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第18話 ~口付(I love you, Jungi!)~

 舞子のサイン会会場で殉義の頬にキスをする舞子の姿を見たひとみは、涙を流しながら東西南北新科学研究所に戻ってきた。

 そしてひとみは自分の部屋に入ると鍵を閉め、ベッドに飛び込んで大きな声で泣き叫んだ。

「殉義さんは私より朝霧舞子の方がいいんだ! 私なんか……私なんかダメな女なんだ……!!」

 ひとみの後を追いかけてきた烈人は、ひとみの部屋のドアを激しく叩きながら、ドアの向こうのひとみに呼びかけた。

「ヒトミン! 開けろ。開けてくれ!」

 だがひとみは

「レッドに何がわかるっていうのよ!」

と泣き叫びながら枕をドアに向かって投げつけ、再び泣き出した。

 どうすればいいのだろうかと烈人が困惑する中、玄関のチャイムが鳴った。

 烈人は玄関に行き、扉を開けた。

「あんたは……」

 玄関には紫翠さくらの姿があった。

「垂水さんをはじめ皆さんに改めてお話しておきたいことがあって参りました」

さくらはそう言った。

 烈人は「どうぞ」とさくらを中に入れた。

 さくらは広間に通され、烈人と東西博士がさくらの話を聞くべく座った。

 さくらは、その場にひとみがいないことに気づいた。

「あら? 女の方がいらしたはずでは……」

「ヒトミンなら自分の部屋でワーワー泣いてるぜ。藤原さんを朝霧舞子に取られた、ってな」

「それなんですけど……、彼女とお話はできませんでしょうか?」

「どうだろうかね。……ま、とりあえず、ヒトミンの部屋へ行こう」

 烈人とさくらはひとみの部屋の前に立った。

「ヒトミン。紫翠さくらさんがあんたに話があるってよ」

烈人は扉をノックしながら言った。

 すぐさまひとみの泣き声が聞こえてきた。

「私のことなんかほっといてよ! 私のような魅力のない女なんか、存在価値ゼロなんだから!!」

「そんなことないわよ」

さくらが素早く言い返した。

「今の藤原さんは、藤原さんであって藤原さんでない。朝霧舞子のテンプテーション能力によって、彼女の言うことなら何でも聞く舞子の下僕に変えられているの」

「……!」

 さくらの今の言葉は、ひとみの胸を電撃のように貫いた。

 そしてひとみは涙をふくと、ドアを開けてさくらと烈人を受け入れた。

 さくらはひとみの肩を抱き、一緒にベッドに腰掛けた。

「朝霧舞子がヒルーダのメンバーから『マジェスティ』と呼ばれ畏れられているのは、舞子が相手を一目見ただけで自分のとりこにしてしまうテンプテーション能力を持っているからなの」

さくらはひとみに向かって舞子の特殊能力について話を始めた。

「藤原さんは、何かの機会に舞子と対面することがあって、そのときに舞子の目を見てしまい、彼女のテンプテーションに堕ちたのよ」

「ちょっと待った」

烈人が口をはさんできた。

「さっき俺は朝霧舞子と目が合った。だけど俺はあいつに魅入られなかったぞ。……ただ、どこかで見たような気がする奴だな、とは思ったけどさ」

「……!!」

 烈人の言葉に、さくらは一瞬うつむいた。

 だがすぐに、さくらは舞子のテンプテーション能力に関する話を続けた。

「藤原さんがあなたに冷たくなったのは、舞子のテンプテーション能力のせい。今の藤原さんは舞子に操られているのよ」

「……じゃあ、殉義さんはずっと朝霧舞子の言いなりになったままなの?」

 不安げな表情を浮かべるひとみに向かって、さくらは優しく答えた。

「そんなことはないわ。舞子のテンプテーション能力を破る方法がひとつだけあるの」

「教えて! どうすれば殉義さんを元の殉義さんに戻すことができるの!!?」

 殉義を元に戻したいという一心でさくらを見つめるひとみに対して、さくらはうっすらと微笑を浮かべながら、右の人差し指でひとみの唇を指差して答えた。

「それはおとぎ話の世界の『おやくそく』よ。……おとぎ話では王子様がお姫様に対して行うんだけどね」

 ひとみとさくらの姿は、先輩と後輩が仲良く話しているように見えた。

 そんな二人を見つめていた烈人は、「ガールズトークの最中に俺がいちゃ邪魔だな」とつぶやくと、ひとみの部屋から出て、自分の部屋で横になった。


 その頃、殉義は舞子にあることを報告するべく、ヒルーダ事務所にいた。

 そこには、ヒルーダの他のメンバーと太地の姿もあった。

「舞子さん。そしてヒルーダの皆さん。AHDU(アーデュ)を名乗る連中の首謀者がわかりました。……ヒルーダ除名の原因が自ら引き起こした不祥事であるにもかかわらず、ヒルーダに恨みを持つ者――紫翠さくらです」

殉義は場にいた一同にそう報告した。

「あいつならやりかねんな」

太地は静かに言った。

 殉義は言葉を続けた。

「今、自分の配下の者にAHDUのアジトの場所を探索させています。アジトの場所がわかりしだい、自分はアジトに乗り込んでAHDUを壊滅させます」

「藤原さんだけにお手間をかけさせはしませんわ」

殉義の言葉に、稲枝と志都美が反応した。

「『ライトニングデス』の私と『ストームデス』の志都美は、ヒルーダに反感を持つ者を闇に葬ってきた、ヒルーダの暗殺役といってもいい存在です。藤原さんの足を引っ張ることはないと思います」

「私も稲枝もAHDUの存在をうっとうしく思っていたんです。どうか一緒に戦わせて下さい」

「お二人がお力添えして下さるのはありがたいです。ご協力のほどよろしくお願いします」

殉義はそう言って稲枝と志都美に向かって敬礼した。

 殉義のジャケットの内ポケットに入れているスマートセルラーから着信音が聞こえてきた。

 殉義は「ちょっと失礼します」と言ってスマートセルラーを取り出すと、発信者を確認しながら部屋の隅に移動し、電話に出た。

 それから十数秒間話が続いた後、殉義は「わかった。今からそちらに向かう」と言って電話を切り、稲枝と志都美に声をかけた。

「稲枝さん。志都美さん。さっそくで申し訳ないのですが、AHDUのアジトが見つかりました。自分と一緒に来ていただけませんか」

 稲枝と志都美は静かにうなずいた。

「舞子さん。お二人をお借りします」

殉義は舞子に向かってそう言うと、稲枝と志都美を引き連れて事務所から出ていった。


 反ヒルーダ『デス』同盟・AHDU。『デス』による世界の支配を究極目標とするヒルーダを倒し、『デス』となる能力に目覚めた人間とそうでない人間とが共存できる世界を築き上げるべく、紫翠さくらがヒルーダに反感を持つ『デス』を束ねて秘かに作り上げた『デス』の集団である。

 彼らのアジトは東西南北新科学研究所からさほど遠くない、北西エリアZ-77地点にある廃墟と化したバーであった。

 そのアジトには、『デス』となる能力を持った者たちが十数人、いつでも戦えるように武器の手入れやトレーニングをしていた。

 そこへ、殉義と稲枝と志都美が入口のドアを開けていきなり入ってきた。

「自分はサキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』班長・藤原殉義だ」

 殉義の言葉に、AHDUのメンバーたちは騒然となった。

「AHDUを名乗るお前たちに、『人間』として法による裁きを受けてもらうことは無理なようだな。……ならば、自分と、後ろにいる『スタースプラッシュ』のお二人が、お前たちに『死』という罰を与えよう」

 殉義の後ろで、稲枝と志都美は心を黒い闇で満たし、稲枝は『ライトニングデス』に、志都美は『ストームデス』に姿を変えた。

 そして殉義はスマートセルラーの『ROYALE』アイコンをタップし、スマートセルラーを通話するように構えて「変進エヴォルチェンジ!」とコールすると、スマートセルラーを狼虎チャージャーにセットし、狼虎ロワイアルに『変進』した。

「『デス』は法では裁けぬ存在。ならば自分がお前たちに判決を言い渡す。……死刑だ」

 エースランザーの先端を敵に向け、狼虎ロワイアルと『スタースプラッシュ』はAHDUの一同に向かって宣戦を布告した。

 AHDUのメンバーも心を黒い闇で覆い、『デス』の姿を現した。その大部分はコモンデスであったが、そうでない、固有の姿かたちを持つ『デス』もいた。

 反りのついた剣を右手に持ち、左手が鍵爪になっている、左眼に黒い眼帯をした海賊船の船長のような風貌の『パイレーツデス』。

 背中に甲羅、頭には皿を載せた、妖怪の河童のような『カッパデス』。

 柳の木が人間になったような『ウィッカーデス』。

 白い着物に身を包み、冷たい目で敵を見つめる『ユキオンナデス』。

 この四体の『デス』が、狼虎ロワイアルとライトニングデスとストームデスに向かって身構えた。

「ここから逃げろ。そしてさくらさんに連絡を取れ」

パイレーツデスは後ろにいるコモンデスたちに向かってそう指示を出すと、

「俺たちはヒルーダの思うようにはならないぞ!」

と叫びながら、残りの三体の『デス』の先頭に立って狼虎ロワイアルと『デス』化した『スタースプラッシュ』に向かって突撃してきた。

「自分は『デス』の品評会には興味ないんですけどね」

狼虎ロワイアルはそう言いながらエースランザーとブリザーベルショットを合体させ、ブリザードマシンガンを完成させて構えた。

 ライトニングデスとストームデスも身構え、臨戦態勢を取った。


「藤原さんを救えるのはあなただけよ。ひとみちゃん」

さくらはそう言うと、かつてヒルーダに在籍していたときに出した歌、『Princess Kiss』を歌い始めた。


――森の中で眠り続けるお姫様

 その眠りを目覚めさせるのは白馬の王子様

 王子様の熱いキスがお姫様の

 封印を解き放ち目覚めさせるの


 だけどそんなことはただの『おとぎ話』?

 No No No 現実の(リアルな)世界でも通じる話よ

 私の気持ちを知らない彼を目覚めさせよう

 その鍵は私の唇にある……

 Princess Kiss ――


 いつしか、ひとみもさくらに合わせて一緒に歌っていた。

 このとき、二人は心をひとつに合わせていた。

「殉義さんを舞子の呪縛から解き放つんだ」。


 だが、このやわらかい空間を切り裂くかのように、さくらの携帯電話の発信音が鳴り響いた。

 さくらは携帯電話を手に取ると、すかさず受信ボタンを押した。

「さくらさん! アジトが藤原殉義と『スタースプラッシュ』に襲われています! こっちも『パイレーツ』の勝川かちがわさん、『カッパ』の神領じんりょうさん、『ウィッカー』の高蔵寺こうぞうじさん、『ユキオンナ』の春日井かすがいさんが応戦していますが、形勢はこちらの方が不利です。すぐに戻ってきて下さい! さくらさん抜きでは戦い抜けま……ぐわぁぁぁ!!」

さくらに電話をかけた主は、悲鳴とも絶叫ともつかぬ声をあげて果てた。

 そして数秒後。

「紫翠さくら。お前たちAHDUは自分が壊滅させる」

という男の声が聞こえてきた。

「殉義さん!!」

 その声の主はまぎれもなく殉義であった。

 しかし殉義は「AHDUは自分が壊滅させる」と言ってすぐに電話を破壊していたため、ひとみの声は彼には届かなかった。

「私は仲間たちのところへ戻らなくちゃいけない」

さくらはそう言って立ち上がると、ひとみの部屋のドアノブに手をかけた。

「待って!!」

さくらの背中に、ひとみの声が激しくぶつかった。

「さくらさん。私を殉義さんのところへ連れてって!!」

 さくらは振り返ると、ひとみを見据えて問いかけた。

「ひとみちゃん。私が今から戻る場所は戦場よ。あなたがそこへ行けば死ぬかもしれない。……それでもいいのね?」

 ひとみは決意と覚悟とを秘めたまなざしをして、大きくうなずきながらさくらに返事をした。

「殉義さんを救えるのは私だけ、って言ったのはさくらさんでしょ。……連れてって」

「じゃあついていらっしゃい。ただし、あなたの身に何があっても私は責任持てないわよ」

さくらは念を押すかのようにひとみにそう言うと、ひとみの部屋のドアを開けた。

「殉義さんを元の殉義さんに戻せるなら、私、何だってする覚悟はできてるわ!!」

ひとみはさくらに向かってそう言い返すと、さくらと一緒に研究所を出てAHDUのアジトに向かって走っていった。


 AHDUは狼虎ロワイアルとライトニングデス、ストームデスの攻撃に対してかなり健闘していた。

 冷気を操る狼虎ロワイアルには同じく冷気を操るユキオンナデスが、雷を操るライトニングデスには全身絶縁体となっているカッパデスが、風を操るストームデスには風を受け流す柳のようなウィッカーデスがマンツーマンで対峙し、パイレーツデスはその場その場の状況に応じて随時支援攻撃を行っている。

(「こいつら……自分たちの能力を知り尽くしている」)

狼虎ロワイアル――殉義は焦りにも似た感情を抱いていた。

 AHDUの『デス』たちの攻撃力はそれほど高くない。だが、彼らは狼虎ロワイアルとライトニングデス、ストームデスの能力を十二分に把握し、その攻撃を押さえ込むことのできる『デス』を送り込み、長期戦に持ち込もうという戦術を採っていた。

 ――長期戦に持ち込めば必ず相手は疲れ、焦る。そこにさくらが戻ってくれば、形勢は一気に逆転する。

 パイレーツデスをはじめとするAHDUの『デス』たちはそのことを信じて戦っていた。

 そしてそこに、ひとみを連れてさくらが姿を現した。

「さくらさん!」

 期せずして、さくらを呼ぶ声がAHDUの『デス』たちから発せられた。

「私が戻ってくるまでみんなよく耐えてくれたわね。ありがとう」

さくらはAHDUの同志たちに向かってねぎらいの言葉をかけると、ひとみの方に顔を向けて今一度呼びかけた。

「ひとみちゃん。あなたの思いを狼虎ロワイアル、いいえ、藤原殉義にぶつけるのよ!」

 ひとみは狼虎ロワイアル、いや、殉義に向かって駆け出していった。

(「殉義さん! 私が元の優しい殉義さんに戻してあげる!」)

「戦いの邪魔だ。そこをどきたまえ! ……言うことが聞けないのであれば、君を『デス』に味方する者とみなし、その場で狩る!!」

狼虎ロワイアルはひとみに向かって言い放った。

 だが狼虎ロワイアルの警告にもかかわらず、ひとみはまっしぐらに狼虎ロワイアル、いや、殉義に向かって迫ってくる。

「どけと言ってるんだ!!」

 狼虎ロワイアルは絶叫とともに、ひとみを威嚇するかのようにブリザードマシンガンを放った。

 しかし、ひとみの体と心がぶれることはなかった。

 そしてひとみは狼虎ロワイアルの目の前にまで近づくと、狼虎ロワイアルのマスク越しに殉義の唇へ自分の唇を重ねた。

 その瞬間、狼虎チャージャーにセットされていたスマートセルラーが床に落ち、狼虎ロワイアルの『変進』は解除されて藤原殉義の姿に戻った。

 ひとみは殉義の唇に自分の唇を重ねながら、両手で殉義の体を抱きしめた。

(「私、殉義さんが好き!! かっこよくて、強くて、優しい殉義さんが好き!!」)

 ひとみが重ねてきた唇を通して、自分を抱きしめているひとみの全身を通して、ひとみの殉義への思いは彼の心を激しく揺さぶった。

(「な……なんという感覚なんだ! ……熱い。彼女は夏の太陽の光のような熱いものを自分の魂に注ぎ込もうとしているのか……!!?」)

 次の瞬間、舞子のテンプテーションが破られようとすることにともなう苦痛が、殉義の全身を襲った。

 しかし、ひとみはその痛みを自分の痛みであるかのように受け止め、殉義を優しく、温かく抱きしめている。

 そして殉義の魂の奥底から、自分を抱きしめ、唇を重ねている女性の名がはっきりと浮かんだ。

(「ひとみさん……!!!」)


 自分の部屋で横になっていた烈人は、リスターからの『デス』出現の知らせを受けて起き上がった。

「十数体の『デス』の反応がある。……狼虎ロワイアルもそこにいるみたいだ」

 烈人は『デス』出現地点――AHDUのアジトへ向かって駆け出した。


「ひとみさん……」

優しいまなざしを浮かべながら、殉義はひとみの名を呼んだ。

「自分は今まで何をしていたのでしょうか?」

「悪い夢を見てたのよ。でももう大丈夫。悪い夢はもう終わったわ」

ひとみはそう答えると、再び殉義の唇に自分の唇を重ねた。

 そこへ、半分空気読めてない状態の烈人が飛び込んできた。

 彼はひとみと殉義が仲良く手をつないでいるのを見て、笑顔でひとみに声をかけた。

「やったな、ヒトミン」

 ひとみも満面の笑みを浮かべ、Vサインをして烈人に応える。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

「ちょっとぉ~! なに自分たちだけの世界に引きこもってんのよ」

「私たちを無視しないでくれる?」

 ライトニングデスとストームデスが不快な声をあげた。

 それに対して、烈人はブレイゾンブラストに『変進』すると、ひとみや殉義、AHDUの面々の前に立った。そして左肩を前方向に一回転させてコキリと肩を鳴らし、エクスレイヤーの切っ先を敵に向けて言った。

「闇より生まれし邪悪な生命いのち、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」

「やかましい!!」

 ライトニングデスとストームデスは同時にその能力を発動させ、この場にいる連中を一気に潰しにかかった。

「ライトニングストーム!!」

 雷がとどろき、風が激しく吹きすさぶ中、殉義は狼虎ロワイアルへ『変進』することも忘れ、生身の体で風上に立ってひとみを抱きしめ、彼女を守ろうとしている。

(「藤原さんがヒトミンを大切に思う気持ち、本物だな」)

 殉義の行動に納得したブレイゾンブラストは、エクスレイヤーの柄のトリガースイッチを1回押した。

「Single Blast!」

「シャイニング・ノヴァ!」

 全身が光弾となったブレイゾンブラストは、ライトニングデスとストームデスに向かって体当たりし、二体の『デス』に大きなダメージを与えた。

 続いてブレイゾンブラストはトリガースイッチを2回押すと、炎の剣と化したエクスレイヤーでライトニングデスを一刀両断した。

「Double Blast!!」

「ブレイズ・バスタード・ブレイク!!」

 ブレイゾンブラストに斬られたライトニングデスは、斬られた箇所から炎を吹き上げながら消滅した。

 残る敵はストームデスだけだ。

 しかし、ストームデスはシャイニング・ノヴァでダメージを受けた際に「今の自分では負ける」と判断し、早々と撤退していたのだった。


 敵がいなくなったAHDUのアジトに、静寂が戻った。

 ブレイゾンブラストは『変進』を解除し、垂水烈人の姿に戻った。

「烈人君」

殉義が烈人に声をかけてきた。

「……自分は朝霧舞子のテンプテーション能力によって自分を見失っていました。ですが、ひとみさんの熱い口付けが自分を目覚めさせてくれました。……自分はもう二度と、朝霧舞子のテンプテーションにはかかりません」

「藤原さん。俺のことなんかどうでもいいから、目覚めさせてくれたお姫様に優しい言葉をかけてあげて下さい」

烈人はそう言うと、目線をひとみに向けた。

 殉義は改めてひとみの前に立った。

「ひとみさん。あなたのおかげで自分は朝霧舞子のテンプテーションから抜け出し、元の自分に戻ることができました。ありがとうございました」

 殉義はそう言うと、ひとみに向かって深々と頭を下げた。

 そんな殉義の言動に、ひとみはあたふたしながらも、「こんな殉義さんが、私の好きなホントの殉義さんなんだ」と感じていた。


 AHDUのアジトの襲撃に失敗したストームデス――香芝志都美は、裏通りを通って逃げていた。

 とはいうものの、志都美はAHDUの壊滅に失敗したばかりか、ライトニングデス――能登川稲枝を失い、さらには藤原殉義のテンプテーションを破られる、という大失態を引き起こしてしまった。彼女はもうヒルーダの事務所に戻ることはできない(戻れば確実に処刑される)。

 これから先どうしようかと考えながら進む志都美の前に、赤い髪をして左耳にピアスを三つつけ、白いTシャツに赤いベスト、紫のバックルのついたベルト、スパッツにスニーカーといういでたちの、右の手の甲にばんそうこうを貼った少女が現れた。

「オーッス! 香芝。今日のあんた、なんか変な感じがするんだけど気のせいかな?」

「渚。そこを通してくれる?」

志都美は声の主である久々野渚に向かって頼んだ。

 だが渚は志都美の頼みをきっぱりと断った。

「……香芝はうちの命の恩人だし、数日前までだったら『どうぞ』って通してたと思うよ。でも、今のうちは今までのうちじゃない。垂水烈人を倒すために、『デス』を狩る者・イクサバイバーの力を得たんだ。あんたには悪いけど、うちの新しい力、試させてもらうよ」

 渚は志都美に向かってそう言い放つと、握りしめた右の拳に唇を寄せた。そして右前腕部が地面とほぼ垂直になるかのように構え、左手は拳を握って肘をわき腹につけ、拳の手の甲側を下にして構えた。

「……変進」

 渚がそう言った瞬間、彼女の全身は紫色の炎に包まれ、渚の右手の甲のばんそうこうが燃え尽きて『死』という文字に似たアザが現れた。そして数秒後、黒のダイバースーツに紫色のアーマーを装着し、腰にトンファーを提げた、タカの顔をイメージしたマスクの戦士が現れた。

「イクサバイバー・ゲヘナ」

渚が『変進』した戦士は、自らをそう名乗った。

「我の中で燃える復讐の業火、我の前で輝く光を滅ぼす」

ゲヘナはそう言うと、両腰に提げていたトンファー――ゲヘナトンファー――を構えた。

 それを見た志都美は、

「まずは渚を倒さない限り私に明日はないってことなのね」

と言うや否や、ストームデスに姿を変え、右の手のひらから嵐を巻き起こした。

 しかし、ゲヘナは風速数十メートルの向かい風などものともせずにストームデスに近づくと、ゲヘナトンファーで何度もストームデスを打ち据え、蹴り飛ばした。

 そしてストームデスが立ち上がろうとしているのを目にしたゲヘナは、膝を曲げて重心を低くし、ゲヘナトンファーを持った両手をタカの翼のように広げた。

 次の瞬間、ゲヘナは逆三角形をしているベルトのバックルに、右の親指で触れた。

「Blast End!」

 ゲヘナのバックルから音声が聞こえてきたのと同時に、ストームデスは光に包まれて動きが取れなくなった。

 ゲヘナは猛禽が獲物を捕らえるときのようにストームデスに向かって猛然と突っ込んでいき、

「ヘヴン!」

の発声とともに左のゲヘナトンファーをストームデスのあごに打ち込んで空高く吹き飛ばした。

 と同時に、ゲヘナはストームデスに向かってジャンプしつつ、吹き飛ばされているストームデスの喉もとに右のゲヘナトンファーを打ち込んだ。

2(トゥ)ヘル!!」

 ゲヘナは叫びながら、右のゲヘナトンファーをストームデスの喉もとに打ち込んだまま落下、激しい地響きとともにストームデスを大地に叩きつけた。

 ストームデスの半径5メートル以内の地面が、今の一撃の衝撃で大きくくぼんだ。

 そしてゲヘナはバックステップしてストームデスから離れると、ブレイゾンや狼虎のブラストエンドのように、死の宣告となるフレーズを発した。

炎滅えんめつ

 立ち上がろうとするストームデスの全身から紫色の炎が吹き上がった。

「そんな……私は粛清されるの……!!?」

 悲鳴にも似た断末魔の叫び声を残して、ストームデスの体は細胞レベルで燃え尽き、髪の毛一本すら残さず消滅した。

 ゲヘナはゲヘナトンファーを両腰に戻すと、逆三角形をしたベルトのバックルに左の小指で触れた。それがゲヘナの『変進』解除のサインであった。

「これが新しいうちの力か……」

渚はそうつぶやきながら、ふと右手の甲に目をやった。

 ばんそうこうが燃え尽き、『死』という文字のようなアザがあらわになっている。

 渚は予備のばんそうこうを取り出すと、右手の甲にある『死』という文字のようなアザを隠すかのようにばんそうこうを貼った。

 そして渚は数秒前までストームデスがいた空間に視線を送ると、烈人への復讐の炎をさらに激しく燃やすのであった。

「次はお前の番だ。垂水烈人……!!」

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