリア同様、正義を応援するために、北西エリアを活動拠点としているヒルーダのユニット・『マリンブロッサム』の総社そうじゃ清音きよね常盤ときわ草江さえが駆けつけていた。

「マリンブロッサムのセネちゃんとトッキーだよ! ……それに、よく見ると紅正義ってイケメンじゃん。私、絶対紅正義に投票する!!」

 ひとみは他の群集と同様にキャーキャー浮かれていたが、烈人はその様子を冷静に観察していた。

 そんな中、偶然にも烈人と正義の視線が一瞬重なった。

 烈人は正義の瞳の奥に隠れている真っ黒な闇を感じ取り、全身がびくりと震えた。

「どうした? レッド」

リスターが烈人に問いかけてきた。

 烈人は時計の時刻表示を見るような動きをとってカモフラージュしながら、

「今、紅正義と一瞬目が合ったんだけど、あの紅正義って奴、心の奥底にとても大きなどす黒いものを持っている。あいつ、とんでもない奴だぞ」

と、リスターの問いかけに答えた。

(「あの男、ただ者じゃない。……なんて言えばいいのかわからないけど」)

烈人は心の中で紅正義という人物をそう評価していた。


 投票日が近づくにつれ、選挙戦はさらに熱を帯びてきた。いや、度を過ぎるほどに激化していった。

 首長選挙候補者ポスター掲示場に貼られていた長船香登と浜風みなみのポスターが、あちこちで熱烈な正義ファンの手によって引きはがされたのである。そのたびに、長船・浜風両候補の選挙スタッフはポスターを貼り直すのだが、今度は別の掲示場のポスターがはがされる、と、いたちごっこ状態になっていた。

 候補者ポスター掲示場に貼られている候補者のポスターに傷をつけたりポスターをはがしたりするのは選挙違反であるが、その行為のあまりの多さに、選挙管理委員会はその状況を手をこまねいて見ているしかなかった。

 そして、サキバサラ駅前で行われた正義の対立候補である浜風みなみの街頭演説では、群集から「うるさい」「やめろ」と物が投げつけられ、ついには「帰れ」コールの大合唱が起こっていた。

 このあまりにもひどい仕打ちに、浜風は涙を禁じえなかった。

わたくしは、サキバサラを健全な街にしたい、この街に住む人が誇りを持つことのできるサキバサラにしたい、ただその一心で皆さんにわたくしの主義主張をお話しているのです。それなのに、物を投げつけたりとか『帰れ』とか言うのはあまりにもひどすぎるんじゃありませんか!!?」

 だがこの場合、浜風のこの言動は逆効果であった。浜風の選挙スタッフによる通報を受けて警察が出動したため物を投げつける者はいなくなったが、浜風への野次は、さらにひどく、さらに醜いものとなっていた。

「泣きゃいいってもんじゃねーんだよ、クソババア!」

「なにお高くとまってんのよ! 同じ女として恥ずかしいったらありゃしない」

「オバタリアンはせんべいでも食いながらテレビのワイドショーでも見てろ!」

「てめーのは『演説』じゃねぇ。『騒音』だ!」

「お前にサキバサラの首長になってほしいって思ってる奴なんか、ひとりもいねーっての!!」

「そうだそうだ!!」

「みなみは帰れ!」「みなみは帰れ!」

 浜風の存在すべてを否定するかのような激しい野次と「みなみは帰れ」のチャントの嵐の前に、彼女はがっくりと肩を落とした。そして両肩をスタッフに支えられながら、失意の彼女はその場からフェードアウトしていった。


 失意のうちに浜風は選挙事務所に戻ってきた。

「……街頭演説をやっても、誰も私の話を聞いてくれない。聞こえてくるのは罵声と野次ばかり。……前々回の選挙のときも、前回の選挙のときも、そこまではひどくなかったわ」

 言いながら、浜風はしだいに涙声になっていた。

「私……選挙に出るべきじゃなかった!!」

 浜風はその場にがっくりと膝をつき、両手で顔を覆って激しく嗚咽した。

 すかさず、浜風の選挙スタッフは一斉に浜風を取り囲み、浜風の目の高さまで下りてきて次々に励ましの言葉を投げかけた。

「浜風さんは悪くありません。僕らは、浜風さんの政策に共感したから、浜風さんを応援しているんです」

「サキバサラのことを本当に、真剣に思っているのは浜風さんだけです」

「私たちはどこまでも浜風さんについていきます。だから元気を出して下さい。そして選挙戦を頑張っていきましょう!」

「長船首長の長期政権に終止符を打ち、サキバサラの新しい時代を切り開いていくのは浜風さんです。ヒルーダと手を組んだ派手なパフォーマンスで人々を操る紅正義なんて奴に、サキバサラを変える力なんかありません! サキバサラの新しい首長は浜風みなみです。長船香登でもなければ紅正義でもありません!!」

 スタッフたちの熱い言葉を受けて、浜風は涙をふいて顔を上げ、再び立ち上がった。

「みなさん……本当にありがとうございます。私、どうかしていたみたいです。でももう大丈夫。明日からまた選挙戦、一緒に戦っていきましょう」

 浜風の力強い言葉に、期せずして場に拍手の渦が巻き起こった。

 そこへ、勝手に選挙事務所のドアを開けて、全身白い服に身を包み、左袖に赤い腕章を巻いた男が入り込んできた。

「君はいったい何者だ! 出て行きたまえ!!」

浜風の選挙スタッフのひとりが、入り込んできた男に向かって厳しい口調で怒鳴りつけた。

 しかし、その男は浜風の選挙スタッフの言葉を無視し、さらに一歩中へ入り込んだ。

「俺は通りすがりの革命党員でね……」

 彼がそう言った次の瞬間、彼は心を暗い闇で満たし、全身が灰色の、カエルのような『デス』形態――フロッグデス――へと姿を変えた。

 この展開に、浜風の選挙スタッフは全員驚き、腰を抜かした。

「浜風みなみの選挙事務所に行って浜風みなみを襲え、って上から命令されたもんだからさ、その命令を果たしに来たんだよ」

 フロッグデスはそう言いながら大きく口を開き、カエルが舌を伸ばして虫を捕まえるかのように舌を伸ばして浜風を捕らえた。

「浜風さん!!」

 スタッフの絶叫と悲鳴とが交錯する中、フロッグデスは浜風を一気に自分の口の中へ引きずり込み、飲み込んだ。

 それはまさに一瞬の出来事であった。

 フロッグデスは何事もなかったかのように「任務完了」とつぶやき、その場から立ち去ろうとした。

 ところが、フロッグデスは不意に足を止め、浜風を失い呆然としているスタッフたちの方へ顔を向けると、

「中途半端に人を食ったら余計に腹減ってきたぜ」

と言うや否や、舌を伸ばして次々とスタッフを飲み込んでいった。


 『デス』出現の反応を受けて現場に向かった烈人が浜風の選挙事務所に到着したときには、最後の一人まで残らず飲み込んだフロッグデスが満足げな表情を浮かべていた。

「貴様! そこで何をしている!?」

 烈人の鋭い声を受けて、フロッグデスはゆっくりと烈人の方へ向き直った。

「全部食ったと思ったんだけど……まだ一匹、食い残した奴がいるようだな」

 フロッグデスはそう言うと、烈人に向かって舌を伸ばしてきた。

 烈人はフロッグデスの舌をジャンプしてかわし、リスターのチャージングジャイロを回転させてブレイズチャージャーを起動させると、腰にブレイズチャージャーを装着して着地した。そしてすかさず、エヴォルチェンジ・メモリカードを右手に持って両腕を前に突き出すと、

変進エヴォルチェンジ!!」

の発声とともにエヴォルチェンジ・メモリカードをブレイズチャージャー左側のメモリスロットにセットした。

 次の瞬間、ブレイズチャージャーから「Blaze-on!!」の音声が響き、烈人はイクサバイバー・ブレイゾンへと『変進』した。

 ブレイゾンは左肩を一回前方向に回してコキリと肩を鳴らし、左手でフロッグデスを指差すと、

「闇より生まれし邪悪な生命いのち、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」

の決めゼリフを放った。

「うるせぇ!」

フロッグデスはそう言い返すと、ブレイゾンに向かって舌を伸ばしてきた。

 ブレイゾンはそれをジャンプしてかわした。

 だがブレイゾンのその行動を見透かしたかのように、フロッグデスの舌はブレイゾンの左足に巻きついていた。そしてフロッグデスは、捕らえたブレイゾンを自分の腹の中へ引きずり込もうとしている。

(「レッド! メモリカードホルダーから『ブレイズトリガー・メモリカード』を抜いて右のメモリスロットにセットしろ!」)

 烈人の脳裏に響いたリスターの声を受け、ブレイゾンは右腰のメモリカードホルダーから、拳銃のイラストと『Blaze Trigger』という文字の書かれたメモリカードを抜き、ブレイズチャージャー右のメモリスロットにセットした。

 ブレイズチャージャーから「Blaze Trigger!」という声が響き、ブレイゾンの右手に、炎の光弾を放つ拳銃・ブレイズトリガーが出現した。

 ブレイゾンはブレイズトリガーの銃口をフロッグデスの口の中に向けると、引き金を引いて炎の光弾を発射した。

 この一撃はフロッグデスの舌の付け根を撃ち抜いた。フロッグデスの舌は本体から引きちぎられ、フロッグデスは舌の付け根から緑色の血液のような液体を放出させながら悶絶した。

 ブレイゾンはさらに追撃すべく、ブレイズチャージャー上部の左のボタンを押した。

 ブレイゾンの左脚に熱い炎が宿る。

 そしてブレイゾンはジャンプしながら、左脚で炎の飛び廻し蹴りを放った。

「スイクルバーニング!!」

 約10トンの衝撃力を持つこの一撃を喰らったフロッグデスは、事務所の壁をぶち破って外に放り出された。

(「レッド! とどめだ!!」)

 リスターの声に応えるかのように、ブレイゾンは右メモリスロットに入っていたブレイズトリガー・メモリカードを抜くと、ブラストエンド・メモリカードを右メモリスロットにセットした。

「Blast End!!」

 ブレイズチャージャーから放たれた光を浴びたフロッグデスは、その場で身動きが取れなくなった。そして、1、2、3、4、5のホログラフがブレイゾンに迫ってきた。

 ブレイゾンは5のホログラフに向かって飛び蹴りを放った。

「ブレイズエクスプロージョン!!」

 ブレイゾンがホログラフを突き破るたびに、「Five」「Four」「Three」「Two」「One」の音が響き、ブレイゾンが加速していく。

 そして「Blaze-on!!」の音とともに、ブレイゾンの飛び蹴りがフロッグデスを直撃した。

 フロッグデスは十数メートル向こうへ蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた。だが、まだ終わりじゃないぞとばかりに、フロッグデスはゆっくりと立ち上がってきた。

 しかし、それはフロッグデスの最後の抵抗であった。

 ブレイゾンはフロッグデスに背を向け、死の宣告ともいうべき言葉を放った。

「爆散」

 次の瞬間、フロッグデスの全細胞が一斉に爆発を起こし、フロッグデスは絶叫とも悲鳴ともつかない声をあげながら、この世界から消滅した。

 そしてブレイゾンは垂水烈人の姿に戻り、烈人はブレイズストライカーに乗って走り去っていった。


 数日後、サキバサラ首長選挙の投票が行われた。

 驚くべきことに、投票率は90パーセントを超えていた。

 そして紅正義は、現首長である長船香登に圧倒的な大差をつけて当選し、新しいサキバサラ首長となった。

(もうひとりの候補者であった浜風みなみについては、選挙戦の途中で選挙事務所が何者かの手によって破壊され、それを放置したままスタッフともども行方不明になったということもあってか、彼女に票を入れた有権者は数えるほどしかいなかった)

 サキバサラ首長となった正義は、報道陣を迎えての第一声でこう言い放った。

「ただちにサキバサラ議会を解散し、サキバサラ議会議員選挙を行います」

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