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第三章 IMAGNAS ②

この話は無駄に長くし過ぎた気がします

第三章 IMAGNAS ②


「フレイムスロアー レインメーカー サイクロン。緊急要請だ。至急ビークルへ来い」

 ちょうど、前の撮影が終わり、いよいよ自分のビデオレターの番だというその時に召集がかかった。

「な、なんだよぉ」

 文句を言いつつも内心ほっとしている自分がある。先延ばしは良くないことだと思うが、止むを得ない事情なら仕方がない。

 召集に答えるべくアカデミーの校舎を抜け、ビークルの格納庫へと入る。中に乗り込むと、車内には既に二人が待っていた。

「おっ、来たな」

 レインメーカーが手を振った。向かいに座るサイクロンは、腕を組んだまま動かない。

「よし、そろったな」

 教官が、社内のスクリーンを起動させた。プロジェクターに映像が投影されると同時に、エンジンがかかりビークルがスタートする。

「今回は、ジャックナイフから要請を受けた。急を要する話だ。ある施設を守ってもらう」

「ジャックナイフというと、あの軍人の?」

「そうだ」

 元傭兵のヒーロー。超能力に頼らず筋力と銃火器、戦闘技能のみで戦うヒーローだ。そのやり口から人気や知名度は低いが、確かな実力を持つとして主に上流階級で支持されている。

「施設がある犯罪者に狙われているため、応援が必要だという話だ」

「その施設の場所は……」

「詳しくは、あちらとの通信を聞いてもらおう」

 教官がスイッチを入れると、スクリーンに映像が映った。

「よし、通信状態は良好だな……アカデミーズの皆さん。俺はクラック。ジャックナイフの下部組織、ネオソルジャーズの能力者だ」

 映っている人物は一人、迷彩服に身を包んだ、自分より三つばかり年上の男だ。背景には、建物の外壁だろうか、灰色のコンクリートの壁と、そのコンクリートの壁が立っている雑草の生えた地面が見える。

「こちらの現在地は。B4-I9……外界からネットワーク的に閉ざされた情報処理施設のうちの一つだ。ネット環境が無いからこうして外で通信を行っているわけだが……。話しがそれたな。ミッションの内容はシンプルだ。ここでの情報処理が終わるまでの間、諸君らに防衛を手伝ってもらいたい」

「情報処理と言うのは?」

「三十分前に、『ラプラス』で、ある情報がサルベージされた。それのデータ解析だ。これ以上は通信を盗聴されている可能性があるため話せない。現地で報告させてもらう」

「なるほど。それで、我々は具体的に何を?」

「処理が終わるまでの間の警備と、恐らく襲ってくるであろう犯罪者、能力者の撃退。それが今回アカデミーズに依頼したいことだ。警備の指示は現地でジャックナイフさん自らが行う」

「襲ってくるであろう……つまり、仮想的が大体定まっているということですね」

 鋭い。流石はレインメーカーだ。細かい所を見逃さない。

「その通り。敵はラストワン。そして奴の部下のリサーチャーズだ」

「ラストワン⁉ まさか、彼本人がやってくるんですか?」

 ただの能力者ならいざ知れず、ヒーローと互角にやりあうような大犯罪者なんか、絶対に勝ち目はない。

「ああ。このミッションの危険度はかなり高い。君たちが相手をするのは下部組織の連中だろうが、ラストワンに攻撃されるリスクは覚悟してもらいたい」

 ラストワン。地球上最後の一人となるべく、使える超能力を増やし、最強の人間になろうとしている犯罪者。ジャックナイフとは対照的に、彼は超能力以外を信頼していない。

「ラストワン本人が直接出向く。その情報、相当価値があるものらしいな」

 腕組みをしたままサイクロンが呟いた。

「一つ聞いておきたい。何故アカデミーズなんだ?」

 レインメーカーの疑問も最もだ。協力を要請できるヒーローは他にもいる。

「ΣH2とその子飼いが防衛には最適だろう。だが、電磁波を操り金属を腐食させるラストワン相手に、機械の体を持つ彼らは相性が悪い」

 ΣH2 とある科学者が開発したと言われているマシンの体を持つヒーローだ。自律型AIによって戦闘を行うΣH2には戦闘をサポートするサイボーグ集団、ギアメーカーがついている。AIによる演算と最新兵器の火力を使い、理詰めで圧殺するヒーロー。彼らの協力を得ることができないのは苦しい。

「バンブーフォレストの連中とは、連絡がつかなかった」

 バンブーフォレスト、マスターリオ率いる忍者ヒーロー。この科学が発展した時代において未だに忍術や怪しげな戒律を持ちだす不可解な集団だが、実力は確か。あまりにも忍びすぎていて連絡がつかないのが玉に瑕だけれど。

「そして、アンチェインドの連中に防衛は任せられない。理由は言わなくてもわかると思うが。適任なのは君たちだけだということだ」

「なるほど。了解した」

 そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。

「ダムみたいだ」

 そびえ立つ灰色の壁。コンクリートを積み重ねたその建物は、ダムから水を取り払ったかのような構造をしていた。


「クソッ、まさか俺が選ばれるなんて……」

 大人数で行けば、大々的にストレイドッグが関わっているとみなされる可能性がある。仕事を任せられるのは捨て石にしてもいい一人だ。その一人に、まさか自分が選ばれるとは思わなかったわけだが。

「浮かない顔ですね」

 そんなこちらの事情を知ってか知らずか、バイナリィは平坦な声で話しかけてくる。

 森を歩くその足並みに、乱れたところは一切ない。インテリじみた格好から勝手に体力がないと思い込んでいたが、曲がりなりにも能力者。この程度の悪路は屁でも無いようだ。

「別に……コートを着てくるのはちょっと早かったかなって思っただけだ」

 冷えるだろうと思って持ってきたが、思っていた以上に暑い。着古してボロボロになったカーキ色のコートは、今の自分の心境を表しているようでなんだか嫌だった。

「まあリスクが高いミッションだと言いましたが、私の能力さえあればそう危険ではないはずです」

「能力? そういえば、何ができるかまだ聞いてなかったな」

 プレディクトの子飼い……数学に関係する能力を使うと聞いたことがあるが、どんなものかは全く想像できていなかった。

「すぐにわかります。そろそろですね」

 木々を抜けると、不意に灰色の壁が現れた。これが、目標とする施設、か。

「おい。どうするんだ? ただの壁だぞ? 隠し通路があるのか?」

「そんなもの必要ありませんよ。私の能力をもってすれば」

「壁を通り抜けるのか?」

「その通り。合図したら壁に向かって跳んでください」

 跳ぶ? ジャンプしろということか? バイナリィは俺の腕を掴んできた。接触が発動条件に含まれるのか?

「一……二の……三!」

 わけが分からないが、俺はバイナリィの言う通り、跳んだ。いや、跳ぼうとした。

「えっ?」

 体が動かない。視界が暗転し、まるで何も見えなくなる。一瞬――わずか一秒にも満たないような時間だが、俺は『自分がこの世からいなくなる』ような感覚を味わった。

「うわっ⁉」

 ふいに光が戻ってくる。蛍光灯の明かりに照らされた廊下。灰色の壁で囲まれた屋内の風景が、目の前に広がっていた。

「静かに。既にこの施設には見張りがついています」

 唇に人差し指を当てる、この上なくわかりやすいジェスチャー。荒くなる呼吸を抑えて、俺は努めて静かな声を作り、バイナリィに問いかけた。

「今のは? お前何をした?」

「離散化能力。それが私の能力の正体です」

 離散化? 何の事だかさっぱりわからない。

「ゼノンのパラドックスの一つ、飛んでいる矢は止まっている、と言う話を聞いたことはありますか?」

「悪いな。学がないんだ。さっぱりわからん」

「では、アニメーションの原理はご存知ですか?」

「パラパラ漫画のことを言っているなら、イエスと答えられるけどな」

「その認識で間違っていません」

 バイナリィは胸ポケットに入っていたペンを――このミッションに何の関係があるのか知らないが――取り出した。

「アニメーションは、連続した静止画です。現実の運動は連続量、切れ目なく流れるように時間に沿って物体は動きます。私の能力はそのアナログな運動を、アニメと同じデジタルな静止画の連続に変換することにあります」

 取り出した鉛筆を掲げると、バイナリィは手を離した。鉛筆はそのまま空中に留まっている。

「今この鉛筆は落下しています」

「どう見ても止まっているように見えるが」

「ええ。まだ『次の瞬間』が来ていないためです。連続した静止画に置き換えると、今はまだ『ページがめくられている最中』と言うことになりますね」

 言い終わった瞬間。鉛筆が消えた。今は地面から三十センチほど上方に止まっている。

 バイナリィが手を降ろすと、そのまま鉛筆は落体の法則に従って地面に落ちた。

「能力のことは分かった。けどよ、これと壁抜けにどういう関係があるんだ?」

「エリックさんは、パラパラ漫画のコマとコマの間を想像したことはありますか?」

「いや。そんなこと考えたこともないな」

 普通は目に見えるものじゃない。能力者の動体視力を使えば認識できるだろうが、アニメを紙芝居にして何の得があるというんだ。

「コマとコマの間の時間は空白です。静止画はその空白を跳び越えるように現れる……刻み幅を十分にとってやれば――壁と壁の厚みを通り抜けるほどの時間まで取ってやれば、静止画が次に現れるのは壁の向こう側になります。壁に当たるという過程は、連続量なればこそ起こりうる事象。離散化してしまえば、その過程は跳び越えられます」

 わかったようなわからないような。

「つまり、コマとコマの間の時間に起きるはずだったことは、『無かったこと』になるのか?」

「ええ。しかし、コマからコマへ移動するまでの時間、ずっと残像が残り続けることもまた事実。残像に力が加えられれば、それだけ次のコマの運動に影響を及ぼします」

「つまり?」

「壁を跳び越えるまで、我々の像が前いた位置に残り続けてしまうということです。これを攻撃されると当然軌道もずれますし、ダメージも受けます」

「なるほど。だから護衛役が必要なのか。好き勝手に壁を透過できるなら、自分一人でさっさと潜入してしまえばいいだけだからな」

「その通りです。さて、どうやらこの辺りには見張りはいないようですから、さっさと先に進んでしまいましょう」

 再びの壁抜けに備え、俺たちは助走のため後ろに下がった。


「IMAGNASに関するデータ、か」

 基地に着くと、口頭での説明を受けた。曰く、解析しているのはIMAGNASのデータ。それも、設計者本人による兵器の欠陥を記したものだと。

「それを狙ってくるラストワンっていうのはどんな犯罪者なんでしょうか」

 能力の相性を考慮されたため、僕はレインメーカーと同じ警備ポイントにつくことになった。施設西側。眼下に広がるのは森ばかり。ラストワン本人は最短ルートでコンピュータを目指すから、ここから来ることは無いと予想されていたが、それでも不安な物は不安だ。

「ラストワンは、最後まで生き残ること、に重きを置いた犯罪者だ」

 横に立つネオソルジャーズの能力者、アサルトが言った。その名の通り、アサルトライフルを下げている。

「奴の目的は、人類が滅びるような天変地異、最終戦争に陥ったとしても、自分だけ生き残ること。それもシェルターに隠れたりするんじゃない。ただ超能力だけで生き残ることを考えているんだ」

自分と歳は変わらないように見えるのに、アサルトの声はとても落ち着いていた。不安や揺らぎのない、自分を知っている者だけが放つ、確かな自信。

「超能力で生き残る?」

  そんなことが可能なのだろうか。

「そもそも人ひとりが使える超能力は限られているはずでは? どんなに優れた能力であっても、それ一つであらゆる事象に対応することはできませんし」

 あれ、どうしたんだろう。アサルトは怪訝な顔でこちらを見ている。何か変なことでも言ったんだろうか。

「お前、一体何を言ってるんだ?」

「いや、超能力は一人ひとつだから、IMAGNASの情報を知ったところで何もできないのでは?」

「今更何を――」

 何かを言いかけて、しかしアサルトは口をつぐんだ。

「そうか、お前らアカデミーズだったな」

「えっ?」

 その声には微塵も悪意などなかった。どちらかと言えば、優しさ。本心からの優しさで発せられたような雰囲気の言葉なのに、何故かとても嫌な感じがする。

 そう以上語ることなく、アサルトは口を閉ざしてしまった。

「それってどういう――?」

「無駄口叩くな。敵が来る」

 質問は、レインメーカーに阻まれた。窓から窓の外を指す。人影が二つ、森を歩いてくるのが見えた。

「あの黒いジャージ。間違いない、ラストワンの子飼いだ」

 横からアサルトも覗きこむ。流石能力者と言ったところだろうか。森の中、道なき道を、さながら犬や猫のように、一目散に駆けてくる。

「あっ!」

 途中、敵は二手に分かれた片方はまっすぐこちらへ、もう片方は反対側、東側のフロアを目指している。

「これじゃ対応できない」

「焦るな。東側はサイクロンたちがいる。それよりもまずは、この近づいてきている奴だ」

 気づかれていることを知ってか知らず可、敵は身を隠そうともしない。そのまま一階にある入り口を目指して、どんどん森を進んでくる。

「今ならこっちに気づいていないかも」

 不意打ちだ。手の平に火球を作り出す。ドアを開いて外付けの非常階段を歩き、こちらに目もくれず進んでくる狙いをつける。自身の肩力と目算がかみ合った瞬間、僕は火球を投げた。

「おい、何してる?」

 こちらの様子に気づいたアサルトが、ドアを開けて追ってきた。だが、そちらに注意を払う余裕はない。タイミングが大事だ。一……二の……

「三!」

 能力解除。膜が破れ、熱エネルギーが放出されるのが分かる。電離した水素と酸素は低いエネルギー準位をめざし、結合の果てに爆発が起こる。

 爆風はジャージ姿の人影を吹き飛ばし、木の幹に叩きつけた。

「やった!」

「やったじゃない! よく見ろ!」

 アサルトに胸倉をつかまれ、無理やり非常用通路の柵から体を乗り出させる。一体どうした? 敵をやっつけたのに、何でこんなに怒ってる?

「あ……」

 吹き飛ばされた敵は奇妙に体を痙攣させると、姿勢を直して立ち上がった。感情のこもらないのっぺりとした動作で首が上がり、能面のような無表情がこちらの位置を捉える。

「どういうつもりだ? お前、手加減しただろう」

「手加減?」

「あの威力――お前の能力なら、奴の体をバラバラにすることなどわけないはずだ。お前もそれを知っていた。知ってた上で奴が死なない程度の距離で爆発が起こるように調節していた」

 こちらを認識した敵は、再び走り出した。より俊敏に、より狡猾に。木々に身を隠し、隙をうかがい、攻撃が来ないタイミングを見計らって跳び出だす。不意打ちのチャンスは、完全についえた。

「クソッ!」

 徐々に距離を詰めてくる敵に対してアサルトは銃撃を行うが、隙をついて追ってくる敵に弾丸は通じない。そして、敵が物蔭から現れた瞬間―― 

「とうとう出たか」

 体から粉が噴き上がったかと思うと、敵はその前面に、茶色の盾を浮かべていた。

「野郎!」

 弾倉を取り換えてなおも射撃を行うアサルト。だが、敵は躱すそぶりすら見せない。放たれた弾丸は、全て茶色の盾に阻まれて地面に跳ね返っていく。

「おい。大丈夫なのか?」

 奥の様子をうかがっていたレインメーカーが戻ってきた。

「一階だ。一階の裏搬入通路。敵は恐らくそこから攻めてくる。早く行け!」

 銃声に負けないよう声を張り上げるアサルト。頷くと、レインメーカーは彼の指示通り走り始めた。

「弾切れだ」

 空になった弾倉を手荒く引き抜くと、アサルトは振り返った。

「いいか。こうなったのはお前の責任だ。よく理解しろよアマチュア坊主」

「仕留めきれなかったことは謝る。加減をしたのは事実だ。でも、確保が第一だろう?」

「とことん甘い連中だな。アカデミーズってのは。救いようがねえ」

 アサルトは扉に手をかけると、息をゆっくり吐きだした。

「確保第一なんてのは表向けの方便、ただの犯罪者を相手にするときの考え方――殺るか殺られるかだ。能力者を相手にする時にはな」

「彼らも犯罪者だ。法の裁きを受けさせるべきだろう?」

「馬鹿いうな。俺たちの仕事は犯罪から人を守ることだ。犯罪者を守ることじゃない。それに、能力者を法で裁けると思うのか?」

「――どういうことだ?」

「留置所にぶち込む。ムショで刑期を全うさせる。そんなこと不可能だ。精神感応、念動力、瞬間移動――。あらゆる手段、可能性を持つ能力者を一所に完全に閉じ込める? 不可能ではないだろうが、コストも労力も段違い。能力者にここまでして守ってやる価値などない。まして、それがリサーチャーズの連中ならなおさらだ」

「えっ?」

 ドアを開いて中に入ると、アサルトはあきれたように鼻で笑った。

「なんだ知らないのか。リサーチャーズの連中は、超能力の威力を高めるために薬に頼ってる。依存性のある化学物質をしこたま詰め込んだチョコレートをな。糖分とカフェイン、それに薬物の中毒症で、奇声やチックのオンパレードだ。奴らから能力を奪う方法は簡単。薬を断てばいい。まあ、その瞬間、欠乏症の発作で、奴らの息の根も止まるがな」

「そんなの、人間の扱いじゃない……」

「当たり前だろう。実験動物と同じさ。あいつらも……」

 そこで、何かを思い出したかのようにアサルトは口をつぐんだ。

「まあいい。行くぞ」

 強引に言葉をつなぎ、アサルトはそのまま階段へと走って行った。

「そんな……」

 いくら犯罪者と言えど、仲間は大切にするものだと思っていた。それは無自覚の、勝手な期待だったかもしれない。だけど、そんな期待でも裏切られたら、怒りが湧いてくるのだと分かった。ぶつけようのない怒りではあるけれど。

「制圧――殺すしかない相手もいるのか」

 だとすると、やることは一つだ。ヒーローを目指す以上、戦いから逃げることはできない。

「行かなきゃ」

 失敗を取り返すためにも、僕は二人を追って一階に向かった。

 階段を駆け下り、灰色の壁に挟まれた前時代的デザインの廊下を抜ける。

 敵が侵入してきたであろう通路で、アサルトとレインメーカーが立ち尽くしていた。

「厄介な相手だ」

 通路の先から向かってくるのは、黒いジャージに身を包んだ少年。身長は高いが、その顔は残酷なまでに幼い。自分と同じか少し上くらい。時折肩をひくつかせるその歩き方は、さっきアサルトから聞いた話を反芻させる。

「止まれ。うかつに近づくのはまずい」

 レインメーカーが手で制止した。

「見えるか、奴を取り巻く茶色の粉。ここまで臭いが飛んでくるだろ?」

 敵が腕を交差させるたびに、そこから茶色の粉が噴き出してくる。腕についているのは、自分と同じようなガントレットだ。ということは、あの粉はあそこに入れてあったのだろうか。

「臭いで大体わかると思うが、これは結構きつい毒物だ。うかつに吸い込んだら肺がやられて息ができなくなる」

 硫黄のような臭い。火山灰のようなものだろうか。天変地異で人類すべてが滅びても、一人だけ生き残る能力――ラストワンも、よくここまでピンポイントな能力を持つ人間を見つけたものだ。

「そして」

 銃口を敵に向け、トリガーを引く。一瞬早く対応した敵が前方に手をかざすと、当たりを待っていた茶色の粉が集まり、球の平面を切り取ったような、湾曲した壁を作り出した。

「さっき俺の銃撃を防いだのはこの能力だ。何をやっているのかはわからないが、奴は壁を作って銃撃を防ぐ。飛び道具も使えない」

 敵はゆっくりと歩いてきていた。さっきまでの俊敏さとは違う、余裕を持った動き。何が変わったのだろうか? さっきと今、何か違いが?

「おい。お前の能力を試してみろ。今度は、殺す気でな」

 言われなくともやってやる。ひとまず疑問を頭の隅に追いやり、水を使って手の平に火球を生み出す。加減はしない。どうすることもできないなら、せめて一撃で

「えいっ!」

 ほぼゼロ距離。張られた茶色の壁に触れるか触れないかのあたりで、能力を解除。爆風が通り抜け、髪が後ろにたなびいていく。焦げた硫黄の臭いと共に、煙がはれたその先には

「ちっ!」

 変わらず敵が立っていた。

「効いていない」

 爆風の影響を受けることもなかったのだろう。髪型に目立った変化はない。攻撃がまるで通じなかったという現状。普通なら忌むべき事態だろうに、どこかほっとしている自分を自覚せざるを得なかった。

「間違いなく今のは加減なしの一撃だ。それは分かる。しかし、全然効いてないとは……どんな能力してやがるんだ?」

 銃撃を続けるアサルトだが、茶色の壁はまるで破れる様子が無い。

「燃焼で化合物の組成が変わっても、障壁の効果は維持され続けるのか」

 そんな敵の様子を眺めてレインメーカーが呟いた。

「何だ? 何か言いたいことがあるのか?」

「いや、少し考えていたんだ。敵の能力、その正体について」

 ゴーグルの奥で目を細める。彼は既に、何か掴んでいるようだ。

「何か分かったのか?」

「ああ。恐らくあいつの能力は、『人体に有害な物質』をせき止めることだと思う」

「『有害な物質』……あの粉のことか?」

「そう。あいつの足元を見ると分かる」

 確かに。敵がこちらに歩みを進めるたびに、まるで見えない箒で掃かれているように、落ちた粉が動くのが見える。

「敵の目的は毒殺だろう。周りに毒をまき散らす中、自分だけ無害でいられる。そうした優位な状況を作り出すことが目的なんだろう」

 そうか。

「あいつ、あのガントレットに毒の元を入れているんだ。それぞれでは無害だけど、掛け合わせれば有害になるような物質を入れておいて、交差させることで掛け合わせる」

「化学反応で有害になった瞬間、能力による選別に引っかかって、バリアの外に飛ばされる。そうやって粉をまき散らしているのか」

 感心したようにアサルトが呟く。

「当然、化学反応に使える物質には限りがある。外で能力を使ったのは、攻撃されてからだった。狭い室内じゃないと、アイツの戦略は通じないわけか」

「けど、奴の目的は屋内。外におびき出すことはできない。こちらからのアプローチは通用しないからな」

 レインメーカーが補足した。確かにその通りだ。これだけの情報では、何の役にも立たない。

「でも結局。あいつに攻撃が通用しないことには変わりないんじゃないですか? どうしようもないのでは?」

「そう簡単にあきらめるな。戦いは、論理の積み重ねだ。能力と敵の目的を考えれば、自ずと攻略は見えてくる」

 レインメーカーのゴーグルは、まっすぐ敵を見据えている。油断はないが、自身に満ちた――絶対に解決してやろうという気概のある目。

「何か、策があるのか?」

「今はまだ。だけど、わかったことがある」

「何だ?」

「一つ。奴の能力だと銃弾は防げない」

「馬鹿いうな。現に防がれてるじゃねえか」

「あれは能力を応用しているだけだ。その証拠に、銃撃に対しては、有毒物質の壁を作って防いでいる。銃弾が有毒物質に当たっても、障壁に阻まれてそれ以上有毒物質が動かないから、銃撃を防ぐ盾になっているんだ。あの茶色の壁の隙間さえ狙えれば、勝機はあるかもしれない」

「……なるほど。しかし、あいつどんな原理で盾を作ってるんだ? あくまで有害物質を防ぐのが能力の本質なんだろう?」

 ひょっとしたら。分かったかもしれない。

「静電気だ……」

「静電気?」

「微粒子は帯電しやすい。テレビの裏に埃がたまるのと同じ理屈です。あいつは、静電気を使ってバリアに張り付くように微粒子を集めているんじゃないですか?」

 それだと、手をかざすような動きにも説明がつく。

「それだ。その調子だぞ、フレイムスロアー。見えてきたな」

 悠長に話している間にも、敵は距離を詰めてくる。だが、まだ余裕はある。汚染をより確実にするためか、敵は決して走ってはこない。

「話をまとめると、あいつは服や人間、さらには銃弾を防げない。前者に関しては、人体まで能力の選別にかけると、奴自身の体が吹き飛んでしまう、と説明ができる。後者に関しては、盾を作っている所から見て間違いないだろう。近づけば何とかなるかもしれない」

「あの粉を吸い込まなきゃ、の話だがな」

「上のフロアを崩して下敷きにするってのはどうですか?」

「銃弾と同じように天井も弾くだろう。奴の能力は力じゃない、条件だ。その前提がある以上、威力の強弱は問題にならない……」

 レインメーカーは能力を使い始めた。周囲の水分が一か所に集まり、歪な水の球が肩のあたりに浮かぶ。

「多方向から同時に攻撃しよう。俺とフレイムスロアーが後ろに回って左右から攻撃する。アサルトは正面から銃撃を頼む」

「あの粉はどうすんだ? 吸い込んだらまずいだろう」

「俺はマスクがあるから多少は大丈夫。それに、さっさと片をつければいいだけだ」

「了解」

 アサルトが銃を構えると同時に、僕らは敵に向かって走り出した。

 茶色の壁に阻まれる銃弾が敵の足元に転がって行くのが見える。ここから先はいよいよ有毒エリア。大きく息を吸い込むと、行先を見定めて目を閉じ、ひとっ跳びに通過する。

 有毒物質の効果を信用しているのか、敵が何らかの妨害を用いることは無かった。

 手の平で火球を作り、振り向きざまに放り投げる。火球の原料は所詮水だ。プラズマ状態の火球を阻むことはできても、爆風と、それに伴って生まれる水を防ぐことはできないはずだ。

「何っ!」

 正面からの銃撃を防ぎつつ、敵は新たに壁を展開しこの攻撃も防いで見せた。左手に対応して壁が動き、別方向から近づくレインメーカーを阻む。どうやら、静電気を発生させる装置は、両手についているようだ。

「クソッ、らちが明かない」

 その後何度か攻撃を試してみたが、一向に敵の隙を突くことは叶わなかった。爆風に巻き込まれる可能性があるため、レインメーカーは僕と同時攻撃することができない。そのため、障壁を動かすのに十分な時間を、常に敵に与えてしまうことになる。

「そろそろ、毒が危険になってくる」

 何か、策が必要だ。この状況を破る策が。

「やはりな。あいつ、目視で状況を確認している。ならば……」

 ふいに、レインメーカーが呟く。そして

「うわっ!」

 浮かんでいた水球が、急速にしぼんでいく。それに伴って、視界が霧で覆われた。

「能力を、解除したんだ」

 レインメーカーの能力は飽和水蒸気量の操作。能力を解除することで、水球は水を保持しておくことができなくなり、水蒸気に変わって周囲へと分散していく。多量の水分はしばらくは完全に蒸発することなく、微小な水滴として、霧を発生することになる。

「これで、どこから攻撃するかわからない」

 だけど、それはこちらも同じだ。レインメーカーの位置が分からない以上、フレンドリーファイアを避けるためにうかつに攻撃はできない。

 そうして成り行きを見守っていると

「あっ……」

レインメーカーの姿が見えた。そして、敵の姿も。

「クソッ! まさか、ここまで考えていたとは」

 両者の間に、茶色の壁は存在しない。にも関わらず、レインメーカーは見えざる力で接近を阻まれていた。

「これだけ長時間近くにいたんだ。当然予想すべきだった」

 レインメーカーが再び水を集め始めたのか、霧が晴れてきた。しかし、その行為に何の意味があるのか。敵はバリアに阻まれているレインメーカーへと踏み出した。背後には、コンクリートの壁、このままバリアと壁で、押しつぶすつもりなのだろう。

「こいつ、有害物質が服に付着するのを待っていたんだ!」

 接近を繰り返せば、当然散乱する有害物質の中を何度も通ることになる。そして、微粒子が付着するのは、そう難しいことではない。十分服や体に微粒子を付着させ、バリアを通れなくなったところを攻撃する。それこそが敵の狙いだったのだ。

「ぐっ、ああああ!」

 レインメーカーの押し付けられた壁に、ヒビが走って行く。対する敵は、なんの労力も感じていない。ただ歩いているだけだ。その手が板チョコを取り出し、口元へと運ぶ様が見えた。こちらが攻撃できないと知ったうえでの、余裕。対するレインメーカーは、いまだ水球すら作れていない……。

「……あれ?」

 いや違う。チョコレートを口へと運ぶ、その手首。ふわふわと浮かぶ水球が、徐々にその輪郭を表していく。そして

「あぶぇえばばばぁ!」

 余裕の表情でチョコレートをほおばっていた敵が、何の前触れもなく痙攣し、倒れた。

「間に合ったか」

 マスクの端から血を流しながら、レインメーカーは着地した。敵が気絶したせいなのだろう能力は解除されている。毒の影響を避けるために、レインメーカーはその場から素早く離れた。

「あれは、一体?」

「お前のおかげだよ。フレイムスロアー」

「僕の、おかげ?」

「奴が静電気で微粒子を集めているってのを思い出してね。感電するように奴の手首に水を集めた。水は有害物質じゃないから、奴の能力じゃ防ぎようがなかったわけだ。能力の射程上、近づかなきゃできない芸当だったけど」

 あの推測は無駄じゃなかった。それを思うとなんだか救われた気がした。

「おい。無事か」

 アサルトがこちらにやってきた。

「どうだろうな。さっきのでだいぶ肋骨にダメージがある。あと有毒物質がだいぶ付着してるのも見過ごせないな」

「無理はするなよ。ヤバイなら奥で待機していてくれ。足手まといの世話をする余裕はない。しかし……」

 アサルトは倒れた敵に目をやった。

「こいつ。まだ息があるな」

無造作にその手が銃身を掴み、敵の頭に狙いをつける。これでいいのか? 犯罪者だからといって見殺しにすることが?

「やめろ」

 トリガーが引かれる寸前、思わず伸びた右手が、銃身を掴んでいた。

「おい。何をする」

あれだけの発砲。銃身は恐らく相当の熱を持っているのだろう。だが熱を封じ込める手の平は、まるで影響を受けることなく頭から狙いを引き離した。

「やっぱり、殺すなんてダメだ」

「馬鹿いうな。仲間が殺されかけたのを見ただろうが」

「でも、僕らは生きている。彼にも、その権利はあるはずだ」

「お前、さっき説明したことをもう忘れたのか? こいつらぶち込んだ所で、牢屋の中でのたれ死ぬだけだ」

「ラストワンを逮捕すれば、チョコレートの供給ができるはずだ。それを解析すれば、依存症も治るかもしれない」

「全部仮定の話じゃねえか。いいか! こいつは敵なんだよ!」

 敵だから、ただそれだけで納得できるはずがない。そんな理屈で押し黙るのが、ヒーローであるはずがない。

「彼らはもともと、僕らと同じだったはずだ。ラストワンに目をつけられたから、こんなことになっているだけ。やり直すチャンスを与えるべきだ」

 遠くで、爆発音が聞こえた。既に別の地点で戦闘が始まっているのだろうか。

「時間の無駄だ。好きにしろ」

 アサルトは銃を降ろした。

「レインメーカー。大したものだよ。アカデミーズを呼んで正解だった。能力者の相手は、能力者。これは間違いないだろうな」

 横目で僕を睨みつけながら、アサルトはレインメーカーに言った。

「だが、アンタの傷は軽いものじゃない。悪いけど、このぶっ倒れた敵を背負って奥の部屋まで戻ってくれないか。足手まといがいると危険なんでな」

 横柄な物言い。だが、レインメーカーは素直に従った。

「ああ。わかった」

 立ち上がり、倒れた敵に肩を貸した後、こちらを一瞥。

「チャーリー」

「はい」

「論理的に考えを積み立てること。忘れるなよ。勝機はそこから生まれる」

 まだ何か言いたそうにしていたが、結局それ以上口を開くことなく、レインメーカーは歩いて行った。


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