第1話 ~変進(Evolchange)~
サキバサラ。昼間は太陽の光を浴び、陽が沈んでからは高層ビル群の明かりや数メートルおきに設置されている道路わきの電灯などといった人工的に作り出された光が街を照らし、街は24時間ずっと、光り輝いている。
この街は南北をつなぐ鉄道の高架と東西をつなぐ鉄道の高架とが街の中心部にあるサキバサラ駅で交差しており、駅と鉄道路線とで区切られる北西エリア、北東エリア、南西エリア、南東エリアの四つのエリアに分かれている。
それぞれのエリアはおのおの独自の考え方によって街を形作っており、エリアの境目付近では活動するエリアの異なる人々が対立し、殴り合いのケンカをする光景が時々見受けられている。
だが、エリア同士の争いの日々の中にあって、エリアの枠を超えてサキバサラ全体を束ね、すべてのエリアの人たちから熱狂的に受け入れられている巨大なアイドルグループがこの街には存在していた。
そのアイドルグループの名は『ヒルーダ』(HE-RUDA)。『ヒール(heel)でルーダ(ruda)なワル目のオンナたち』というコンセプトの元、個性豊かな女性たちが集まったアイドルグループである(『ヒール』は英語で、『ルーダ』はスペイン語で『悪役』『悪玉』のプロレスラーを意味する、プロレス業界で使われるスラングである)。ヒルーダのメンバーである女性たちの言葉は、サキバサラの住人にとっては老若男女を問わず絶対的なものであり、サキバサラの住人の中にはヒルーダをサキバサラの街に降臨した女神であるとあがめている者も少なくなかった。
ときに、サキバサラの街では、最近、奇妙な殺人事件が多発していた。
警察の発表によれば、被害者の年齢性別はまったくバラバラだが、被害者は全員、猛獣に襲われたかのように体を食いちぎられ、見るも無残な姿で発見されるとのことらしい。
しかし、そんな猟奇殺人事件が多発しているにもかかわらず、サキバサラは今日も光にあふれ、大型店舗の大画面スクリーンには明るく歌を歌うヒルーダの面々の姿が映し出されている。
――Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
Any time Hi-tension!!――
そんなある日の午後のことであった。
南から北へ向かって走る、銀色のボディに青いラインの入った電車が、いつものように駅のホームへと滑り込んできた。
電車のドアが開くと同時に、ホームに「サキバサラ~、サキバサラ~」という懐かしい(というよりは時代遅れな)アナウンスが響き、その響きをかき消すかのように、電車から吐き出される人々と電車へ吸い込まれていく人々の靴音が鳴り響く。
そして電車から駅に降りた人々の群れの中に、赤い髪をした、赤いタンクトップの上に赤いジャケットを着て、赤いズボンに赤い靴を履いた、文字通り全身赤ずくめの、身長180センチほどの20歳くらいの男の姿があった。
その男の名は垂水烈人。彼を知る者からは、その名前や彼が好んで着る赤い服装にちなんで「レッド」と呼ばれている。
烈人は胸のポケットから紙切れを取り出して広げた。
その紙には、烈人が向かおうとしている場所の周辺の地図が書かれていた。
「……駅の北出口を出て、サキバサラ北西エリアにあるAX電器ビルを目標に歩いていけばいいんだよな……」
ぶつくさとつぶやきながらホームの真ん中で立ち止まり、地図を凝視している烈人の右肩に、何者かがぶつかった。
烈人はすかさず顔を右にやった。
金髪を逆立たせ、ドクロのマークのバックプリントがされている黒いジャケットを着たヘビメタバンドのメンバー風の男が、烈人に厳しい視線を送りながら怒声を浴びせてきた。
「てめぇ! こんなところで立ち止まってんじゃねー! ジャマなんだよ!!」
烈人は金髪の男の態度に怒りを覚えた。そして烈人は地図を折りたたんで胸ポケットにしまうと、左肩を前方向に一回回して左肩をコキリと鳴らし、金髪の男に向かって刃のような鋭い視線を向けた。
金髪の男は、烈人のその行動にブチ切れたのか、
「あぁ~ん? なんか文句あんのか!?」
と叫びながら、右の拳を振りかざして烈人に向かって殴りかかってきた。
しかし、烈人は金髪の男の拳の軌道を完全に見切っていた。
烈人は左足を斜め右後方に引きながら左半身を反時計回りに約90度回転させて金髪の男の拳を回避すると、左手を金髪の男の手首のあたりに引っ掛けて金髪の男の体勢を前のめりにさせた。すかさず、烈人は右手で金髪の男のジャケットの奥襟をつかみ、右手を前に押し出しつつ左手を自分の方に引きつけることによって金髪の男の体に回転運動を起こさせ、金髪の男をホームの床に叩きつけた。
そして立ち上がろうとする金髪の男の顔に向かって、烈人は右足で追撃の顔面蹴りを放った。
しかし、烈人はその顔面蹴りを金髪の男の顔の前で意図的に止めた。
烈人の蹴りが起こした風は、ハードムースでカチガチに固めている金髪の男の髪を、台風に翻弄される稲穂のように大きく揺らした。
「俺にぶつかってきたのはあんたの方だろ。……幼稚園か小学校で習ったはずだぞ。こういう場合、なんて言えばいいんだ?」
俺が本気になればお前を潰すことなんか造作もないことだぞという圧倒的な実力差を見せつけんばかりにして、烈人は金髪の男に向かって問いかけた。
烈人の強さに恐れをなしたのか、さっきまで威勢のよかった金髪の男はおびえた表情を浮かべながら
「……ごめんなさい」
と、烈人に向かって弱々しい声で許しを乞うた。
烈人は
「わかりゃいいんだよ、わかりゃ」
と金髪の男に向かって言い放つと、鋭い視線で「とっとと俺の前から消えろ」と金髪の男に命じた。
金髪のヘビメタバンドのメンバー風の男は烈人に背を向け、あたふたとその場から逃げ去っていった。
「……それにしても、この街は妙に暑いな」
駅の改札を出た烈人は思わずそうつぶやいていた。
確かに、季節は春から夏へと移り変わろうとしている。だが、その自然現象がもたらす暑さとは違う、何か別の暑さを烈人は感じていた。
それはおそらく、サキバサラという街自体が持っている熱さや烈人の前を通り過ぎていく多くの人たちが発している体温などといったものが自然の暑さと入り混じった暑さなのであろう。
24時間光に包まれて眠らない街・サキバサラは、初めてこの街にやって来た垂水烈人という人間に対して、この街の持つ独特の空気を彼の全身に感じさせていたのだった。
あまりにも暑いので烈人は赤のジャケットを脱ごうと襟に手を掛けた。
しかし、半分脱ぎかけたところで、烈人はその手を止めた。
「……そうだった。俺の上半身、人前で見せちゃいけないって姉さんに言われてたんだっけ」
烈人は右肩に視線を送りながらそうつぶやくと、改めてジャケットを着直した。
「さて。行くか」
烈人は人ごみの中へと静かに溶け込んでいった。
「……この辺のはず、だよな……」
烈人の手に持たれた地図が示しているAX電器ビルの前で、烈人はそうつぶやきながらきょろきょろと辺りを見回していた。
しかし、烈人が目指している場所はどこにも見当たらない。
AX電器ビルの大画面ビジョンは、歌を歌うヒルーダの姿を映し出している。
ヒルーダの歌に合わせて全身をゆすらせているヒルーダのファンとおぼしき男、生粋のサキバサラの住人と思われる男の姿が、烈人の視界に入ってきた。
烈人は太った体をゆすらせているその男のところに近づいてたずねた。
「……この辺に『東西南北新科学研究所』があるって聞いたんだけど、どこなのか知らないかな?」
太った男は一瞬だけ烈人の方に顔を向けた。しかしすぐに顔を大画面ビジョンの方に戻し、そっけなく
「さぁ。知らないね」
と答え、再びヒルーダの歌に合わせて全身をゆすらせた。
「セネちゃーん! トッキー! 最高だよ! 愛してるよ!!」
この太った男は烈人のことなどまったく眼中になく、大画面ビジョンにアップで映し出されたヒルーダのメンバーに向かって視線を投げかけ、エールを送っていた。
よく見ると、この太った男が着ているのは胸に「Marine Blossom――KIYONE & SAE」、背中に「HE-RUDA」とプリントされたヒルーダグッズTシャツである。
この男はどう見てもヒルーダのファンであり、彼女たちのこと以外にはまったく興味がないようだ。
烈人は「こいつに何を聞いても無駄だな」とばかりに、ひとつため息をついた。
そして再び烈人が顔を上げると、今までまったく気づかなかった細い路地が彼の目に飛び込んできた。
この路地は、光に包まれているサキバサラの街の中で、この街の影を一身に背負うかのように、昼間だというのに薄暗く、じめじめとした空気を漂わせていた。
烈人はその影に包まれた路地に好奇心をくすぐられた。
もしかしたら、この路地の向こうに、俺の探している東西南北新科学研究所があるかもしれない。
烈人は光の中で動き回っている人々から離れて、薄暗い路地へとひとり入っていった。
果たして、その薄暗い路地の奥に、烈人の探していた東西南北新科学研究所があった。
路上に不法投棄されたゴミが異臭を放ち、野良猫やカラスが生ゴミの入った袋を食い散らかしている。
だがこの小さな住人たちは、この空間に現れた異質な存在である烈人の姿を見るや否や、一目散にその場から逃げ去っていった。
烈人は食い散らかされたゴミが散乱している右側から、左の方に顔の向きを変えた。
そこには、「東西南北新科学研究所」と書かれた、閑古鳥が鳴く居酒屋の外看板のような錆びかけている看板が外に置いてあった。
「……こんなところにあったのか」
烈人はそうつぶやきながら、研究所の入口の呼び鈴を鳴らした。
光の喧騒から離れた静寂の中に、ピンポンという高い音が鳴り響いた。
だが、誰も返事を返してこない。
おかしいな、と思いながら、烈人はもう一度呼び鈴を鳴らした。
しかし、先ほどと同じように返事は返ってこなかった。
「誰もいないのかな……? そんなはずはないんだけど」
烈人はそうつぶやきながら、研究所の入口のドアノブに手をかけて回した。
回った。鍵はかかっていない。
烈人はそのままドアノブを引いてドアを開けた。
次の瞬間、烈人の顔に向かって白い粉が中からぶちまけられ、彼の上半身は真っ白な粉まみれになった。
「うわっ!! な……なんだよこれ!!?」
「ごめんなさい!」
烈人に白い粉をぶちまけた女性が、烈人に謝りながらあわててタオルを持って彼の顔をぬぐった。
「……ずいぶんとひどい歓迎だな」
烈人は怒り半分、あきれ半分の口調で女性に向かって声をかけた。
「ごめんなさい」
女性はもう一度烈人に向かって謝った。
「……さっき、入口のドアのところに大きなゴキブリがいたんです。私、そういうの超苦手だから、あわてて奥から殺虫剤を持ってきて、ゴキブリに向かって噴射したんですよ。……そしたら、あなたが入口のドアを開けたものだから……」
「俺はゴキブリかよ。……それに、あんたが持ってるのは殺虫剤じゃなくて消火器じゃないか」
烈人の言葉に、女性は視線を下に向けて自分が手にしているものが何であるかを見直した。
烈人の言うとおりに、彼女は消火器を手にしていた。
「ホントだ! 私ってば何やってんだろう。……ごめんなさい。ホンッ……トにごめんなさい!」
女性は烈人に向かって今一度「ごめんなさい」と言うと、彼に向かって深々と頭を下げた。
そんなやり取りをしている二人に向かって、奥の方から
「おーい、何事じゃ」
という緊張感のない老人の声が響いてきた。
女性は中にいる老人に向かって、
「おじいちゃん、お客様みたいよ」
と返事をした。
「そうかい」
老人はそう言って烈人と女性のところにやってきた。
烈人の前に姿を現した老人は、全身白髪、度の強い丸いメガネをかけてよれよれの白衣を羽織り、いかにも「ヨボヨボの爺さん」といった外見をしていた。だが、烈人はその老人のメガネの向こうの瞳に、何か底知れぬ深いものをうっすらと感じていた。
烈人はすかさず老人に向かって深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております。東西南北博士」
烈人に『東西南北博士』と呼ばれた老人は、
「ところで……あんたはどなたさんじゃ?」
と烈人に問いかけた。
烈人は顔を上げて答える。
「博士の研究仲間だった垂水激の息子、烈人です」
ここで、東西博士の横に立っていた、烈人に消火器をぶちまけた女性――東西博士の孫、東西ひとみ――が驚きの声をあげた。
「えーーーーーーっ!!? レッドなの!!? 不器用で泣き虫で全然愛想のなかったレッドだなんて信じらんない!」
烈人はひとみの方に顔を向けると、すかさず言い返した。
「……ってことは、あんたはがさつで注意力散漫でいつもドジばかりやらかしているヒトミンなのか? ドジなのは相変わらずだな」
ひとみは烈人の言葉を否定できなかった。だからといって、烈人の言葉を受け入れるわけにもいかず、やり場のない怒りと悔しさを表すかのように、ほっぺたをふくらませていた。
一方、烈人は幼なじみのひとみのそんな様子には目もくれず、再び東西博士の方に顔を向け、決意を瞳に込めて言った。
「3年前の父の葬儀の際には、博士にも参列していただいたのですが、俺の今の服装や髪の色は3年前とはまったく違ってるのでおわかりにならなかったかもしれませんね。……ときに、父は俺が高校を卒業したら、博士のところで助手として働けと申しておりました。……本来なら、高校を出たらすぐに俺は博士のところへ訪ねていかなければならなかったのですが、誰の手も借りず、俺ひとりでどこまでやれるのかを試してみたくて、しばらくの間好き勝手やらせてもらいました。そんな奴が何を今さら、とお思いでしょうが、俺を博士の研究所に置いていただけませんか?」
東西博士は烈人を受け入れるかのように静かにうなずいた。そして烈人に向かって、
「自分の力を試してみたい、というのは若者なら誰もが考えることじゃ。君が君なりの答えを見い出すためにこれまで費やした時間は決して無駄にはならない。……奥に来なさい。わしや垂水博士が研究していたことについて詳しく話をしよう。……わしの助手になる以上、わしらの研究のことを知ってもらわなければ話にならんからな」
と言って烈人を奥の研究室に誘った。
烈人は東西博士の言われるがままに、彼の後ろを追いかけるようにして奥の研究室に足を踏み入れた。
東西博士は烈人を研究室に呼び入れた。
東西博士の研究室の壁に飾られている写真には、白衣に身を包んだ三人の科学者が、彼らの結束の強さを示すかのようにがっちりと肩を組んだ姿が写されている。
ひとりは東西博士。
ひとりは彼の研究仲間であった烈人の父・垂水激。
そしてもうひとり。
その人物のことについては、烈人はまったく知識を持たなかった。
「さて、烈人君」
東西博士は烈人に問いかけた。
「亡くなった君のお父さんから聞いているだろうと思うが、君のお父さんやわしが研究課題としているテーマは何じゃな?」
烈人はすかさず答えた。
「人間のさらなる『進化』についてです」
「その通りじゃ」
東西博士はすぐさま返事をした。
「わしらは、生物としての人間が持つ進化の可能性について研究しておった。だが、その過程で、研究仲間のひとりであった鹿羽根遠慈博士が、人間の心の闇の部分を増幅し、闇の力によって邪悪なる『進化』をした生命体・『デス』を作り出し、わしらのところから去っていってしまったのじゃ」
烈人は東西博士の話に耳を傾けながら、研究室の壁に飾られている写真を再び眺めた。
(「あの写真に写っている俺の知らない科学者……それが鹿羽根博士なのか」)
東西博士は話を続けていた。
「『デス』は人間に擬態して、人間に混じって生活しておる。だが『デス』の心が光を消し去るほどの闇に包まれたとき、『デス』はその真の姿である怪人体に戻るのじゃ。そして怪人体となった『デス』は人間の数十倍の運動能力を持ち、人間を喰らうことによってその生命を維持しておる。人間を超えた存在となった『デス』は、『人類の天敵』となったのじゃ。最近この街で頻繁に発生している猟奇殺人事件のほとんどが、『デス』による人間の捕食の結果なのじゃよ。……垂水博士とわしは、鹿羽根博士が人類の天敵・『デス』を作り出してしまったことに深い悲しみを覚えた。そしてわしらは、人類を守り、『デス』を倒すことが、わしらにできる唯一の贖罪である、と、新たに研究を始めた。……そうして誕生したのが、『デス』を狩るために人間が変化、そして進化……『変進』した者、『イクサバイバー』なのじゃ」
ここで東西博士は、机の上に置かれていたジュラルミンケースを開いた。
ケースの中には、回転するつまみのようなもの(その表面には「ExSurvivor Blaze-on」と書かれている)を文字盤の外周部に備えたデジタル式の腕時計と、表面に描かれている赤い仮面の戦士の顔の下に『Evolchange』と書かれたトレーディングカードのようなカード型の外部メモリが入っている。
東西博士はそこから腕時計を取り出すと、その腕時計を烈人に渡した。
「これは『イクサバイバー』へと『変進』するためのシステムツール・『ブレイズチャージャー』の携行形態となる腕時計・『リスター』じゃ」
烈人は東西博士から渡されたリスターを左手首に装着した。
その次の瞬間。
「よう! あんたが俺の相棒になる垂水烈人、いや、レッドと呼ばせてもらおうか。俺はリスター。よろしく頼むぜ、レッド」
と、リスターが自分の意思を持っているかのように、文字盤のデジタル表示をチカチカさせながら烈人に向かって話しかけてきたのである。
これには烈人も驚きを禁じえず、
「博士! この腕時計……リスターはしゃべるのですか?」
と、驚いた顔で東西博士に問いかけていた。
一方、東西博士は平気な顔をして答える。
「リスターはブレイズチャージャーの中枢部じゃからな。高度な人工知能を搭載しているのじゃよ」
「……驚いたか? レッド」
リスターが烈人に話しかけてきた。
烈人は(今何時なのかを見るかのように)リスターの文字盤を顔の方に向けて言った。
「当たり前だろ。……時計がしゃべるなんて、普通はありえないからな」
「だけどな、このサキバサラって街は、そしてレッドがこれからやろうとしていることは、『普通』じゃない、『ありえない』ことのオンパレードなんだぜ」
リスターは文字盤のデジタル表示を点滅させながら言った。
「『普通』じゃない、『ありえない』ことのオンパレード……」
烈人はそうつぶやきながら、呆然とした表情で東西博士の方に顔を向けた。
そして東西博士はケースの中に入っていたもうひとつのアイテム――表面に描かれている赤い仮面の戦士の顔の下に「Evolchange」と書かれたトレーディングカードのようなカード型の外部メモリ――を烈人に手渡した。
「このメモリカードは、烈人君が『イクサバイバー・ブレイゾン』へと『変進』するために必要なデータを記録した『エヴォルチェンジ・メモリカード』じゃ。リスターの外周部のチャージングジャイロを回転させてブレイズチャージャーを起動させ、ブレイズチャージャーを腹部にセットしてこのメモリカードをブレイズチャージャーに読み込ませることで、烈人君は『イクサバイバー・ブレイゾン』へと『変進』するのじゃ。……烈人君。君はイクサバイバー・ブレイゾンへと『変進』し、人類の天敵・『デス』を狩るのじゃ。それが、垂水博士やわしの願いであり、君に課された使命なのじゃ」
烈人の頭の中は混乱していた。
……人間の心の闇の力によって邪悪な『進化』を遂げた、人類の天敵となる生命体・『デス』。
……『デス』を狩るために開発された『イクサバイバー』。
……俺に課された使命は『イクサバイバー・ブレイゾン』へと『変進』して『デス』を狩ること。
テレビの特撮ヒーロー番組であれば、主人公は自分に課せられた使命を素直に受け入れ、正義を守る戦士となって悪に立ち向かうことをここで誓うことだろう。
だが、烈人は特撮ヒーロー番組の主人公ではない。その世界特有の固有名詞をわけのわからないままにポンポン出され、わけのわからないアイテムを手渡されて「『デス』を狩れ。それがお前の使命だ」と言われて、「はいそうですか。じゃあやりましょう」だなんてこと、どうして言えようか。言えるわけがない。
リスターを左手首にはめ、エヴォルチェンジ・メモリカードを右手に持ったまま、烈人は呆然と立ち尽くしていた。
そんな烈人に向かって、東西博士は静かに、重い言葉を放った。
「確かに、わしの言っていることは君にとっては突拍子もない、わけのわからぬ話じゃろう。……しかし、君にイクサバイバー・ブレイゾンとなって『デス』を狩ってほしいと言うのには、もうひとつ、大きな理由があるのじゃ」
「大きな理由、ですか?」
「そう。……鹿羽根博士は、わしらの研究を手伝ってくれていた君の姉、舞子さんを連れて失踪したのじゃ」
烈人の心の中に激しい波風が吹き起こった。
「そんな……! 俺はそんなこと、父からひとことも聞かされていません! 父は、姉さんは海外に留学し、留学先の街で仕事をしている、と言っていました。鹿羽根博士という人の存在も、俺は今さっき知ったばかりです。……父は俺に嘘をつき、隠し事をしていたっていうのですか!!?」
烈人の父・垂水激の言によれば、烈人の母は、彼が生まれてすぐに死亡したらしい。
母を失った、生まれたばかりの烈人の世話をしていたのは、烈人より17歳年上の姉である垂水舞子であった。
幼い烈人にとって、舞子はいつも自分を守ってくれる存在、いつでも甘えられる存在であった。
しかし、烈人が7歳のときに、舞子は鹿羽根博士とともに突然行方をくらませた。
烈人にとって唯一の肉親となった、父・垂水激は「舞子は外国で仕事を見つけ、そこで働いている。仕事があまりにも忙しいので日本には帰国できないらしい」と言って、「お姉ちゃんはどこへ行ったの?」と悲しげな目をして問いかけてくる烈人をなだめたものであった。
しかしそれは、父の作り話に過ぎなかったのか!
父は俺に隠し事をしていたのか!
烈人は心の中で父に対する激しい怒りを覚えていた。
「舞子さんが海外で仕事をしていると君に話したのは、そして舞子さんを連れて去った鹿羽根博士の存在を君に話さなかったのは、垂水博士なりの配慮じゃろうて」
父への怒りをあらわにしている烈人の怒りを鎮めるかのように、東西博士は静かにそう言った。
「まだ幼かった君が真実を知ることは、君の心に必ず影を落とす。垂水博士は、君にそんなつらい思いをさせたくなかったのじゃろう」
ここで、東西博士は烈人の顔を鋭く見据えた。
「……舞子さんが鹿羽根博士とともに姿を消した、ということは、舞子さんは『デス』と何らかの関わりを持っているのかもしれん。君がイクサバイバー・ブレイゾンとなって『デス』を狩っていかない限り、その謎を解くことはおそらくできないじゃろう」
東西博士のメガネの奥の鋭いまなざしが、烈人の胸を深く突き刺した。
やるしかない。
烈人は覚悟を決めたかのように、東西博士に向かって決意の言葉を発していた。
「博士……。俺、やります。イクサバイバー・ブレイゾンとなって『デス』を狩り、鹿羽根博士とともに姿を消した姉さんを見つけ出します!」
ここで、ひとみがまったく空気を呼んでいないような言葉を発しながら研究室に入ってきた。
「もうすぐヒルーダの出る歌番組が始まるよ。……おじいちゃん、レッド、一緒に観ようよ!」
ひとみの呼びかけに、東西博士は静かにうなずいた。そして烈人に向かって
「この『ヒルーダ』というアイドルグループは、サキバサラでは誰もが知っており、絶大な人気を誇っている。これから君が生活していく街であるサキバサラを知ろうと思うのであれば、まずはヒルーダについて知る必要がある」
と言って、ひとみの後について、テレビの置いてあるリビングルームへと向かった。
烈人は右手に持っていたエヴォルチェンジ・メモリカードをジャケットの内ポケットにしまうと、東西博士の後を追うようにしてヒルーダの出ている番組が流れているテレビのある部屋へ向かっていった。
テレビ画面に映っているヒルーダの歌声がそよ風のように耳に入ってくる。
――言わなくちゃ! 動かなくちゃ!
黙っていたらわからないよ
瞳見つめ 口に出して言おう
I love you――
サキバサラの住人である東西博士とひとみは、ヒルーダの歌声に耳を傾けながら幸せそうな表情を浮かべていた。
だが、烈人だけは、言葉では言い表せないが、この歌声に何か違和感を禁じえなかった。
(「この子たちの歌、下手ではない。だけど格段うまいというわけでもない。ごくごく普通のレベルだ。……その程度の歌唱力しかないこの子たちが、どうしてこのサキバサラの街で絶大な人気を誇っているんだろう? ……俺にはちょっと理解不能だな」)
ヒルーダの歌が終わった。
ひとみと東西博士は、それがしごく当たり前であるかのように、テレビの向こうのヒルーダに向かって拍手を送っていた。
だがそんな二人の姿は、烈人にとっては非常に奇妙なものに見えた。
「あのさ……ヒトミンも博士もいったいどうしたっていうんですか。テレビに向かって拍手するなんて変ですよ」
「どこが変なのよ」
すかさずひとみが言い返してきた。
「よそから来たばかりのレッドにはわかんないかもしれないけど、ヒルーダはサキバサラが世界に誇るアイドルなのよ。私たちにとっては憧れの存在なのよ。ヒルーダを応援して何が悪いっていうのよ!?」
「何も怒ることないだろ」
烈人はひとみに向かって落ち着けとばかりに言葉を返したが、ひとみはなおも烈人に向かってヒルーダのすばらしさを説いていた。
「ヒルーダってのはね、ヒルーダ全員としての活動に加えて、各エリアごとに数人単位のユニットの活動もしてるし、個々のメンバーはそれぞれのフィールドで一生懸命頑張っているのよ。そしてメンバー同士がお互いをよきライバルとして切磋琢磨する。その姿はまさに感動ものなんだから!」
一方、東西博士は静かに話していた。
「男が若い女の子に興味を持つのは生物として当たり前のことじゃ。……老いたとはいえ、わしも男じゃからな。若い女の子には興味があるんじゃよ」
「ま、おじいちゃんのは単なるスケベジジイの発言なんだけどね」
ひとみは東西博士の言葉にすぐさま茶々を入れた。
「……レッドはサキバサラに来たばっかりだからわかんないかもしれないけど、すぐにヒルーダのすばらしさに気づくはずよ」
ひとみの言葉に「そんなものなのかな」と烈人が言いかけたその瞬間、リスターから甲高いアラーム音がピーピーと鳴り響いてきた。
「リスター、どうしたんだよ」
烈人の問いかけにリスターは答える。
「『デス』の気配をキャッチした。『デス』が現れたんだ」
「……で、場所は!?」
「北東エリアB-67地点だ」
烈人は我を忘れたかのように、『デス』の現れた地点へ向かって走り出そうとした。
だがそこに、烈人を引き止める東西博士の声が聞こえてきた。
「待ちたまえ。君はサキバサラの地理をまだ十分に把握していない。北東エリアB-67地点がどこなのか、君はわかっているのか? それに、今からそこへ走って行ったのでは到底間に合わない。……車庫に、プレイゾンのために開発した高性能バイク『ブレイズストライカー』が用意してある。ブレイズストライカーは最大時速320kmで突っ走り、コンソールパネルには『デス』の居場所を示すナビゲーションシステムも搭載されている。烈人君。ブレイズストライカーで現場へ向かうのじゃ!」
東西博士の言葉に従って、烈人は車庫に置かれている真っ赤なバイク・ブレイズストライカーに乗り込んだ。そしてスロットルを全開させると、『デス』の出現地点へ向かって猛スピードで飛び出していった。
烈人たちがヒルーダの出演している番組を観ていた頃、サキバサラ北東エリアB-67地点には、どこから見てもラブラブのカップルという男女が、お互い愛する者に優しい視線を投げかけながら、腕を組み、体を密着させて幸せそうに歩いていた。
だがそんな二人の前に、超ハードなヘアムースで髪をがちがちに固め、黒いサングラスに原色系の柄シャツを着て、白いズボンのポケットに手を突っ込んで斜に構えた、映画に出てくる下っ端のチンピラ風の男が立ちはだかった。
「ようようお二人さんよ、このクソ暑いときによくもまぁ仲良くくっついちゃってんじゃないの」
チンピラ風の男がカップルに向かって難癖をつけてきた。
カップルの男はチンピラ風の男に言い返した。
「そんなの、あなたには関係ないでしょ」
カップルの男のその言葉が、チンピラ風の男の神経を逆なでさせた。
チンピラ風の男はカップルの男の方へ一歩近づき、
「どーせこれからラブホにでも行ってギシギシアンアンしようって魂胆だろ。見え見えなんだよ」
と言い放つと、
「むかつくんだよね、そーゆーの」
とつぶやくや否や、チンピラ風の男の心の闇が彼の全身を包み込み、チンピラ風の男は、全身が灰色の、ハイエナをモチーフにした怪人――ハイエナデス――へと姿を変えた。
「ば……ば……化け物!!」
カップルの男は絶叫し、腰砕けになってその場にへたり込んだ。
そこをハイエナデスの牙が襲った。
ハイエナデスはカップルの男の首筋に噛み付くと、頚動脈から流れ出る赤い血を吸い、舌でなめまわした。
数十秒後、ハイエナデスに噛みつかれた男は血液のほとんどをハイエナデスに吸い取られ、物言わぬ肉塊と化した。
恋人が目の前で怪物に襲われて死んだ、という光景を目の当たりにしたカップルの女性は、顔から血の気が引き、全身が硬直して一歩も足が動かない状態になっていた。
男の血を吸い尽くしたハイエナデスはゆっくりと立ち上がると、女の方に顔を向けて言った。
「次はあんただぜ。……この男と仲良くあの世で暮らしな!」
ハイエナデスが女に襲いかかろうとしたその瞬間、バイクのけたたましい爆音が鳴り響いた。
そして赤いバイクに乗った赤い服に身を包んだ人物――烈人はバイクを停め、ヘルメットをはずしてハイエナデスに厳しい視線を投げかけた。
「……お前が『デス』か」
烈人はハイエナデスに向かって問いかけた。
ハイエナデスは烈人の問いかけには答えず、逆に
「誰だ、てめーは!?」
と烈人に向かって問いかけてきた。
烈人はその場で呆然と立ち尽くしている女に向かって目で「この場から逃げろ」と合図を送った。そしてその場から走り去っていった女の姿が見えなくなったのを確認すると、烈人はバイクから降り、ハイエナデスに向かって先ほどの問いの答えを返した。
「俺は『デス』を狩る者、イクサバイバーだ」
烈人はそう言うと、左手首の腕時計――リスターの外周部のつまみ(チャージングジャイロ)を回転させた。
次の瞬間、リスターは烈人の左手首から離れて数倍の大きさになると、文字盤であった部分がベルトのバックルになるかのように烈人の腹部へセットされ、時計のバンドだった部分はベルト状に変形して烈人の腰に巻きつけられた。
そして烈人はジャケットの胸ポケットからエヴォルチェンジ・メモリカードを取り出すと、右腕を伸ばして赤い仮面の戦士が描かれている表側をハイエナデスに向けた。と同時に、烈人は左腕を右腕の下で伸ばし、両腕がちょうどクロスするかのように身構えた。
烈人は低く重みのある声で、ハイエナデスに向かって叫んだ。
「変進!!」
そして烈人は両腕を腰まで引くと、右手のエヴォルチェンジ・カードメモリをベルトのバックル(ブレイズチャージャー)の左側のカードメモリスロットにセットした。
次の瞬間、ブレイズチャージャーから「Blaze-on!!」という声が響き、烈人の全身は赤い炎のようなオーラに包まれた。
そして数秒後、烈人の全身を覆っていた炎のようなオーラはかき消され、そこに、全身を赤いアーマーで覆った炎の戦士――イクサバイバー・ブレイゾンが姿を現した。
垂水烈人は、イクサバイバー・ブレイゾンへと変化、そして進化――『変進』――したのである。
「だ……誰だ、てめぇは!!?」
ハイエナをモチーフとした灰色の怪人・ハイエナデスは、烈人が『変進』した戦士――赤い仮面に銀色の鋭い眼光、赤いメタリックアーマーが胸、両肩、両前腕から両手、両膝から両足に装着され、腹部に白いベルトのバックルのようなものを装着し、アーマーで覆われていない部分はアーマーよりもやや暗めの赤い色のダイバースーツのようなものを着込んでいる――に向かって驚きの声をあげていた。
赤いアーマーに身を包んだ烈人は静かに、そして重い口調で答えた。
「『デス』を狩る者……イクサバイバー・ブレイゾン(『ExSurvivor Blaze-on』)だ」
「『Blaze-on』だとぉ??」
ハイエナデスは相手を侮辱するかのように甲高い声をあげた。
「どっかのアニメのタイトルでもパクったんか?」
「そんなこと知るか。偶然の一致だ」
ブレイゾンへと『変進』した烈人はきっぱりとそう答えると、左肩を一回前方向に回し、コキリと肩を鳴らした。そして左手でハイエナデスを指差して言った。
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
「なに格好つけてんだよ!!」
ハイエナデスは絶叫しながらブレイゾンとなった烈人に向かって突進してきた。
ブレイゾンは右足を斜め後ろに引いて全身を時計回りに約90度回転させることによってハイエナデスの突進を回避すると、攻撃回避運動に乗じた一連の動きの中で、体重を左足にかけながら、自分の体の正中線を貫く軸に沿って上半身を時計回りに回転させ、左のパンチをハイエナデスの右の頬の辺りに打ち込んだ。
ブレイゾンのパンチ力はおよそ2トンである。いかに『デス』であっても、約2トンもの衝撃をまともに喰らって、平然と立っていられるはずがない。
プレイゾンのパンチを喰らったハイエナデスは、数メートル吹き飛ばされて、しりもちをついた。
しかしハイエナデスはすぐに立ち上がると、激しい怒りを込めてブレイゾンに向かって再び突進してきた。
そのとき、烈人の脳細胞に直接呼びかけるかのように、リスターの声が烈人の中で響いた。
(「ブレイズチャージャーの上の右のボタンを押せ。そして『デス』がお前の攻撃間合に入ってきたら、『マグマアッパー』と叫びながら、右の拳でアッパーカットを放て」)
烈人はリスターの言うがままに、ブレイズチャージャーの上部にある二つのボタンのうちの右側のボタンを押した。その瞬間、烈人は右の拳が燃えているかのような激しい熱気を感じた。
ハイエナデスがブレイゾンの間近に迫ってきた。
ブレイゾンは熱く燃えたぎっている右の拳をぐっと握り締めると、
「マグマアッパー!」
の発声とともに右アッパーをハイエナデスのあごに打ち込んだ。
約7トンの衝撃力を持つこの炎の拳は、ハイエナデスを空高く跳ね飛ばし、吹っ飛ばされたハイエナデスを地面に激しく叩きつけた。
(「レッド。今だ。ベルト右腰のメモリカードホルダーから『ブラストエンド・メモリカード』を取り出して、ブレイズチャージャー右のメモリスロットにセットするんだ。『デス』にとどめを刺すぞ」)
烈人の脳に、リスターの声が再び響いた。
マグマアッパーで大きなダメージを受けながらも、ハイエナデスはなおも立ち上がろうとしていた。
そんなハイエナデスに鋭い視線を投げかけつつ、ブレイゾンはベルト右腰のメモリカードホルダーから一枚のメモリカードを抜き取った。
そのメモリカードには、飛び蹴りを放つブレイゾンの姿と、『Blast End』の文字が書かれている。
ブレイゾンは取り出したブラストエンド・メモリカードをブレイズチャージャー右のメモリスロットにセットした。
次の瞬間、ブレイズチャージャーから「Blast End!!」の声が響き、ブレイズチャージャー中央部の赤い発光部が光を放ってハイエナデスの全身を光に包み込んだ。
闇を失い光に包まれたハイエナデスは硬直したかのようにその場で動かなくなり、その場から1、2、3、4、5と描かれたホログラフがブレイゾンに迫ってきた。
(「レッド。『ブレイズエクスプロージョン』と叫びながら、5のホログラフに向かって飛び蹴りを放て。あとは自動的に4、3、2、1のホログラフを突き破り、『デス』にとどめのキックが打ち込まれる」)
ブレイゾンはリスターの言葉に従い、左足で大地を蹴って飛び込むと、右脚を伸ばして飛び蹴りの構えを作りながら「ブレイズエクスプロージョン!!」と叫んだ。
飛び蹴りの構えを取ったブレイゾンは、5のホログラフに、そしてその先にいるハイエナデスに向かって一直線に突き進んでいった。
光のホログラフを蹴り破るごとに、「Five」「Four」「Three」「Two」「One」の声がブレイズチャージャーから響き、ブレイゾンは敵に向かって加速していく。
最後の1のホログラフを蹴り破ったブレイゾンは、「Blaze-on!!」というブレイズチャージャーの声とともに、約13トンの衝撃力を持つ飛び蹴りをハイエナデスの胸板に叩き込んだ。
ブレイゾンの飛び蹴りをまともに喰らったハイエナデスは、ズズズッと十数メートル後ずさりした。
しかし、ハイエナデスは飛び蹴りを受けた胸板を両手で押さえながらも、倒れなかった。
ブレイゾンの放った必殺の飛び蹴りは確実にハイエナデスの胸板に炸裂した。だが、約13トンもの強烈な衝撃力を持つ一撃を喰らいながらも、ハイエナデスは倒れなかったのである。
「おい、どういうことなんだよ」
ブレイゾンは激しい疑問を抱いていた。
「ブレイズエクスプロージョンはブレイゾンの必殺技なんだろ。なのに、なんで『デス』は死なないんだよ?」
(「レッド。ブレイズエクスプロージョンはまだ完全に決まっていないんだ」)
「なにっ? それってどういうことなんだよ!?」
(「ブレイズエクスプロージョンを完全に決めるためには、ブレイゾンがあるキーワードを発する必要がある」)
「キーワード!?」
(「……そのキーワードは『爆散』だ。……早く言え。このままだとブレイズエクスプロージョンの効果が消え、『デス』に反撃されるぞ!」)
ハイエナデスはブレイゾンにやられた怒りを倍にして返してやろうと、ブレイゾンに向かって猛突撃してきた。
ブレイゾンは半信半疑ながらも、リスターに言われたとおりにキーワードを口にした。
「……爆散」
その瞬間、ハイエナデスの足がぴたりと止まった。
そしてハイエナデスは、ブレイゾンに蹴られた胸板を両手で押さえながら「体が……体じゅうが燃えるように熱い!!」と叫んだ。
それから数秒後、ハイエナデスはその場で大爆発を起こし、粉々に砕け散った。
「す……すげえ……」
ほんの数秒前までハイエナデスがいた空間を見つめながら、ブレイゾン、いや、烈人は驚きの声を漏らしていた。
(「わかったか、レッド。これが東西博士と垂水博士の開発したイクサバイバー……ブレイゾンの力なんだ」)
烈人の脳裏に、ブレイゾンの力を誇るかのようなリスターの声が響いた。
(「ブレイゾンの必殺技・ブレイズエクスプロージョンは、超高速で敵に飛び蹴りを打ち込んだ瞬間、『デス』の体内に『デス』の細胞の核を破壊する特殊なエネルギーを注入するんだ。そしてブレイゾンが『爆散』のキーワードを発することで、キック時に注入されたエネルギーが発動し、『デス』は全細胞が細胞レベルで爆発を起こして粉々に砕け散るんだ。……それより、『デス』はもういなくなったんだ。いつまで『変進』しているつもりだ。ブレイズチャージャーの左メモリスロットにセットしたエヴォルチェンジ・メモリカードを抜いてレッドの姿に戻れ。このままの姿でいると怪しいコスプレイヤーだと思われるぞ」)
烈人はリスターの言葉に「わ……わかった」とあわてて返事をすると、ブレイズチャージャーの左メモリスロットにセットしたエヴォルチェンジ・メモリカードを抜いた。
次の瞬間、烈人の全身を覆っていた赤いアーマーとスーツは烈人の体から弾け飛ぶかのように消滅し、烈人は赤いジャケットに赤いズボンの姿に戻り、ブレイズチャージャーは腕時計型のリスターの形に戻って烈人の左手首に装着された。
烈人の左手首に戻ったリスターが、デジタル表示を点滅させながら烈人に話しかけてきた。
「……これが、この街でレッドがやらなきゃならないことなんだ。そのために、レッドは『デス』を超える、イクサバイバーの力を手に入れたんだ。……念のために言っておくがな、この力を私利私欲のために悪用することは許されないぞ。この力は、あくまでも『デス』を狩るためのみに使うんだ。いいな」
「……そんなこと、言われるまでもないさ」
烈人はきっぱりと言い切った。
「俺は『デス』を狩り、『デス』に関係していると思われる鹿羽根博士と一緒に姿を消した姉さんの行方を追う。それ以外の目的のために、俺はブレイゾンには『変進』しない」
烈人は改めて誓うかのようにそう言うと、ブレイズストライカーに乗り込み、爆音とともに東西南北新科学研究所へと戻っていった。