第三十三話 回復魔導士の犯人探し
「あ~やっぱりだ」
井戸を覗き込んで診断を掛けたら案の定、水の中にうようよと寄生蟲が潜んでいた。気持ち悪いぐらいだ。
「どうでしたかな?」
「ええ、確かにこの中に病気の原因が潜んでましたよ」
俺は村長に頼んで井戸の鍵を開けてもらった。そして覗き込んでみたら、予想通りだったわけだ。
「それにしたって、なんでこんな井戸に病気を引き起こす蟲なんて潜んでんだよ。鍵だって掛かってただろう」
「それは、鍵がかかる前に産まれたんだと思うけど」
て、あれ? なんだろ、何か違和感があるな?
「なあヒール、そもそもこの病ってどんなものなんだ?」
すると今度はソードが俺に疑問をぶつけてくる。なので俺は診断で知り得た情報を村長も含めて集まった村人やソード達三人にも聞かせてあげた。
「ふ~む、魔病蟲ね、初めて聞いたな」
「わしは前に聞いたことがあるな。しかしその蟲はほぼ全滅したと聞いていたがな」
さすが称号が英雄になった村長だ。寄生蟲のことも知っているようだな。
「確かにそのとおりです。ですが、どういうわけかこの村で突如卵が孵化し村の人の身体を蝕んだ」
「でもその井戸は俺達がいつも使っていたものだぜ? これまで大丈夫だったのに、どうして突然?」
「その男の言うとおりだ! そんな蟲が本当に原因だとして、なんで急に増えるんだよ!」
ドックが訝しそうな目を向け俺に言う。どうも俺の話が嘘だといいたいみたいだけど。
「それ自体は難しい話ではないさ。魔病蟲は卵の状態で産まれ水の中で孵化する。つまり、誰かがこの井戸に蟲の卵を入れたんだろ」
周囲の村人がざわめき始めた。そして一体誰が? といった疑問の声を上げるが。
「……実は俺には一人それが出来る心当たりがあります。ですが――」
そこまでいって言葉を止め、俺は若返った村長に目で訴えた。
すると、どうやら俺のいいたいことを理解したのか、
「……わしには覚悟が出来ている。言ってくれ」
と俺を促してくれた。こうなったらもう隠しておく必要はないな。
「この蟲の卵を入れることが出来る人物――それは正直一人しかおりません。さて、ところでドックさん、この村で貴方だけ寄生蟲の被害を受けていませんね? この魔病蟲は口に入れば確実に身体を蝕みます。それなのに何故?」
俺が問いかけると、むぐぅ、とドックが喉をつまらせた。すると周囲の村人の視線がドックに集まる。
「え? まさかドックが?」
「でもなんでドックが?」
そして村人がざわめき始めた。だが、ふん、とドックが鼻を鳴らし俺を憎々しげな目つきで睨めつけてきた。
「随分と自信満々だが、名探偵気取りかい? だがな! お前の話には穴がありすぎだぜ! 先ず俺は他の連中と違って井戸の水には口をつけていない。だから蟲も入り込んでない! それとだ! 第一動機はなんだ? それに卵なんてここの子供にだって入れることは出来たはずだ! 俺だけが無事だったわけじゃないんだからな!」
こいつ、開き直りやがった! それにしても動機か、動機? なんだろな? う~ん、あ! そういえば!
「動機ならありますよ。それと子供たちにはこの犯罪は無理です」
「は! なんでそんなことが言い切れる?」
「それは貴方自身が今いったことではないですか。この蟲の卵は普通のやり方では手にはいりません」
俺がそこまで言うと、ドックは肩をすくめて呆れたような目を俺に向ける。
「お前馬鹿か? 普通では手にはいらないというなら、それは俺にも無理ってことだろ?」
「そうだぜヒール。それはお前自身がいっていたことじゃないか?」
ドックだけじゃなくてソードにまで疑いの目を向けられてしまった。だけどな。
「い~え、むしろだからこそこれはドックにしか行えないのですよ。そしてそれが直接的な動機にも繋がっている」
「なんだと!」
「それでその動機って一体?」
(ワクワク、ワクワク)
村長がカッ! と目を見開き、アローが早く続きをと促すように言ってきた。マリエルに関してはすっかり推理ショーを見に来た観客気分だ。
「簡単な話ですよ。村長と異なりその息子であるドックは教会堂の建設には賛成だった。つまり、彼は教会と裏でつながっていた可能性が高い。教会と関係があるなら、卵ぐらいは手にいれることも可能でしょう。なにせこの蟲のことをよく知っているのはその教会だ」
「ちょ! ちょっと待てヒール! つまり今回の事件には教会が絡んでいると、そう言いたいのか?」
「十中八九そうでしょうね」
村長にそう答えると、まさかそこまで腐れきってるとは、と村長が肩を落とした。
真実は時に残酷なものである。
「これはもうドックの仕業で決まりだな。そもそも井戸での作業は子供ではとても無理だし何より目立つ。卵を仕込むなんて真似ドック以外には出来ないはずだ」
すると今度はソードが名刑事よろしくな強い口調で言いのける。
村人たちの目も完全にドックが犯人だなといった目で彼を見ている。
それは怒りであったり、裏切られたという残念な気持ちであった、悲しみや哀れみなど様々だ。
「くくっ、あ~っはっはっは! なるほどな。確かにそれだけ聞いてると俺が犯人であるように思えるな」
「認めるなら今だぞドック?」
俺は暗に自首を薦めたが、しかしドックは不敵な笑みを零し、だが、と口にした後。
「残念だが俺には井戸に毒を仕込むなんて無理だ。なぜなら俺には完璧なアリバイがあるからな」
「は? アリバイ? デタラメ言うな!」
ソードがドックに指をさし吠えた。確かに今更言い訳がましいにも程があるな。
「どうせ、苦し紛れの嘘だとでも思っているんだろ? だけど事実さ。なにせ俺はこの井戸に鍵が掛けられてから一度も井戸に触っていない。そもそも鍵は親父が管理しているんだ。俺にはそれを使うのは不可能さ」
「そんなもの、鍵がかかる前に卵を放り込んでおけばいい話だろう」
俺が呆れたように確信をついてやった。まさかそんなことがアリバイに繋がると思っているとは愚かだな。
「おいおい、お前は自分で言っていたことも忘れたのかい? この蟲は体内に入ってからの潜伏期間は二日。それから瘴気によって症状があらわれるんだろ?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「え、あ! そうか! 確かにそれならおかしい!」
「ええ、確かにこの村で先に倒れたのは村長だけど、それ以外の人が発症しだしたのは村長が倒れてから四日後のことよ!」
な、なんだと?
「お、おいそれは本当なのか!?」
「ほ、本当だよ。おれの母さんだってそれぐらいだ」
ふたたび周囲が喧騒に包まれ始めた。
「ちょっと待て、何もおかしいことはなくないか? 別に村長と全員が同じ日に蟲入りの水を飲んだとは限らないだろう?」
「いや、だとしても全員が村長が倒れてから四日間発症しなかったのはおかしい。それに子供たちが発症していないということは恐らく瓶の水には寄生蟲が混入されていなかったということだ。今までの話で行くと村長が倒れてからは井戸の蓋は閉じたまま、全く開かれることはなかったことになる。つまり本来なら村人と村長は同時期に発症しないとおかしい」
「そういえばあの時は暑かったし、村長もだけど、俺達も井戸の水をそのまま飲んだりはしていたな」
村の誰かがいった。だが、そうなると、益々ややこしい話になったぞ。つまりこの事件は全員が村長と同じ時期に井戸の水を飲んでいるにも関わらず、先に村長だけが倒れ、残りの村人は何故かそれから四日間を置いて寄生蟲の影響で倒れたことになる。魔病蟲の潜伏期間は最大でも二日、どうかんがえても計算が合わないじゃないか!
次回解決編!




