主人公は僕なんだよ! いや魔道具に喰われてますよ
短編作は初めてです。
面白いと思ってもらえるひとネタを、がんばって捻り出したいですね。
ザシュッッ!
「ふぅ。怖かったけど、なんとかなってよかった」
『おい、早く喰わせろよ! もうさっきの分で魔力切れ! 腹が減って仕方ねぇよ!」
「うぅ……わかったよぉ。ほら」
『ふぅぃぃぃいっ。二日ぶりの飯だ! いただきまーーーす!』
少年が肩から斜めに掛けていたバックを外し、今斬り倒した魔物に向ける。
するとその瞬間、バックの口が開いた。文字通り【口が開いて】そこから見える鋭い牙をもって、瀕死の魔物を喰らい始めたのだ。
数秒であっという間に魔物を喰らい尽くしたそのバックは、今度はいつの間にか普通のバックの外見へと戻ってしまう。
その奇妙なバックを再び肩に掛けた少年は、まだ慣れないその光景に少し怯えながらも、次の魔物を探しに草原を歩き始めるのであった。
ーー
話は二週間前に遡る。とある少年が、行く宛を無くして街を彷徨い歩いていた。
少年の名前はアルト。青い髪にまだ幼さの残る顔立ちで、背は成長途中のため高くはない。
14歳にして、両親共に病気で失くしてしまい、絶賛生きることに迷子中である。
この歳で一人になってしまった子供が生き延びるには、ツテを使って仕事にありつくか、親戚に厄介になるかが一般的ではあるのだが、生憎アルトにはそのどちらもあてはなかった。
そうなると、あとは浮浪者として過ごすか、冒険者になって自分一人で生きるかしかない。
もちろん後者を選択するしかないと思ったアルトは、冒険者ギルドに朝から顔を出してきたところだったのだが、武器も持たない子供がギルドに登録の申し込みに行ったところで、門前払いされてしまうのがオチであった。
「はぁ……。ギルドに登録も出来ないなんて、これからどうすればいいんだろ。と、とりあえず、何か武器を買えばギルドにも入れるかな……? お金はほんの少しだけど持ってるし、これで何か……。武器は使ったことないから、魔道具とか買えないかな?」
少年はようやく目的地が決まったことに少し安堵しながら、両親が残してくれたほんの僅かのお金を握り締めて魔道具を扱う店に向かう。
ーー
「はい! いらっしゃ……い。冷やかしなら帰ってくれよ。暇じゃねーんだ」
威勢良く接客をしようとした店主であったが、入ってきたのがいかにも金を持ってなさそうな子供だとわかると、手のひらを返したように無愛想になった。
暇じゃないと言うが、怪しげな商品が乱雑に置かれている店の中には客は一人もおらず、どう見ても暇そうであった。
「あ、あの……お金なら少しはあるんです! これで、何か売ってもらえる魔道具はありません……か?」
店主の睨みに怯えながらも、アルトは勇気を出してお金を差し出した。しかし、持っているお金は多くはない。いいアイテムは望めないのはアルトもわかっている。
「はっ。そんな端金じゃあ大したもんは売れねぇな。そこの棚に置いてあるのが叩き売りの残りモンだ。勝手に選べ」
アルトが言われた棚を見ると、そこにはそれぞれに値段のタグがつけられた魔道具が、所狭しとぐちゃぐちゃに並べられて?いた。
適当に手に取って見て行くが、どれも魔物退治を生業にする冒険者としての役に立ちそうなものはない。
『魔力を込めると指先程の火が出るステッキ』
『飲み水が湧き出るが、出る量は一日コップ一杯と書かれた棒』
『灯りを放つ使い捨ての石』
『用途不明で、中に入れた物がたまに消えてなくなるバック』
『魔力の刃が出るが、木片すら切ることができないと書かれた折れた剣』
どれも手に入れたからといって、魔物退治に活躍できる品はなさそうだ。
ガラクタ……いや、商品を手に取りながらアルトは、やはり素直に安い短剣でも買うしかないのかと諦めかけた瞬間、どこからか声が響いてきた。
『おい、俺を使え。腹が減ったんだ。魔物でもなんでも殺してやるよ』
ひぃ!っと、アルトは驚いて持っていた『用途不明で、中に入れた物がたまに消えてなくなるバック』を落としそうになる。
「おい! 商品なんだからな、壊すんじゃねえぞ! ガキだからって、壊したら買い取らすからな」
「すす、すいません!」
店主の怒鳴り声に萎縮して、もう帰りたくなったアルトだったが、改めて手に持ったバックを眺めてみる。すると……。
『そうだ、お前が今持ってるバックが俺だよ。さっさと俺を使えって言ってんだよ』
「つ、使えってどうすればいいのさ。僕はまともに魔物と戦ったことなんてないんだよ」
『はぁ?! 魔物退治をしなきゃなんねーってお前が言ってたんだろうがよ。さっさと俺を持って魔物退治に行けってんだよ』
「いや、でも……僕はギルドにも入れなかったし、お金だって君を買ったら無くなっちゃうんだよ」
『だから俺がなんとかしてやるから、俺を買えって言ってんだよ! ギルドとやらはよくわからんが、そんなこと知らん!』
「そ、そんな無責任なぁー……」
謎の喋るバックと話し込むアルト。
最早驚きすぎて、バックが自分に話しかけていることには疑問を感じていないらしい。
「何をさっきからぶつぶつ独り言言ってんだ? そのバック買うのか? さっさと金置いて持っていけ! こっちは暇じゃねーんだよ!」
「ははははい!!! すみません!」
怒られた拍子に、勢いでお金を支払ってバックを買ってしまったアルトは、大急ぎで店を後にする。
店を出てから、なけなしの全財産をほぼ使い切ってしまったことに気付いたアルトは、バックを手に持ったまま途方に暮れる。
「はぁ……。お金は今のでもう殆ど使っちゃったし、これからどうすればいいんだ……。もう泊まるどころか、夜ご飯を食べるお金もないよ」
『だーかーらー、早く魔物退治に連れてけって。俺は腹減ってんだよーーー!』
「聞いてたでしょ? もう君の分どころか、自分の分さえご飯を買うお金なんてないんだよ」
『君じゃねーよ。バルだ。バル! だからさっきから言ってるだろ? 俺が手伝ってやっから、魔物退治に行けって! 魔物を倒せば、よくわからんが報酬が出るんだろ?』
アルトは先程から、これからの未来が閉ざされてしまったショックが大きく、バックが喋っていることにも、尚且つバルと名を名乗ったことに関してもすっかりと受け入れてしまっていた。
その上バックが魔物退治を手伝ってくれると言うのだ。もうアルトの脳内は、起きた出来事をまともな一般常識などと当てはめることを、諦めてしまっていた。
「バル……君? 僕はアルトだよ。よろしくね? ても、手伝ってくれるって言っても、バックがどうやって手伝うって言うのさ?」
『へへん。それは行ってのお楽しみさ! さぁ、どこに魔物はいるんだ? 早速倒して俺の飯だ! あと、君はいらねぇよ、むずったい! バルと呼べ』
「わかったよ、バル! 魔物は街から出ればいると思うけど……。まぁ、あんまり遠くまで行かなきゃ大丈夫か……」
アルトはバルに急かされるままに、魔物退治へと向かうことを決意する。どちらにせよ、無一文に近いアルトにとっては、魔物退治でもしなければ、明日の朝日を迎えられるかどうかも怪しいという状況なのだ。
一人と一つ(?)は、それぞれの想いを胸に街の外へと向かう。
尚、アルトの周りに居た人達は、急に独り言を言い始めたアルトの事を、可哀想な男の子がいるな……という風に遠目から見ていたことは、アルトもバルも気付かなかったようだ……。
ーー
ここ、リザンカートの街は冒険者の集う港町だ。この街からずっと西に向かった先には、温泉街として有名なムルドガンドの街があるため、そこへ向かう人々が多く往来する街である。
人々が多く集まると、そこには街が発展する。そうして観光地に向かう人の立ち寄る場所として発展していったのが、リザンカートの街だ。
街の外周には魔物の進入を防ぐ為に外壁が建設されていて、東は海が広がっているため、北西と南西にある二つの門から出入りすることになる。
北西は貴族街も近く、決まりではないのだが殆ど貴族専用の門となってしまっているため、アルト達が向かったのはもちろん南西門という事になる。
「ん? 君、子供一人で外に行くのは危ないぞ。警備や冒険者が近くの強い魔物は退治しているが、絶対にいないとは言えないからな」
門を守る衛兵がアルトを心配そうに見ながら忠告するが、アルトもここで引くわけにはいかない。
「ぼ、僕はこれでも冒険者なので……! 見習いと言うか予定と言うか願望ですけど……」
最後の方を聞こえないくらいのボリュームで呟いたアルトを、衛兵は疑惑の目で見ている。
しかし、しばらく見つめ合った後、十分に気をつけるようにと念押しされ、通る事を許された。
門を抜けると、そこに広がるのはミラン大平原と呼ばれる地域だ。
全体的に魔物の凶暴さは低めで、特にリザンカートの近くは、定期的に魔物が退治されている事からさして凶暴な強い魔物は存在しない。
駆け出し冒険者にはうってつけの稼ぎ場……いや、練習場となっている。
門を出て辺りを見渡すだけで、チラホラとゴブリンやスライムといった低位の魔物相手に激しい戦いを繰り広げている冒険者が見える。
彼らも冒険者として旅立ち始めたばかりなのであろう。熟練の冒険者が見たら、温かい気持ちになれるであろう必死な様子で、低位の魔物との激戦が行われていた。
「ふわぁ……。僕、街の外に出るの初めてだ! 魔物と戦ってる人がいるよ! すごい!」
ここにも駆け出しの冒険者以下の男の子がいるため、低位の魔物との激戦も憧れと羨望の眼差しが向けられる対象となっていた。
『さて、凄い凄いと言ってるだけじゃ飯のタネは稼げねぇぜ。アルトもこれからあぁやって戦うんだ』
「やっぱり、僕には無理かも……。だって、武器も何もないんだよ?! 絶対食べられちゃうよ……」
アルトはゴブリンやスライムと戦う冒険者を見て、戦意を失ったようだ。既に頭の中には夜ご飯の心配なんて残っていない。あるのはただ、未知への恐怖、戦うことへの不安ばかりだ。
『まぁまぁ、俺に任せろって言っただろ? 嘘は言わねぇよ。取り敢えずそうだな……。ここじゃ目立って仕方ないから、あそこに見えるデカイ岩陰まで行こうぜ』
「うん……。わかったよ、あそこの岩だね? バルが頼りなんだからね? お願いだよ?」
一人と一つ……この際、二人と呼称しよう。二人は、南西門から少し離れた岩陰を目指して歩き始める。尚、当たり前だが歩いているのはアルト一人であって、魔道具屋を出てからバルはアルトの肩に斜めに掛けられている。
数分歩けば岩陰に到着した。近くに魔物の姿はないが、少し遠くにゴブリンの姿が見えており、アルトは見つからないように慎重に行動していた。
「岩陰まで着いたけど、どうすればいいの? バルが戦ってくれるの?」
『アホか。バックの俺がどうやって戦うって言うんだよ。戦うのはもちろんお前だよ、アルト。ちなみに聞いておくが、あのゴブリン一匹倒しただけで、今晩の寝る場所と食事は確保できるのか?』
「やっぱり僕が戦わなくちゃいけないのか……。うー……ん。詳しくは知らないけど、三体くらいは倒さないとダメかも……。ゴブリンは耳が討伐証拠になるから、ギルドに持っていけば換金してくれるはずだよ」
『なるほどな。耳だけでいいってのは、いい情報だ。危うく証拠が残らねぇとこだった。さて、そんじゃちんたらしてる暇はねぇってことだな! 早速一匹しかいない奴を倒すぞ!』
魔物退治を始めると聞いて、アルトの緊張は更に高まる。最早立っているだけでもやっとの状態だ。果たしてこんな状態で魔物退治なんて出来るのだろうか? アルトは自分の情けなさに泣きそうになるが、微かに残った勇気と、手助けすると言った自分を信じろというバルの言葉だけで踏み止まっていた。
「ぼ、僕は……どうしたら……いい、の?」
一見怯えているようにも見えるが、その奥に光るアルトの覚悟を感じたバルは、この頼り甲斐のない小さな男の子に、信頼の希望を感じ取る。嬉しさを隠しながら、とうとうバルは自分の能力をアルトに伝える。
『アルト。取り敢えずは武器は剣でいいよな? 剣をイメージしながら、俺に手を入れてみな』
「う、うん……。剣をイメージすればいいんだね」
アルトが恐る恐るバックを開け、バルに手を差し入れる。するとその瞬間、バルが薄く魔力を帯びて光を放ち始める。
「わわわっ! バル! なんか光ってるよ! なんかなんか光ってる!!」
『落ち着けアルト。手に感触があるだろ? しっかり感じ取れ』
「ん……。ある……なんか温かい感触が……手に触れて……」
『それだ! そいつを掴んで、一気に引き抜け!』
「わかった!!」
バルから感じる光が一層強くなり、アルトが掴んだモノを一気に引き抜く。
光がおさまると、アルトの右手には立派な片手剣が握られていた。
「すごい…………。なんで……?」
『これが俺の能力の一つだ。魔力を使って、イメージした武器を生成出来る。まぁ魔力で創った剣だから売っぱらって儲けることは出来ないけどな! あと、俺の魔力が無いと創り出すことはもちろん出来ねぇ。今ので魔力はすっからかんだ。大事に使えよ? その代わり、威力は折り紙付きだぜ!』
「バル……。僕、がんばるよ! バルの力を借りて、あいつを倒してみせる!!」
アルトは、右手に握った片手剣を両手でしっかりと握り締める。普通のサイズの片手剣だが、小柄なアルトには少し大きかったようで、両手で持つ方が安定した。
アルトは剣を握り締めたまま、ゴブリンに近付いて行く。気配を消すなんてことは知らないアルトだ、ゴブリンも近付いてくるアルトに気付き、威嚇の声をあげている。
「あぁ……ああああああああ!!!」
剣を振るう事など今まで一度もなかった。
門の外へ出た事も一度もなかった。
両親と離れてしまった事など一度もなかった。
相手を倒すと、そう思ったことも一度もなかった。
そんなアルトが、今全力で剣を振りかぶっている。剣術なんて触れたこともない。型も何もない、ただ思い切り振りかぶり……斬る!
斬ッッ!!!
アルトの剣は見事にゴブリンの身体を袈裟斬りにした。バルの創り出した剣の斬れ味は鋭く、さしたる抵抗もなく、ゴブリンは斬り裂かれたのだ。
「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
『やったじゃねぇか、おい。相棒!』
一瞬の出来事ではあったが、夢中で力を振り絞ったアルトの身体は一気に疲労感に襲われていた。
しかし、アルトの心は高揚していた。ゴブリンを倒した事にではない。何かをやり遂げたこと、そしてそれを認めてくれる存在がいることに。
「あい……ぼ、う?」
『あぁ! アルトは俺の相棒だ! 俺たちは二人で一つ、一連托生ってやつだな!』
「相棒……か。相棒……ふふっ。よろしくね、相棒!」
アルトの顔には、満面の笑みが浮かび、さっきまでよりもひと回りもふた回りも成長した男の顔がそこにはあった。
『そうだ! そんなことより俺の飯!!』
「そんなことって……バル酷いよぉ……。飯って、一回換金しに帰るの? てか、何を食べるの?」
『ちげーよ! それだよ、それ! いいから俺をそのゴブリンに向けてくれ!』
「え? どういう事? んっしょ……こう、かな?」
アルトは事情が飲み込めていなかったが、バルの必死な声に従って、バルをゴブリンに向ける。……その瞬間、バックの口が、いや、バルの口が開いた。
ばくっ。むしゃむしゃ。ばりぼり。ごくんっ。
強靭な牙の生え揃った大きな口。
ゴブリンを丸呑みにしそうな大きな口。
ソレがバックだったなんて、誰が信じるであろうか。
ぺっ。
『くはっ。あー喰った喰った喰らってやった! いやー、ひっさしぶりの飯だった。味は兎も角、少しは補給できたな。あ、アルト、それ討伐証拠の耳な。危うく全部喰っちまうとこだった』
普段通りのバックに戻ったバルが話し掛けるが、放心状態のアルトの耳には入ってこない。
バルはそんなアルトの状態など気にもかけず、久々の食事の満足感に浸っていた。
『にしても、流石にゴブリン程度じゃ全然だな。まぁ無いよりマシってとこか。よし、あと最低二匹は狩らないとなんだろ? その剣も時間が経つと魔力が拡散しきって消えちまうから、その前に急いで残りも倒しに行こうぜ』
「いやいやいやいや! なんなの今の?! 何、なんなの?!」
『何って……お食事?』
「訳わかんないよ! 怖いよ!! ゴブリンより怖いよ!!」
バルの異様な生態に嘆き叫ぶアルトであったが、そこにはそんな嘆きに耳を傾けてくれる人もおらず、アルトの叫びは虚しく響き渡るだけであった……。