第16話 ~誘惑(Return of HE-RUDA)~
殉義がサキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』班長に任命されてから数日後。殉義をはじめとする対策班の一同が、ヒルーダ事務所の捜索に乗り込んできた。
「『F-Resh!』、『マリンブロッサム』と、ヒルーダの皆さんが次々と『連続猟奇殺人事件』に巻き込まれている、というのは尋常ではありません。我々は法に則り、事務所を捜索させていただきます」
殉義は捜査令状をチーフプロデューサーの太地に見せながら、きっぱりとした口調で言った。
それに対して太地は少し青ざめた表情をしながら、殉義に問いかけた。
「ま……待って下さい。ヒルーダは被害者なんですよ。どうして被害者のところを捜索なさるんですか?」
すかさず殉義は答えた。
「ヒルーダは『連続猟奇殺人事件』の犯人と言われている怪物・『デス』と関係があるのではないか、という噂を耳にしまして。それで、その噂が嘘か真かを確かめたいと思ったのです」
「そんな……そんなの、ヒルーダを陥れるために何者かが仕組んだデマに決まっています!」
「自分もデマだと信じたいです。ですが、デマであるという証拠が見つかっていない以上、事務所を捜索しなければならないのです」
「ですが……」
殉義と太地が押し問答をしているところに、舞子が現れた。
「下里さん。警察の方の好きにさせてあげて下さい。私たちヒルーダは『デス』とは無関係である、ということを知っていただくべきですわ」
舞子の言葉に、太地は矛を引っ込めて「どうぞ。気の済むまで調べてみて下さい」と若干不満げではあったが、事務所内の捜査を許可した。
それを聞いた対策班の警官たちは、方々に散ってヒルーダ事務所の中を調べ始めた。
「ありがとうございます」
捜査を承諾してくれた舞子に向かって、殉義は礼を述べた。
舞子は殉義の目を見つめながら、
「警察の捜査に協力するのは当然のことですわ。それに、私たちヒルーダは『デス』とは無関係。やましいところなんか何一つありませんもの」
と、甘い声で言った。
その瞬間、殉義の胸を何か電撃のようなものが貫いた。
(「な……なんだ、今の感覚は!?」)
殉義は一瞬、自分の体に違和感を感じた。しかし、その違和感はすぐに消えた。
(「……気のせいでしたか」)
それからしばらくして、対策班の警官から報告が入った。
「班長! ヒルーダと『連続猟奇殺人事件』の犯人と目されている『デス』とを結びつける証拠物件は何一つ見つかりませんでした」
それを聞いた殉義は、舞子と太地に向かって深々と頭を下げた。
「どうやらヒルーダは『デス』とは無関係のようですね。疑って申し訳ありませんでした」
殉義は舞子と太地に向かってそう言うと、対策班の警官を引き連れてヒルーダ事務所から出ていった。
警官隊が去っていくのを見届けながら、おびえた様子で太地は舞子に言った。
「まさか警察がここまで乗り込んでくるとは思いませんでした。ここが捜査を受けるなんて、私はまったく想像していませんでした」
だが舞子は、うっすらと妖しい笑みを浮かべていた。
「前署長の茂原八積がイクサバイバーに狩られたことで、警察のヒルーダを見る目が変わったのは事実です。しかし、そのおかげで、対策班の班長でありイクサバイバー・狼虎でもある藤原殉義は私のテンプテーション能力の前に堕ちました。彼はいざとなれば私たちを守る盾になってくれます。……下里さん。サキバサラの人々はヒルーダの復活を待ち望んでいます。今こそ、ヒルーダ復活のときです。『Maximum Heart』と『スタースプラッシュ』をここに呼んで下さい」
「あの……『Y.E.S-55』の生き残りである渚もトップメンバーの一人です。呼ばなくてよろしいのですか?」
「渚のことは屍博士にお任せしてあります。博士は、きっと渚の願いをかなえて下さることでしょう。だから心配はいりません。……もう一度言います。『Maximum Heart』と『スタースプラッシュ』をここに呼んで下さい」
その頃渚は、屍博士の実験室の中にあるトレーニングスペースで、自分の得意とする武器であるトンファーを構え、全方位から光が当てられる中、イクサバイバーになるための猛特訓に励んでいた。
どこからともなく発射される野球のボール大の鉄球をトンファーで打ち返し、当たる直前で回避し、渚は自分にとって絶対不利な状況下においても普段どおりの動きができるように自分自身を鍛えていた。
だが、闇の中で生きる『デス』にとって、光ばかりの空間は過酷な環境である。
ちょっとした隙をつかれて、渚は背後から鉄球の直撃を食らった。そしてそれをきっかけにして渚の動きは鈍り、四方八方から鉄球が渚の体にぶつけられた。
「うぐっ」
渚は思わず膝をつき、トンファーを手放した。
だが渚に息つく暇を与えずに、屍博士の檄が飛んだ。
「渚! この程度のことでへたばっているようではブレイゾン、いや、垂水烈人には勝てないぞ!!」
「たる……み……れつと……!」
屍博士の言葉が、烈人に対する渚の怒りを再び湧き上がらせた。
渚は『死』の文字に似たアザが赤く浮かぶ右の拳をグッと握りしめると、足元に落ちていたトンファーを拾って立ち上がった。
「博士! ま、うちは垂水烈人をなんとしても倒したいんだけどさ!! ……続けてくれ、いや、続けて下さい!!」
「渚も少しは目上の者に対する口のきき方をわかってきたようだな」
屍博士はそう言うと、鉄球発射スイッチを押した。
そして再び、全方位光に包まれた中での渚の特訓が開始された。
サキバサラ駅南西部に広がる野外ライヴスペース『ゼファー』。『F-Resh!』をはじめとして、ヒルーダのユニットがよくライヴ会場としている場所であるが、ヒルーダが無期限活動停止を宣言してからはまったく寂れてしまい、ホームレスが寝床を作ったり、怪しい外国人が怪しいアイテムを売りつけたりと、風紀上もよくない場所と化してしまった。
だがこの日、荒れ放題となったこの空間に、ヒルーダドレスに身を包んだ五人の女神が降臨した。
朝霧舞子。
森田春江。
速星千里。
能登川稲枝。
香芝志都美。
この五人による新生『ヒルーダ』が、今動き出そうとしているのである。
「皆さんお久しぶりです。私たちヒルーダは、今世間を騒がしている『デス』への不安を少しでもやわらげたく、そして皆さんが私たちの歌で少しでも元気になっていただきたく、活動を再開することにいたしました」
舞子の言葉に、その場にいた人々は足を止め、ステージに目を向けた。
「私たちはサキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』の皆さんに守られています」
班長である殉義を筆頭に、対策班の警官たちが舞子たちを守るかのように立った。
「自分たちは、サキバサラの平和の象徴であるヒルーダを襲おうという輩に対してはいっさい容赦しません」
殉義は人々に向かってそう言うと、対策班の警官を引き連れて、ライヴの邪魔にならないようにバックステージへと下がっていった。
舞子は再び人々に向かって声をかけた。
「新生ヒルーダのスタートを切る最初の曲は、私たちの原点である、デビュー曲『Hi-tension!!!』です。聴いて下さい」
舞子の言葉が終わるとともに前奏が流れ、五人は心をひとつに合わせて歌い始めた。
――空を見上げれば 輝く太陽
足元を見れば 野に咲く草花
みんな生きているんだ 一生懸命
涙をぬぐって 笑顔で歩こう
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
気分は上々よ
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
Any time Hi-tension!!
この街はいつでも 笑顔があふれて
足元で感じる 命の息吹を
みんな生きているんだ 一生懸命
私もそのひとり 笑顔で歩こう
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
涙は似合わない
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
Any time Hi-tension!!
今日私はあなたと出会って 新しい恋を見つけた
その恋を実らせたいから 笑顔でいるんだ
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
気分は上々よ
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
Any time Hi-tension!!
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
涙は似合わない
Hey! 今日もsmile
Yeah! 一緒にdream
Any time, Any time, Any time Hi-tension!!!――
歌が終わったときには、観客席には黒山の人だかりができていた。そして観客たちは大きな拍手でもって、新生ヒルーダの出発を祝福していた。
「皆さん。本当にありがとうございます。私たちは皆さんが笑顔で毎日を過ごせるように、精一杯頑張りたいと思います。改めて応援をよろしくお願いいたします」
舞子の言葉に続いて、五人が観客席に向かって深々と頭を下げる。
それに対して観客たちはよりいっそう大きな拍手で応える。
あちこちで、五人の名前を呼ぶ声が聞こえる。
新生ヒルーダの初ライヴは、順調に終わるかのように思われた。
ところが。観客席の中から「ふざけんな!!」という野次のような叫び声が聞こえてきた。
「ヒルーダが俺たちから『デス』の不安を取り除くだと? てめーらも『デス』のくせに、よくそんなことが言えたもんだな」
そして数名の男たちが人ごみをかき分けながらステージの直前まで迫ってきた。
「俺たちは反ヒルーダ『デス』同盟・AHDU!」
「俺たち『デス』は光とは正反対の位置にいる闇の存在。誰からの支配も受けない自由な存在だ」
「だが、ヒルーダは『デス』や人類の支配を企てようとしている。俺たちはお前らの操り人形じゃねぇ」
「どうしても俺たちを自分たちの支配下に置きたいというのなら、俺たちはそれに対し断固として戦う!!」
AHDUを名乗る男たちは一斉に心を黒い闇で満たし、『デス』の姿になってステージの上に飛び上がった。
「お前たちも早く『デス』の本性を見せろよ。それとも、抵抗することなく俺たちに殺られてみるか!?」
AHDUのメンバーはそう言いながらヒルーダの五人に向かって少しずつ近づいていった。
だがそこに、「待て!!」という鋭い声が響いた。サキバサラ警察署『連続猟奇殺人事件対策班』班長、藤原殉義の声である。
バックステージから現れた殉義は配下の警官たちに観客の避難誘導を指示し、自らはスマートセルラーの『ROYALE』アイコンをタップした。
「ヒルーダはサキバサラの街とそこに住む人々に希望を与えてくれる存在。そのヒルーダに襲いかかる敵は、すべて自分が排除する!」
殉義はそう叫ぶと、通話するかのようにスマートセルラーを構えた。
「変進!」
殉義がスマートセルラーを狼虎チャージャーにセットした次の瞬間、「WolfTiger」「Royale」の機械音が鳴り響き、殉義はイクサバイバー・狼虎ロワイアルへと『変進』した。
「ヒルーダの皆さん。ここは危険です。下がっていて下さい」
狼虎ロワイアルはヒルーダのメンバーに向かってそう言うと、エースランザーの先端をAHDUの『デス』に向けて
「『デス』は法では裁けぬ存在。ならば自分がお前たちに判決を言い渡す。……死刑だ」
の決めゼリフを放った。
そして一気に決着をつけるべく、スマートセルラーの『BLAST END』アイコンをタップすると、その場でジャンプして、法廷のヴィジョンの被告人席に立つ『デス』に向かって光の鉄槌を振り下ろした。
「ジャッジメントハンマー!!」
AHDUの『デス』たちは、何もできぬまま細胞のひとかけらも残すことなく光の鉄槌によって消滅させられた。
狼虎ロワイアルは『変進』を解いて殉義の姿に戻った。
「ヒルーダの皆さん。もう大丈夫です。あなた方に危害を加えようとした『デス』どもは自分がすべて狩りました」
殉義はヒルーダのメンバーに向かって言った。
殉義の声を聞いたヒルーダの五人は、再びステージに戻ってきた。
そして舞子が殉義の前に立った。
「どうもありがとうございます」
舞子はそう言って右手を殉義の前に差し出した。
殉義は、西洋の騎士が主君である女王に対して行うかのように、舞子の前に片膝をつき、彼女の差し出した右手に接吻した。
(「イクサバイバー・狼虎は完全に私のものになった。残るはブレイゾン。だがブレイゾンは渚が始末してくれるはず。……私たちの勝利はもう目前だわ」)
舞子に忠誠を誓う騎士のような殉義の姿を見ながら、舞子は満足そうな表情を浮かべていた。
殉義が『ゼファー』にてAHDUの『デス』と交戦している頃、烈人は『デス』出現の反応を受けてブレイズストライカーで出動していた。
そこでは、『デス』の集団が好き放題に暴れまくっていた。
烈人はブレイズストライカーに乗ったまま『デス』を蹴散らすと、『デス』に取り囲まれた中央でバイクを止めた。
「こいつら、個体ごとの特徴を持たない『コモンデス』だ」
リスターが烈人に向かって言った。
「だけど、コモンだからって油断すんなよ。ザコでも数が集まれば厄介なことになる」
「大丈夫だ」
烈人はそう言いながらブレイズストライカーから降りた。
烈人に向かってコモンデスの怒声が飛ぶ。
「なんだてめぇ!」
「人間の分際で俺たちにケンカ売ろうたぁ、いい度胸してんじゃねーかよ」
「てめーもこの辺の連中みたいに食ってやるぜ!!」
だが烈人はそんな雑音には耳を貸さず、左手首に装着しているリスターの外周部のチャージングジャイロを回転させた。
次の瞬間、リスターは『変進』ベルト・ブレイズチャージャーに変形し、烈人の腰に装着された。
烈人は胸ポケットから二枚のメモリカードを取り出し、右手にエヴォルチェンジ・メモリカードを、左手にエクスレイヤー・メモリカードを持って両手を前に突き出した。
「変進!!」
烈人はそう叫ぶとともに、エヴォルチェンジ・メモリカードをブレイズチャージャーの左メモリスロットに、エクスレイヤー・メモリカードを右メモリスロットにセットした。
次の瞬間、「Blaze-on!」「Blast!!」という機械音声が響き渡り、烈人の全身は激しい炎と疾風の入り混じったオーラに包まれた。
そして炎と疾風を吹き払った向こうから、右手にエクスレイヤーを持ったブレイゾンブラストが姿を現した。
ブレイゾンブラストは左肩を前方向に一回転させてコキリと肩を鳴らすと、エクスレイヤーの切っ先をコモンデスの群れに向け、
「闇より生まれし邪悪な生命、熱き炎で焼き払う。……覚悟はいいな? 殺戮者!!」
の決めゼリフを発した。
コモンデスたちは一斉にブレイゾンブラストへと襲いかかってきた。
だが、ブレイゾンブラストは敵の動きを見切り、襲いかかる敵をエクスレイヤーで斬り捨てていく。
エクスレイヤーの切れ味は鋭く、剣を振るうたびにコモンデスの体を真っ二つに切り裂いていく。
「てめーらみたいなザコにはシャイニング・ノヴァを使うまでもないな」
ブレイゾンブラストはそう言うと、ブレイズチャージャー左上のスイクルバーニング発動ボタンを押し、右足を軸にして竜巻のように回転しながら、左足で炎の廻し蹴りを連続して放った。
「トルネードバーニング!!」
ブレイゾンブラストのトルネードバーニングを食らったコモンデスたちははるか向こうへと蹴り飛ばされ、爆発して果てた。
残るは、戦況を眺めていたリーダーとおぼしきコモンデスだけである。
ブレイゾンブラストはブレイズチャージャー右上のマグマアッパー発動ボタンを押し、炎を宿した右の拳を『デス』の胸板に叩き込んだ。
「バーストアッパー!!」
リーダー格のコモンデスはこの一撃を喰らったと同時に爆発しながら空中に吹き飛ばされ、そのまま跡形もなく燃え尽きた。
『デス』が一掃され、自分以外誰もいなくなったこの空間で、ブレイゾンブラストは静かに『変進』を解除すると、再びブレイズストライカーに乗り込んでこの場から去っていった。
屍博士の研究室では、渚の猛特訓が続いていた。
渚は「佐奈とかなえを殺した垂水烈人に復讐するんだ」という一心で、猛特訓に耐え、そしてそれをクリアした。
屍博士は満足そうな顔を浮かべた。
「渚。よくこの特訓に耐えた。これでお前は私の開発したイクサバイバーを完全に使いこなせるようになった」
そして屍博士は紫色のバックルのついたベルト状のアイテムを渚に手渡した。
「これがお前を『イクサバイバー・ゲヘナ』へと『変進』させるツール、ゲヘナチャージャーだ。……渚。今こそお前はイクサバイバー・ゲヘナとして、AHDUを名乗る下等な『デス』どもを一掃し、そして我々の最大の敵である垂水烈人を倒すのだ」
「屍博士……サンキューな。いや、ありがとうございます」
渚はそう言ってゲヘナチャージャーを受け取ると、すかさずゲヘナチャージャーを腰にはめた。
(「垂水烈人。うちがヒルーダ研修生になったときからの仲間だった佐奈とかなえの仇、ま、うちが必ず取ってやるんだけどさ!」)
渚の目には、烈人に対する復讐の炎が燃えたぎっていた。




