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第20話 ~烈人("ExSurvivor Blaze-on", "Human Death", "Retsuto Tarumi")~

ブレイゾンブラストは、イクサバイバー・ゲヘナの必殺技(ブラストエンド)『ヘヴン2(トゥ)ヘル』の直撃を受けて紫色の炎に包まれた。

 しかし、その炎の中から、赤い髪と灰色の肌をした、上半身裸で左肩に『死』という文字に似た血の色のアザを持つ男が現れた。

 その男――『デス』の力に目覚めた垂水烈人(ヒューマンデス)――はゲヘナに向かって叫んでいた。

「この程度の攻撃でこの俺を、『ヒューマンデス』・垂水烈人を倒せると思っているのか!!?」

 『デス』と化した烈人のこの言葉に、ゲヘナは、そして二体のイクサバイバーが交戦中であることを知って現場に駆けつけた殉義やAHDU(アーデュ)のメンバーは驚きを隠せなかった。

 だがゲヘナはすぐに身構えると、再びヘヴン2(トゥ)ヘルを叩き込むべく、ベルトのバックルを右の親指で押した。

「Blast End!」

 ゲヘナは『ヒューマンデス』となった烈人を光で包み込み、烈人に向かって猛然と突っ込んでいくと、「ヘヴン!」の発声とともに左手のトンファーを烈人に向かって振り上げた。

 しかし、烈人はゲヘナの光の結界を自力であっさり打ち破ると、一撃を放たんとする左のゲヘナトンファーを右手でがっしりとわしづかみにした。

「俺に同じ手は通じねぇぞ!!」

烈人はそう言うや否や、左足でゲヘナの胸板を蹴り飛ばした。

 烈人の蹴りを受けたゲヘナは十数メートル向こうまで吹っ飛ばされ、両手に持っていたゲヘナトンファーはゲヘナの手を離れて地面に転がった。

 血の色に染まる『死』という文字に似たアザが熱を帯びてうずく左肩をコキリと鳴らしながら、烈人は一歩、また一歩とゲヘナに向かって近づいてくる。

(「垂水烈人がうちと同じ『デス』だったなんて……。しかもヘヴン2(トゥ)ヘルが通じないほど強かったなんて……。うちの想定外だった。……佐奈。かなえ。すまねぇが今は撤退させてもらうよ。だけどすぐにリベンジするから、ま、少しだけ待っててほしいんだけどさ」)

 ゲヘナは手元の土を烈人の目に向かって投げつけると、烈人が一瞬ひるんだ隙に、この場から離脱した。


 闘う相手を失った烈人は、その場にいた殉義やAHDUのメンバーの方に顔を向けた。

「次に俺にられたいのはてめーらか」

烈人はそう言うと、殉義たちの方へ歩を進めてきた。

 殉義は烈人が『デス』であることに驚きを禁じえなかった。

 だが、たとえ相手が烈人であっても、『デス』を狩るのがイクサバイバーの務めである。

 殉義はスマートセルラーの『ROYALE』アイコンをタップし、スマートセルラーを通話するかのように構えた。

 そのときである。

「殉義さん! 『変進』するのはちょっと待って!! あそこにいるのはレッドなんだよ」

 ひとみが殉義の右側から抱きつくかのようにして、殉義の『変進エヴォルチェンジ』を止めようとした。

 そんなひとみに対して、殉義は冷たく言い切った。

「ひとみさん。たとえ相手が烈人君であっても、ここにいる人たちに危害を加えようとするのであれば、自分は烈人君を『デス』だと認識し、狩らなければなりません」

 そして殉義は再びスマートセルラーを構えようとした。

 だがその手をひとみが再び制した。

「殉義さん。私がレッドを説得する。……ここにいる人たちの中で、いちばん長くレッドとつき合ってきたのは私だよ。私の言うことだったらレッドもわかってくれるはずだから。きっと」

 ひとみの真剣な言葉とまなざしとを受けて、殉義はスマートセルラーを構えていた右手を下におろした。

「……わかりました。ここはひとみさんにお任せします。しかし、烈人君がひとみさんに危害を加えるような動きをしたときは、自分はすぐさま狼虎ロワイアルに『変進』して烈人君、いや、ひとみさんを襲う『デス』を狩ります。よろしいですね?」

 殉義の問いかけに対してひとみは大きくうなずき、そして烈人に向かって歩を進めていった。

 ひとみは烈人の前で止まり、敵意と殺意のこもった目をしている彼の顔を見据えた。

 そしていきなり、ひとみは右手で烈人の左頬をぶって烈人を叱りつけた。

「いい加減にしなさいよ! レッド!!」

 烈人は打たれた頬を左手で触れながら、ひとみの方に顔を向けた。

 彼女は目にいっぱい涙をためていた。そして烈人の顔を自分の胸に押し付けるようにして彼を抱きしめた。

「レッドのお父さんやお母さんのことをおじいちゃんが今まで内緒にしてたことはおじいちゃんが悪い。だからおじいちゃんの代わりに私が言うわ。……ごめんなさい」

 ひとみの真心のこもった言動を受けて、烈人の心を覆っていた暗い闇は徐々に薄れつつあった。

「でもね、鹿羽根博士の子どものレッドを、亡くなるまで自分の息子として育ててくれた垂水のおじさんはすごい人だよ。おじいちゃんのことはどれだけ責めてもいいけど、垂水のおじさん、つまりレッドの『お父さん』を憎んじゃダメだからね。……それに、『垂水烈人』として生きてきた今までの時間は嘘や作り物なんかじゃない。レッド自身の人生なんだよ」

 ひとみの胸に抱かれた烈人の心の闇は完全に消え、彼の皮膚の色は元に戻った。

 その瞬間、烈人はひとみの胸の中で大声をあげて泣き出した。

 ひとみは烈人の頭をなでながら、「大丈夫だからね」と烈人に優しく声をかけた。

 そしてひとみは、二人がまだ幼かった頃にもこんなことがあったな、というのを思い出していた。


 幼い頃の烈人は、『年齢としの離れた姉』である舞子から離れようとしない甘えん坊だった。ほんの数分でも烈人の視界から舞子の姿が見えなくなると、烈人は所構わず「お姉ちゃん!!」と泣き叫んで舞子を呼んだものであった。

 だが烈人が7歳のときに、舞子は突然烈人の前から姿を消した。舞子は烈人の実の父である鹿羽根博士のところへ走り、『デス』による人間の支配という野望達成のための行動を開始したのである。

 舞子がいなくなったその日、烈人は泣きながらずっと舞子を探してあちこちを歩き回っていた。しかし、舞子の姿はどこにもなかった。

 そして烈人は父のいる研究室へ行った。

「……お父さん、お姉ちゃんはどこへ行ったの?」

泣きながら烈人は『父』である垂水激に問いかけた。

 激は静かに答えた。

「舞子は外国へ留学したんだ。当分日本には帰ってこないらしい」

「留学って何? お姉ちゃんは僕のところに帰ってきてくれないの??」

烈人はさらに激しく泣き出した。

 それを見ていた東西博士の孫娘――ひとみがつかつかと烈人の前に歩み寄ってきた。

 ひとみはいきなり右手で烈人の左頬をぶつと、烈人を叱りつけた。

「いい加減にしなさいよ! 泣き虫レッド!!」

 烈人は打たれた頬を左手で触れながら、ひとみの方に顔を向けた。

 ひとみは烈人の顔を自分の胸に押し付けるようにして彼を抱きしめた。

「舞子お姉ちゃんだってレッドを置いて留学するのはつらいんだよ。でも、お姉ちゃんの留学は、お姉ちゃんにとって何よりも大事なことなの。レッドがピーピー泣いてると、お姉ちゃんは困っちゃうよ。舞子お姉ちゃんを困らせるようなレッドのことなんか、お姉ちゃんは嫌いだと思うよ。……だから、いつまでも泣くのはダメだよ」

「あのさ……ヒトミン」

「なに?」

「僕、明日からお姉ちゃんのことではもう泣かない。だから、今日は思いっきり泣いてもいい?」

 ひとみは烈人の頭をなでながら、「いいよ」と答えた。

 烈人はひとみの胸の中で、舞子への思いを振り切るかのように大声で泣いた――。


 その頃、ヒルーダ事務所にいた舞子は眼下に広がる景色を眺めつつ、あることに思いを馳せていた。

(「垂水烈人。あの男には私のテンプテーションは通じなかった。そればかりか、私はあの男に親近感すら覚えた。……それはいったいどういうことなのかしら? 私の遺伝子を受け継いだ『デス』である渚はまぎれもなく私の『娘』だけど、もしかしたら、垂水烈人は私の……」)

 だが舞子が烈人のことを考えようとした瞬間、彼女の頭に強烈な痛みが走った。

 激痛に耐えかねて、思わず舞子は膝をついた。

「ど……どうなさったんですか、マジェスティ」

太地が血相を変えて舞子のそばに駆け寄ってきた。

「ただの頭痛ですわ。下里さん」

舞子は何事もなかったかのようにそう言うと、静かに立ち上がった。そしてAHDUのアジトを襲撃に向かった殉義や『スタースプラッシュ』の戦果について太地に問いかけた。

「それなのですが……」

太地は悔しさと悲しさとの入り混じった表情を浮かべて舞子に報告した。

「稲枝はブレイゾンの前に敗れ去り、藤原殉義はマジェスティのテンプテーションを打ち破ってAHDUに寝返りました。そして志都美は……『イクサバイバー・ゲヘナ』へと『変進』した渚に倒されました」

「渚がイクサバイバーになって志都美を倒した!? それってどういうことなの!!?」

舞子は激高して太地に問いかけた。

 だが太地も渚の行動の真意はわからず、ただおろおろするばかりだった。

 そこへ、明輝良、いや、屍博士が姿を現した。

「舞子。渚は『女帝エンプレス』の血を受け継ぐ貴重な存在だ。そして『女帝』の血を継ぐ者は最強の存在であらねばならない」

 屍博士の言葉に舞子は反発した。

「ですが博士。渚と志都美は同じヒルーダの一員。どうして渚が志都美を倒さなければならないのですか!?」

「簡単なことさ。『デス』の世界も弱肉強食という自然の摂理にはあらがえないのだよ。……もう少し具体的に言おうか。志都美はAHDUのアジトを襲撃した際に手傷を負い、任務を放棄して戦場から逃げていった。そして志都美が逃げていく道にたまたま渚がいた。渚は自分の新しい力、『イクサバイバー・ゲヘナ』の能力の高さを、志都美を倒すことで証明してみせたのだよ。……前にも言ったと思うが、今の渚は『佐奈とかなえを殺した垂水烈人への復讐を果たす』、そのためだけに行動しているんだ。その行動の過程で『たまたま』、敵前逃亡した志都美を渚が粛清したというわけだ」

屍博士はそう言うと、事務所にいる舞子、太地、春江、千里に向かって厳しい表情で新たな指示を下した。

「イクサバイバーとAHDUの力は、もはや看過できないほどになっている。ヒルーダがサキバサラを支配するためには、なんとしてもイクサバイバーとAHDUを抹殺しなければならない。……ここから先は総力戦だ。春江と千里は私とともにサキバサラ中央チャンネルへ行ってもらう。下里チーフプロデューサーは私の研究室で育てているコモンデスを率い、もう一度AHDUのアジトを攻めるんだ。それにつられてイクサバイバーの二人がAHDUのアジトへ行った隙に、舞子は東西南北をす。『女帝』みずから出撃し、敵の精神的支柱の一人である東西南北をすことで、敵に物理的、かつ精神的ダメージを与える。……もちろん、もし可能であれば敵を全滅させても構わない」

「わかりました」

 四人は屍博士の命令を受け入れたが、舞子の心には何か引っかかるものがあった。

(「……私が東西南北に会えば、私が私でなくなりそうな気がするわ」)


 ひとみの胸の中で涙が枯れるまで泣きつくした烈人は、静かにひとみの胸から離れた。そして殉義やAHDUのメンバーに向かって深々と頭を下げながら詫びた。

「皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。……俺の探していた『姉さん』が実は俺の『母さん』だったことや、俺の父親のこと、そして俺が『デス』であること。これらの事実を受け入れるのには時間を要しましたが、これらの事実を受け入れた上で、俺はヒルーダ、いや、『デス』による人類の支配を企てようとしている者たちと戦っていく覚悟ができました。……ヒトミンのおかげだよ。ありがとな、ヒトミン」

 烈人はひとみの肩を軽くポンと叩くと、ゲヘナのヘブン2(トゥ)ヘルによって陥没した地面の中心部に向かって歩いていき、傷ついたリスターを左手首に巻いた。そして落ちていたエヴォルチェンジ・メモリカードとエクスレイヤー・メモリカードを拾い上げ、いつものようにジャケットの内ポケットにしまおうとした。

 だが、烈人は上半身裸の状態である。この二枚のカードを入れる場所などない。

 そこへ殉義が歩み寄り、

「自分のでよろしければ着て下さい」

と、自分の着ていたコートを脱いで烈人に差し出した。

 烈人は「ありがとうございます」と言うと、殉義の差し出したコートを着て、コートのポケットに二枚のカードを入れた。

「烈人君。今の君はひどく疲れている。それに、リスターも傷ついているみたいですし、東西博士に修理してもらわなければなりませんね。……自分が研究所までお送りしましょう。あなたと二人きりでお話したいこともありますし」

 殉義のこの言葉を、烈人は素直に受け入れた。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 殉義はひとみやさくら、AHDUのメンバーに向かって

「自分はシリウスライナーで今から烈人君を東西南北新科学研究所へお送りします。……申し訳ありませんが皆さんは各々アジトへ戻って下さい。それからさくらさん。ひとみさんをよろしくお願いします」

と言うと、烈人をシリウスライナーに乗せ、東西南北新科学研究所に向かってシリウスライナーで走り去っていった。


「藤原さん」

烈人はシリウスライナーを運転する殉義の腰を抱えながら、殉義に向かって呼びかけた。

「俺と二人きりで話したいことって何ですか?」

「『デス』と人間の共存の可能性についてです」

殉義はそう答えた。

「AHDUのリーダーであるさくらさんのことについて自分が調べたところによれば、彼女はあなたの『お姉さん』である朝霧舞子と……」

「『母』でいいですよ。それは事実なんですから」

「失礼しました。……さくらさんのことに関して闇に葬り去られた記録を自分が精査したところ、さくらさんは朝霧舞子――烈人君のお母さんと、鹿羽根博士をめぐって恋の争いをしていたみたいなんです。その争いは、舞子さんが烈人君を産んだことで決着がつきました。さくらさんが『デス』に関する情報をブログに載せたりとか、ヒルーダの暴露本を出そうとしたのは、ヒルーダというよりかは舞子さん個人に対する怒りの感情が彼女の心を突き動かしたんだと思います」

「じゃあさくらさんは母さんを倒すために『デス』を集め、イクサバイバーに協力を依頼したということですか?」

「そこまでは自分もわかりませんが……。ただ、彼女の言う『デス』と人間との共存を目指す、というAHDUの最終目標は嘘ではないと自分は信じたいです」

殉義はそう答えた。

 赤信号のため停車したシリウスライナーに乗る二人の耳に、どこからか、ヒルーダ初期メンバーの歌う『Love Triangle』が聞こえてきた。

 この曲はヒルーダが朝霧舞子、森田春江、速星千里、紫翠さくらの四人体制だった頃に発表されているが、流れてきている曲からは、さくらの歌声は完全に消されていた。


――あの子と私とは幼い頃からの親友

 あの子と私とが同時に恋に落ちた

 その相手はおなじ男性ひと

 譲れない 譲らない これだけは


 こんな三角関係なんて マンガの中だけと思ってた

 だけど今ここで展開されてる Love Triangle――


「ところで藤原さん」

烈人が殉義に声をかけた。

「なんでしょうか」

「藤原さんはヒトミンのこと、どう思っているんですか?」

「いい人だと思いますよ」

「いや、俺が言いたいのは、藤原さんは『男として』、ヒトミンのことをどう思っているのかってことです」

 烈人のこの問いかけに対し、殉義はきっぱりとした口調で答えた。

「自分はひとみさんのことが好きです」

 だがすぐに殉義は言葉を続けた。

「……でも、ひとみさんのそばには烈人君、あなたがいるから」

「俺のことは気にしないで下さい」

烈人はすぐにそう応えた。

「ヒトミンは俺のことなんかただの幼なじみとしか思っていません。ヒトミンが本当に好きなのは藤原さんなんです。……でなきゃ、『マリンブロッサム』のDVDの出演者最終選考のときに『デス』によって窮地に追い込まれた藤原さんを助けるべく『デス』に向かってブリザーベルショットを撃ったり、母さんのテンプテーションに引き込まれた藤原さんを元の藤原さんに戻すために戦いのまっただ中を突っ切っていく行動をするはずがありません。……藤原さん。これからの戦いがどのように展開していくのか、俺には予想がつきません。もしかしたら命を落とすかもしれない。その前に、ヒトミンに対して藤原さんの気持ちを伝えてやって下さい。ヒトミンは本気で藤原さんのことを愛しています。だから……」

「本当にそれでいいのですか?」

「ヒトミンを幸せにしてやれるのは藤原さんしかいません」

殉義の念押しに対し、烈人はきっぱりと言い切った。


 シリウスライナーが東西南北新科学研究所に着いた。

 烈人と殉義はシリウスライナーから降りて研究所に入った。

 迎えに出た東西博士は烈人の姿を目にした瞬間、その場で土下座して烈人に詫びた。

「烈人君。申し訳ない。わしは今まで君に嘘をつき続けてきた。その結果、君は『デス』であることに目覚め、『姉』である舞子さんを追い求めるという、戦いの目的も失ってしまった……」

「顔をあげて下さい。博士」

烈人は膝を曲げ、東西博士の目線にまで下りてきてそう言った。

「俺が『デス』だということも、俺の父親が垂水激ではなく鹿羽根遠慈であることも、姉さんは『母さん』だということも、そして俺の母さんが朝霧舞子であることも、ヒトミンのおかげで全部受け入れることができました。俺はもう大丈夫です。……それより、久々野渚が『変進』したイクサバイバーに不覚を取ってしまい、リスターが傷ついてしまいました。直していただけませんか」

 烈人はリスターを東西博士に手渡した。

 東西博士はリスターを両手でうやうやしく受け取ると、

「今すぐ修理に取りかかろう」

と言って研究室に入っていった。

 烈人はエヴォルチェンジ・メモリカードとエクスレイヤー・メモリカードをポケットから取り出すと、殉義から借りていたコートを脱いで返した。

「藤原さん。コート、ありがとうございました」

「どういたしまして」

殉義はそう返事をすると、烈人から返されたコートを着ながら烈人に言った。

「烈人君。さっきも言いましたが、今の君は非常に疲れているはずです。今後の戦いのために、今は体を休めて下さい」

「ありがとうございます。またお言葉に甘えさせていただきます。……ですが、さっき俺が言ったこと、忘れずに実行していただけませんか? こういうことは男の方から先に言うべきことだと思うんです。ヒトミンのためにも、ぜひ、お願いします」

「わかりました。自分の気持ち、きちんとひとみさんに伝えます」

 殉義の言葉に、烈人は満足そうな笑みを浮かべると、自分の部屋に入り、ベッドの上に横になった。

 そして数分後には、烈人は眠りについていた。


 烈人は深い闇の空間を漂っていた。

 そんな烈人の目に、光の映像が飛び込んできた。

(「母さん……そして俺の実の父さん……」)

 鹿羽根恩慈と垂水舞子は愛し合っていた。お互いがお互いを支えあい、尊重しあう理想的な関係であった。

 だが、舞子が恩慈の子を身ごもったことで、その理想はもろくも崩れ去った。

 普通ならば恩慈がその子の父親にならなければならないが、恩慈は舞子が妊娠したことを知るや否や、こつぜんと彼女の前から姿を消した。……それは、恩慈が『デス』に関する研究を周囲から否定されたのとほぼ同じ時期であった。

「私はこの子を産みます。そしてひとりで育てていきます」

 舞子は父である垂水激に対してそう言い切った。

 娘のこの決意を聞いた激は、舞子に向かって言った。

「鹿羽根博士がお前を妊娠させておきながらどこかへ去ったことは許せない。しかし、舞子のおなかの中にいる子どもに罪はない。それに、今のお前ではひとりでその子を育てていくなんてことは無理だ。……俺がお前のおなかの中にいる子どもの『父親』になる。舞子。十代で母親になるのはお前もバツが悪いだろう。お前はその子の『年齢としの離れた姉』として、この子に接するんだ。そして俺とお前とで、この子を育てていくんだ」

 父の温かい言葉に、舞子は涙を流しながらうなずいた。

 そして烈人がこの世に生を受けた。

 『烈人』と名づけたのは舞子であった。舞子は「この社会の荒波にもくじけることなく、はげしく立ち向かっていける人間になってほしい」という願いをこめて、彼女の『弟』になる赤ん坊を『烈人』と名づけた。

 烈人の左肩には、生まれたときから左肩に『死』という文字に似たアザがあった。だがこのアザの意味するところは何なのか、激も舞子もわからなかった。

 このアザの意味が明らかになるのは、烈人が7歳になったときであった。

 突然、舞子宛てに恩慈からの手紙が届いたのである。


――舞子。今まで君を放っておいて悪かった。僕は君や君の子が幸せに生きられるようにいろいろと準備をしていたんだ。

 ……君が産んだ子には、体のどこかに『死』という文字に似たアザがあるはずだ。それは、その子が人間を超越した存在、『デス』であることを意味している。

 そして君も、『デス』の『女帝』として目覚めるときが来たんだ。

 舞子。僕の気持ちは7年前と少しも変わりはない。

 愛している。

 だからもう一度、僕のそばに来てくれないか? その子と一緒に。

 愛しているよ。舞子。――


 この手紙を読んだ舞子は、心が恩慈の方に傾いた。

 だが、舞子は烈人を恩慈のところへ連れていく気はまったくなかった。烈人の『父』は垂水激であり、鹿羽根恩慈ではない。

 とはいうものの、舞子の恩慈に対する再燃した愛は、彼女には消すことのできないくらいに激しく燃えていた。

 舞子は置手紙を残し、恩慈の元へ走った。


――お父さんへ

 先日、鹿羽根博士から手紙をもらいました。

 7年前に私を捨てたはずのあの人は、今でも私のことを愛していると言っています。

 私は彼への愛の炎を消すことができません。

 だから私は彼のところへ行きます。

 だけど、烈人は私の子であると同時に『お父さんの子』です。一緒には連れて行けません。

 烈人のことをよろしくお願いします。

 いつまでもお元気で。

                               舞子――


 激は娘のこの行動を黙って受け入れた。そして本当の意味で、烈人の『父』となることを決意した。


(「……父さんはすべてを受け入れた上で、俺を『息子』として育ててくれたんだ」)

 烈人の心から『父』である激への怒りが急激に失われ、敬愛の情がわきあがってきた。

 そして、烈人は自分がなすべきことを再び見つけ出した。

(「父さん。俺は父さんの優しさにつけこんで母さんをもてあそび、そして多くの人間の命を奪った『デス』の創造者・鹿羽根恩慈……屍怨呪を許さない。俺は母さんを説得して屍博士と別れさせる。母さんがどうしても別れないというのなら、俺は母さん、いや、『デス』の頂点に立つ『朝霧舞子』を倒す」)


 烈人は再び目を開けた。

 枕元には、東西博士が修理してくれたリスターが置いてあった。

 烈人はいつもの赤ずくめの服に着替えると、リスターを左手首に巻き、エヴォルチェンジ・メモリカードとエクスレイヤー・メモリカードをジャケットの内ポケットに入れると、広間で毛布をかぶって眠っている東西博士に向かって「ありがとうございます」と一礼した。

 そして烈人は、舞子がいるであろうサキバサラセントラルビルディングへとブレイズストライカーを走らせるのであった。

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