よん
文月ちゃん視点はラスト……のはずです。
いきなりの言葉。あえて脳裏を過らせたくなかった事をサラリと突きつけられて、心臓が嫌な音を立てます。
「急、だよ。あのね……一ヶ月くらいしたら、歯は元に戻るみたいなの。その……深いキスしたら、またこうなっちゃうみたい……なんだけど。だから、別れるまで行かないで一ヶ月間だけ距離を置いたら――」
「今、一ヶ月も離れたら絶対リバウンドするわ」
何を言っているのかわからなくて首を傾げながら七緒くんを見上げたら、また額にキスを落とされました。
「文月不足で確実にベタ甘になる。てか監禁する。俺居ないと生きられないよう調教する」
口元は笑ってますが、目が全然笑って無いです。七緒くんは本気です。
「い、一ヶ月だよ? 十年とかじゃ無いよ?」
「月だろうが年だろうが、ディープキスする度に一定期間離れないとダメとかふざけてるよ。文月誰とも付き合えないじゃん」
「そうかな?」
「俺以外とは無理だね」
「……七緒くんは、どうしてそこまで言い切れるの?」
ムニっと、頬っぺたを抓られました。ぅい……痛いです。ジンジン痛いです。
「好きだから。文月と離れるくらいなら血なんかいくらでもあげるくらい」
頬っぺたを抓られているせいもありますが、真っ直ぐ見据えられて体が強張り、何も言えなくなりました。
そうこうしている間に頬っぺたから手が背中に回されて……ん?
至近距離に迫った七緒くんの顔。唇に、柔らかいけど少しカサカサした感触。
ギョッとして私から顔を離そうとしたら、頬からするりと頭の後ろへ回った手がそれを許さず、次いで思わず開けてしまった口の方も彼は逃がしてくれませんでした。
舌が侵入して来たら、くぐもった声を上げてしまいます。や、やめなきゃ、きっとまたさっきみたいになる。……歯に触れたら、七緒くんから血が出て自分じゃどうしようも無くなってしまいます。
そう思っていたら、七緒くんの唇が離れていって、顎をクイっと持ち上げられました。
「文月、口開けて」
「ふ、ぁ?」
「無理矢理こじ開けられたい?」
ぼんやりしかけていた思考がフルスピードで戻って来ました。七緒くんが無理矢理口をこじ開けるとか怖いです。どこからともなく拷問器具みたいなのを出されそうです。
「ふーん。本当に鋭いや」
マジマジと見てるだけ――かと思っていましたが、顎を上げてる手の親指が下唇よりも上へ移動してきて……ひっ!? もしかしなくても触ろうとしてます!?
「なな――」
「下手に動かすと俺の指に刺さるんじゃね?」
ケラケラと笑い出しそうな顔を私は半泣きで睨む事しか出来なくなりました。「すっげぇ変な顔」とか言われてますけど、七緒くんのせいですから!
「――あんだけ」
「……?」
ポツリと小さく七緒くんの呟きが聞こえました。つい出てしまった独り言かと思っていたら、声は続きます。
「あんだけ苦労してやっと手に入れたんだよ?」
七緒くんの表情からは笑みが消え、遠くの空でも見ているような何処か寂しさの混じった色が浮かんでいました。
「文月は、俺と同じ気持ちじゃ……無い?」
ああ、そういう事か。馬鹿だなぁ私……さっきの彼の問いかけに、ちゃんと応えたと思い込んでいました。
不安で仕方ないのでしょう。
だって、私は彼から欲しい言葉をもらっているのに、私は何一つあげていないのですから。
「私はね、七緒くんほど過激な事にはならないよ。でも……そうだね――」
頭の中で、彼との入学してから付き合う事になるまでの記憶が蘇ります。
入学式が済んだ後のHRで、ボールペンを忘れて、通学証明書に記入出来なかった私に自分の使っていたボールペンを貸してくれた事。そんな些細な出来事から、ゆっくりだけど何故か関わるようになっていったんです。
春の遠足で、疲れきってトロい私の歩調に一人だけ合わせて隣を歩いてくれたり。
初菜ちゃんも一湖ちゃんも休みだった日の美術の時間、誰かの写生画をグループで描かなくちゃいけないのに、私一人余って途方にくれてた所に「うちの班入って」と、手を差し出してくれたり。
放課後にたまたま会うと、どうしてか缶ジュースやお菓子をくれて。他にもたくさんの事があって……。
どうして私に優しくしてくれるんだろう? ああ、違う。私に優しいんじゃなくて誰にでもあんな風に優しい人なんだろうなぁ。
そんな風に思う事が多かった、ほんの数ヶ月前まで。
「我が儘……なんだけど」
「良いよ。文月の我が儘って、我が儘になってないし」
本当は、あまりそうやって私を甘やかさないでほしいです。今は七緒くんの言う通りかもしれませんが、そのうち突拍子も無い事を言ってしまいそうですから。
「私……ね、七緒くんが大好き」
一緒に居る時間がのびるほど、貴方の事を好きになる。
「だから、私も……たった一ヶ月だけど、今日みたいに避け続けるの――――嫌だなぁ」
ふにゃん、と。上手く出来たかは自分で判断出来ませんが、眉間から力を抜き頬を緩ませ、笑みを向けると、
「ごめん、今めちゃくちゃ卑猥な事したくなった」
ギュッと。頭を彼の胸に押し付けられたので顔は見えませんでしたが、珍しく、困って疲れ切ったような声でした。恥ずかしいのだと思います。けれどそれは私も同じで、頬っぺたにこれでもかと言うくらい熱が集まります。
……もう本当に……何て事言うんですか貴方って人は!
彼の背中に回した手でその衣服を握り、私はグリグリと額を押し付けるのでした。
次回、七緒くん視点で最終回にする予定です。