第一段階
「ふぃ〜…もう20時過ぎたか…次はどうする?ご飯食べて帰る?」
「うーん…そうね。」
映画も終わって遊びまくって。
でもヒカリさんは疲れたというよりちょっとふてくされ気味な返事だった。
「どうかした?」
「ううん。何でもないわ。何食べましょうか。」
「そうだなあー………。」
ズキッと頭に痛みが走るようにモモの顔が浮かんだ。
あいつが居たら1日中ご飯屋さん巡りで費やしてただろうな。
「ナギ君?」
「ん?あ…そうだな。いや、結構迷うよこれ。」
ラーメン、ステーキ、ハンバーガー、中華にファミレス…まぁファミリー向けなジャンルなら一通り用意してありますみたいな。
「………じゃあ、あそこにしましょう。」
「……あそこ…スーパーだよ?」
「久しぶりに作ってあげたいの。ナギ君に。」
「…………。」
ニヤけてしまった。抑えられなかった。
なんて可愛いの!ばか!ばか!
この"作ってあげたいの。ナギ君に"のとこマジで半端ねえよ!
「いっぱい買って帰るわよ!」
「え…」
なんとなく荷物持ち的な意味で恐怖した。
…………………………………………………。
「は…は…は…は…あ…と…も…ちょ…と…ゴール!…ふぅ…」
「ジミーさんお疲れ様です!これ!新作のシェイク!」
「ありがとう!…………っ!!」
「あ…またダメでした?」
「トモミさん…これ…美味しいかも。」
「えっ!本当に!?チョコリータミントです!」
「チョコりーた?」
「はい!チョコリータミントです!」
「チョコミントってこと?」
「最初は爽やかな気分になれるように歯磨き粉入れてみたんですけど…」
「ぶふっ!!」
「今は入ってないですよー!」
「爽やかを追い求めたら結果チョコミントシェイクになったってことだよね。僕はこれ好きかな。」
「おおー!じゃあラインナップに加えておきますね!」
「ラインナップって…今メニューどれくらい?」
「チョコリータミントで2品目です!」
「う、うん。」
「それじゃあ帰りましょう!今日は50kmも走ったんですから、流石に疲れましたよね?」
「まだまだだよ…こんなのでバテたら…ナギに顔向け出来ない。」
「ん?なんですか?」
「ううん。帰ろう。」
ジュッ…!
「トモミさん!下がって!」
「きゃ…」
ジュワーーーーッ!!
ランニングコースから街へ戻ろうとしたジミーとトモミの前に、赤く白く光るドロりとした液体が降ってきた。
「この感じ…熱い…」
《最弱の勇者…久しぶりっス。》
「そんなでもないけど…うん。久しぶり。」
「え!え!え!」
「この人?人じゃないよね。この方は魔王ボレニアさん。」
《っス。》
「え…?」
「こっちはトモミさん。」
「な、なんで…魔王?」
《ジミー、強くなったっス。》
「本当に?うん。でも、21レベルにほとんど戦闘せず辿り着いてるから体力には自身あるよ。」
《少しだけ戦うっス。》
「だ、ダメ!ダメです!ジミーさん!逃げなきゃ!」
「逃げてもボレニアなら簡単に僕達を殺せる。そうでしょ?」
《足は遅いっスけど、殺すだけなら問題ないっス。》
「そういうことだから。トモミさんは離れて見てて。ボレニアさん、向こうに広場があるからそこでいい?」
《分かったっス。ついてくから先に行くっス。でも少しゆっくり歩くっス。》
トモミは震えていた。
自分が非戦闘員であり、普段から魔物を見ることがないこと。
魔物を見ても、それはすぐ側に戦士や魔術師がいる時で、その時でもこんなヤバいやつは見たことがないこと。
そしてそのヤバいやつが魔王であること。
ジミーの発言により、魔王の機嫌を損ねれば簡単に殺されてしまうと認識したトモミは震えが止まらない。
《女、寒いっスか?》
「ひいっ!?」
「トモミさんは魔王を見て怖がってるんだよ。戦わない人間だから。」
《恐怖っスか。魔王としては嬉しいっス。》
「着いたよ。じゃあ…」
「は、はい…」
トモミが背負っていたリュックを受け取るとジミーは中から剣と斧と銃を取り出して地面に並べた。
《武器…お前、戦闘あまりしないはずっス。》
「見ててくれたんだね。そうだよ。戦闘は慣れてないから…銃かな。」
ナギとメールをして得た情報。
知らない世界のもう1人の自分は、大きな魔法銃で戦っていたと。
遠距離攻撃しながら自身の発明品を駆使していたと。
《手加減はしてやるっス。でも甘くないっス。》
「うん!よろしく!」
魔王ボレニアと東エリアの勇者ジミーによる、エキシビションマッチが始まった。
……………………………………………。
《ありえないんジャネ?こんなに弱いゴリラ初めて見たんジャネ?》
「ぐあ…ああ…」
バガが微かな視界でタクミ達を見るが、誰も動こうとしない。
本当に死ぬかもしれない。
魔王と一対一で戦わされて。
バガは全身に白い液体がかかっていた。
時間が経つにつれ粘着を発揮し、自慢の怪力ではどうしようもなくなっていた。
「ぐぞ………あっ!あああああああ!!」
《……シード。》
ピチュ!
「がっ。」
額を撃たれた。
…そして撃たれた部分で何かが蠢いている。
《それ、取れなかったらお前は死ぬんジャネ?雷人間。本当にこのゴリラ人間死ぬんジャネ?》
「………。」
タクミは無言で見ているだけ。
「ぐうっ…へ…ひ…」
額の何かを取らねば死ぬ。
魔王チャデスに言われ慌てて腕を動かすが白く粘ついたこの液体はそれを阻む。
「………ぬっ!!ううっ!!」
《もう見てるだけでいいんジャネ?ゴリラ人間は死ぬ。生肉持ってくるんジャネ?流石にそのゴリラは食べたくない。》
魔王チャデスの呼びかけにもタクミは応じない。
この場にいる全員にただ見られている。
このままでは死んでしまうというのに。
同じ人間が助けるどころか見殺しにしようとしている。
しかも見殺しにするのは勇者だ。
「ぐ…う…」
プチ。
額に少し痛みを感じる。
皮膚を突き破ろうと…何かが侵入しようと…
「う…う…があづ…があっ!!があっ!!」
《惜しいんジャネ?もう少し早くそれだけ動けたら…》
ダン!ダン!
バガは額に届かない腕を床に叩きつける。
「…そうだ。怒りだ。」
タクミが呟く。
「同じ目をしている。シンと。」
バガを見る表情に期待の色が混ざる。
「目覚めろ。」
「うがあああああああああああ!!!」
ブチブチブチブチチチチチ!!
《うわあああああああああ!!》
突然のバガの雄叫びに魔王チャデスは尻餅をついた。
バガを拘束する液体は次々と引きちぎられ引き剥がされ乱暴に床に投げ捨てられていく。
ブチャッ。
バガはすぐに額の傷に指を突っ込んだ。
何かが破裂した感覚に手応えを覚える。
《急に…なんなんジャネ!?》
「物理を極めし男の技。」
《は?雷人間!何言ってんジャネ?》
「ビースト」
………………………………………………。
本部に戻ると受付嬢に面白い物が見れると言われた。
でもヒカリさんがすぐにキッチンを使わせろと迫ったからそれを見ることが出来なかった。
「気になる…」
「何を作るのかはお楽しみよ。」
「え?ああ。」
そっちではないんだけれども。
というか、材料で判断出来るんじゃない?
豚、鶏、牛…肉多いな。
魚も…?刺身…うーん。
野菜も多い…こんだけ買ったらそりゃ重いわ!!
いつの間にかエプロン姿になってたヒカリさんはテキパキと料理を開始。
俺はそれを椅子に座ってボーッと見ていた。
俺がわがまま言いたい放題なご飯の注文はいつもここで作られてたんだな…。
料理しないから分からないけど、ちょっとワクワクするのは多分相当機材が充実してるからだと思う。
「次は…」
「ヒカリさんやっと笑顔戻ったな…」
「え?」
「何でもない。お腹空いたー!」
「うふふ。分かったわ。待っててね。」
平和…実際は平和じゃないけど。
でも、今はこういう瞬間に弱い。
いつか、世界を救ったら。
こういう毎日が過ごせるんだろうか。