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第四章 ターニングポイント ②

怒涛の展開を見せる後編(こう書くと聞こえはいい)

複数対複数の戦闘はよしたほうがいいですね。ややこしすぎる

第四章 ターニングポイント ②

「う、嘘だ。こんなの……」

 こんなのありえない。僕は、僕たちはヒーローになるんだ。こんなところで死ぬはずがない。ヒーローを殺していい奴なんて、いないはずなんだ。

「おい! 伏せろ!」

 ふいに飛んでくる怒号。反応が間に合わず、誰かの手で頭を抑えつけられ、地面にうつぶせに押し倒される。背中をかすめる何か。恐らく突撃槍だろう。摩擦とバーニアの熱が、服に焦げ目を作る臭いがした。

「え、えっと」

「おい! しっかりしろ!」

 肩を掴んで持ち上げられる。声の主は、レインメーカーだ。ゴーグルの奥に見える瞳が、まっすぐこちらを射抜いてくる。

「あ、あの」

「まだ戦闘の最中だ! 死にたくなきゃ気を抜くんじゃねえ!」

 こんなレインメーカーは初めてだ。いつもの余裕は見られない。そして、この声。滅多に声を荒げることのない彼だからこそ、その迫力に重みがあった。

「加減するな……制圧だ。生き残るにはそれしかない」

「制圧……」

 制圧。つまりは相手の命を奪うこと。殺すことと同義だ。いいのか?  確かに、ここは戦場だ。そして今、ブリンクの命が奪われた。けど、本当にそれが正しいのだろうか。

 生き残るために敵の命を奪う。それがヒーロー?

 気持ちは依然整理されていなかったが、脳と、そこに刻み込まれた戦闘プログラムは、意識の外で理性的な判断を行っていた。ガントレットから水が供給され、キネシスの膜につつまれて火球と化す。

  意識を失い倒れ伏した足技使いに目を向ける。今なら殺せる。手の平をあいつに向けて、能力を解除すれば――

 迷い、攻撃できずにいる僕をよそに、再び、例の大砲が放たれた。空中で広がった散弾は、レインメーカーの水の壁で勢いを殺される。タイミングを見計らったかのように次の攻撃を仕掛けてくる突撃槍。回避は、間に合わない。

 「くたばれ!」

 敵の怒号で、意識がはっと戻ってくる。どうする? もう回避は無理だ。残された手段は、手の平の火球のみ。ジェットエンジンで推進力を得た槍が、喉元へと迫ってくる。

「あ、ああ……」

 このままじゃ、死ぬ。ブリンクの顔が、抉れた死に顔が脳裏をよぎる。死にたくない。その原始的な感情が湧きあがった瞬間、迷いも葛藤も吹き飛び、僕は取るべき行動をとっていた。

「うわぁあああ!」

 能力解除。キネシスの膜が部分的に開き、圧力から解放された水素プラズマが爆風となって出口から飛び出す。

「どうなった?」

 わざわざ口に出さなくても、結果は分かりきっている。

 晴れた視界の先にあったのは、火だるまになって転げる人型。もろに食らったようだ。突撃槍はその性質上、急な方向転換ができない。

 「まだ、だ」

 まだ相手は動いている。息をしている。黒焦げになり、全身を炎で焼かれながらも、敵は生命活動を停止してはいない。おぞましいことに。

「僕がやったんだ」

 こんな状態では長く生きられるはずがない。よしんば命をつなぎとめたとしても、まともな生活には決して戻れないだろう。今僕は、確かに一人の人間の未来を奪った。

「それの何が悪いんだ?」

 そうだ。僕は生きるためにやったんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。ヒーローになる。生き残るんだ。そのためには……こんな奴ら、死んでもいい。

 そうだ。何をためらう必要がある? 正義のために戦ったブリンクが顔を失ったのに、こいつらがのうのうと生きているなんておかしいじゃないか。

なら殺さないとだめだ。銃使いの攻撃。左右と正面三方向から弾丸が迫る。構うものか。再び、右手を構える。指向性を持たせることができたのなら

「広げることもできる!」

 解除箇所を変更。爆風の広がる範囲を拡大し、迫りくる銃弾を全て爆風でせき止める。さらに、逆の手に作っておいた火球。地面を転がり火を消していた槍使いが、体勢を立て直そうと手をついている。

「隙だらけだ」

 追撃の二発目。火球を投擲し、ゼロ距離で爆発する。

「ぐぁあああ!」

 断末魔の悲鳴。上半身の消え去った突撃槍の姿を見て、僕は改めて自分の能力の威力に気づかされた。これでよかったのか――

「ぐああ!」

悩む時間はない。銃使いの追撃が左腕を撃ちぬき、痛みが思考を現実へと引き戻す。

 完全なる不意打ちだ。筋をやられたのだろうか。もう左手で投擲を行うことはできないだろう。だけど、僕はまだ生きている。攻撃の正確さから察するに、これは敵本体じゃない、設置した銃によるものだ。

「くそお!」

 痛みをこらえて足を動かす。止まっているのはまずい。敵の攻撃はクロスファイアが前提のはず。単発で仕掛けてきたのには、何か理由があるはずだ。銃の配置の傾向から敵の位置を割り出す。クロスファイアを実現させるために、次に敵が動くべき地点は……

「ここだ!」

 ロッカーを蹴倒し、待ち構えているであろう敵に右手を構える。だが、そこにあったのは旧式の銃だけ。

「そんな……」

どうやら敵は、さらに先を行っているようだ。

「いつから? まさか、さっきの十字砲火の時点で、既に移動していた?」

 この状況も、奴の計算通りなのか? 銃から伸びる導火線の上を、小さな炎が這い上る。

「まずい」

 炎を手で握りつぶす。まさかこれも、囮にするための布石か? 自分は今、最悪の隙をさらしていることに……

「ぐふっ」

 しかし弾が当たったのは自分ではなかった。もっと悪い。真後ろからの射線に割って入ったのは、満身創痍のレインメーカー。左方向からの弾丸は水の壁でカバーできたが、能力の特性上防げるのは一方向だけだ。レインメーカーは水の壁を分離させることはできない。口から、血が噴き出す。

「レインメーカーさん!」

「悪い。やられちまった」

 膝から地面に崩れ落ちるレインメーカー。敵の射線を割出し、急いでロッカーの陰に隠れる。

「そんな……しっかりしてください!」

「心配するな。致命傷じゃない。動くのは厳しいけどな」

 僕のせいだ。また勝手な推測を立てて、仲間を危険に……

「おい。また思い詰めてるだろ。そんなふざけたこと考えてたら生き残れねえぞ」

 床に血を吐き捨て、レインメーカーが息をつなぐ。

「で、でも、どうしたら」

「実はな、俺の能力は防御だけじゃない。攻撃に応用できる。編み出したのは最近だが」

 攻撃に? 水を補充しながらレインメーカーに尋ねる。

「何故、今までそれを使わなかったんですか?」

「水の壁が無くなるからだ。一回使うともう一度防御のために壁を作りなおさなきゃならない。そうなると、まずいだろ?」

「なるほど……それで、僕は何をすれば?」

「俺はもう動けない。このロッカーの真後ろ。そこに敵をおびき寄せてくれ」

 真後ろ? そこで大丈夫なのだろうか。恐らく攻撃は水の壁を使うものだと思うのだけれど、向こう側と水の壁をつなぐのは、ロッカーに空いたわずかな穴だけだ。

「わかりました」

 疑問は尽きないけれど、いかんせん時間がない。僕は敵を殺すために、再び走り始めた。

「うぐっ!」

 横っ飛びに吹き飛ばされてきたのは、サイクロンだ。竜巻ではあの散弾の威力を殺しきれなかったのだろう。ガンメタルが大砲使いの元まで近づいたことから追撃の心配はないが、もう一人の敵、レイピアを構えた能力者が、吹き飛ばされた彼を追って、まっすぐに刺突を繰り出してくる。

「くっ!」

 バックフリップでレイピアを躱すサイクロン。その際に地面を叩いた手によって竜巻が発生する。風邪で追撃を阻まれたレイピアは、即座に僕へと矛先を変えた。

「ちっ!」

 風の切れ目を狙って、銃弾が撃ち込まれる。既に攻撃を予測していたのか、サイクロンは最小限の動きでこれを躱す。クロスファイアはない。

「そうか!」

 あの時導火線を止めた銃。あれが本来、この攻撃に使われるはずだった。

 使える銃の数が限られてきているのかもしれない。とすると、さっき敵がこちらの隙をつけたのは偶然か? 敵は思っているほど万能じゃない。付け入る隙はある。

「サイクロンさん。狙撃手は任せます」

「おい。良いのか? お前、接近戦は分が悪いだろ?」

「構いません」

 サイクロンの能力であれば四方から弾が飛んできても対応できる。それに、接近戦は必要じゃない。

「わかった」

 狙撃手の位置は割れている。いずれ片が付くだろう。ひとまずは、目の前の敵だ。火球を作り投げつける。てっきり躱されるものだと思っていたが、敵は逆に突っ込んできた。

「しまった!」

 爆破のタイミングが狂う。レイピアの一振りで火球はその軌道を逸らされ、解除の遅れた火球が空中でむなしく爆発する。

「うわっ!」

 敵の踏込は早い。とっさに状態をそらすと、剣先が鼻をかすめて宙を切る。だめだ。もう投擲はできない。バックステップで何とか距離を取る。火炎放射で……

「いや、ダメだ」

 敵のフットワークは相当のものだ。狙いをつけるよりも先に、射線を逃れて刺突を繰り出してくるだろう。だったら……

 僕はレインメーカーが影にいるロッカーに目を向けた。


 ダメだ。遠すぎる。時折倉庫から轟音と爆炎が上がるが、中の様子はまるでつかめない。戦闘によってめまぐるしく位置関係が変わり、テレパスがうまく機能しないためだ。

「もっと近づかないと」

 戦場に近づくのは賢い選択肢とは言えない。心を読むことができても、この状況で味方に伝えるのは困難だ。思考を阻害し、判断を鈍らせる可能性もある。敵に発見されるようなことがあれば、自分を庇って味方が不利益を被ることも十分考えられる。何せ自分は、テレパス以外の能力を持っていない……

 だが、そのリスク有ってなお、接近と言う選択肢は頭から消えなかった。敵の素性を探る、自分に与えられた任務のことを考えたのもそうだが、何よりも仲間の安否が気になる。

 戦闘は未だ続いていた。一体何がどうなっているのか……。敵が逃げようともしないところに、空恐ろしいものがある。

 立ち並ぶ倉庫を抜け、北にある正面入口へと歩いていく。混線したラジオのようだった脳内に流れ込む言葉が、徐々に意味のはっきりとしたセンテンスを紡ぎ始めた。

「クソッ! 近寄られる前に、吹き飛ばしてやる」

 これは……? 同時に伝わる金属の筒を掴むような感覚。ランチャーだ。心に響く感情は恐怖。床に手を触れることで能力が発動。コンクリートがめくれあがり、一つに丸まって砲丸を作る。ランチャーは、それを大砲に装填した。中に詰め込まれた火薬に着火しようと、腕が引かれ――

「ダメ! 待って!」

 叫びたい。伝えたい。敵の意図を汲みとった瞬間、ランチャーの行動を制止しようと思念波を送る。しかし、どうやって? この状況を打開する解決策は思いつかない。でもこのままではランチャーは死ぬ……

「吹き飛べ!」

 必死に送り込んだ思念波はしかし、ランチャーの分泌したアドレナリンによって押し流された。発射の瞬間、大砲に手を突っ込む敵。硬化した腕がガンメタルの輝きを放ち、進路を塞がれて行き場を無くした鉄球が、爆発のエネルギーが、その場にいる双方を襲う――

 テレビの電源を切った時のような感覚とともに、ランチャーとの回線が途切れた。あらゆる感覚、触覚、痛覚、臭い、音、そして自律神経と拍動。そのすべてが消えた。これの意味するところは一つ。

「ランチャーが死んだ……」

 ダメだ。警告では救えない。もっと近づかないと。意識をより同調させないと。敵の思考を読むことはできる。でもこの距離では、記憶や個人情報を読み解くことはできない。

 そして何より、仲間を助けるだけのメッセージを送ることができない。もっと近づかないと。倉庫正面の通路を横断。とうとう、その建物まで来た。ネイムレスのアジト。砲撃によって開かれた穴の傍らに立ち、内部の人間と思考をリンクさせる。

 ランチャーを殺害した能力者は、休む間もなく反対側で展開されている戦闘に参加しようとしていた。だけど、決して油断はしていない。背後から忍び寄るクロックダイルに気づいている。

 けど、これは警告する必要はない。クロックダイルはそこまで読んでいる。彼の手は、能力を解除し、元の人間の手に戻っている。攻撃を仕掛けるには不利な条件だ。彼の能力は、物体どうしで手を挟むことで、その物体を変形させて、新しい手を作り出す能力。生身の手がその場に残るのが弱点といえば弱点だけど、この能力は、硬化能力を持つ敵を殺すのにぴったりだ。

 完全に死角、それも背後からの攻撃だったにも関わらず、敵能力者は攻撃を受け止めて見せた。心臓部を狙った刺突を、脇で挟んで対処する。捉えた手を抜かれないよう、挟んだ部分を硬化。クロックダイルの手は完全に固定された。脇に挟まれた形で。

 激痛と共に驚愕が脳に伝わる。前触れなく心臓周りの肉を三十センチもえぐり取られれば、誰だってそうなるだろう。手を挟んだ物体を自由に切り出し新たな『手』にする能力。敵にできることは防御だけだと見抜いたクロックダイルは、自身の能力をもっとも効果的に発揮した。

 よかった。少なくとも、クロックダイルが即座に死の危険にさらされることはない。

 だけど、その反対側。ちょうどこの真裏で行われている戦闘は、そうもいかないみたいだ。

「レインメーカーが隠れているのは、あの裏だ」

 レインメーカー? それが能力者の名前なのだろうか。確かにロッカーの裏に隠れているのが一人いる。感覚を共有させると、ゴーグルやマスクで顔を覆っているのがわかった。

「いいぞ。うまく敵を誘い込んでいるな。あと少しだ。後少ししたら、ウォーターカッターでそいつを貫いてやる」

 狙われているのはフェンサーだ。対峙するのは若い能力者。大きく膨らんだガントレットを付けている。フットワークとレイピアで攻めてはいるけれど、まだ決定打には至っていない。

「いずれにせよ、時間の問題だ」

 二人の力量の差ははっきりしている。明らかにフェンサーの方が上、ガントレットの能力者は、接近戦を想定した戦い方ができていない。彼が油断するのも無理からぬことだ。

「待って! あいつには隠れている仲間がいる!」

 警告を飛ばす。今度は、間に合った。

「何?」

 足を止めるフェンサー。でも、まだ不十分だ。ガントレットの能力者は何か繰り出そうとしている。

「火炎放射?」

 これだ。これでフェンサーの位置をずらそうとしている。炎が放たれた時、間違いなく彼は右に避ける。隠れた敵に、背中をさらす格好で。

 させるものか。見つかるかもしれないという恐怖。さらには全滅の可能性と言うリスク。それらは全て、ただ一点の感情に塗りつぶされた。合理的な判断はいらない。私は仲間を救いたい!

 空いた穴から中を覗きこみ、護身用に渡された拳銃を構える。仮にも能力者。大人用の銃を扱うことなんてわけない。狙うのは敵の右手。フェンサーに向かって突き出され、攻撃の構えを取る――

「ぐあっ!」

 銃声、そして、脳に反響する手の甲へのダメージ。

「くっ」

 攻撃を止めることはできなかったけど、狙いを逸らすには十分だ。放たれた炎はわずかに角度を変えた。フェンサーが躱したことに変わりはないけれど、それでも、その距離はずっと小さい。

「やった……」

 ウォーターカッター。思念を読み解く限り、能力効果範囲を極限まで縮めることで、水の圧力を最大限に高めて、解除と同時に、鉄砲水のように解き放つ技だったらしい。

 空を切った一線の水が、反対側にあるデスクに命中。小さなクレーターと共に、使った水が流れ出すのが見える。

「助かったぞヘッドセット。そして、隠れたもう一人の位置もわかった」

 攻撃が放たれたロッカーに向かって、レイピアを突き刺す。鉄板に穿たれた穴から血が噴き出すのが見えた。共有した感覚から判断するに、突き刺されたのは左の肺の辺り。即死するような位置じゃないけど、もう戦うことはできないはずだ。

「もう一人いたのか……」

 残った一人、ガントレットの思考はしかし、恐ろしいほどに冴えきっていた。作戦が失敗し、挙句仲間を殺されるような状態にあるにも関わらず。思考は冷淡。だけど、それ以外の部分、感情に伴って現れる感覚は、全て断絶されたように消えていた。神経が閾値を超えた怒りを伝えることを放棄してしまったかのように。

「お前も、仲間と一緒にあの世に行きな」

 もうその手に火球はない。左手は初めから使えないし、右手もさっきの銃撃で、すぐに構えられる状況じゃないだろう。実際迫りくるフェンサーに対して、彼は手を上げようともしていない。にも関わらず。

「なんで?」

 わからない。彼はまだ戦うことを諦めていなかった。その思考が繰り返すのは、ただ一文のみ。

「ここまで来たら解除する。ここまで来たら解除する。ここまで来たら解除する。ここまで来たら」

 予備動作も、新しい準備もなしに、彼は殺そうとしているフェンサーを。それが終わったら次は自分だ。心が読めるのに、その思考は読めない。既に準備を終えている? 一体どうやって……

「が、は、……」

 銃声。自分の物じゃない。シードの物だ。シードの使う火縄銃の銃声が響き――何故かフェンサーが倒れている。胸を撃ちぬかれて。

「あ、ああ……」

 壊れたラジオのように繰り返された思考が止まり、その切れ目から作戦の一部始終が流れ込む。既に、準備してあったのだ。発射されずに導火線を火が這う状態で設置された火縄銃を見つけたガントレットの能力者は、その火を握りつぶした。彼の能力は熱を閉じ込め増幅するキネシスの膜。導火線を這っていた火、その熱エネルギーはずっと残り続けていた。そして、彼が能力を解除したことで燃焼を再開。シードの火縄銃は導火線が切れると同時に引き金が引かれるよう改造を施してある。仲間の不意打ちが失敗した段階で、その射線上にフェンサーが来るよう誘導することを考えていたのだ。

「に、逃げなきゃ」

 フェンサーは死んだ。自分を守ってくれる者はもういない。起き上がる敵に銃を撃ったけど、こちらを視認した敵は、造作もなくこれを躱した。ダメージがあるのは腕だけ。勝ち目はない。

「殺す、殺す、殺す」

 思考パルスが伝えるのはシンプルな一つの意思。純粋な殺意。ダメだ。さっき踏みつけた恐怖が、倍の力を得て戻ってくる。

「助けてエリック!」

 思念波が届くありったけの範囲で飛ばしたその信号は、自分が最も信頼している人の名前だった。


「助けてエリック!」

 頭の中に響く声。海を眺めていると、突然頭に流れ込んできた。

「ヘッドセット⁉ 何があった?」

 別の能力者集団が攻めて来たのか? ヒーローだったら最悪だ。

「おい、場所は?」

「ネイムレスのアジト。お願い早く着て! もう……!」

 そこで、テレパスは途切れた。戦闘に集中するためか? あるいは既に……

「クソッ! なんであいつが前線に出てるんだ?」

 ヘッドセット能力はテレパス。心を読み取り相手の真意を探るための能力者だ。前線に出して戦わせる能力じゃない。

「レジスター……何を考えてる?」

 ネイムレスのアジト。ここからならそう時間はかからないはずだ。走っている間にも、思考は無意識に流れ続ける。

 ヘッドセットは無くてはならない存在のはずだ。テレパスは希少な存在。替えが効く能力じゃない。

「何か取引があったのか? そして、そこを狙った別の組織が……」

 考えても仕方ない。俺は、例の倉庫を目指して一目散に走った。


「終わった……」

 敵はこれで全部。銃を使っていた能力者は、サイクロンが始末した。風で弾丸は弾かれ、遮蔽も全て吹き飛ばされ、抵抗らしい抵抗もできないまま、拳を叩き込まれ死亡した。

 だが、そのサイクロンも……

「すみません」

「気に、するな」

 残った一人、海賊姿の能力者を生け捕りにしようとして、失敗。敵の抵抗は想像以上だった。腕を細長い刃に変えた敵は、リーチと速度を活かして、こちらを攻撃してきた。風で吹き飛ばそうにも、壁や床に刃を付きさし、しつこくこちらを攻めてくる。火球を投げつけることができない僕は、どうすることもできなかった。サイクロンの犠牲なしには。

「無茶ですよ」

 激しく動きまわる敵を止めるために、サイクロンはわざと刃を受けた。刃が体を貫通した瞬間に、筋肉を硬直させて固定する。敵は、能力を解除せざるを得なくなった。

「予想通り、だっただろう」

「はい」

 敵は、武器を作り出す際に、どういうわけかその場に自分の……生身の人間の『手』を残す。もしやと思ってみていると、能力を解除した瞬間に、その手が能力者本人のもとに飛来し、崩れ落ちた刃の代わりにすげ替わった。

「特定の目的に特化したキネシス。ある種自動操縦じみたところもあるんだろう。物体を自分の肉体と同化させるために『手』、そのものを切り落とす必要がある、のかもしれない」

「喋らないでください。傷が開きます」

 そう。サイクロンは読んでいた敵が能力を解除することも、そして、手首が戻ってくることも。

「ただ刺されただけじゃない。直撃でないとはいえ、僕の爆発も受けたんですから」

 あらかじめ、僕は断ち落とされていた手首に火球を握らせておいた。両手をやられ、火球が投げられなくなった僕でも、これなら攻撃ができる。敵が自分自身のもとへと火球を運んでくれるからだ。

 もくろみ通り、敵は爆発の直撃を受けて、手首の千切れた死体に変わった。

「心配するな。ミッションは終わった。すぐに、エースが来てくれる。ジャミングをしていた奴がいたかもしれないが、敵は全て倒した」

 そう、全て。影に隠れていた七人目の敵は、僕が始末した。腕が使えなくとも、何も問題がない弱敵。首に蹴りを叩き込んでやると、木の枝を踏んだ時のような音を立ててあっさり骨が折れた。

「ええ、そうですね」

「ああ。ブリンクとガンメタルはダメかもしれないが、レインメーカーは……」

 視界を横切る影。そこで、サイクロンの言葉が途切れた。体が何か大きな力を受けて、真横に吹き飛ぶ。それが終わった時僕の正面に立っていたのは、敵の生き残り、例の足技使いだった。

「そうか……お前を殺すのを忘れていた」

 ああ、なんてうかつだったんだ。この殺し合いを終えた今では、サイクロンの死に関しても平坦の感想しか浮かんでこない。座り込む僕に対して、敵は攻撃の予備動作を取った。三歩ばかり後ろに下がり、勢いをつけてロンダード。敵のつま先が、真上から襲い掛かる。僕にはもう、手で相手を狙うことはできない。

「仕方ない」

 だから、さっきと同じように。僕は火球を、ただ床に置いた。この位置だと、自分も爆風をもろに食らう。熱によるダメージを受けないけれど、吹き飛ぶことはどうしても避けられない。それでも、ためらいはなかった。能力を解除。火球を爆発させる。

「ぐぁああああ!」

 最後の花火は派手に打ち上がった。爆風は敵を飲み込み焼き尽くし、僕の体と共に、真上に吹き飛ばしてくれた。かつてこの倉庫が倉庫として使われていたころの遺物、屋根のすぐ下に渡された金網の通路が、僕の体を受け止める。黒焦げになった死体が落下していくのが横目に見えた。これで、本当に終わりだ。

「ミッションは失敗。生け捕りにはできなかった」

 生き残ったのは僕とレインメーカーだけ、か。

下を見ると、ロッカーにもたれかかり、血を流しながらも、息をしている彼の姿が見えた。早く助けが来ないと、このままでは時間の問題だ。やきもきしていると、下の階、入り口から差す光に、一つ長い影が形作られるのが見えた。

 敵の増援? いや、タイミングとしては遅すぎる。影の主はどんどん近づいてきた。そして、入り口を潜り抜け、姿を現す。

「エースさん……」

 ヘリング・エースが、やっと助けに来てくれた。

「呼ばなきゃ。僕はここにいるって」

 待ち望んだ助けがやっと来たのに、胸の内の苦い感情は消えるどころか増すばかりだった。何故、もっと早く来てくれなかったのか。どうしてこんなになるまで姿を現さなかったのか。敬愛するヘリング・エースへの恨み節があふれ出し、そんな自分への嫌悪感で、また悪感情が沸き起こる。

「エース、さん」

 出たのはかすれた声にならない声だけだった。背中から金網に落ちた時に、思い切りぶつけたからだろうか。肺に少しダメージがあるみたいだ。

 待っていればいずれ助けてくれるだろう。僕はそこから見下ろす形で、エースの動向を見守った。

「なんだ。敵いないじゃん」

 耳を疑った。開口一番に放たれた言葉が、それ? エースの口調はいつものジョークを言う時とまるで変わりがなかった。

「敵いないよ。入ってきても大丈夫」

 通信機で連絡を取ると、新たに二名、人影が現れる。二人とも、白衣を着ていた。

「バイタルサイン消失が三名……ガンメタル、サイクロン、ブリンクです」

 研究者だろうか。アカデミーズのエンブレムを付けているけど、あんな人見たことない。

「サイクロンとブリンクはどうでもいいけど、ガンメタルをやった奴は気になるな。どんな能力を使ったんだろう」

 まるで談笑でもしているかのように軽い調子で話しながら、ヘリング・エースは歩き始めた。彼に付き添う白衣の二人が、あたりを検分し始める。彼らが最初にたどり着いたのはガンメタルの死体だ。

「胸からばかっと抉られてるね」

「戦闘データを取り出してみましょう」

 白衣の男達がガンメタルの頭部に手を当て、メモリを取り出す。

「他の奴らも頼むよ」

 研究員がメモリをしまったのを確認すると、エースは次に向かった。

「ブリンクか。相変らず、臭いは残るみたいだね」

 顔をしかめてエースが呟く。

「これだけ血と脂が飛び散った中でも香るのか。これはまずいかもね」

「自分と、移動先の空気の位置を揃って入れ替える能力ですからね。気体の分子運動に対して辻褄を合わせるためにも、酸素の一部をオゾンに変える必要があります」

「ヒーローなんだから、どうせならもっとフローラルな香りにできないかな」

「善処します」

 何を言ってるんだ? 超能力は持って生まれたもの。人為的に変えることなんかできないはずだ。それに仮にできたとして、当の本人であるブリンクはもう死んでいるじゃないか。

 何か、おかしい。あれは本当にエースか? みんなのヒーロー、アカデミーズの創始者、僕らが憧れ敬愛するヘリングエースは、仲間の死体を見ても涙を流すどころか、臭いに注文を付けるような人じゃないはずだ。

「さて、データは抜き取ったし……」

 エースの目が、今度はレインメーカーに向けられる。やめろ。思わず叫びそうになった。でも声の代わりに出て来たのは、か細い息の音だけだ。

「た、すけ、て……」

「生きているんだよね。よくやったと思うよ。君は実に優秀だ」

 レインメーカーに語りかけるヘリングエース。その表情は物陰で隠れて見えない。

「でも、悪いけど。君はたぶんこれ以上伸びないだろうからさ」

 本当に、声音は何一つ変わっていない。今日僕らにミッションのことを告げた時と同じように、優しくて、ユーモラスで、そして紳士的な口調。そんな普段通りの態度のまま、

「バイバイ」

 エースはレインメーカーの頸を折った。

「さて、彼の分も回収だ」

 何事もなかったかのように、死体に変わったレインメーカーの頭部から戦闘データ―を抜き取る。たった今、命を奪ったというのに。

「さて、次に行こうか」

 このままじゃ殺される。それを知っても僕にはどうすることもできなかった。


「ここだな」

 ようやくたどり着いたネイムレスのアジトは、えらい有様だった。上の方に取り付けられた窓は割れているし、レンガ造りの壁には度デカい穴が空いている。中は静かだ。戦闘が終わったのだろうか。ヘッドセットは? ここにいるのならすぐにテレパスで知らせてくるはずだ、逃げたのか?

「ダメージを受けて動けないのかもしれない」

 いてもたってもいられず、俺は彼女を探そうと空いた穴から部屋に入ろうとした。

「ん?」

 穴から一歩踏み込んだところで、足に何かが引っかかった。一体なんだ? これは……

「ヘッドセット……!」

 自分が見た物が信じられなかった。床に倒れ伏すヘッドセット。きれいなものだ。戦闘があったとは到底思えない。

 首が折れてさえいなければ。

「ああ。そんな……」

 急いで首筋に手を当てるが、既に無駄だと分かっていた。案の定、脈はない。ヘッドセットは死んでいた。

「間に合わなかった……」

 やったのは誰だ? どこのどいつだ? 探し出して殺してやる。どうしてヘッドセットなんだ。彼女は進んで戦うような性格をしていない、能力もだ。レジスター……一体どうして彼女をこんな目に……。

 調べないと。更に踏み込んで奥に進もうとした時、視界にとんでもないものが入って来た。

「ヘリング・エース⁉」

 まさか、あいつか? あいつがヘッドセットを? 幸いなことに奴はこちらに気づいていない。俺は一端倉庫から出た。壁を蹴って屋根に上る。天井付近の窓が割れていた。ちょうどいい。ここから入ってとことん調べてやる。

 窓のすぐ下には鉄の網でできた通路があった。ここなら、敵に見つからずに倉庫中を見渡せる。中もひどい有様だ。そして、見知った顔が何人も倒れているのが見えた。

「あいつはランチャーだ。フェンサー、それにシード・アイズルも……どうなってるんだ?」

 ストレイドッグと思しき能力者が六人。ヘッドセットも含めると七人だ。今日これほど大規模な作戦が展開されるなんて、まったくの初耳だった。それに、敵は何者だ? ストレイドッグ以外の死体もあちこちにある。

「エースじゃないことは確かだ。ヘリング・エースやアカデミーズが相手ならレジスターは間違いなく撤退を選ぶ」

 しかし、アカデミーズでないとしたら、エースがこの場にいる意味が分からない。エースはストレイドッグ以外の死体から、戦闘データを抜き出していた。戦闘データの抽出には、対応するパスコードを知っていなければいけない。アカデミーズ以外の能力者からデータを抜き出すことはできないはずだ。

「まさか、変装か?」

 倒れている敵はどれもラフな格好だ。そこいらのチンピラと対して変わりはしない。もしもアカデミーズがこの格好で襲ってきた場合

「レジスターは別の犯罪者組織からの襲撃だと思う」

 それで縄張りを維持するために急きょ派遣した。ストレイドッグのメンバーの半数をも。

 しかし、何故ヘッドセットまで? 謎は解けない。

「こうなると、彼女を殺した能力者も、既に死んでいる可能性が高いな」

 怒りが行き場を無くし、急速にしぼんでいく。このありさまを見れば、それはほぼ確実だ。ざっと見たところ、ストレイドッグの生き残りはいない。勝ったのはどちらか? 恐らく相討ちに近いだろう。もしもアカデミーズの生き残りがいたのなら、エースのそばで話しているか、あるいは自分達のアジトに搬送されているはず。だがここにくる途中、それらしき車両は見かけなかった。表に止めてあったバン――おそらくエースが乗ってきたものだろうが、あれに医療用の設備があるとは到底思えない。

 生き残りがいれば、助けるはず。その至極まっとうな思考が、しかしエースとアカデミーズの間では成り立たないことを、俺は目の当たりにすることになった。

「なっ!」

 思わず声が出た。なんてことだ。あの野郎。

「バカな……あれはストレイドッグのメンバーじゃねえ。アカデミーズ……あいつ、自分の子飼いを」

 ゴーグルにマスクで顔を覆った能力者。ロッカーにもたれ、胸から血を流しながらもまだ息をしているそいつを、ヘリング・エースは何のためらいもなく殺害した。

「いかれてるってのは聞いてたが、ここまでやるのかよ」

 常識が通用しない相手。何故だ? 何故自分の子飼いを? 思考の果てに浮かんだ答えは、あまりにも救われないものだった。戦闘の相手、自分の仲間を殺した連中だというのに、アカデミーズに対して同情の念すら湧いてくる。

「はっ!」

 近くで鳴った物音で、現実に引き戻された。まずい、考え込んで周りが見えていなかった。ヘリング・エースに見つかったか? もしそうなら早く逃げないと――

 しかし、エースの姿は依然変わらず下の階にあった。とすると、これは? 何の音だ? 渡された通路を、ずっと先まで見渡す。音はこの金網を伝ってきた――

「あれか?」

 通路の先に倒れている人物が一人。背丈は自分より一回り小さいくらいだ。味方か? 暗がりで顔がよく見えない。

 味方にしろ、敵にしろ、このままじゃエースに殺される。今はこれ以上命が消えていくのを見たくはない。近づくことに、ためらいはなかった。

「おい、しっかりしろ……」

 ひどい傷だ。両手は血だらけ、弾丸で穴を空けられているのか? 銃火器を武器にするといえば、シード・アイズルだ。いや、そう言えば、ヘッドセットの屍も、その手に銃を握っていた――

「まさか、こいつか? こいつがヘッドセットを?」

 暗がりで顔がよく見えない。俺はそいつを引っ張って、明かりのもとにその顔をさらした。

「テッド……」

 なんだ? 誰の名前だ? 記憶の底から文字の羅列が音になって現れる。そして、この顔。ひどく懐かしい感じだ。まさか

「弟、なのか?」

 もはや名前も忘れてしまった、かつての兄弟。共にゴミ箱をあさっていた顔が、倒れている能力者と重なる。

「そんな馬鹿な」

 完全には消えていなかった記憶。それは都合よく歪められた、ただの幻想だったのかもしれない。こいつは敵だ。しかもヘッドセットを殺した可能性が高い。そうでなくても仲間の何人かは確実にやってるはずだ。余計な感傷はよせ。この場は放置して離れるんだ。エースがすぐにこいつを……

「いや、もうこれ以上死人は必要ない」

 憐みか? 確かにそうだ。アカデミーズの連中の運命や境遇を考えると、とても見捨てられるものではない。八方美人。確かにそうだ。仲間に手をかけた敵に、情けをくれてやる必要はないだろう。それでも俺は、こいつを助けてやりたかった。記憶をよぎる過去の幻想が、まるで関与してないとは言わない。だがそれ以上に、このまま投げ捨てられる命を、黙って見過ごすことはできないと思ったからだ。

 その能力者に意識はなかった。ただ何かうなされているような声を時折漏らしている。

 俺は黙ってそいつを担ぎ上げると、天井部に空いた穴から、外の装甲外へと飛び出した。


正直このエリックの行動はどうかと思います

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