負け犬の遠吠え part9
「………………12時ピッタリ。」
悪魔戦があったからか、ヒカリさんは朝俺を起こさず外出してた。
…ジミーとの約束の時間は12:30…。
「どら〇もーん、見事に寝坊したよー。このままじゃ色々とまずいよー。」
寝起きだからおふざけも棒読み。
「勇者。」
《きゅっ!》
「…何この組み合わせ。」
モモは頭にバンダナ巻いてる。
右手にはほうき。
善良なスライムことビビは…何してんの?
「おはよう…掃除?」
「掃除。」
「ビビは…掃除が本業なんだっけか。」
《きゅー!》
「手伝いたいんだけど…30分後にギルドにいなきゃいけないんだ。」
「大丈夫。」
《きゅーーーっ!》
近くに置かれた水の入ったペット用のお皿にビビがダイブした。
「……………………。」
あっという間に水を吸って…
ボフン!
《きゅーー!》
《ちぃーーっ!》
「増えた!!」
「勇者。急ぐ。」
「はっ!!」
くそ!女の子とスライムが仲良く掃除とか見てたいわ!
………………………………。
「…多少の汗と引換に間に合ったな…」
寝起きから22分。
無事レトルトに到着。
ただ…服が汗に濡れてちょい気持ち悪い。
「お。」
アイテム屋がタイムリーな商品を扱ってた。
今年は9月下旬もまだまだ暑いもんな。
「プチコールドローション。」
「ナギ様!どうです?そいつぁ特に売れてんだ!」
「うん、欲しい。」
「よしきた!じゃあそれはお試しってことで無料でどうぞ!」
「マジで!爆アド!ありがとー!」
税込420円。いや、人によっては1食分ぐらいあるからね。
これは大きいよ?
説明書き…プチコールドローションを500円玉の大きさぐらいに取り出し、冷やしたい箇所に塗る。
魔力に反応して常に涼しい状態を保ちます。
効果は26時間持続。
「効果時間なげえ。」
軽く両腕に塗ってみた。
「……あぁ…いい。」
みんながこういう商品買うとまあメンソール系なわけだけど。
これは魔力反応式の微弱な魔法液。
ちょ!強めにスースーする!みたいなメンソールあるあるが起きなくて、冷房の効いた図書館に居る気分。
程よく涼しい。
「これは…売れるわ。」
来年のために買い置きしようかな。
「ナギー。」
「ジミーか。デュークさんは?」
「外に車用意してる。」
「これすげぇな。」
「あー!プチコね。」
「プチコ…」
「それ、下の方読んでみて。」
「…もう察したわ。」
プチコことプチコールドローションは東エリアの開発商品。
ムカつくけどほんとに良い商品だわ。
「嫌な涼しさじゃないでしょ?調整が大変だったんだよね。」
「…………よし、行こうか。」
「冷たいなー。」
外に出て太陽の日差しのダイレクトアタックを受けても平気。暖かいすら感じない。
ずーっと涼しい。
最高だこれ。
「では、お2人…こちらを。」
「アイマスク?」
「お連れしますが、場所を教えることは出来ませんので。」
「マジか。」
「あ、デュークさん。これ僕のエリアのやつだ。」
「ええ。本部でも重宝しております。」
「どうせ魔力反応でズレませんとかなんかそういうのだろ?」
「うん。睡眠導入効果もあるよ。だから到着まで寝ることになる。」
「わお。」
…………………………………。
「…ギ様。ナギ様。」
「ふあ~……。」
ガチ寝。
こんなことなら二度寝しなきゃ良かった。
「着いたの?」
「車を降りたら私についてきてください。くれぐれも道を外れぬように。」
「ジミー、言われてるぞ。」
「えー。僕なの?」
車を降りると…
「え…お寺?あ、神社?」
立派な鳥居。
「神社だね。」
「場所の詮索は。」
「キョロキョロすんなってよ、ジミー。」
「いじめだと思っていい?」
神社の敷地に入っていった。
デュークさんが後ろ歩きで俺達を見張ってるから回りを観察出来ないけど、視界に入ってくる分にはまあ普通に神社。
「ここで止まってください。」
「………神社だよね?」
「下を。」
「いつの間に…」
レインボーな魔法陣が展開されてた。
ピシュン!
…………。
「……ふぁ?」
「手間かかってるね。」
「本部は潰されてはなりませんからな。」
ワープ装置的な扱いだったのか。
どこかも分からない神社からさらに目的地不明の移動用魔法陣。
めんどくさっ!
「なんとなくさ、売れてるゲーム会社のオフィスってこんなイメージない?」
「あるある。」
ジミーも頷いてくれたけどまさにそれ。
ルックス重視で用意されたであろう受付嬢がカウンターに居て。
ここはロビーか。
「オールマスター様に。デュークでございます。」
「デューク様。ナギ様。ジミー様ですね。ではそちらの7番からどうぞ。」
案内された方向には廊下。
「これ全部部屋?ズラーッとしすぎじゃない?もう個室トイレじゃん。」
「ナギは魔法の転用にはまだまだ無知だねー。」
「お前は自己流が過ぎるんだよ。間違った発明とか研究すんなよ?サイエンスチックな敵は決まって戦闘がめんどくさいんだから。」
「斬る前提なんだね…」
「話し合いでどうにかなる程度なら悪役なんてやらねえんだよ。」
ガチャ。
「中へ。」
「何もないよ?」
「ナギ。」
「あー。」
またしても魔法陣。
エレベーター要らずってことか。
「オールマスター様に失礼のないようにお願いします。」
「デュークさんの表情がガチなやつだ。気をつけろよジミー。」
「デュークさん、ナギがイジメる。」
ピシュン!
……。
「…っと。」
ミリ程度なんだけど浮く感じなんだよね。
軽くフワっとするから着地とまではいかないけどおっとっと…ってなる。コケる寸前みたいな。
何この作り。
魔法陣があるだけの空間。
目の前に大きめのドア。
取手が無くて、手形がある。
「私に続いて入室を。」
ブォン……ガチャ。
「指紋認証みたいだな。」
手形に手を合わせると、手形が黄色く光ってドアのロックが解除された。
……あ、デュークさん入ってすぐ閉めた。
「俺達もあれやるの?みんなで入ればよくない?」
「セキュリティって言葉をググった方がいいよ。僕先行くね。」
ブォン…ガチャ。
ジミーは手形が赤色だった。
「よし、俺も。」
ここで主人公だけ弾かれて警備員がすっ飛んで来るとかいうお約束のボケが思いつくんだけど、まあ俺は大丈夫。
ブォン…ガチャ。
「ほらね。」
俺も赤色に光った。
「…お邪魔しま…す。」
まさに社長室。
社長というか、会長?
「君がナギか。座ってくれ。」
こういうポジションっておじさん体型できっとカツラなまさに社長みたいな人をイメージするんだけど。
「若手イケメン俳優。」
そんなイメージだった。
「君は役割付与からまだ日が浅い方だから知らないことも多いのか。」
「すいません、でも…思ったより若い人だったというか。」
「ナギ。魔法はアンチエイジングにも使われてるんだ。」
「なんでもありなの?ねえ…」
「デューク。」
「はい。ナナミ様から、ナギ様を本部にお連れするようにと。ジミー様はマリオの死体の調査を。」
「先にジミーの話を聞こうか。」
イケボ。どうせ超金持ちでしょ?なんか腹立ってきたぞ?
「僕の大切な人の体に魔王スパーンが取り憑いてるみたいなんです。スパーンは魂交換の儀式により生き延びてきたという考察を元に、マリオが引き抜いた魂を保管してるかもって。」
「保管していない可能性は?」
「マリオが操ってた勇者達が使ってた武器は偽物でした。あのマリオが偽物を大切にコレクションするのは考えられないので、他に本当の隠し場所があるんじゃないかって。」
「デューク。」
「はい。ジミー様にお任せしてもよいかと。」
「ジミー、君は1度ロビーに戻り受付に死体鑑定室と言いなさい。後は分かる。」
「ありがとうございます。ナギ、また後でね。」
「うん。」
ガチャ…バタン。
「次はナギ。ナナミが君を寄越したんだね。」
「そうなの?」
「はい。ナナミ様が、"真実"を伝えろと。」
「そうか。」
「真実…」
「私の口から聞いて、君は納得するだろうか。」
「その真実とやらを言ってもらわないとなんとも…」
「そうか、いいだろう。」
…………。
間が長い。
「…アナザーワールドプロジェクトについて、君はどれだけ知っている。」
「アナザーワールドプロジェクト……」
魔物出現の原点。
デニスって人の謎の発明。
最後にはデニスと魔王を封印…だったか。
「ナギ様には、私から少しずつ。」
「そうか。」
「アナザーワールドプロジェクト…それは、我々人間の新たな理想郷計画だ。」
「理想郷。」
なんか先が読めたけど…改めて言われるとドキドキするかも。
「人類は生活を便利にするため、色んな物を発見し発明してきた。分かるか。」
「電気とか車とか?」
「そうだ。しかし、便利になる代わりにどんな代償があったか。」
「…汚染的な?地球温暖化とか。」
「それもある。何より同族で殺し合うこの貧富の差。物資を、土地を、命を奪い合う戦争。」
「………。」
「これらの問題は、止められない。止めるための手段もまた、力による制圧だからだ。」
「争いは繰り返される。」
「私には昔、子供がいた。」
「息子はゲームに夢中だった。RPGゲームだ。」
「息子はある時こう言った。」
『ゲームの世界に住みたい!』
「私はそれを天の導きだと思った。」
「国のために働いていたが、仕事を捨て家族を連れて…計画した。」
「争う必要のない。誰にでも平等に機会が与えられる世界を。」
「危険なエネルギー源に頼らずとも、誰もが豊かに暮らせる世界を。」
「誰もが愛される世界を。」
「…ちょっといい?」
「なんだ。」
「アナザーワールドプロジェクト…あなたが言い出しっぺ?」
「そうだ。」
「じゃあ…今の東京をこんな状態にした張本人?」
「………それは私にも責任がある。」
「言い出さなきゃこんなことにならなかったんだよね?」
「ナギ様。」
「だって……あなたが実現した今の世界は!…俺の家族を奪った!!」
「………。」
「どうしてこうなったんだよ。全部話せよ。てかデュークさん調べてますとか言ってたけど実は全部知ってて小出しにしてたんだろ。」
「……申し訳ございません。」
「私は実現させるために世界各国の優秀な科学者、技術者を集めた。」
「皆、世界を救ったという名声のために頑張ってくれた。」
「1人の科学者は特に。」
「デニスって人か。」
「彼は自分の体を薬漬けにし、1秒も休まなかった。」
「この広い宇宙のどこか、人間が暮らせる星を探すという考えから始めたが…デニスは」
「地球と異世界をワープ装置で繋げた?それとも魔物とかは宇宙人ってこと?」
「前者だ。私には化学は分からない。だがデニスは異世界を見つけた。それは人間にとって都合の良い環境で…もう一つの地球のようだった。」
「パラレルワールド?まぁいいや、続けて。」
「我々プロジェクトチームは全員が喜んだ。皆がデニスを褒め称えた。しかしすぐに今我々が呼ぶ"魔物"が現れた。」
「ワープ装置は全部で5機。全てが人間の操作を受け付けなくなった。」
「電源を落としても、施設内の全ての電気系統が何事もなく働き続け、魔物は溢れた。」
「人間の武器が効かないことは?」
「知ってる。実体験だし。」
そういえば傘刺したわ。
…あれ武器じゃないけど。
「元々研究は人の居ない土地で行われていたから、魔物による被害はまだ少なかった。そこに"魔王"と呼ぶことになる存在が現れた。」
「優れた知能ですぐに人間の言葉を理解し、話すようになった。」
「魔物はこちらの世界での動物と同じだと、生かすも殺すも好きにしろと。」
「我々は戦う術を与えてもらった。」
バチチチッ。
「魔法だ。」
軽く人差し指から電気が発生した。
…この人も相当強いのか?
「…しかし、デニスはまた問題を起こした。」
「魔王と共に人間を滅ぼそうとした。」
「……どうして?」
「理由を知ることは出来なかった。」
「そして、我々は"守護者"を開発し、彼らの力によってデニス達を封印した。」
「…で、終わり?今に至る?」
「いいや。ワープ装置を破壊しない限り魔物が現れ続ける。」
「だから、ワープ装置を都内5ヶ所に分けて配置した。」
「……それでエリアが…ワープ装置…まぁ壊せないってことだよね。」
「デニスが細工をしたようだ。人間の道具も魔法も効果は無かった。」
「ワープ装置はどこにあるの?」
「…空だ。」
「は?」
「それぞれのエリアの上空に隠してある。」
「…だから魔物が降ってきたりすんのか。」
「全ての魔物が1度空から落ちる。その後、それぞれの生き方をする。」
「え…魔王殺すだけじゃ解決しなくない?止め方をデニスに聞かないとじゃん。」
「……最後に見たのは何年も前だが…話し合いが出来るとは思えん。」
「…じゃあどうすんの?魔物を殺して人間守るよーを延々と続けんの?」
「いいや。」
「我々は人間をさらに強くすることにした。役割を与え、成長出来るようにレベルシステムを設けた。」
「……うん。」
「いずれ、魔王やデニスの力に潰されない人間が現れた時」
「うん分かったもういい。」
「ナギ様。」
「いや、うん…うん。俺達が戦ってきたのは無駄ではないけど無駄なんだよね?今のとこ。」
「……………………。」
「最強の世代は?アレでもダメだったの?」
「彼らの力は無駄では無かった。我々に魔法を与えた魔王、エンドラを撃破した。」
何それカッコイイ。
「エンドラはデニスと共に封印された魔王だ。ワープ装置を破壊する協力を得るために、今一度呼び出したが…」
「戦うことになったのか。」
軍が開発した機械が異次元に繋がってモンスターが現れてどうのこうのってお話あったな…。
なんて記憶の引き出し漁ってた。
「君の家族は…すまなかった。」
「…………いいよとは言わないよ?」
「当たり前だ。」
「じゃあさ…つまり。今はまた強い人間待ちってこと?デニスを説得出来るように?もしくはボコボコにしてでもワープ装置問題を解決するために?」
「ああ。」
「…………ふーん。」
「ナギ様。」
「デュークさんが言ってたの、こういう事なんだね。」
真の意味でアナザーワールドプロジェクトを終わらせる。
魔王という脅威を取り除いて、ワープ装置を破壊する。
「ねぇ、後からやっぱり異世界に住もうとか言い出さないでね?ぶっ殺すよ?」
「言わない。可能性の芽を摘むわけにはいかない。」
「……俺のが強いぞ小僧的なアピールだよね今の。」
「魔道戦士はある意味で勇者よりも優れている。君はまだナナミにも勝てないだろう。」
「…どうかな。試してみる?」
バチィン!!
「……………。」
「命を無駄にするな。勇者の役割は誰よりも強くなる才能の証。生意気な態度で死ぬような事のないように。」
「……ういっす。」
詠唱無しで軽く指差したとこに正確に雷魔法…
「オールマスター。名前は?」
「タクミ。」
「たくみ…刀匠とか匠の技の?」
「ああ。…さて、今後の活躍に期待している。」
「賢者モードかよ。まだ話したいんだけど。」
「私も忙しい身だ。」
「ナギ様。」
「じゃあ、次はいつ会える?」
魔道戦士ってポロっと言い出したけどさ、そんなの聞いたことないんだよね。
まだまだ秘密あるだろ。
「……私の役割が気になるのか。」
「…え?」
「もちろん、まだ隠し事はある。知りたいなら相応しい力を身につけてからまた問うことだ。」
「読めてんの?」
「また、会えれば。」
「ナギ様。下がりましょう。」
「………………………。」
ビュンッ!
「何のつもりだ。」
スチャ。
「やられっぱなしはなんか嫌だ。」
「ならもっと速くなれ。」
「ざんねーん、俺まだ本気じゃないし。」
「だといいが。」
ブォッ…
その瞬間、タクミ…さんから一気に離れていった。
蹴り飛ばされたと気づいたのは魔法陣のある前室までぶっ飛んで、ふと服に靴跡がついてるのを目にしたから。
「デュークさん…大丈夫立てるよ。」
「分かっていただけましたか?」
「最強の世代とどっちが強いの?」
「最強の世代の皆様はそれぞれが違う強さの在り方でした。その中で、ナギ様の言う最強を指すならばハル様でしょう。彼はタクミ様のように速くはありませんが…映像で見せて差し上げたい…!!」
「言葉で言い表せないレベルで強かったの?」
「ハル様は唯一レベル99に到達しました。それに並ぶ者、超える者はいません。」
「…………俺80だしな。」
ピシュン!
………………………………………。
ロビーで受付の人に、ジミーはまだ帰れないから先に帰ってどうぞって帰宅を強く勧められた。
なんかスッキリしねぇな。
アナザーワールドプロジェクトを考えた人間から色々聞かされて。
魔物を討伐しながら、超強い人間待ち?
しかも雰囲気的に俺じゃダメみたい。
「ナギ様。血が。」
「え?いいよ。」
気づいたら左手で右手の甲に爪を立ててた。
「…気に入らねえのはこっちだって同じだよ。」
………………………………。
「ごめんねぇアユミちゃん!パパすぐにプレゼント持ってお家帰るからね!待って待って嫌いなんて言わないでぇ!欲しいやつ何でも買うから!ね!ね!」