第二十六話 回復魔導士としぶといあいつ
さて、ドン・コボルトも倒したし、逃した子供たちが気になるから後を追おうかなと思ったんだけど――何かが俺に向けて飛んできた!
「クー!」
するとクーのマジックメイクで円形の盾が出来上がり、俺に投げつけられた武器から守ってくれた。
クーのスキルはこんな使い方もできるんだな。位置的には心臓を狙ってきてたから、当たってたら流石にヤバかったけど――投げられたのは槍だ。
そしてこの中で槍をもっていたのは一体しかいない。つまり――
「グォォオ……」
怨嗟の篭った声を上げながら、ドン・コボルトが姿を見せる。
こいつ、しぶてぇ! しかもあれだけの武器の雨霰を自分の仲間を盾にしてガードしやがった。
こいつ――賢いな! 仲間を盾にするとか卑怯だ! なんて俺は思わない。こいつはこの集落のボスだし、能力的に考えればこの中で意地でも生き残らないといけないのはこのドン・コボルトなのだろう。
それに、防具も全て失っていたコボルトは、こいつが盾にしなくても間違いなく俺の戦法から逃れられず死んでいた筈だ。ならば盾として役立てるというのはかなり合理的とも言えるだろう。
そしてだからこそ、厄介だ。このコボルトの長は賢い。
「グゥウゥウウ」
唸り声を上げながら、コボルトの長が弓を取り出し矢を番えた。ギリギリと弦を引き絞り、狙い撃ちで矢を当てる気だろう。
ビュンッ! と風切音。淀みなく俺に向けて放たれた矢弾だが、俺は回復魔法で軌道を変え、逆に自分の放った矢が長にむけて突き進む。
しかし、それは瞬時に抜かれた大剣で跳ね返される。判断が速い。そしてこいつは装備固定を持っているから俺の回復魔法じゃ装備を外せない。
「クー!」
今度はクーがマジックメイクで矢や槍、ナイフを創り相手に放つ。
しかし相手の守りは硬い。全身をカバーできる黒鉄の鎧や兜があるからだ。
だからクーの攻撃も通らない。
「クー……」
クーがどこか元気がなさそうに鳴いた。自分の攻撃が通らなかったことにしょげてるのかと思ったけど、ちょっと違う気がする。俺は診断でクーの状態を見る。
ステータス
名前:クー
性別:♀
ジョブ:幻獣
レベル:12
HP:88/88
MP:3/322
腕力:52
体力:58
敏捷:218
魔導:298
状態異常:貧魔
魔導スキル
□マジックメイク□幻術
物理スキル
□閃光
称号
□幸運の幻獣□初級幻術使い
やばいな――MPを使いすぎて貧魔という状態異常に掛かっている。貧魔は急激に魔力を使用し一気にMPが減った時におこる症状で倦怠感や目眩に襲われるそうだ。
勿論その状態異常は回復するけど、あくまで治したのは状態異常だからMPが回復するわけじゃない。
「クー、無理させて悪かったな。後は俺に任せて休んでてくれ」
「クー……」
ちょっと申し訳無さそうな顔を見せるクーだけど頭を撫でて心配するなと伝えておいた。
さて、後はこのドン・コボルトだけど――今度は大剣を持って慎重に俺の動きに注目してるな。
装備固定は結構厄介だ。他に倒し方を考える必要があるな。とにかく傷をつければ勝てるわけだけど、俺の腕力じゃ鎧に攻撃は通らないしな。
でも顔は顕になってるから、そこにかすり傷でもつけることが出来れば俺の勝利だ。
だったら――俺は回復魔法で相手を脱力させる。これでドン・コボルトは予定通り片膝をついた。その隙を狙って距離を詰め斧を振り上げ顔を狙う。
そして力を込めて刃を振り下ろしたけど――コボルトは脱力した身体の動きを逆に利用するようにして地面に倒れ込み横に転がって俺の攻撃を躱しやがった!
そして地面に剣を突き立て無理やり起き上がる。結構面倒な相手だな。
さて、脱力からも上手く切り替えるとはな――俺は頭をひねる。
あれを試すか――いや、でもその前に! これを試す!
「血液を心臓に向けて回復!」
そう本来心臓で作られた血液が血管を通して全身に流れていくものだが、俺は逆転の発想で、血液を鯉の滝登りの如く、心臓に逆に回復させた。
これなら流石のこいつもひとたまりもないだろうな。心臓がパンクして終わりだ!
「グォオォオオォォオ!」
「て、あぶな!」
なんだこいつ! 全然びくともしてない上、あっさり大剣で攻撃してきやがった。
まさか魔法が失敗した? いや、そんなはずはない。なぜならしっかりMPは減っている。しかもかなりの量だ。つまり魔法は発動したそれは間違いがない。
なら、なぜ平気か? いや、違う! 俺がそもそも間違えていたんだ。
そうだよ相手は人間じゃない、魔物だ。だったら身体の構造が全く同じとは決めつけられない。そう、心臓に血液が逆流しても平気な身体構造をしていても全くおかしくないんだ!
これは、俺が浅はかだったな。人間の常識が魔物にまで当てはまると思い込んでいた。だけどそもそも犬が人間みたいに歩き回ってる時点で絶対はありえないと気がつくべきだった。
とにかく、今いえることは魔物は血液が逆流しても生命に何の影響もないということだ。だったらどうするか? て、迷ってる間にまた大剣で攻撃、しかも凄い連打だ! 猛連打って奴か! とにかく俺は間合いから逃れるために必死になって後ずさる。
同時に腕輪の効果も発動――でも一瞬の障壁だけじゃ全ては受けきれない。ローブには所々に血が滲んだ。くそ! これも回復! でもやばい、俺の魔力もかなり減ってきてる。
全回復って結構MPが減る上、真空状態にしたのもかなりの消費だった。他にも細々とやっているせいか残りMPは三分の一程。
流石にこれ以上の無駄遣いは不味いな。と、今度はコボルトが身構えて柄を握る手に力が――これは、力溜めか? だとしたら次に何か強力な一撃を狙っていることになる。
俺は回復魔法で脱力を図る。だが俺が魔法を唱えようとしたタイミングでドン・コボルトが地面を蹴り超加速。
これは、チャージアタックか。この頭、戦いの中で俺が回復魔法を使うタイミングを完全に読んできた!
俺の目の前にコボルトが迫る。急な加速で完全に俺の意識は外れ、回復魔法が間に合わない。下段の構えから振り上げられた大剣は地面を削りながらも俺の右脇腹から左肩まで一気に切り裂く。
咄嗟に後ろには跳ねたけど――これはちょっと洒落にならないな。身体が熱い。全身が焼かれたみたいに痛く、意識がもっていかれそうになる。
「クー! クー! クー!」
地面に仰向けに倒れ、クーが心配そうに必死に呼びかけてくる。その声のおかげでギリギリ意識は保たれた。
流石にこれはヤバイな。大量の血が抜けていくのを感じる。早く回復魔法を――と、言いたいところだけど。
でも、少し待て俺。ドン・コボルトの足音が耳に響く。なんとか首だけ持ち上げ、迫る巨体を認めた。
手には大剣、ニヤリと口角を吊り上げ、勝利を確信している表情。クーの悲痛な叫び。
そして今まさにトドメの一撃が振り下ろされそうになったその時――
「回復だ俺の腕!」
力を振り絞って回復魔法を唱える。コボルトがまだ喋れるのか? と目を丸くさせるが、俺はやろうと思えば今すぐでも回復はできる。
だけど、手負いのフリをしてお前を引き寄せる必要があったんだよ。お前は賢いから普通にやっても攻撃は当たらない。
でも、不意をつくことが出来れば話は別。そう、今俺の目の前に戻ってきたこのナイフを持った右腕ならな!
「――!?」
声にならない声をコボルトの頭が発する。俺の回復魔法は優秀だ。腕なら新しく生やすことも可能だが、切れた腕を回復してくっつける事も可能。そしてこの場合、離れた位置に腕があれば回復魔法を使えば元通りに戻ろうっと持ち主のところへ戻ってくる。
そしてその手にナイフを持っていれば、当然戻ってくる軌道上の相手も上手く線で結ぶことで、傷つける事も可能だ。
そして傷はわずかでもいい。かすり傷程度で十分だ。血液の逆流は効かなくても、傷が広がれば十分効果があるのは他のコボルトを相手にして判っている。
俺は戻ってきた腕からナイフだけ取り戻した上で、先ずは自分を全快させ、そして頬に傷がついたドン・コボルトに向けて回復魔法を唱えた。勿論傷が傷として回復し一気に傷が広がる回復魔法として。
それによってコボルトの動きが止まる。顔に手をやり必死に出血を抑えようとする。俺はそんなコボルトの指を狙いナイフを振るい、何本かを切断して大剣を握れなくした後、脱力させ地面に組み伏せて、顔に向けてナイフをグサグサと突き立てまくった。
防具で守りきれていいない無防備な顔ならダメージは入る! 倒すことが出来る! そう思っていたのだが――
「グ、グウウウウゥウォォオオォオオォオオ!」
相手のHPが残り僅かとなったところで、ドン・コボルトがこれまでとは一味違う強烈な雄叫びを発し、俺の鼓膜を破いた。
いてぇ! あまりの衝撃に身体も後方に吹っ飛んだ上に思わず地面に倒れゴロゴロと転がる。クーもこの雄叫びで気を失っていた。とにかく俺は自分に回復魔法を掛け、クーも魔法で気付けする。
それにしてもこいつ、一体なんなんだ? そんな疑問を持ちつつ、ドン・コボルトに顔を向けると――その姿が一変した長が俺の視界に飛び込んできた……。




