海賊
「酒を〜飲み干せ〜♪風〜を感じろ〜♪まだ見ぬ〜その先〜宝目指して〜♪」
9月、まだまだ暑い日が続く。
女は朝からほろ酔いで、潮風香る港を上機嫌で彷徨く。
「っは!っは!…アクエリアス…やっぱりお前は綺麗だなぁ!!」
一隻の船に向かって声をかける。
真っ白なボディに鮮やかな青のライン、どこにでもあるような小型船である。
「待っとけ…今酒積んだらすぐに出るからな…っととと。」
「おいあんた!大丈夫か?」
日焼けした肌黒い男が女に声をかける。
「ああ?大丈夫大丈夫〜♪何も問題ねえよ。」
「相当飲んでるだろ、ボートの運転なんてやめとけ!」
「馬鹿言ってんじゃねえよ!海賊が海に出ねえで何すんだおらぁ!」
「変な格好してると思ったら酔っ払って海賊気取りか!こっち来い!ほら!」
女はこの暑い日に赤いコートにブーツ…言われてみれば、誰もがイメージする海賊の格好をしていた。
「ちっ…てめえ。気安く触んじゃねえ。」
「は?なら言う事を聞いて運転なんて止めておけ!」
「…海賊舐めんなよ…?」
上機嫌だった女はどこからともなく青い刀身の剣を取り出し右手に構えた。
「ば、ばかやろう!酔っ払って刃物振り回す気か!間違って人殺したらどうするつもりだ!」
「馬鹿はお前だろ?誰だか知らねえが人様に偉そうに説教垂れてんじゃねえぞ!」
ヒュンッ!
「ひいいいっ!!」
女の素早い一振りに、地元民の男はようやく声をかけた事を後悔した。
しかし、その剣は男の命を奪うことは無かった。
「………い、生きてる…!」
「早く失せろ。次は首飛ばすぞ?」
「う、うわあああ!!」
彼もまた漁師だったのだろう。目の前で酒に酔ってふらついた女が海に出ようとする愚かな行いを止めたい…ただの善意のつもりだった。
「っは!肌焼いただけで海の男気取りかよ…ったく。」
彼女は"本物"の海賊だ。海の危険なら現代で誰よりも知っている。だから男の善意がただただ煩かった。
ゴクッ…ゴクッ…
「くぁ〜っ!!へへ…酒を〜飲み干せ〜♪」
気を取り直して酒を豪快に飲み干し、女は出航の準備を再開した。
…………………………………………。
この日の海は穏やかだ。
風も優しく、空を見上げればカモメが戯れている。
「あぁ〜っ!!久しぶりの海は良いもんだなぁ。」
女は船首に立ち、伸びをしながら海を走るこの瞬間を堪能していた。
「そろそろ俺の船らしくしねえとな…真の姿を表せ!」
((アクエリアス))
女の呼びかけに小型船は応えた。
真っ白なボディ、鮮やかな青…どこにでもあるようなボートは仮の姿。
それは魔法のように姿形が変わっていく。
船は大きく…大きく…十数名での運航が望ましいほどに。
船体は立派な木材…豪華な装飾…砲台も備えている。
そして掲げられた海賊旗。
「っは!っは!っは!最っ高だなあ!」
女は上機嫌で舵を取った。
……………………………………。
夕刻。
1人の海賊を乗せた海賊船は無人島に止められていた。
「確かこの辺だったよなぁ…ちっ。めんどくせえ。」
女は辺りを見回しながら海岸で何かを探し回っている。
「っは。岩が波で削れてやがったか。どうりで見つからねえわけだ。」
ズルズル…ザザザザッ…
女は錨を引きずり、ようやく見つけた崖下の岩場に戻ってきた。
「っおらよ!」
((タイダル・インパクト))
ドッパアアアアアアン!!!
軽々と錨を持ち上げ、目印の岩のすぐ下の地面に向かって振り下ろした。
…ゴゴゴゴゴゴ
財宝を求める冒険家の映画のように、岩は音を立てて動き出し崖下に洞窟が現れた。
「何年ぶりだろうな。」
女はそう呟くと、我が家に帰るように洞窟へ入っていった。
「どこだ…あったあった。」
ガチャ。
暗闇の中で女は何かを掴み引き下ろした。
ズゥゥゥゥン…ピカッ!
深い音が鳴った直後、洞窟内は明るく全てが見渡せるようになった。
中には本棚、ワインセラー、ベッド、テーブル…人の居住を感じさせる物が多くあった。
「ただいま。ハル。」
女はテーブルの上に飾られた写真の男に優しく話しかけた。
「ハル…聞いてくれよ。お前にそっくりな男に出会ったんだ。そいつは勇者でな?悪魔だって倒してくれたんだ。」
ワイン片手に女は思い出を語る。
「っは。思わず惚れちまうとこだったよ。お前と同じように"本物"になった時にはな。」
「でも…魔王の連中は世代の死体を集めてたんだ。この前は死神と戦った。勝てなくて逃げちまった。」
ドンッ!
女は左手を強くテーブルに叩きつける。無念さを訴えるように。
「戦い続けたら…アイツらとも戦わなきゃいけねえ日が来る…もしかしたら…お前とも…そう思ったら…」
女の声は震え、やがて嗚咽が聞こえた。
「なんで俺だけ残っちまったんだよおおお!置いてくなあっ!ハルぅぅぅぅ!!」
「あの子だってもう居ねえんだぞお!あんなに良い子だったのにぃ!!どうして魔王になって人間に!親の俺に!殺されなきゃならねえんだぁっ!!」
「俺達は…正義のために戦った…なのにどうしてこんな最期なんだ…どうして…」
ッパサ。
地面に1枚の紙が落ちる。それには機密扱いとスタンプが押されている。
ー調査結果
魔王スイ
推定10歳 DNA検査結果 一致
涼風 美咲 と思われる
本人写真と死体の比較写真を添付
ホクロや右膝の切り傷など類似…
…………………………。
「神なんてもんが存在するならぶっ殺してやるよ…俺が何したってんだああああああ!!!」
洞窟に女の叫びが響く。
「…ハル…もういいだろ?俺もそっちに行ったって…なぁ?十分戦った。後は次の世代に任せてさ…」
女は船から持ち込んだ縄を取り出し自分の首が入る程度の輪を作る。
続けてテーブルの上に立ち洞窟の天井にフックを取り付け、縄を外れないように括り付ける。
「…また3人で笑おう…愛してる。」
女はテーブルを足で強く蹴…
Prrr〜♪
スマートフォンの着信音が洞窟内に鳴り響いた。
「なんだよ…間の悪い………っ!」
ーfrom ナギ
ナナミさん、元気してますか?
ギルドマスター辞めてから海に出たってバカ様に聞いたけど、メール届くかな?笑
いや、デュークさんに魔法使えば電波無視で送れるって聞いたんだけどさ!笑
最後に一緒に戦った時、ナナミさん辛そうだったしずっと考えてたんだ。
今後最強の世代の人達と戦うのってナナミさんにとっては死ぬより辛いことなんだろうなって。
だからギルドから離れて、東京から離れて、海に出たんだよねきっと。
あ、戻って来てとは言わないよ。戦力としては最強だし頼れる存在なんだけどさ。
俺がナナミさんの気持ちも連れてく。
最強の世代が敵として立ち塞がっても、絶対倒してみせるよ。
ナナミさんのことも救ってみせる。
それまでまだ時間かかるかもしれないけど、のんびり航海して楽しんでてね!
帰る場所用意して待ってます。
この世を救う"英雄"より。
………………………。
それは、ある勇者からのメールだった。
今の女の状況を見越していたかのように、すぐそばで見られていたかのように計られたタイミングだった。
そしてそのメールは女を苦しめる"呪い"に触れ、優しく将来を宣言し、約束した。
帰る場所。
「………っ…がっ…ナギぃ…っ!」
女はテーブルから降り、ベッドに倒れこんだ。
仰向けに大の字で寝転がり、大きな声で泣いた。
「………絶対!絶対だぞ!俺を…助けてくれっ!待ってるからぁっ!ずっとぉ!ずっとぉ!!」
「…帰りたいよっ…ナギぃ!」
日は沈み、程なくして洞窟内も静かになった。
………………………。
翌朝。
暗闇から解放されたばかりで、空はまだ淡い青。
「……お前、実は生まれ変わったのか?あの瞬間にあんな言葉を送ってくるなんてよ…」
女は写真に写る最愛の人に話しかける。
「"本物"の平和を見届けたら、今度こそお前に会えるよな?」
「それまで…また少しお別れだ。」
ジョボジョボ…ビチャチャチャ…
女はテーブルに、ベッドに、本棚に…ワインを撒き散らす。
「…っは!俺様は!海賊だ!真の自由を得るために戦う!誰にも邪魔はさせねえっ!!」
ッガン!
派手にテーブルを蹴飛ばすと、女は自信に満ちた表情で…
「俺様こそ最強の世代、現代の海賊女帝!」
チッ…ボウッ…
「雅 七海だ!!」
女は高らかに宣言し、火をつけたマッチを放った。
「っは!っは!っは!」
洞窟はすぐさま燃えた。
…………………………………。
昼時。
太陽が高く上がり、海面はキラキラと輝いている。
空を見上げればカモメが共に行こうと船に合わせて飛ぶ。
「っは!もう立ち止まらねえっ!果たすまで終わらねえ!逃げねえぞおおおおおお!」
女は赤いコートを海に投げ捨て、青いコートに着替えた。
「海賊らしく…これも要るな。」
左眼に眼帯。
「海剣!」
船の進行方向に向けられたその剣は、今の海同様にキラキラと輝き…主の覚悟を現していた。
「っは!っは!全速前進!いざ東京へ!魔王共をぶっ殺すぞおおおおおおおおお!!!」
女の笑顔は最高に晴れやかだった。
「酒を〜飲み干せ〜♪風〜を感じろ〜♪まだ見ぬ〜その先〜宝目指して〜♪」
はい。
記念すべき100話目ということで、番外編ってわけじゃないけどちょいと特別なお話。
これを書きながら思ったのは…本当にこの作品はこの先どうなるんだろう笑