第五章 真実 ①
今回も長いですね
あと2パート分くらいありそうです
第五章 真実
ここは? 僕は一体どうなった? 確か、戦いが終わって、エースがやって来て、それで……
「エースがレインメーカーを殺した……」
それを思い出した瞬間、体中の全神経が覚醒した。耳には近くで躱される会話が。手や足からは未だ激しく残る痛みが。そして嗅覚からは、消毒液の臭いがそれぞれ感じられた。
「てめえ、いい加減にしろよ」
聞こえてきた会話は、ずいぶん険呑な雰囲気があった。
「連れて来たものは仕方ねえだろう。怪我人を痛めつけて、お前は納得するのか?」
どうやら、誰か二人が近くで言い争っているらしい。
「ヘッドセットを殺した連中の一人だぞ。いや、アイツだけじゃない。俺たちの仲間を奴らは……」
「けど、その敵も、もうあらかた死んでいる。残ったのはこいつだけだ」
目は無事だ。ちゃんと開く。ゆっくり光にならしながら開けていくと、自分が寝かされたベッドの先に、二人の人間が立っているのが見えた。
「なんでお前、あの場にいたんだよ。召集はかかってないだろ」
部屋にいたのは二人だけではない。他にも五人ほど、ソファやベッドに腰掛けて、成り行きを見守っている者がいる。
「偶然だ」
「嘘つくんじゃねえよ。偶然あんなとこにいてたまるか。ヘッドセットが呼んだんだ。あいつは死ぬ寸前まで、お前を頼りにしていたんだよ! ……俺じゃなくてな」
ヘッドセット? 彼らは何の話をしているんだ? あの恰好、どう見てもアカデミーズの物ではない。
「あの……」
「あ?」
返ってきた返答は恐ろしく冷たかった。言い争っていた二人のうち、細長い金属の棒を腰に下げた方が、酷薄な眼でこちらを睨む。まるで、これから殺してやると言わんばかりな……
「……もういい」
一通り睨みつけた後、金属の棒を腰に下げたそいつは、そっぽを向いてしまった。
「いい加減、どっちに着くか考えといたほうがいいぜ。エリック。俺たちか、あの女、どっちの肩を持つのかをな」
「……わかってる」
とても口を挟める雰囲気じゃない。鉄の棒を下げた方は、仲間を連れて部屋から出て行ってしまった。
「目が、覚めたんだな」
残った方も、けして友好的な態度とは言えない。それは単に話すことが無い、というよりも、投げかけるべき言葉が多すぎて、どれから話すべきか迷っているような口調だった。
「えっと……、ここは?」
「ストレイドッグのアジトだ」
質問には答えてくれるようだ。ストレイドッグとだけ告げられても、さっぱりわからないけれど。
「自己紹介が遅れたな。俺はエリック。ストレイドッグの能力者だ」
「ああ。えっと、僕はフレイムスロアーです。所属は……」
いや、勝手にしゃべってもいいのだろうか。アカデミーズとばれたらまずいんじゃないか?
「アカデミーズ、だろう?」
そんな迷いを見透かしたかのように、エリックが言葉をつないだ。
「え?」
「素性は分かってる」
「そうですか……」
わからない。ここは一体どこだ? 彼らは何者? ストレイドッグなんて組織、聞いたことがない。少なくても、ヒーローじゃないことは確かだけど。
「あの、エリックさん?」
「なんだ」
「何故僕はここに? ストレイドッグってのは何ですか?」
「俺が連れて来たからだ。あの倉庫からな。そしてストレイドッグは、能力者の集まりだ。どこの子飼いでもない、寄せ集めの集団」
「寄せ集め……」
ヒーローや犯罪者の下についているわけではない、ということだろうか。僕らが今まで相手をしてきたのは、必ず誰かの下で働く能力者だった。独立した存在と言うのは初めてだ。
「かつて存在した犯罪者、ミディアバル、ブシドー、キャプテンラフィー……俺たちはそいつらの子飼いだった。時代遅れの戦い方、時代遅れの犯罪。結局生き残ることはできず、奴らはヒーローによって倒された。後に残され路頭に迷っていた能力者を集めたのが、俺たちストレイドッグってわけさ」
聞いたこともない名前ばかりだ。
「何故、そのストレイドッグが僕を助けるんですか?」
「勘違いするな。助けたのは俺だ。他の連中はお前を歓迎していない」
歓迎していない……どういうわけだろう。
「ではなぜあなたは、僕を?」
「表向きの理由は。利用できるから……アカデミーズと言えば、ヘリング・エースの子飼い能力者。その戦闘データは当然高く売れる。犯罪者はヒーローの動向を知りたがるもんだからな」
「おかしいですよ。僕のデータなんか取って、一体何になるっていうんですか?」
何か変なことでも言っただろうか。エリックは不思議そうな顔で見返してきた。
「何を言ってるんだ?」
「いや、だから。僕の戦闘データなんかとっても、役に立たないって……」
「次にヒーローがどんな能力を手に入れるか、それが分かるだろう?」
「えっ?」
予想外の返答に、理解が追い付いて行かない。僕の戦闘データとヘリング・エースに一体どんな関係があるんだ?
「どうした? そんなに不思議なことか? そのために俺たち能力者はいるんじゃないか」
「どういうことですか? 能力は一人ひとつのはずです。同時にいくつも思い込みを処理できるほど、脳は器用な存在じゃない……」
今回エリックが見せた表情は、驚愕と納得がないまぜになったような、奇妙な物だった。予想はしていたけれど、実際に目にするとやはりショックを受ける、そんな何かを見たような顔。
「そうか。それが奴のやり口か……」
「どうかしたんですか?」
嫌な予感がする。答えは聞きたくない。
「お前、何でアカデミーズにいたかわかるか?」
「それは。僕が能力者だからです。超能力に目覚めたから、自分で志願してアカデミーズに入りました」
「あくまで、勝手に能力に目覚めたと、そう言いたいわけだな」
エリックはその黒髪をかきあげた。途方に暮れているようだ。
「いいか。フレイムスロアー。お前のその記憶は偽物だ。超能力は勝手に目覚めるものじゃない」
「バカなこと言わないでください。僕にはちゃんと両親と過ごした記憶がある」
「記憶?」
「ええ。父は教師です。母はジムのトレーナー。郊外の家に住んでいました。車はガレージに一つだけ。それほど裕福だというわけではないですけれど、二階に自分の部屋があるくらいには大きな家に住んでいました。所謂、中産階級ってやつです」
そうだ。わざわざ言葉で確かめるまでもない。この記憶は確かだ。作り出せるようなものじゃない。
「中産階級……そんなものは支配階級が考えたお仕着せのイメージに過ぎない」
しかし、即座にエリックは反論してきた。
「確かな記憶です」
「今この国にそんな家庭が築けるはずがない。何もわかってない金持ちが考えた、都合のいい幻想だ」
吐き捨てるかのような口調。彼は何に怒っているんだろう。その怒りの矛先が、自分に向いていないのは分かる。でも、だとしてらどこへ?
「IMAGNASの登場で、この世から戦争は消え去った。入隊と侵略でなんとか回っていた下層階級の経済は崩壊。街は失業者であふれかえり、家を奪われた子供が次々に浮浪児に変わり、やがて犯罪に手を染める。それがこの国の現状だ。お前の言う中産階級なんかどこにも無い。あるのは街をうろつく貧乏人と、それを上から眺めるだけの支配階級だけだ。ヒーローはそいつらの気まぐれの道楽に過ぎない」
嘘だ。だって、僕はちゃんと覚えている。芝生の香りも、ベッドの柔らかさも、カーテンの隙間から差し込んでくる光だって。
「記憶が弄れるはずがないでしょう」
「じゃあ聞くが、お前はどうやって能力の使い方を学んだ? どうやって戦えるようになった?」
「それは、アカデミーズで訓練して――」
「お前しか使うことができない能力を、誰がお前に教えてやれるんだ?」
キネシスの膜を作り出して、熱運動を閉じ込める……説明を受ければ納得するけれど、これに自分で気づくことがはたしてできるだろうか。いや、でも僕は自分で能力に……
「いつ自分が能力を使えるようになったか、思い出すことはできるのか?」
いつだ? いつだ? あるはずなんだ。初めて膜を作り出した日が。初めて水を爆発させた日が……
「思い出せない」
「そうだ。そんなものはない。それに、説明がつかないだろう? 能力があるのはともかくとして、何故筋肉や神経系まで人間以上に発達する? 能力が一人ひとつなら、身体能力が上がるのはおかしいと思わなかったのか?」
そんなこと、一度も考えたことなかった。だって僕は、
僕は生まれた時からそうだったから。
「嘘だ」
「残念だが、本当だ。まさか記憶を書き換えてあるとは思わなかったけどな……」
じゃあ、僕は? アカデミーズってのは一体何だったんだ?
「僕は一体、何者なんですか?」
「答えは、あきれ返るほど決まりきってるぜ」
エリックの声は、少し角が取れたようだった。
「お前は浮浪児だった。俺や、他のストレイドッグのメンバーと同じ……もっというと、あらゆる組織の子飼い能力者と同じようにな」
子飼い能力者。初めて聞く言葉だ。だけど、それの意味するところははっきりと分かる。
「ヒーローやら犯罪者やらが作った組織に拉致された浮浪児は、そこで人体実験を受ける。超能力を使えるようにするために、思い込みのパターンを脳に刷り込み、より繊細かつ強靭な動きができるよう、筋肉や神経系を優れたものに取り換える。この工程はずいぶんとパターン化されてて、一度に何十人も試すことができるんだとよ。もっとも、その大半は死ぬか廃人になって捨てられるけどな」
エースも同じことをやっているのだろうか。街の平和を守る傍ら、子供をさらって殺し続ける。そうした実験の果てに生まれたのが、自分。
「実験が成功したら、今度は記憶の消去だ。部下にするなら従順な方がいい。何もない空っぽの人間は最初に見た物に従うようになる。そんで、空っぽになった頭に、詰め込むわけだ。能力を最大限生かして戦えるように組まれた、戦闘プログラムをな」
エリックはこめかみを指で指した。
「何故、子供をさらうんですか?」
「大人じゃだめだ。生活習慣病がある」
違う。聞きたいことはそういうことじゃない。
「子供をさらって、能力者に変えることで何かメリットがあるんですか? その、ヒーロー達にとって?」
「成功例があれば、自分達もその能力を取り込めるだろう?」
「どういうことですか?」
「能力は一人ひとつ。お前はそう思い込んでいるみたいだが、これは間違いだ。思い込みの刷り込みは複数個行うことができる。一人の人間が複数の超能力を持つことは可能だ。流石に同時に使える数には限りがあるけどな」
その為の実験、か。自分達が安全に能力を手に入れるために、まずは浮浪児で実験する。
「そして、さっき話した戦闘プログラム。これは完全じゃない。訓練したり、実戦をこなすことで、随時更新されていくものだ」
そうか。もう話が見えてきた。だからミッションが終わるたびに、僕らはデータの提出を求められていた。
「更新を繰り返し、より効率よく能力を使えるようになった、完成された戦闘プログラムをインストールすることで、ヒーローや犯罪者の親玉は、何の苦労もなく最高のパフォーマンスを発揮できるようになるわけだ」
僕らは、そのために駆り出されていた。はじめからヒーローになることなんて、出来なかったんだ。
「結局の所、ヒーローにしろ犯罪者にしろ、やってることは金持ちの道楽に過ぎない。理想の自分を演じるために、莫大な金をつぎ込んで体を改造し、自己満足の善行に浸る。そんなくだらない自己実現のために子供が何人死のうがお構いなし。それがやつらの正体さ」
でも、まだわからないことがある。何故僕はここにいる? どうしてエリックは僕をここに運んだんだ? そして、何故エースは……
「あの。まだ聞きたいことがあります」
「ああ。あるだろうな」
そう。これが本題だ。エリックの目つきが変わった。
「何故あなたは僕をここに連れて来たんですか?」
「倒れているのを見つけたからだ。あの倉庫でな。そして、ヘリング・エースがお前の仲間を殺すのが見えた」
レインメーカーのことだろう。でも、僕の仲間? あの場には敵能力者の死体もあった。陣営の区別がつくはずが……
「……まさか」
「察しがいいな。そのまさかだ。俺はお前達が殺した奴らの仲間。ストレイドッグは、昨日お前達と殺し合いをした相手だ」
寒気が全身を包み込む。僕は、これからどうなるんだ? こいつらは犯罪者。戦闘プログラムを抜き取って、僕の能力を調べるつもりだ。そして、それが済んだら……
「殺すのか?」
「そうしたいと思ってる奴がほとんどだ」
「あなたは?」
エリックは天井に目を向けた。
「俺は、これ以上死者を増やしたくないと思った。だから、助けた」
信用していいのか? 確かにあのままでは、僕はエースに殺されていただろう。でも、これも僕の戦闘データを抜き取るための方便かもしれない。
「データは渡さない」
「考え直した方がいいと思うぜ。別にデータを抜き取ったからって殺したりはしない」
それでも、犯罪者に渡すわけにはいかない。
「まあ、構えるなよ。時間はある。じっくり答えを聞かせてもらうとするさ」
エースは、そばに置いてあった椅子に腰を下ろした。
「ところで」
「なんですか?」
「聞きたいことはそれだけか?」
まだあるにはある。でも、そんなの、彼が答えられるとは到底思えない。
「一つ、わからないことがあります」
疑問を口にしたところで、不利益をこうむるわけじゃない。結局僕は尋ねることにした。
「俺がお前を助けた理由、か?」
「それもそうですけど、別のことです。ヘリング・エースのこと」
エース。敬愛していたその像はまやかしだった。僕は、まったく彼のことを理解していなかった。
「エースはどうして、僕の仲間、レインメーカーを殺したりしたんでしょう」
「さあな。これはあくまで推測だが……たぶん昨日あった戦闘そのものに関係しているんじゃないか?」
「戦闘そのもの……?」
「エースはあえてお前達アカデミーズを見殺しにしたような気がする。昨日派遣されたメンバーに、ジャミングができる奴はいなかった。お前達は本部に、つまりエースに助けを呼ぶことができたはずだ」
手当の際に外されたのだろう。エリックはベッドの脇に積まれたアカデミーズとしての装備を指した。
「ところが、実際にはエースが来たのは全てが終わった後だった。お前達が救援を要請しなかったとは考えにくい。つまりエースは、あえてお前達の信号を無視したことになる」
「一体、何のためにそんなことを?」
エリックは、自嘲気味に笑った。
「流石にひどすぎて、俺もすぐには思いつかなかったよ。やっこさん、お前らアカデミーズに死んでほしかったんだ。空きを作るためにな」
「空き?」
「能力者を養うにも金がかかる。戦闘プログラムが完成したとなれば、いつまでも生かしておく道理はない。人手なんか、そのへんから攫ってくりゃあいくらでも増やせるんだからな」
空きを作る。僕らは不要だと、そう判断されたわけだ。だからレインメーカーは……
「正義とやらにこだわるのはいいが、お前のそれはあくまで植えつけられたものだ。それに、俺だっていつまでも庇えるわけじゃない。そこをじっくり考えろよ」
それだけ言うと、エリックは部屋に置いてあるソファに向かって歩いて行った。
*
「……まいったな」
あいつの戦闘プログラムには価値がある。そう言ってレジスターを丸め込むことはできたが、どれだけこちらを信用しているか、わかったものじゃない。と言うより自分が彼女を信用できない。ヘッドセットが語った以上、あれは彼女の真意なのだろうが、以前と同じ関係に戻るのは不可能だろう。結局フレイムスロアーのこと以外で、彼女と言葉を交わすことは無かった。
「ダメ、だな」
ヘッドセットのことも、まだ気持ちの整理ができたわけじゃない。大事な仲間だった彼女が死んで、それを殺したかもしれない敵が、のうのうと生き残っている。フレイムスロアーを助けたのはあくまで自分だが、それで彼への憎しみが無くなるわけではなかった。
「しょうがねえ」
このまま部屋にいても、考えが堂々巡りをするだけ。何か別のことを考えた方がいい。何か建設的なことを。
ふと、コートに目が留まった。最近急に冷え込んできた。そろそろ雪が降るのではないかと言う季節。あのコート、長く着ていたとは思っていたが、改めてみると想像以上に傷んでいるのがわかった。
「買い替え時だな」
とってつけたような動機だが、これで外へ出る理由ができた。カーキ色のコートを羽織り、ドアを開いて外へ出る。資金の心配はない。レジスターから支給される金は、たまの買春で使う程度で、後は理由もなく貯蓄していたからだ。しかし
「結構遠いな」
ちゃんとしたものを買うとなると、この貧民街を離れる必要がある。まあ、それだけ問題から離れられると考えれば、願ったりかなったりか。
俺は寒空の下、ゆっくり歩き始めた。
*
しばらくは、何も考えられなかった。考えるのが怖かった。これからのこと。世界のこと。死んだ仲間のこと。そして、自分が殺した敵のこと。
何も考えないようにしていると、部屋に残った能力者たちの話が耳に入って来た。現実から逃れるために、すがれるものはそれしかない。内容を把握するのに、さほど時間は必要にならなかった。
「結局よぉ。あの女が得するだけじゃねえか」
男の声だ。歳は、僕と同じか少し上くらいだろう。いかにも、といった喋り方だ。
「データが手に入る。手駒も増える。確かに、奴にとっちゃメリットしかねえ」
こちらは、先ほどの声よりももう少し年上だ。喋り方からは、あまり賢そうな印象を受けない。
「なんだってエリックの奴は、あの女に肩入れするような真似を? 惚れてんのか?」
「まあ、見てくれは悪くねえからな。だからこそむかつくってのもある」
「悪くねえってのは、どっちが?」
「どっちもだよ。エリックを連れて店に行くと、女共が黄色い声を上げるからな」
「へぇええ。あーいうのがモテるのか! 真似してみっかなあ。髪を黒に染めてさあ」
「バーカ。鏡見て物言いやがれ」
あっちこっちに飛ぶ会話。話題がころころ変わり、実情はなかなかつかめない。まあ、だからこそいいのかもしれないけれど。
「しかし、結局、何でエリックはあのガキを連れて来たんだ?」
僕のことだ。自然と体に力が入る。いや、何も考えるな……
「あ? 愛しのレジスター様にプレゼントって訳じゃねえのか?」
レジスター? 話の流れから推測すると、恐らく女性だろうけれど。一体誰だろう。彼らの話を聞く限り、とても良い人間とは思えない。
「女がガキもらって喜ぶかよ。なんつーか、無理やりって感じがするぜ」
「何が無理やりなんだ?」
「いや、だってよ。仲間が減ったから、生き残ってた敵を連れてきました、ってわけわかんねえぜ? なんだってエリックはあいつを生かしておいたんだ?」
「確かに。普通ぶっ殺すな」
「これが女なら納得もできるんだけどな……まさか!」
「まさかって……
お前こういいたいのか? 『エリックは男に興味が……』」
いや、それはないだろう……ないはずだ。
「まあ、これは冗談だ。けどな……最近、俺はあいつが分からねえよ」
「俺もだ。あいつ、どっちの味方なんだ? 俺たちと同じ側に立ってるはずだよな」
同じ、側? どういうことだろう。ストレイドッグには派閥のようなものがあるのか? 見たところ、十人にも満たないような規模だけれど。
「あいつ、あの女に肩入れしすぎてるぜ。ちょっと度を越してる」
「そうだ。あの女がいなきゃ組織が壊れるとか言ってるけどよ、ホントにそうか?」
「はじめは口車に乗せられて俺たちも戦闘データを渡したけどよ。よくよく考えてみたら、あれで得するのはあいつだけだ。俺たちのデータを使ってあいつはどんどん強くなる。俺たちが働いて金を稼げば、あいつはその金で体を弄って、俺たちの能力や戦法を取り入れる。ずっと強くなった今じゃ、完全に顎で俺たちを使いやがる」
「あいつらが死んだってのに、それを殺した奴を新しく仲間に入れる……やっぱり、あの女むかつくぜ、許せねえよ」
どうやら、レジスターというのはストレイドッグのボスらしい。そして、彼女は自分の部下達に憎まれている。成り立ちは他のヒーロー達とは違うけど、行きつくところは結局同じ。組織のリーダーとして責任を受けた彼女は、同時に力を得る大義名分も手に入れた。
はじめは平等な寄せ集め集団だったストレイドッグに、格差が生まれた。立場、そして能力の。
「そろそろ、エリックの奴にもどっちにつくか考えてもらわねえとな」
この組織で立場が危ういのは、どうやら僕だけじゃないみたいだ。もし彼がストレイドッグの面々に殺されたら? 僕を守ってくれる人間はいなくなる。それに、純粋に彼が殺されるのは嫌だ。助けてくれた恩義というものだろうか。あれだけストレイドッグの面々を殺した後で、こんなこと考えるのはあまりに身勝手かもしれない。けれど、僕は少しだけ、彼の力になりたいと思った。
*
「さて、どうするかな」
コートは買った。しかし、古い方のコートはまだ手元に残っている。もう着ないだろうし、捨ててしまっても構わないだろう。このまま持って帰るのはどうも無駄だろうし。
しかし、流石にそこらに捨てるわけにもいかない。治安やモラルなどあってないような街だが、だからといって自分の品位を貶める必要はないはずだ。
そんなわけで、捨てるに捨てられずコートを握ったままアジトの近くまで戻ってきてしまった。さて、どうしたものか。誰かにおさがりとして渡す? 悪くないアイディアだ。確かにボロいが、別に着れないほどじゃない。普段格好に頓着しないようなやつ。たとえばヘッドセットなんかは……。
「いや、あいつはもういないんだ」
無意識の思考に不意を突かれ、胸の底から何かがすっぽ抜けたような感覚が襲ってくる。今までと同じように考えたらダメだ。ヘッドセットはもういない。
改めて直面した喪失感は、想像以上に大きかった。今までも仲間がいなくなることはあったけど、こんなのは初めてだ。このむなしさを怒りに転換できればいいのだけれど、あいにくそれをぶつける対象は、自分の手で救いだしてしまっている。
「クソッ」
もういい。考えるな。何か別のことを……
「あ」
大通りから建物と建物の間、所謂裏路地に目を向けると、そこに人影が集まっているのが見えた。
「あいつは」
あの姿。年の割に背丈のある、けれども態度や声はまだまだ子供のあの浮浪児は
「この前のガキじゃねえか」
向こうもこちらに気づいたのだろう。仲間に耳打ちし、自身の背後に下がらせる。
「なんだよ。何か用か?」
「ちょうど今、用ができた」
お互いに歩み寄り、建物の陰で向かい合う。
「用ができた? 一体どういう――」
「ほらよ」
余計な詮索は面倒だ。俺は担いでいたコートを投げ渡した。
「なんだよ、これ」
「やるよ。俺にはもう必要ない」
「なんか、あったのか?」
鋭いな。それとも俺が分かりやすいだけか? 顔に出ていたのかもしれない。
「持っていると、余計なことまで思い出してしまいそうだからな」
「誰か死んだのか……」
やはり浮浪児たちを束ねているだけはある。事情を察してそれ以上詮索しようとはしてこない。
「なあ、これもらっていいのか? こないだみたいに、何か話でもしたほうがいいか?」
「余計なものを引き取ってもらうんだ。本来ならむしろこっちが金を払わなきゃならない」
「そうかい。ありがとよ」
「じゃあな」
それだけ言うと、俺は再び大通りに戻った。肩が軽い、コートと一緒に、何か大事な物まであいつに渡してきたような気がする。
「ん?」
呼び出し……レジスターからだ。何か緊急の用事でもあるんだろうか。
「しょうがねえか」
気が進まないが、会いに行くほかないだろう。アジトはすぐそこ。赤茶色の色をした、古いアパート。足早に歩き、アジトと同じアパート内のレジスターのいるオフィスに向かう。
「思ったより早かったわね」
部屋に入ると、レジスターが声をかけていた。視線は座っているデスクへ、上へ載っている書類へと向いている。相変らず、目を合わせるつもりはない、か。
「緊急の用事があると聞きましたから」
表情の読み取れないポーカーフェイス。最近では常にこの調子だ。
「ええ。そうだったわね。緊急の用事」
書類に判を押し、一息つくと、レジスターは語り始めた。
「例の情報屋の件は覚えているかしら。あなたが調べてくれた。あの」
「アカデミーズの息がかかった信用ならない男、ですか?」
懐かしいな。あのころは、もっと互いの距離が近かった。
「そう。あの男がまた動き始めたの」
「信用を下げ、社会的に殺す。あなたはそう言っていませんでしたか?」
「それは既に実行しているわ。私達と提携している所で、奴の話を真に受ける組織はない」
「では、何が問題なんですか?」
この気まずい空気を、長く楽しむつもりはない。その声は、自分で思っている以上に、冷たかった。
「あの男。今は人を探している」
「人を?」
嫌な予感がする。このタイミングで、ヘリング・エースの息がかかった人間が探すとなれば……
「特定の個人というわけじゃない。探しているのは、カーキ色のコートを着た人間よ」
ああ。思い当たる節が嫌と言うほどあるな。この特徴は。
「コートを着ている人間なんて山ほどいるでしょう」
「それが普通のコートだったら、そうでしょうね」
どういうことだ? あのボロのコートは、特に変わったところはなかったが
「エリック。あのコートをどうやって手に入れたか覚えているかしら」
「ええ。以前ギャングの事務所を潰した時に、壁にかかっていたところを拝借してきました」
「あのコート、実はビンテージの品だったのよ。見る人が見れば即座にわかる。賢いあなたのことだから、これの意味するところは分かるでしょう?」
逃れようがない。それははっきりとわかった。
「監視カメラに映っていたらしいの。ネイムレスの倉庫からあの能力者を運び出す、あなたの姿が」
顔は特定されていないけれど。彼女はそう付け加えた。
「それで、俺に一体どうしろと?」
「コートを始末すること、まずはそれから」
「それは既に終わりました」
ついさっき、新調したばかりだ。
「それじゃあ……」
そこで、彼女の言葉が詰まる。
「追放、ですか? どこか遠くに行ってしまい、二度と戻ってこない? あの能力者も連れて行きましょうか?」
組織のことを考えるなら、この選択肢が一番だろう。このまま二人とも居座り続ければ、いずれヘリング・エースがやってくる。
「勝手なことを言わないでちょうだい。決めるのは私よ」
「では、これ以上の選択肢があると?」
俺は何を言ってるんだろう。彼女を追いつめるような真似をして、一体何がしたいんだ?
胸のうちとは裏腹に、出て行く言葉を止めることはできない
「この間のように、切り捨てればいいではありませんか」
言ってしまった。まるであてつけのような言いぐさだ。いや実際その通りだけど。彼女に対してだけは、こんなセリフを吐きたくはなかった。
「失礼します」
気まずさをごまかすために、俺はオフィスを出ようとした。
「待って」
意外、だろうか。レジスターが呼び止めてきた。
「なんでしょう」
振り返ることなく、口先だけで言葉をつなぐ。
「は、話はまだあるの」
どもった? 体裁を保つことに全神経を注いでいる彼女が?
「ネオシフターズのことよ」
ネオシフターズ。最近頭角を現してきたギャングだ。大企業をバッグに地上げを生業とし、それゆえにストレイドッグと提携することもない。
「か、彼らの活動範囲が広がってきているわ。この事態は見過ごせない。いずれ事務所を襲ってもらうことになる」
確かに、大事な話と言えなくもない。だが、今言うことだろうか? それを俺個人に言ったところで、何になるというのか。
「わかりました。いずれ他のメンバーがいる時に、改めてその話はしましょう」
こんな話をするために、わざわざ呼び止めたのだろうか。合理主義者の彼女らしくない。そこに一縷の望みを抱きかけたが、結局俺の足は退室を選んだ。オフィスのドアに、手がかかる――
「エリック!」
がたん、という音。どうやら、レジスターは席を立ったらしい。振り返ると、立ち上がった彼女がまっすぐこちらを見つめていた。
「まだ、何か――」
言い終わる前に彼女が歩み寄ってくる。机の脇を通る際、積み上げた書類が倒れ、散らばる。しかし、落ちた書類には目もくれずに、レジスターはただこちらを見つめていた。
「えっと、あの……」
さっきまでの威勢はどこへやら、近くで相対した途端、話す言葉があやふやになり始める。俺は、彼女が想像していたよりも小さいことに気が付いた。ヒールを履いているにも関わらず、背丈は自分より頭一つ低い。
「どうしました?」
それは意地の悪い問いかけだったかもしれない。返答を待っていると、彼女は意を決したかのように、こちらに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「えっ」
ここまでとは、予想していなかった。困惑する俺を余所に、彼女は堰を切ったかのように話しはじめた。
「あの時は本当にごめんなさい。あまりにもあなたが優しいから、それに慣れきって頼り切るのが怖かった。私はみんなを支えなきゃダメだし、ストレイドッグを運用できるのは私だけだし。ここが無くなったらみんな行くところが無くなるし。私は強くなければいけないの。だから、あなたと距離を取るために、あんなことを……でもダメだった。あなたを忘れることができない。怒っている? 怒っているでしょう? 本当に――」
際限なく話し続ける口を手で押さえて、強引に言葉を遮る。
「ええ。怒っていますよ。正直に言うと、絶望しそうにもなりました。けど、あなたの真意はヘッドセットから聞いています」
それを聞くと、話そうと動いていた彼女の口が止まった。もういいだろう。塞いでいた手を離す。
「だから、謝らなければならないのはお互い様です。あなたが俺を必要としていることに気づいていながら、俺はそれを無視した」
「エリック……」
微妙な空気になってしまったな。微妙だけど、さっきよりはずっと心地いい。
「あの、私、何か手を考えるから。あなたが出て行かなくても済むような方法を……」
「ありがとうございます」
それが可能かどうかはどうでもいい。彼女がそれを考えてくれることが大事なんだ。それだけで、働く気力がわいてくる。
「あと、それから」
頭の後ろに手を回し、彼女は耳元に顔を近づけてきた。
「私、あなたのことが好きよ。それだけは知っておいて」
想像していたよりも、ずっと子供っぽい台詞だ。普段のレジスターがどれだけ虚勢を張っていたか、この時俺はようやくわかった。
ヘッドセットの戦闘プログラムはあるが、レジスターに心は読めない。他者の精神に同調する能力は、高い技術力が無ければ移植することができないからだ。
でもこの時俺は、そんなことまるで考えていなかった。よしんば彼女が心を読めたとしても、間違いなく同じ行動をとっていただろう。これほどシンプルでわかりやすいことなど、他に無いからだ。
「俺も、あなたのことが好きですよ」
それ以外に、何を言う必要があろうか。
恋愛要素は苦手です




