第17話 ~涙雨(The rain of tears)~
ヒルーダが活動を再開し、殉義率いるサキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』が彼女たちを護衛するようになってから、反ヒルーダ『デス』同盟・AHDUを名乗る『デス』の集団や、各地で好き勝手に暴れまくっていたコモンデスたちはすっかり鳴りを潜め、サキバサラの街に「平和」が訪れたかのように見えた。
しかし、それはあくまでも表向きの話であり、サキバサラの街が光を取り戻して輝きを増していくのに呼応するかのように、光が作り出す影の部分もまた色濃くなり、『デス』は闇に隠れ、闇の向こうで徐々に力をためている。
鳴りを潜めた『デス』たちがいつまた暴れだすか。それは誰にもわからなかった。
だが、東西南北新科学研究所では、そんなかりそめの平和を謳歌していた。
烈人はコーヒーの入ったマグカップを片手に、背中を壁にもたれかけながら、ソファに座っているひとみに向かって話しかけた。
「ヒルーダが活動を再開したとたんに『デス』が出てこなくなったのには驚いたな。……ヒルーダって、サキバサラの人たちにとってそんなに大切な存在だったんだ」
「今さら何言ってんのよ! 今ごろヒルーダの偉大さに気づくなんて、レッドってホントに鈍感なんだから」
ひとみは明るい声で烈人に向かってそう言ったが、すぐに視線をテーブルの上のコーヒーカップに向けた。
コーヒーの黒い色とミルクの白い色とが渾然一体となったやわらかい色の液体の表面に、さびしそうな顔つきのひとみの姿が浮かんだ。
「だけど……ヒルーダが活動を再開してから、一度もここに来てないんだよね。殉義さん」
「藤原さんも『連続猟奇殺人事件対策班』の班長になって忙しくなったから、ここへ来る暇もなくなったんだろう」
「でもさ、何回電話しても留守電になってるし、何回メール送っても一回も返事をくれないんだよ!」
ひとみは顔を上げ、烈人の顔を見据えながら言った。
「殉義さん……私のことなんかもうどうでもいいってことなのかな……」
ひとみはそう言うと、再び視線をコーヒーカップに向けた。
そんなひとみの姿は、烈人にはひとみが殉義のことで落ち込んでいるかのように見えた。
「そんな暗い顔、ヒトミンには似合わないぞ。電話にも出ない、メールに返事もしない、ってんだったら、直接会いに行けばいいじゃないか。サキバサラ警察署へ」
烈人はコーヒーをひと口飲むと、ひとみに向かって言った。
ひとみは視線をコーヒーカップに向けたまま言葉を返した。
「でも……殉義さんは忙しい人だから……。警察署に行っても『外に出ております』って言われるのがオチだよ」
「そんなのわかんねぇじゃないか。それに、外に出てるってことなら、藤原さんが警察署に帰ってくるまで待ってればいいじゃねぇか」
烈人はひとみの笑顔を取り戻そうと、一生懸命になってひとみに自分の思いを伝える。
「好きなんだろ。藤原さんのことが」
烈人の問いかけに、ひとみは小さくうなずいた。
「だったらやるっきゃねぇだろ。藤原さんが戻ってくるまで待ってさ、『お疲れ様』って言ってコーヒーでも手渡してみろよ」
ぶっきらぼうな言葉ではあるが、烈人の言葉はひとみに力を与えた。
「……決めた!!」
突然、ひとみはそう言いながら立ち上がった。
「私、サキバサラ警察署に行って殉義さんに会ってくる。……どのくらい待たなきゃいけないかはわかんないけど、とにかく、私は殉義さんに会えるまで待つよ」
ひとみはそう言うと、台所へ行ってポットにひとみの淹れた熱いコーヒーを注ぎ込み、コーヒーの入ったポットを持って研究所の入口のドアを開けた。
外へ出る前に、ひとみは烈人の方を向いて笑顔を投げかけながら言った。
「レッド。ありがとう。レッドの言葉に、私、元気をもらったみたい。……じゃあ行ってくるわね」
ひとみは元気よく外へ飛び出し、入口のドアは閉まった。
「……俺はヒトミンと藤原さんの愛のキューピットか。……ガラじゃねぇな」
烈人はひとことそうつぶやくと、マグカップに入っていた残りのコーヒーを全部一気に飲み干した。
サキバサラ警察署に行ったひとみは、さっそく殉義との面会を求めた。
しかし、烈人の予想通り、殉義は外に出ていて署にはいない、という返答が返ってきた。
そしてひとみは、烈人が言ったとおりに受付の警官に言った。
「じゃあ、殉義さんが戻ってくるまでここで待たせていただきます」
「藤原班長は大変お忙しい方です。いつ戻ってくるかはわかりませんよ。徹夜の捜査で戻ってこない日もありますし」
受付の警官はひとみにそう言ったが、ひとみは引かなかった。
「そんなの構いません。……とにかく、私は殉義さんが戻ってくるまでここで待つ覚悟はできてますから」
ひとみは受付の警官にそう言うと、コーヒーの入ったポットを胸に抱えて受付の長椅子に座った。
太陽が沈み、古ぼけた蛍光灯の明かりに灯がともった。
そんな薄暗い光の中、ひとみはポットを抱きかかえたまま殉義の帰ってくるのをひたすら待っていた。その姿は、「けなげ」というよりは「哀れ」に近いものであった。
ただひたすらに殉義の帰りを待つひとみの姿を見て、受付の警官はひとみに向かって声をかけた。
「お嬢さん。藤原班長は今日は戻ってこないかもしれませんよ。今日のところは帰って、明日また出直す方がいいんじゃないですか」
しかし、ひとみの心はまったく揺れなかった。
「私、殉義さんが戻ってくるまでここで待っている、って決めたんです。だから、私は何時間でも殉義さんを待ちます」
ひとみはきっぱりとそう返事をした。
それからしばらくして、玄関前にパトカーが停車し、その後部座席から殉義が姿を現した。
ひとみは立ち上がると、殉義の前に立った。
「殉義さん!」
「これは……東西博士のお孫さんのひとみさんではないですか。……いったいどうなさったんですか?」
ひとみは殉義の口調に多少違和感を感じながらも、
「私、お仕事でお忙しい殉義さんに少しでもリラックスできる時間を作れたらいいな、と思って、コーヒーを淹れて持ってきたんです。……このコーヒー、私が淹れたんですよ。お口に合うかどうかはわかりませんけど、一杯飲んで少し休んで下さい」
と言って、ポットの中のカップにコーヒーを注ぎ入れ、殉義に差し出した。
殉義は無言でひとみの差し出したカップを受け取ると、カップに注がれたコーヒーをひと口含んだ。
そのとき、殉義のジャケットの内ポケットに入っているスマートセルラーから発信音が聞こえてきた。
殉義はすかさずスマートセルラーを取り出すと、電話の主からの言葉に耳を傾けた。
そして電話を切るや否や、殉義は真剣な顔つきになった。
「『デス』がらみの事件が発生したようなので現場に向かいます。……このコーヒー、自分の口には合いませんね」
殉義はそう言って、ひと口だけ口にしたコーヒーのカップをひとみにつき返すと、外で待機しているパトカーのところへと走っていった。
ひとみはそんな殉義の様子をただ呆然と眺めているしかなかった。
そして数分後、受付の警官の声がひとみの耳に飛び込んできた。
「お嬢さん。藤原班長にお会いできたみたいですね。でしたら今日はお帰り下さい」
「長い時間ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
ひとみはそう言って受付の警官に頭を下げると、小走りに外へ飛び出していった。
(「……おかしい。今日の殉義さん、いつもの殉義さんと違う」)
ひとみは今日の殉義の自分に対する言動に激しい疑念を抱いていた。
そしてその疑念は徐々に悲しみに変わり、いつしかひとみは涙を流しながら走っていた。
(「確かに私の淹れるコーヒーはおいしくないかもしれない。でも、いつもの殉義さんなら笑顔で『ありがとう』って言ってくれるはず。なのに、今日の殉義さんは私の淹れたコーヒーを『自分の口には合いませんね』って、面と向かって言って突き返した。殉義さんはそんな人じゃないはずなのに。どうして? ……殉義さんはホントに私のことなんかどうだっていいって思ってるの!?」)
ひとみの悲しみを受けたのか、夜空も雨という涙を流し始めた。
強い雨足の中、ひとみは全身を雨に濡らし、水たまりの泥をはねて足元を泥だらけにしながら、研究所に戻ってきた。
「おかえり、ヒトミン。藤原さんには会えたのか?」
烈人はそう言いながら玄関のひとみに目をやった。
玄関に立ち尽くしているひとみの全身は雨でびしょ濡れになり、奥歯をぐっと噛み締めて必死に涙をこらえようとしている。
そんなひとみの姿に、烈人は違和感を感じた。
(「ヒトミンはドジでがさつで注意力散漫だけど、泣き顔を人前で見せるような奴じゃない」)
「おいヒトミン。いったい何があったんだよ」
烈人はそう言いながら立ち上がると、玄関のひとみのところへ行った。
その瞬間、ひとみの心を支えていた何かがプツンと切れて、堰を切ったかのように悲しみがひとみの全身に襲いかかった。
「レッド……!!」
ひとみは烈人の名を呼びながら烈人の胸に飛び込み、大粒の涙を流しながら激しく嗚咽した。
「殉義さんが……殉義さんが……」
烈人の胸にすがりつきながら、ひとみは何度も殉義の名を呼んだ。
烈人は雨に濡れてぐしゃぐしゃになっているひとみの髪を整えてやるかのように優しくなでながら言った。
「もういい。何も言うな。俺なんかでよかったらヒトミンの気が済むまでそばにいてやるから」
「レッド……優しいんだね。ありがとう」
小さな声でひとみがつぶやいた。
烈人は
「礼を言われることなんか俺はしてないって。俺が厄介になっている家の幼なじみがいつもと違う様子をしてたら、気になるのは当たり前のことだろ」
とひとみに言うと、もう一度彼女の髪を優しくなでた。
翌日。烈人はサキバサラ警察署に行き、殉義に会わせろと強い口調で受付の警官にからんでいた。
「……だから、藤原班長は忙しいんですよ」
と受付の警官が言っても、
「忙しいもへったくれもあるか。『垂水烈人が用があるって言ってるから戻ってこい』とさえ言えば藤原さんにはわかるはずだ。とっとと藤原さんを呼び出せ!」
と、ほとんどクレーマー状態である。
だが、受付の警官が仕方なさそうに殉義に連絡を取るべく電話の受話器を上げた瞬間、烈人は「あっ!!」と大きな声をあげた。
「そういえば藤原さんも俺もイクサバイバーじゃんか。リスターで藤原さんを呼び出しゃいいんじゃねぇか」
烈人はそうつぶやくと、受付の警官に「悪かったな」と言って警察署から出て、リスターで殉義を呼び出した。
殉義は烈人の呼びかけに素早く反応した。
「どうしたんですか? 烈人君」
「お忙しいところ悪いんですけど、会って話したいことがあります。俺は今サキバサラ警察署の入口にいます。そこで待ってますから来てくれませんか?」
「自分に会って話したいことですか? いったい何の話でしょう」
「それはあなたの前で話します。ここでは言えません」
「……わかりました。じゃあ今からそちらへ向かいます。少し時間がかかると思いますが、待ってていただけますか」
「了解です」
烈人はそう言って通信を切った。
「……俺もバカだよな。最初っからリスター使えばよかったんだよ」
そうつぶやく烈人に向かって、リスターが声をかけた。
「レッド。お前、藤原に何を言う気だ? 昨日のひとみのことじゃないだろうな?」
「そうだよ」
烈人は答えた。
「昨日のヒトミンの様子、普通じゃなかった。何があったのか藤原さんから話を聞かないと気がおさまらねぇ」
「他人の恋路に口をはさむもんじゃねぇよ」
リスターは言い返した。
「ひとみと藤原の関係がどうなろうが、レッドの知ったこっちゃねぇだろ? それともお前、ひとみに恋してるのか?」
「バカ言うな」
烈人はすかさず言い返した。
「俺にとってヒトミンは幼なじみ、ただそれだけだ。でも、ヒトミンは藤原さんのことが好きなんだ。だから、俺はヒトミンと藤原さんがうまくいけばいいな、と思って……」
そこへ、シリウスライナーに乗った殉義が姿を現した。
「烈人君。自分に会って話したいことがあるって、いったいどんなお話でしょうか?」
ヘルメットを脱ぎながら殉義は烈人に問いかけた。
烈人は怒りを抑えつつ逆に殉義に問いかけた。
「藤原さん。あんた、昨日ヒトミンに何をしたんですか?」
殉義はそっけなく答えた。
「……彼女、何を考えてたのかは知りませんけど、自分が署に戻るのをずっと待っていたみたいなんです。そして自分にコーヒーを渡してくれたんですけど、自分の好みの味じゃなかったので正直に『このコーヒーは自分の口には合いません』と言っただけですが」
殉義がそう答えた次の瞬間、怒りを抑えきれなくなった烈人は殉義の左頬を右の拳で殴りつけ、殉義を駐車場のアスファルトの上に叩きつけた。
「あんた、ヒトミンの気持ちを考えたことあんのか!!?」
烈人は激しい怒りを殉義にぶつけた。
「……あんたが『連続猟奇殺人事件対策班』の班長になってから、あんたは研究所に姿を見せなくなった。ヒトミンはそのことが気になって、何度も電話したり、メールを送ったりしてたそうだ。だけどあんたは一度も返事をしなかったそうじゃねぇか。それで俺は、『藤原さんのことが好きなら、藤原さんが戻ってくるまで警察署で待って、コーヒーでも手渡してみろよ』って言ったんだ。そしてヒトミンは俺の言ったことを素直に実行した。……ヒトミンはあんたのためにコーヒーを淹れて、あんたが署に戻ってくるのを何時間も待っていたんだ。あんたがヒトミンの淹れたコーヒーを飲んで笑顔を返してくれることを考えながらな。だけどあんたはヒトミンのコーヒーをひと口飲んだだけで『このコーヒーは自分の口には合わない』ってヒトミンに突き返した。あんたのその行動がヒトミンの心をどれだけ傷つけたか、あんたにはわかんねぇのか!?」
「そんなことを言うために、あなたは自分を呼びつけたのですか」
殉義は立ち上がってジャケットについた土ぼこりを手ではたきながら、冷たい口調でそう言った。
「『そんなこと』とはなんだ!!」
烈人はそう叫ぶと、再び殉義に向かって殴りかかっていった。
しかし、殉義は警察学校を首席で卒業したエリート警察官である。当然、格闘術にも精通している。
殉義は殴りかかってきた右の拳の手首を左手でつかむや否や、体を反転させて腰を落としながら烈人に背を向けると、残った右手で烈人の右上袖を握り、腰を跳ね上げながら自分の前方に向かって烈人を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた烈人は駐車場のアスファルトに背中を激しく打ちつけられた。
殉義は烈人から手を離すと、
「自分たち『連続猟奇殺人事件対策班』の最大の任務は、サキバサラに光をもたらしてくれる存在であるヒルーダを、チンピラのような『デス』から護衛することにあります。もちろん、ヒルーダとは無関係な『デス』の凶行に対しても対応しなければなりません。それだけ、自分たちは忙しいんです。ひとみさんのおままごとに付き合っている暇なんかないんですよ。……用件が済みましたらどうかお帰り下さい。自分は忙しいのですから」
と言って烈人に背を向けた。
「……まだ話は終わってねぇぞ!」
烈人は殉義の背中をにらみつけながら立ち上がった。
そのとき、リスターとスマートセルラーが同時に『デス』出現の警戒音を発した。
場所はサキバサラ北西エリアZ-79地区。東西南北新科学研究所のそばである。
「……藤原さん。今の話はとりあえず保留だ。『デス』を狩ろう」
烈人はそう言いながらブレイズストライカーのところへ駆け出していった。
「そんなこと、あなたなんかに言われるまでもない」
殉義もそう応えると、シリウスライナーのところへ走り寄っていった。
そして赤と青の二台のバイクは、爆音とともに『デス』出現地点へと向かうのであった。
サキバサラ北西エリアZ-79地区に建つ書店では、ヒルーダの『女帝』である朝霧舞子のファースト写真集『EMPRESS』発売記念のサイン会&握手会が開かれていた。
この書店で『EMPRESS』を買った人には、空白となっている扉ページに舞子のサインを入れてもらえるとともに、舞子と握手をすることができる。また、2冊以上買った人については、それに加えて購入者と舞子とのツーショット写真を一枚撮ってもらえる。
『EMPRESS』は舞子の初めての写真集であるということもあって、イベント会場にはものすごい行列ができていた。
会場にはヒルーダの歌う『Be smile for me』がBGMとして流れていた。
――あの男のこと、一途に思っていたのに
あいつは私のこと、アウトオブ眼中
あいつが他の女とデートしてた
私のことなんかどうだっていいのね!?
だけど怒っても始まらない
もっといい恋ゲットするんだ
だから涙ふこうよ 今日からの自分のために
え・が・お!
Be smile for me 笑う門には福来る
Be smile for me 笑顔が希望を連れてくる――
ひとみもその行列の中にいた。胸に『EMPRESS』を4冊(自分用、烈人用、東西博士用、そして殉義用)も抱きかかえて。
そしてひとみの番になった。
ひとみは4冊の『EMPRESS』を舞子の前に差し出した。
「4冊も買って下さったのですか!? ありがとうございます」
舞子は驚きと感謝のこもった言葉をひとみに投げかけた。
その言葉に対して、ひとみは照れ笑いで応えた。
「私だけでなく、私の家族や幼なじみや私の好きな人にも、舞子さんの魅力を知ってもらいたいと思ったんで……」
「……ところで、サインの宛名はどうしましょうか?」
舞子の問いかけに対し、ひとみはすぐに答えた。
「『ひとみさんへ』『レッドへ』『おじいちゃんへ』『殉義さんへ』でお願いします」
ひとみが『殉義さんへ』と言った瞬間、舞子の視線が一瞬鋭い刃のようになった。
だがすぐに舞子は笑顔に戻ると、ひとみのリクエスト通りに、4人宛てのサインを書いた。「『ジュンギ』さんって、どんな字を書くのですか」と尋ねることもなく、正確に『殉義さんへ』と。
サインが終わり、握手のときを迎えた。
ひとみは舞子の右手を両手で包み込むように握り締めた。
「お仕事、頑張って下さい! ヒルーダは私たちの希望の星なんですから」
「ありがとうございます」
舞子はひとみにそう言葉を返した。
ツーショット写真撮影も順調に済み、ひとみは舞子に向かって「ありがとうございました」と言いながら一礼すると、次の人に席を譲って出口に向かった。
そのときである。
「朝霧舞子! 覚悟しろ!!」
黒い革ジャンの男が、写真集のページに隠し持っていたナイフで舞子に襲いかかってきた。
舞子は素早く後退して革ジャンの男の攻撃をかわした。
そして舞子を守るかのように、『連続猟奇殺人事件対策班』の警官たちが男の前に立ちはだかった。
黒い革ジャンの男は言った。
「『EMPRESS』……『女帝』か。お前にふさわしいタイトルの写真集だな。だがヒルーダの帝国は滅びる。俺たちの手によってな!!」
黒い革ジャンの男はそう絶叫すると、心を黒い闇で満たし、西洋の騎士のような姿の『ナイトデス』に姿を変えた。
舞子を護衛していた対策班の警官は『デス』の出現に我を忘れ、任務を投げ出して逃げ去っていった。
ナイトデスと舞子とをさえぎる存在はなくなった。
舞子は兜の向こうのナイトデスの目を見つめ、テンプテーションで相手を従わせようとした。
だがナイトデスには、舞子のテンプテーションは通用しなかった。
「俺の兜の面には特殊コーティングを施してある。お前のテンプテーションは俺には通用しない!」
ナイトデスは舞子に向かってそう言い放つと、剣を抜いて舞子の方へ一歩足を踏み出した。
「朝霧舞子。お前はその瞳で相手を見つめることにより、相手の戦意を奪い相手を自分の足元にひれ伏させる、というテンプテーション能力を持った『デス』だ。戦わずして相手に勝ち、さらには相手を自分の味方にしてしまうその能力で、お前はヒルーダの頂点に立ち、サキバサラの人々をヒルーダのファンに仕立て上げ、その中から心に深く暗い闇を持つ者を『デス』として覚醒させた。人間を食う『デス』によって住民を畏怖させ、サキバサラの街を支配するためにな。……しかし、そうそうお前たちの思い通りにはいかないぞ。『デス』にもヒルーダによる支配を拒む者たちがいる。俺もその一人だ。……ヒルーダの他のメンバーを呼ばず、お前一人で街の中へ出てきたのが運のつきだな。俺が、俺たちAHDUが、『女帝』を倒し、ヒルーダを滅ぼす!」
ナイトデスが舞子に向かってそう言っている間に、彼の後ろにはAHDUのメンバーであるコモンデスが十数体立っていた。
だがナイトデスが「かかれ」と声をあげるよりも一瞬早く、
「待て!!」
という二人の男の声が響き渡った。
声の主は言うまでもなかろう。イクサバイバーである垂水烈人と藤原殉義だ。
(「殉義さん……!」)
ひとみは物陰に隠れながら、この展開をじっと見据えていた。
「最近『デス』の顔を見ねぇと思ったら、いきなりサイン会急襲かよ。……まったく、好き勝手やってくれるぜ。『デス』の皆さんは、よ」
「ヒルーダのトップであり、サキバサラの人々から『マジェスティ』と呼ばれ敬われている舞子さんを襲おうとは、許しがたい存在だ」
烈人と殉義は次々にそう言うと、『変進』の構えに入った。
烈人はリスターのチャージングジャイロを回転させてブレイズチャージャーを起動させ、左手にエヴォルチェンジ・メモリカードを、右手にエクスレイヤー・メモリカードを持って両手を前に突き出す。
殉義はスマートセルラーの『ROYALE』アイコンをタップし、スマートセルラーを通話するかのように口元へ持っていく。
そして二人は(偶然ではあるが)同時に
「変進!!」
と叫んだ。
烈人はエヴォルチェンジ・メモリカードとエクスレイヤー・メモリカードをブレイズチャージャーにセットした。そして「Blaze-on!」「Blast!!」の機械音とともに、烈人はブレイゾンブラストへと『変進』した。
殉義はスマートセルラーを狼虎チャージャーにセットした。「WolfTiger」「Royale」の機械音とともに殉義の全身は強化プロテクターに覆われ、右手にエースランザーを手にした狼虎ロワイアルへと『変進』した。
烈人と殉義はお互いに心の中でつぶやいた。
(「これが狼虎ロワイアルか」)
(「これがブレイゾンブラストか」)
そして二人のイクサバイバーは、AHDUの『デス』たちを厳しい視線で見据えた。
ブレイゾンブラストが左肩を前方向に一回転させてコキリと肩を鳴らしながら、エクスレイヤーの切っ先を『デス』に向ける。
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
狼虎ロワイアルがエースランザーの切っ先を『デス』に向ける。
「『デス』は法では裁けぬ存在。ならば自分がお前たちに判決を言い渡す。……死刑だ」
AHDUの『デス』たちは二人のイクサバイバーが放っている荘厳かつ闘志をむき出しにしたオーラに一瞬気後れしたが、ナイトデスの
「まずはイクサバイバーを始末しろ!」
という合図とともに、一斉にイクサバイバーに向かって襲いかかっていった。
狼虎ロワイアルはすぐさま舞子を守る位置に立つと、ブレイゾンブラストに向かって一方的に指示を出した。
「舞子さんを狙っている『デス』は自分が狩る。君は残ったコモンデスどもを斬り捨ててくれ」
「何様のつもりだ」
ブレイゾンブラスト、いや、烈人は、狼虎ロワイアル、いや、殉義のその態度に腹を立てつつも、エクスレイヤーを構え、コモンデスの群れの中へ突っ込んでいった。
エクスレイヤーを手にしたブレイゾンブラストは次々とコモンデスを斬り捨てていった。そして逃げ出した数体のコモンデスに向かってトルネードバーニングを放って蹴り飛ばし、コモンデスを全滅させた。
一方、ナイトデスは見事な剣さばきで狼虎ロワイアルを攻め立てていた。
だがナイトデスの動きに一瞬隙ができた瞬間を逃さず、狼虎ロワイアルはエースランザーとブリザーベルショットを合体させてブリザードマシンガンを完成させ、極低温の弾丸の連射でナイトデスを外に叩き落した。
そして狼虎ロワイアルは『BLAST END』アイコンをタップしてナイトデスを追いかけるかのように飛び降りると、「ジャッジメントハンマー!!」の叫びとともに光の鉄槌をナイトデスに向かって振り下ろし、ナイトデスに死の判決を下した。
イベント会場に烈人と殉義が戻ってきた。
「お怪我はありませんでしたか」
殉義は舞子に問いかけた。
「ええ。大丈夫ですわ。藤原さんとその隣の方のおかげです。ありがとうございます」
舞子はそう言いながら烈人の瞳を見つめ、烈人にテンプテーションを仕掛けた。
その瞬間、舞子と烈人の心の中で、何かがスパークした。
(「垂水烈人……私の知っている人間のようだわ」)
(「朝霧舞子……俺の知っている人のような気がする」)
烈人への舞子のテンプテーションは失敗に終わった。
だが、殉義に対するテンプテーションは今も効果を発揮しており、舞子はただちに次の行動に移った。
「藤原さん。これからもよろしくお願いしますね」
舞子は殉義に向かって微笑みを浮かべながらそう言うと、烈人が見ている前で、ある意味烈人に見せつけるかのように、殉義の左頬にキスをした。
そのとき、部屋の隅でガタンという音がした。
一同がその音の方に顔を向けると、そこには目に涙を浮かべたひとみの姿があった。
「そう……そうなんだ……。殉義さんは私より朝霧舞子の方がいいんだ……。私のことなんかどうだっていいんだ!!」
ひとみは涙声でそう叫ぶと、殉義たちに背中を向けて走り去っていった。
「待て! ヒトミン!!」
烈人はひとみの名を呼びながら彼女の後を追いかけていった。
ひとみと烈人の姿が消えてしばらくしてから、舞子は殉義の目を見つめながら問いかけた。
「あの女の子、あなたとどういうご関係なの? 藤原さん」
舞子の問いかけに対し、殉義はきっぱりと答えた。
「彼女はイクサバイバーを開発した東西南北博士の孫です。自分とは別に何の関係もありません」




