願いを叶えてくれる悪魔が、三時過ぎに現れました。
「ん? 俺か? 俺はあれだ。悪魔だ」
平日の午前三時過ぎ。
俺が寝ていたベッドのそばに、四十代くらいのおっさんにしか見えない悪魔が出現した。
ブランド物であろうスーツを着こなした、ダンディな悪魔だった。
しかし、寝起きにダンディなおっさんを見せられたところで、やった! ダンディなおっさんだ! と喜ぶはずもなく、ただただウザいとしか思えなかった。
「まあ、あれだ。お前の命と引き換えに、何か願いを叶えてやろうと思ってな」
咄嗟に、俺の願いは二度寝することだ、と言おうとしたが踏みとどまった。二度寝しただけで自分の命を取られるなんて、割に合わないからだ。
と言うか、このジジイは急に何を言い出すのだ。
おっさんが午前三時過ぎの俺の部屋にいると言うだけでも、すでに俺の頭はパンクしそうなのに......願いを叶えてやろうだと?
怪しいを通り越して、むしろ清々しい気持ちにさえなる。
いや、これは俺の目が覚めてきたからか。
「何を迷っている。早く願い事を言うのだ」
せっかちな悪魔だ。
自分の命と引き換えになる願い事を、そんなに早く決めれる奴なんていないだろう。
いや、待てよ。
このおっさんは、早く俺の命が欲しいだけではないのか?
ほほう。それなら少し遊んでやるか。
「わかりました。俺の願いは......何度も蘇る事のできる不死身の命を手に入れることです」
「それは無理だ」
即答だった。
確かに悪魔からしてみれば本末転倒な事だろう。
命を引き換えにできなくなるからな。
いや、考えようによっては何度も願いを叶えてもらえるいい案だと思う。
しかし、無理と言われたら、無理な事なのだろう。
引き下がらないわけにはいかない。
でも、そうすると願いを叶えてもらった後で命を奪われてしまう。
それならばもういっその事、願いなんて叶えてもらわないと言うのはどうだろうか。
そもそも、寝起きで頭の働かない俺に願い事を求めるのもどうかと思っていたし、叶えてもらいたい願い事なんて特にない。
金は欲しいが、命を落としてまで欲しいとは思わないし。
美女と結婚したとしても、やはり命が無ければどうにもならない。
「あの、やっぱいいっす。願い事ないんで」
「え? そうなの?」
おっさんはあからさまに驚いた表情を浮かべた。
「そうなんです。ないんで、帰ってもらっていいすか?」
「それは......できない」
おっさんはスーツの襟をサッと整え、小さく呟いた。
「いや、帰ってくださいよ。これからまた寝るんで」
「それは......無理だ」
ノルマがあるのだろうか。
今日中に○人の命持ってこなかったら、クビだから。
とでも言われているのだろうか。
しかし、それは悪魔の事情で俺の知ったことではない。
それから、何度かこんな感じのやり取りの末、なんとかおっさんに帰ってもらうことになった。
「今度は俺のとこじゃなくて、命と引き換えに願いを叶えてもらえる人のところに行ってください」
「わかっている」
「じゃ、俺寝るんで。おやすみなさい」
そう言うと、俺はベッドに寝転び布団をかけた。
おっさんはゆっくりとした足取りで、俺の部屋のドアへと向かう。
「これじゃ、どっちが悪魔かわからんな」
最後にその言葉を残し、ドアをすり抜けながら消えていった。