第二十四話 回復魔導士とコボルトの群れ
「この野郎! 妹から離れろ~~~~!」
「お、お兄ちゃん!」
ボックが棒を振り回しながら妹に向けて突っ込んでいく。だけど訓練されたコボルトがそんなもので怯むはずもなく。
「あ、畜生! 放せ! 放せこら!」
「お兄ちゃ~~~~ん!」
あっさりと棒を払いのけられて、コボルトの戦士に捕まってしまった。ビリビリに破れたワンピースから零れ落ちそうな見事な山を腕で隠しながら妹が叫ぶ。
このままじゃ、あいつも流石にヤバイか。とにかくもう作戦がどうとか言っている場合じゃない。
「グオン! グォ!」
「ワオン!」
何か後ろからコボルトナイトが伝えると、ボックを捕まえていたコボルトがそのまま前のめりに押し付け、首を露わにした状態とし、ナイトがその剣を振り上げた。
「ち、畜生、畜生……」
「いや、やめて、お願いだからやめてぇえぇえ!」
悔しがるボックに泣き叫ぶ妹。このまま斬首でもやろうって魂胆なんだろうが――させるか! 先ずはその装備を回復!
「グォ!?」
振り上げたナイトの剣と鎧が瞬時にして地面に滑り落ちた。これでまず装備を無くしたぞ。
更にボックを押さえつけているコボルトに回復魔法を掛けて過剰回復で筋肉を弛緩させる。
「そのワンピースも回復! ついでに縄も回復だ!」
次々と回復魔法を施し、ちょっと勿体無い気もしたけど、妹の服をもとに戻し、縄も解けるように回復した。
弟も握力がなくなり腰砕けになったコボルトから無事脱出できたようだ。
「ポイン大丈夫か?」
「ふぇえぇええ~ん、怖かったよ~」
妹のポインがボックに駆け寄って胸に飛び込んだ。感動の兄妹の再会といいたいところだろうけど、悪いけどそれどころじゃない! コボルトはまだ大量に残ってるんだ!
「ガウゥウゥウウゥウ!」
当然だけど、俺が直接集団の中に飛び込んだ所為によって、集落中が殺気立つ。
離れたところから静観していたドン・コボルトも瞳を尖らせて睨みつけてきた。
そして長が指で何かを命じると、統率の取れた動きでコボルト達が展開。
これがただの魔物なら、考えもなく突っ込んできて楽だったんだろうけど、こいつは称号に集団を率いし者を持っているからかなり厄介だ。
これは時間を掛けると正直ヤバイな。短期決戦で、狙うは当然ドン・コボルト一体! あれを倒してしまえば指揮するものもいなくなるしな。
そんなことを俺が考えている間にも、長が遠吠えのようなものを上げて、その途端全てのコボルトの目つきが変化した。
恐らくこれがスキルの士気向上だろう。実際診断するとコボルトのステータス値が一割ほど上昇している。
だが、これだけ数がいると一割でも油断は出来ない。
俺は回復で元の状態にもっていけないかと試みるが、どうやら士気向上は効果が持続するらしく、一旦は回復で元の状態に戻せたとしてもすぐに向上状態になってしまう。
これだと意味が無いな。
「クー!」
集団の中からコボルトソルジャーがまず俺たちに向けて飛び込んできた。
だが、クーが幻術を掛けてくれたおかげで、何体かは仲間割れを始めてくれる。
よっし! これで多少は――と思ったら長の命令でコボルトアーチャーが躊躇なく仲間を射る。
何してるんだ? と思ったが、それによって幻術の効果が切れてしまった。
こいつら対応力ありすぎる! やっぱりここはドン・コボルトを狙うべきだろう。
俺はとりあえず正面の見えてる範囲で脱力の回復魔法を掛けて長との間を隔てる肉壁を瓦解する。
視界に見えていたコボルトが次々と膝をついて倒れる。その端からクーのマジックメイクで生み出された矢やナイフがコボルトの命を刈り取っていった。
俺はドン・コボルトに向けて全力で疾駆する。勿論背後に空振りを繰り返して斬撃を残すことも忘れない。
だが、途中左右に分かれた弓兵と魔法使い達から一斉攻撃を受けてしまう。
くそ! 回復魔法で反撃するにも左右に分かれられてるとどっちか片側にしか狙いが絞れない。
仕方ない。右側に狙いを定めて矢弾や風の刃を回復魔法による軌道修正で跳ね返しっていった。
これにより俺から見て右翼側がほぼ全滅。だが、当然ながら左翼からの攻撃は返しきれない。咄嗟にクーを腕に抱えて庇いながら、俺は腕輪の効果を思い出し発動する。すると目の前に確かに障壁みたいなものが出来たのが確認できた。
これなら全て防げるか? と思ったけど残念ながら障壁も出っぱなしというわけではない。だから障壁が消えてからの分は自分の身で受け止める事となった。
ああ、いってぇえぇええぇ! 畜生! 体中から出血がすげぇ……エクスの言っていた防具の重要性が今になって理解できた。相手が少数ならともかく、これだけ数がいるとノーダメージってわけにもいかない。それでも魔装具のおかげで即死は免れたからやっぱり彼女の言うとおりしっかり購入しておいてよかったなとは思う。
「クー! クー!」
クーが心配そうに愛らしい瞳を向けてくる。だが大丈夫だ。怪我で済む分には――
「回復だ! 俺の身体!」
そう、回復魔法があれば、ダメージはすぐに全快にまで治療できる。
だから俺はダメージを受けても足を止めず、ドン・コボルトの首を狙う。だが長を狙う俺の前に護衛の騎士が立ち塞がった。
でも――その装備を回復魔法で外す!
「ガグゥ!? グォ!」
俺が相手の装備を回復魔法で装備していない状態にまで回復し、無防備になったところでクーのスキルが発動。
魔力で出来た矢が連射されナイトの身体に突き刺さった。
よっしこれで騎士も排除だ! 後は長たるコボルトだけ!
「ウォオォォオォォオォオン!」
迫る俺を認め咆哮する長。そして背中から槍を取り出し穂先を俺に向けてくる。
ドン・コボルトはかなりの重装備だ。俺の右手のナイフじゃ攻撃は通らないだろ。だが、その装備を外せば別だ!
「装備を回復!」
回復魔法が見事に発動。ドン・コボルトの装備が見事に外れるはず! と思っていたのだが――外れない!?
「ガウ! ガウ!」
「あぶな!?」
ドン・コボルトの二段突きが俺に迫る。一発目は躱したけど、二発目は脇を抉った。白衣に血の染みが広がっていく。
くそ! 一張羅を! でも、かいふ――
「グウウウオオオオオオオオオオ!」
だが、背後から響く怒りの鳴き声。その瞬間、俺の右の肩口に鋭い痛みと熱を感じた。思わず、ぐっ! とうめき声を上げてしまう。
「クッ、クー! クー!」
クーが悲痛な鳴き声を上げた。痛みを感じた方を見ると振り下ろされた剣と、視点を上げるとニヤリと口角を吊り上げるコボルトナイトの姿。こいつ、クーの攻撃でもまだ死んでなかったのか――くそ、ドン・コボルトに集中するあまり診断を怠った! 俺がこの長に気を取られている間に武器を取り戻し、恐らくスキルの一刀両断を放ったんだ。
その行為で、俺の右肩から先はなくなり、地面に落ちた。しかも憎らしいことに足元に落ちた俺の腕を蹴り飛ばしてドン・コボルトの背後まで飛ばしやがった。
「お、おい、おっさん! 腕が!」
「うるせぇ! おっさんじゃねえ! いいからお前らはとっとと逃げろ!」
背後からボックの声が響いた。どうやらまだ近くにいて俺のことを見ていたようだ。
「でも……」
「でもじゃねぇ! 戦えねぇ餓鬼がいても邪魔なんだよ! さっさと逃げろ!」




