第三章 IMAGNAS ①
少し、慣れて来たかもしれません
ただ、やはり掲載時にどうなるかわからないので、難しいですね
第三章 IMAGNAS ①
機密情報局ラプラス。かつて世界に争いに満ちていたころに、ネットワークの動向を監視していた組織は、形を変えて今もひそかに活動を続けていた。
ネットワーク上に流れる情報をくみ取り、真偽や重要性などを吟味しより分ける。それが現在の組織の仕事。そしてこの日、彼らはネットワークの海からある情報をサルベイションすることになる。
「主任。見てください」
若きハッカーに呼ばれ、主任――パトリック・ロウアーは席を立った。
「どうした?」
「真偽は分かりませんが……その、こんなものを拾いました」
ファイル名――IMAGNAS 出所は不明。特殊な暗号で構成されており、即座に解読できるものではない。
「これは――!」
この暗号。見覚えがあった。かつて自分と共に働いていた人間。国防、軍事に携わる情報の世界に身を置きながら、真に世界の平和を願った――そして実現した狂人。この暗号は彼しか知らないはずだ。完成させる前に、自分の前から消えたのだから。
「回収して独立のメモリに保存しろ。ネットワークにつながっていないものにだ。それができたら、ネットワーク上にあるこのファイルを全て消せ」
「え?」
「いいから早くやれ。これは本物だ」
さすがにいきなり言われたら面食らうだろう。だが、彼は優秀だった。若きハッカーは指示通りに、ファイルを小型の情報素子に入れた。
「一体何なんですか? これ?」
「私にもわからない。だが、これはIMAGNASを作った人間の手で作られている」
「まさか――」
察してくれたようだ。彼の話はラプラスの中では半ば伝説と化している。
「だとすると、これは一体なんです?」
「わからん。解析してみなければな。だが、そのためには――」
この施設ではダメだ。ネットワークに繋がっていない演算機が必要。
「サイバーテロ対策でここから二十キロ東に独立したコンピューターが隠してある。今日の業務が終わり次第、そこに向かおう」
「わかりました――⁉」
その時だ。突如甲高い音が施設内にこだまする。地震や水流などの自然現象の物ではない。まるで電ノコでコンクリートを切断しているかのような――
「侵入者! 侵入者!」
アラート共にディスプレイに監視カメラの映像が映る。
「能力者か……!」
「まさか、このファイルを奪いに?」
ありえない話ではない。テレパスか、あるいは千里眼のような能力か。如何にセキュリティを強化しようと、世界そのものを歪める彼ら相手では力不足だ。黒を基調としたジャージのようなスーツ。そして、奴が腕を掻くたびに起こる不可解な破壊現象。間違いない敵は犯罪者、ラストワン子飼いの能力者だ。
「ヒーローに連絡だ」
「もうやっています」
緊急通信で信号を送る。かつて軍人だった彼とは付き合いも長い。すぐに来てくれるはずだ。
「至急、出動を――」
若きハッカーの声はあの電ノコのような音にかき消された。コンクリートのシャッターが四角く切り取られ、切断したブロックを蹴飛ばして黒いジャージを着た人間が現れる。
「さて、ここですね」
年は十五を越えたくらいか。声自体は落ち着いているが、その雰囲気は異常にせわしない。常に左右に揺れ動く両目に、小刻みに振動する膝。時折肩を引くつかせるその動作は、ひきつけの発作を起こしているようにさえ見える。
「なるほど、銃を用意していましたか」
机の影に身を隠した職員を視界に入れることもなく、その能力者はつぶやいた。揺れ動く両目が一点に定まり、貧乏ゆすりが止まる。
机の陰で銃を取り出した職員たちは、物蔭から緊張した面持ちでそれを眺めていた。
「この部屋まで到達したということは、奴、表にあったセントリーガンを突破してきたということではないですか?」
ヒーローへの連絡を終えたハッカーが問いかけてきた。
「相手は能力者だ。何かトリックを使ったのかもしれん。電子機器を無効化するようなものをな」
とはいえ、パトリック自身もそれが何の慰めにもならないことを自覚していた。奴らは平気で銃弾を避ける。これだけの密度、多方向からの射撃には対応できないと思うが、それでも何一つ安心できる要素はない。彼らに対抗できるのはヒーローだけだ。
「全部で二十、ですか、なるほど」
能力者がそう告げた途端、職員は一斉に銃撃を開始した。
「コゥアー!」
奇声を上げて、能力者は真横へ跳んだ。柱の間、左右には壁のくぼみがある。錯乱したか? これでは弾を避けることはできない!
「静止していただきましょう」
だが、敵は何らうろたえることなく、袖口から何かを取り出した。銃口がその姿を追っている間に、瓶詰にされた何かをばら撒く。粉だ。小さな粉は光を反射し、彼の全面に薄いヴェールを作り出す。発砲。銃声を聞く直前に、パトリックは彼が縦にかざした右腕を水平方向に掻くのが見えた。
「くっ!」
再び例の音が聞こえた。さっきよりも強烈だ。耳を塞がなければ耐えられない。
その強烈な音響攻撃が終わったその時、敵が無傷で柱の隙間から歩み出てくるのが見えた。
「やれやれ、ヒーローに連絡をされましたか。これは厄介ですね」
足元に散らばった銃弾をまたぎ、能力者は頭を振りながらつぶやいた。まだ弾が残っていたのだろう、彼の死角へ移動した職員の一人が、震える手でその頭に狙いをつける。
能力者はその姿を一瞥することもなく、手近の机にあったボールペンを投げつけて、彼の手に突き刺した。
「おや、急所を外してしまいましたか」
声は平静だが、多少苛立っているようだ。貧乏ゆすりが激しくなっている。能力者が腕を掻くと、ボールペンの刺さった職員の手がはじけ飛んだ。
「連絡したのは――」
跳躍。およそ人間では考えられないジャンプ力により、能力者はパトリックの隠れる机の上に着地した。
「あなただ」
何故わかった――そんな疑問を口にする間もなく、能力者の腕がパトリックの胸倉をつかむ。机に立膝になりながら、敵はパトリックを吊り上げその顔を鼻先まで近づけた。
「そして、あなたが持っている。そうでしょう? 出してください」
「何の話だ?」
「コゥアー!」
奇声と共にその体が大きく痙攣し、能力者の顔が歪む。
「データですよ。あなたメモリに移し替えましたよね。出してください。そのために来たんですから」
視界の外で狙いをつけた人間にまたもボールペンを投擲し、能力者は息を吐きだした。
胸倉をつかむ右手とは反対側、震える左手で懐に手を伸ばし、銀紙に包まれた板状の物体を取り出す。
「はむっ、早く、だ、はむっ出してください」
その物体を貪り食いながら、揺れる瞳孔でこちらをねめつけてくる。口元から零れ落ちる破片は茶色。チョコレートだ。
クソッ。どうにかならないのか。下で震える若きハッカーに目で合図を送る。時間を稼ぐから、自分だけで逃げろ――。
「ひょっとして、そちらの方ですか?」
左右に揺れていた瞳が止まる。まずい。能力者はすでに板チョコを懐に戻し、改めて若きハッカーに左手伸ばし始めている。ああ、ヒーローはまだ来ないのか――
*
「ええと、何を話そうかな。こういうのは初めてだし、あんまり話が上手な方でも」
これじゃ、ダメだ。もう少し短くまとめないと。
「やあ、元気にしてる? 僕は――」
「何してるんだ?」
「わあ!」
びっくりした。誰も部屋には入ってこないと思ったのに。
「レインメーカー…… なんでここに?」
「いや、外を通ったらなんかぶつぶつ聞こえて来たから。お前何をしてたんだ?」
確かに、部屋は二人で共有だ。そういう意味ではプライバシーなんてものはない。
「ビデオレターの、練習を」
「ああそうか。そろそろだったな」
エースアカデミーは定期的に家族のもとに送るビデオレターの撮影を行っている。このネットワークが発達した時代になんでこんな前時代的な方法をとるのか。説明だと、安全性に配慮してのことらしい。身内にヒーローの卵がいる、と知れたら、犯罪者に狙われてしまう可能性があるからだと。
「まあ、そんな緊張するなよ。お前はどうも考えすぎる癖があるからな」
ビデオレターは郵送で届けられる。もちろん巧妙に偽装されたうえで。返事が返ってくることはまずない。
「でも、使える時間は限られてます。十分しかない。伝えたいことはたくさんあるのに」
「いっぺんに全部喋らなくてもいいんじゃないか? ビデオレターは一度きりってわけじゃない」
「そうですけど……」
「なんだ?」
「いや、なんでもないです」
こんなこと、話したってしょうがない。
「おいおい、水臭いこと言うなよ」
レインメーカーが微笑みかける。
「家族のことか?」
「はい」
こういうこと言うのは、ちょっと女々しいというか、情けないものだと思う。
「僕は、一人っ子なんです。両親と一緒に、郊外の一軒屋に住んでいました。父は教師、母はジムのトレーナー。そんなに裕福なわけでもないですが、家族の仲は良かったんです」
「そうか……さびしいんだな」
やっぱりこの人にはかなわない
「はい。一回に送れるメッセージは十分きり、それに一方通行で返事もない。どうにかして、安心させてあげたいんです」
「俺と同じだな」
「えっ?」
同じ? レインメーカーにもこんな時期があったのだろうか。
「俺の父親も教師だった。俺も最初はこんな風に悩んでたんだな」
しみじみと自分に言い聞かせるように、そう言うと、レインメーカーはドアに手をかけた。
「訓練があるから、もう行くよ」
「あの、止めたりはしないんですか?」
「止める? 何をだ?」
「いえ、その、この練習とか」
何を言ってるんだろう。夜、能力の練習をしていた時のような言葉を期待しているんだろうか。
「いや。止めたりはしないさ。これについては、じっくり悩んでもいいと思う。訓練をおろそかにしないならな」
そう言って、レインメーカーは部屋かれ出て行った。
*
侵入者の指が襟首を捉えるかと思ったその瞬間。
「くたばれェ!」
突如窓ガラスが破られ、鉛弾ともに人影がなだれ込んできた。引き金を引くのは、その先頭に立つ人物。両手に構えたオートマチック拳銃が敵能力者目がけて火を噴いた。
「ぐぁっ!」
首にかかった手が離れ、パトリックは床に尻もちをついた。回避を試みた敵能力者であったが、面食らったのか避けきることはできなかったらしい。割れた窓を通じで聞こえる、ヘリのローター音。技術の進歩で音は抑えられているが、これだけ近いとやはり存在を意識せざるを得ない。
「ジャックナイフさん!」
「待たせた」
二丁拳銃の後に続き、悠然と室内に入り込んでくる大柄な人物。ミリタリージャケットに身を包んだ傭兵ヒーロー、ジャックナイフが到着した。
「いたぁい……とても痛いですね……」
銃弾を受けたのだろう。身を隠した机の影から敵能力者のうめき声が聞こえる。
「ヒーローのお出ましですか。これは勝ち目がないですね。それもこんなにお仲間をぞろぞろ引き連れて……」
腕を抑えて立ち上がる能力者。二丁拳銃が火を噴くが、弾が発射されるよりも先に、敵は横にある柱の影へと跳んだ。
なおも続く銃撃。二丁拳銃を撃っているのもまた能力者なのだろう。彼は跳弾を利用して、柱の陰に立つ敵に狙いをつけることまでやってのけた。たまらず影から飛び出すが、そこには既にもう片方の弾丸が撒いてある。銃弾を目で追うことのできない人間の視界からでも、パトリックはその射撃がタクティカルなものであることを無意識に理解した。
「ああ……」
再び銃弾を受けて、敵は無様に転倒した。懐から零れ落ちた瓶が開き、粉末を床にまき散らす。あわてた様子でそれを拾うと、敵は一目散に部屋の出口目がけて走った。
「逃がすか!」
二丁拳銃の彼が、射線を確保するために追いかける。床にこぼした粉末には、だれも注意を払っていない。パトリックは嫌な予感がした。
「ぐぉおお⁉」
追跡を行っていた彼が、突如足を抑えて叫びだす。
「どうした!」
他に敵が来ないか否かのクリアリングを行っていたジャックナイフが、素早く彼の元に駆け寄る。
「わかりません。何か鋭利な刃物で足を切られました」
「刃物だと」
当然、そこにあるのは粉末だけだ。ジャックナイフは舌打ちをして顔を背けた。
「これだから超能力は……!」
ジャックナイフはその信条により超能力を使わない。彼の子飼いの能力者も、皆筋力技術に優れた者だけであり、超能力を使う者はいないのだ。現実的な戦闘手段にとって代わり、見栄えや自己実現のための非合理的戦闘技術であるとして、軍人上がりの彼はその価値を認めることができないのだ。
「あの、参考になるかわかりませんが……」
若きハッカーがおずおずと問いかける。
「なんだ」
「あの能力者、目視することなく我々の銃撃を予測しました。完全に死角に立っていたにも関わらず、返り討ちにあった者もいます。ひょっとしてテレパスか何かを使っているのではないでしょうか」
「それはない」
ハッカーの案を、ジャックナイフはバッサリと切り捨てた。
「奴はリサーチャーズ――ラストワン子飼いの能力者だ。ラストワンの目的は人類が全て滅ぶような事態になっても、自分一人超能力の力で生き残ること。第三者の存在が前提にあるテレパスは、奴の信念に反する」
となると、別のやり方で攻撃を察知したことになるな。考え込むジャックナイフの先で、敵は今まさに部屋から逃げようとしていた。
「あの、アイツが……」
「わかっている」
彼は動こうともしない。敵が壁に開いた穴に足をかけようとしたその時。
「あっ!」
ふいに影が動いた。いや、影ではない。人だ。いつの間に移動していたのだろうか。ジャックナイフの仲間であろう、ナイフを握った少年が、敵能力者に向かって攻撃を仕掛けていた。
しかし……
「躱した、だと?」
ジャックナイフの表情は暗い。完全に不意をついたかに思えたが、敵は一瞬早く踏込み、見事壁の向こうへと逃れてしまった。
「まただ。さっきもこんな風に、敵は不意打ちを躱していました」
「ナイフエッジの技量があれば、まず人間の五感で気づかれることはないはず……。あいつの能力、正体はなんだ?」
考え込むジャックナイフ。そんな彼を見て若きハッカーは泣きついた。
「そういうこと言っている場合ですか? 逃げられてしまいますよ?」
「その心配はない」
その言葉を裏付けるように、シャッターの向こうで爆発音が上がった。
「えっ?」
「ボマー――仲間の一人だが、彼があらかじめ仕掛けておいた。高分子爆薬を、入り口にな。死体も確認できた」
インカムからの報告を受けているのだろう、ジャックナイフはひとしきり相槌を打った後、通話を切った。
「それじゃあ、いったい何のために、ナイフの彼は攻撃を行ったのですか?」
「念のためだ。それに、ナイフエッジの攻撃が外れたとしたら、敵の能力を知る手掛かりになる。敵の能力はいずれラストワンが手にする。いや、すでに手に入れているのかもしれないからな」
そう言いつつ、ジャックナイフはシャッターの切断面に手を当てて調べ始めた。負傷した足に応急手当てを施した、二丁拳銃の彼が、その後に続く。
「特徴的な断面だな。これは刃物による切断ではない。何かを繰り返しぶつけてできた傷。まるでレーザーのような……」
ある程度検分を終えると、ジャックナイフは振り返った。
「何故敵が襲ってきたのか心当たりはあるか?」
「恐らくは、このデータだと思います」
情報素子を手渡す。
「ネット上でこのデータを発見しました。サルベージ後にデータは全て消去したのですが」
「何のデータだ?」
「IMAGNAS」
「それを入手したのは?」
「五分ほど前です」
「なるほど……」
しばらく考え込んだ後に、ジャックナイフは告げた。
「とりあえず。身を隠せる場所が必要だろう。子飼いがやられたと知って、ラストワンは本腰を入れてくるはずだ。当てはあるか? すぐに出発したほうがいい」
「一応は……」
サイバーテロ対策でサーバーから独立した演算機を置いてある施設が近くにある。そこでなれデータの解析を行うことができるだろう。
「あの能力者がそのデータを狙ったのは間違いない。とすると、どうやってその存在を知ったかだが」
荷物をまとめている間にも、ジャックナイフは考え込んでいた。
「音……か?」
床にまかれた粉末。仲間の足を切り裂いたそれを撫でると、ジャックナイフは結論付けた。
「音。そうだ、音だ。恐らく敵は音を司る能力を持っている」
「音?」
「発動条件は分からないが、物を振動させる能力を持っているのだろう。その力で扉を破壊し、ストックの足を切り裂いた。粉を高速で振動させることで」
「敵がこちらに気づいたのは?」
「逆もまた然り、と言う奴だ。物体を振動させるだけでなく、能力の影響下にある物体が振動しているかどうか判別できるんだろう。その波形までな。あらかじめ部屋に入った時に近くにあったものを、敵をサーチするための鳴子に変えておいた。だから窓ガラスから飛んできたストックの銃撃は躱せず、物蔭から近づいたナイフエッジには気づいた」
「ですが、それだと我々がデータを入手したことに気づくことは……」
「あらかじめ服や社員証を鳴子にされていたんだろう。職員の銃撃に気づいたのもそれで説明がつく。ハックじゃない。コンピューターと言う文明が前提にあって初めて成り立つハッキング能力はラストワンの信条に反する」
情報はすべて筒抜けだった訳か。パトリックはふがいなさを感じた。無力感も。
「準備はできたか。行くぞ」
ヒーローに連れられヘリへ乗り込む。ジャックナイフはどこかに連絡を取っていた。
「能力者が相手だ。詳しい奴の助けがいる」
通話を終えたジャックナイフが言った。
「アカデミーズに連絡を取った。異論はないな」
ヘリング・エースの子飼い。協力者としてはこれ以上ないほど申し分ない。
アンチェインドでなくてよかったと、パトリックはほっと胸をなでおろした。
*
「最近仕事無いね」
頭の中に響く声。その主は、頭のすぐ隣にいる。
「前回のダメージがひどかったからな。療養のために休暇をもらったんだ」
やることもなくソファに寝転がる午後。ずっとこうだと退屈してしまうが、たまには悪くない。
「このままずっと、何の仕事もなきゃいいのにね」
「そういうわけにはいかないさ。立ち行かなくなっちまう」
「こんな組織無くても私は生きていけるよ。心が読めればいろいろできる……」
「そう甘いもんじゃない」
賭博に手を出せばイカサマとして、ギャングや他の能力者集団とことを構え、占いに手を出せば、何の後ろ盾も持っていないとして即座に追放、犯罪行為を働けば、ヒーローかその子飼いに目をつけられて、あっという間にお陀仏だ。俺たちは、組織の庇護なしには生きられない。
あえて声には出さなかったが、テレパスの彼女なら言わんとすることは理解できるだろう。あくまで正論。だが、なんとなく後ろめたくなって、俺は寝返りを打った。
「そうだよね。じゃあ、組織を乗っ取るってのは? 私がボスになったら、エリックを危ない目には合わせない」
その軽薄な物言いに、ふいに怒りが湧いてくる。相手は年下。まだ子供。それはわかっているが。
「あ……ごめん」
心を読まれたのだろう。言いたいことを先に察され、怒りは行き場を無くして肚の中に落ちていった。
「この組織を維持するために、レジスターも苦労してるんだ。決して楽な仕事じゃない。彼女でなければできない仕事だ」
市場や金の流れを読み、コントロールする能力。超自然の力ではないが、それがレジスターに与えられた能力だ。俺たちの誰も、真似することはできない。
「私とじゃ、やりづらいよね」
答えの出ている問いだ。そもそも質問の出所が、答えそのものに直結している。答える代わりに、俺は逆に問いかけることにした。
「他人の言葉はどれくらいわかるんだ。その、つまり、考えてることが、ってことだけど」
「全部。言葉にならないことも含めて」
言葉にならないことも、か。
「人間は考える時に、全部が全部言葉で考えているわけじゃない。時折関連するイメージが映像や匂いや音で現れる。考えているというのとはちょっと違うかな。無意識に言葉を回していると、って感じ。そういう時は感覚がより具体的に現れる」
「言葉の理解が早かったのもそのせいか?」
「うん」
他人の言葉を頭に入れると同時に、それに付随するイメージを五感で追体験する。定義や具体例の理解度は、段違いだろう。
「なるほど……いや待てよ?」
それだと、まずいんじゃないか? うちははぐれ物の能力者集団の集まり。犯罪者の下で働いていた連中ばっかりだ。どんなろくでもない言葉を拾ってくるかわからない。たとえば――
「よっしゃああ! 報告終わりっ! 今からあの女をハメるって考えただけでギンギンになってくるぜ」
――こんな風な。
「おい。アイアンロッド、あまり騒ぐな」
部屋に乗り込んできたアイアンロッドをロックが後ろから引き留める。
「いいじゃねーか別に。仕事終わった、し……」
目があった。意気揚々と得物である金属製の棒を振り回していたアイアンロッドは、一瞬ぽかんと口を開けた。
「ひょっとして、お邪魔だった?」
「いや、そう言うわけじゃない。ただ……」
横目でちらっとヘッドセットをうかがう。俺の心中を読み取った彼女は、いたずらっぽく微笑みかけてきた。マジかよ。
「なんでもない」
別に今更どうこう言ったってしょうがないだろう。そう自分に言い聞かせたが、冷や汗は止められなかった。
「あ、そうそう。玄関に誰か来てたぜ?」
「何? 誰だ?」
「いや、知らない。うちに用事があるって言ってたけど、怪しいからまずレジスターに話をつけなきゃまずいと思ってさ」
別組織の人間? 何か取引を持ちかけに来たのだろうか。ヒーローの手先だったら最悪だ。
「連絡を頼む。俺は様子を見に行くよ。ちょうど退屈していたところだ」
相手の素性は分からないが、こちらにはテレパスがいる。念のためヘッドセットを背中に隠して、俺はその訪問客に会いに行った。
「どうも。ストレイドッグの方ですね。私はバイナリィと言います」
出迎えたのは白衣の男だ。歳は自分より少し上、十八かそこらだろうか。ピラミッドとコンパスを掛け合わせたような黄金色のマークが胸元についている。
メガネはしていないが、学者のような雰囲気だ。こんな掃き溜めにはふさわしくない。
「そうか。俺はエリック。後ろのこいつはヘッドセットだ」
「今日はあなた方にお願いがあってきました」
やはり、何かの取引か? それにしても、こんな相手は初めてだ。
「正式な取引だというのなら、ボスに話を通してもらおう」
「もちろんそのつもりです。既に連絡されているでしょう」
アイアンロッドの声がかすかに聞こえる。ヘッドセットは相手の言葉にうなづいた。
「そこで待ってるのもアレだからな。入りな。話は聞いてやる」
「ありがとうございます」
正直見知らぬ人間を中に招き入れるのはどうかと思ったが、何かあればヘッドセットが言うはずだ。俺は白衣の人間――バイナリィを暖炉前のソファーに案内した。
「悪いけど、紅茶やコーヒーなんて洒落たものは出せないぜ。水で我慢しな」
「いえいえ。お心遣いありがとうございます」
やりづらい相手だ。俺は無言で、レジスターからの返答を待った。
「話は聞いた」
返答は電話口からではなく、玄関から届けられた。外面向けにばっちりメイクを決めたレジスターが部屋へと歩いてくる。
「あれが、うちのボス。ストレイドッグのリーダー、レジスターだ」
「どうも。レジスターさん。イクエイションの能力者、バイナリィです」
イクエイション。どこの子飼いだ? 歳と身なりからなんとなく予想はしていたが、こいつもどこかの犯罪者の元で飼われている能力者ということだろうか。
「イクエイション? プレディクトの子飼いの?」
レジスターは知っているようだ。怪訝な顔をしていたが、すぐに合点が行ったという調子で話し出す。
「つまり、行き場を無くして、私達ストレイドッグに入りたい、とそういうことかしら?」
どうやら、こいつらのボスはヒーローに逮捕されるか、殺されてしまったらしい。そう言えば、プレディクトと言う名前は、ラジオでちらっと聞いたことがある。
「いいえ。違います」
しかしバイナリィはレジスターの話をばっさり切り捨てた。
「将来的にはそれも必要になるかもしれませんが、私の話はもっと急を要するものです。あなた方に、あるミッションの手助けを頼むために、私はここに来ました」
「仕事の依頼、ということか?」
俺たちの仕事相手は、基本人間で構成されたギャングだ。人間では為しえないことを実現するため、あるいは単に護衛やヒットマンとして、ストレイドッグの面々は駆り出される。だが
「能力者が能力者に依頼か。初めてのケースだ」
そこだ。一体何を頼むつもりなのか、皆目見当もつかない。まさか、プレディクトの脱獄か? そんなリスクを背負い込むわけには
「仕事の内容。それと、報酬について聞かせてもらおう」
舐められたら終わりだ。レジスターはその点をわきまえていた。
「あるものを盗み返していただきたいのです。正確には、あるデータ、ですが」
「データだと? うちにはハッキングができる能力者はいない」
これはハッタリだ。恐らく、相手がどれだけこちらの手の内を知っているのか試しているのだろう。バイナリィは特に否定はしなかった。
「ハッキングに関しては、問題ありません。私が行います。ポイントは、建物への侵入、そして、私の護衛です」
「護衛……どこに侵入するつもり?」
バイナリィは、無言で図面を差し出した。
「ネットワークから独立した演算基地です。それゆえに物理アクセスの必要があります。アクセスポイントは施設の最深部。現在この施設はヒーローと、複数の能力者に守られています」
「ヒーロー……? 奴らとことを構えるのは御免よ。私は慎重派なの」
「あくまで潜入です。うまくいけば表沙汰にはならない」
「敵は?」
「ジャックナイフと、彼の子飼い、ネオソルジャーズです。アカデミーズからも三人ほど護衛が来るようです」
「精鋭ぞろいね。悪いけど、この話は……」
「IMAGNAS」
会話を切り上げようとしたレジスターに割って入り、バイナリィは決断的に告げた。
「それが、何?」
「今回の報酬です」
「そんなもの、ちょっと金を積めば簡単に手に入る」
「いえ、渡すのは兵器そのものではありません。IMAGNASの秘密――弱点です」
「弱点⁉」
IMAGNASは完全な兵器のはず。欠点は存在しないはずだ。
「何故そんなものを? あなたが?」
「簡単な話です。アレを作ったのは我が主。プレディクト様であるからです」
そこからバイナリィは流れるように語り始めた。
「IMAGNASを開発したプレディクト様は、その致命的な欠点も認識していました。けして修正することのできない欠点――その欠点を記したデータを彼はネットワーク上に残していました。物理媒体では盗まれる恐れがある。自身の脳を端末に接続し、リアルタイムで解除パスコードを変更し続けることで、プレディクト様はその秘密を守ってきました。しかし、主は投獄された……。ネットワークから庇護者が切り離されたため、データはネットの海を漂うことになりました。気づいた時には――すでにサルベージされた後でした」
にわかには、信じがたい話だ。だが、真偽はすぐにわかる。
「嘘は言っていない」
ヘッドセットの声が頭に響き渡る。レジスターは考え込んでいた。あまりにもリスクの大きい賭け。だがその分、見返りも大きい。
「サルベージしたものの、解析には時間がかかります。しかし、そう悠長に待つことはできない」
「わからない点が、一つ」
レジスターはもう声を取り繕っていない。虚勢ではなく、真剣な意志のみで言葉を発していた。
「なんでしょう」
「何故、サルベージした人間がデータを得ることはよしとしないのに、私達にそのデータを報酬として渡す? そこが知りたい」
沈黙。何か考えがあるのか? ヘッドセットに目を向けるが、彼女は首を横に振るだけだ。嘘はつけないはずだが、一体――
「それは」
バイナリィが口を開いた。
「それは、彼らが政府側の人間であり、あなた方、犯罪者、反政府側の人間であることに起因します」
「どういうこと?」
「我らが主、プレディクトは、『世界を平和にするために』IMAGNASを開発しました。核を越える抑止力として、完全に争いを終結させるよう機能させるために」
平和のため、だと? 正気でそんな真似ができる人間がいるとでも?
「その方法が正しいか否かの判断はあなた方に任せます」
ヘッドセットはやはり首を横に振り続けている。つまり、事実はどうあれ、バイナリィはそれを信じているということだ。
「政府や力のあるものにこの情報が渡れば、再び争いが生まれるでしょう。それは主の望むところではありません」
「私達がその情報売り払ったり、悪用しないという保証はどこにあるの?」
「それは――あなた達を信じるほかありません。我々は戦闘が苦手ですし、主の逮捕で仲間も散り散りになっている現状です。あなた達しか頼れるものはないのです」
その殊勝な態度に反して、ヘッドセットは怪訝な表情をしていた。
「嘘を言っているのか?」
心の中で問いかける。返事はノーだった。
「違う。嘘は言っていない。でもこの人、絶対の自信がある。私達が情報を手にしたとしても、決して悪用しないという自信が」
まるで分らない。結論は全てレジスターにゆだねられた。
「この件に派遣できる人間は一人が限界。それで構わないというのなら」
「ありがとうございます」
どうやら、取引は成立したようだ。
「それじゃあ、エリック。あなたに任せるわ」
「なっ……」
俺が? そんな……。このリスクの高い任務を? ショックだ。単に仕事が危ないというだけではない……期待していたのだろう、自分が彼女の特別であると。
「よろしくお願いします」
差し出されたバイナリィの手を、曖昧な感情のまま握る。ヘッドセットは、俺の感情を受け取ったのか、感情を押し殺すような目つきで成り行きを見守っていた。
恐らく三章はパート③まであります




