第五章 真実 ③
ようやく戦闘です
次からは最終章が始まります
第五章 真実 ③
「これでどうだ?」
「いい表情ですね。もう少し下からのアングルも取りたいので、照明を調節しましょう」
声だ。声が聞こえる。エリックに連れられて向かったのは、一昔前に建てられたような赤茶けたレンガの壁を持つ一軒家。街中に建てられたそれは、禁酒法時代の名残か、地下にだだっ広い空間を有していた。マフィアが、裏取引で使っていたような。
地上には誰もいなかった。一見すると無人に見えるだろう。だが床に備え付けられていた隠し扉を開くと……今眼前に広がっている空間が姿を現すわけだ。
「地下だぜ。奴ら、逃げ場がない。チャンスだ」
隣についてきていたジャベリンが、興奮したようにいった。
「それは、俺たちも条件は同じだ。情報が正しければいいが」
飛び込んで行こうとするジャベリンを、そばに立つ能力者、筋骨隆々のロックが諌める。
「まずは、ライブジャックがいないことを確認しないとな」
ライブジャック――今回の僕らのターゲットはその子飼い能力者集団、ナイトメアキャストだ。話しによると、ライブジャックは元映画監督。異色の経歴を持つ犯罪者だ。感動を理詰めで作り出す映画産業に辟易した彼は、より原始的でむき出しの感情を求めて、デスゲームやスナッフビデオを撮影し続ける犯罪者と化した。
「ふざけた犯罪者だが、こんな奴でも組織のボスだ。相手にするのはリスクが高すぎる」
階下で交わされる会話に再び耳を傾けるエリック。事前の情報ではライブジャックは出かけている。その様子を目撃した人間がいるという話だ。だが、油断はできない……。
「えっ?」
ふいに視界がぼやけ始めた。焦点が合わない。眼前にある物体が、角のとれた丸いシルエットに変わっていく。
「なんだこれは……?」
どうやら、僕だけじゃないらしい。ぼやけて見える他の三人も辺りを探るように手を動かしていた。そして
「敵だ!」
階下から上がる声、どうやらさっきのぼやけた視界によって敵はこちらの存在を認識したらしい。
「どうなってやがる……」
ぼやけた視界は始まった時と同じように即座に戻った。階下で、激しい物音が鳴った。
「隠し扉でも作ってやがったのか……?」
なんにせよ、即座に襲って来ないということは戦力の不備を認識しているということ。
「恐らくライブジャックはいない。しかし、何を考えているのか気になる……」
「先手必勝!」
考え始めたエリックを余所に、ジャベリンが穴へ飛び降りた。
「あのバカ!」
それを追って飛び降りるエリック。ロックは僕と顔を見合わせたけれど、かぶりをふって飛び降りてしまった。
「行くしかない、か」
穴の底に着地。改装したのか、その床はむき出しのコンクリートで覆われていた。
「これは――」
地下には箱が積み上げられて壁を作っていた。中身は撮影機材か小道具か。いずれにせよ。見通しがいいとは言えない。
「いたぜぇ!」
ジャベリンが叫ぶ。身を隠す、忍び寄るといった発想は、端から持ち合わせていないみたいだ。壁の先、突き当りに空いたスペースに向かって、彼はなにか構えを取っていた。
ジャベリンの手が壁に触れると、さながら砂に埋もれていた流木のように、壁の一部が削り取られ、中から彼の得物……その身長ほどもある投槍が姿を現す。これが彼の能力か。
「しゃああ!」
それを投げるためだ筋肉が用意されているかのように、彼の投擲フォームは流麗だった。戦闘プログラム――きっと彼にはあらかじめ、投槍のフォームがインプットされているのだろう。
「何⁉」
しかし、音を聞く限りどうやら攻撃は失敗したらしい。重い金属音が響く。槍が何かに遮られてしまったらしい。
「どうなってんだ?」
やっと追いつくことができた。隣に立つエリックとともに、荷物の隙間から壁の向こう側に目を向ける。
「なんだ……これは……」
眼前にあったのは巨大な鉄の壁だ。ジャベリンの攻撃を防いだのは恐らくこれだろう。表面に傷が入っている。相当の大質量と見えるのに、背後からそれを支えている能力者はまるで負担を感じていない。
だけど、僕が衝撃を受けたのは、そのさらに背後にあるものだった。まさか、彼らはこれを……これを撮影していたのか?
首を鎖でつながれた七人の男女。円状に配置された彼の首には、それぞれ鍵がぶら下がっている。そして、彼らの上部には――まさかこのために特注したとでも言うのだろうか、スパイクのついた鉄の板がゆっくりと下に降りてきていた。
待っていれば潰されて死ぬ。生き残るためには、互いに殺し合い、首の鍵を奪わなければならない。パッと見たところ分かるのはこれくらいだろうか。既に犠牲者が出ているらしく、おびただしい出血と、頭と胴体が離れ離れになった死体が三体も見える。つまり、もともと参加していた人数は十三人。殺し合いの為の刃物が、サークルの真ん中に散らばっていた。
「言っただろう。一定の領分。こいつらを見逃すわけにはいかないんだよ」
淡々と告げるエリック。しかし、堅く握られた拳を見れば、けして平坦な感情でないことは確かだ。
腰に下げられた刃の無いサーベルを引き抜くと、エリックはそれを一振りした。噴き出した液体が一瞬で凝固し白い刃を作り上げる。
「行くぞ!」
新たな武器を作り出したジャベリンと共に、エリックは踏み込んだ。
ジャベリンの投擲。鉄の盾はこれを防ぐ。けど、この攻撃は囮だ。側面に回り込んだエリックが白い刃を振り上げる。
「バケモンかよ」
しかし、敵の行動は早かった。あれだけの大質量だというのに、いともたやすく持ちかえて、即座に側面のエリックに対応して見せた。硬い壁に阻まれ、白の刃が砕け散る。
けど、まだ僕の攻撃が残っている。
「えいっ!」
盾をエリックに向けたことでがら空きになった側面へ、作り出した火球を投げつける。
当然敵は即座に対応しようとするけれど、エリックは二刀流、もう片方の刀がある以上、うかつに防御を解くわけにはいかない。
「ぐおおお!」
このアンビバレントな状況に対して、敵は強引にエリックを押し込むことで対処した。鉄の壁でエリックを圧迫し、脇へ追いやることで火球の射程から逃れようとする。
判断は悪くないと思うけど、残念ながら手遅れだ。僕は能力を解除した。
「畜生!」
吐き捨てるような声。やったか? 爆発による煙が晴れて、攻撃の結果があらわになる。
「えっ?」
結論から言って、敵は生きていた。無傷だ。でも、僕が驚いたのはそんなことじゃない。
「発泡スチロール……」
爆発を防いだ鉄の壁。敵はどうやら壁を二つに割くことで、状況に対応しようとしたようだ。エリックの斬撃を防ぎ、僕の爆発も同時に防ぐ。そのために割かれた壁の断面からは、鉄の代わりに見知った物質が顔を覗かせていた。
「まがい物、か……」
そばで観察していたロックが、静かに告げる。
「発泡スチロールに塗装を施すことで、本物の『鉄』に見せかける……。あれを鉄だと認識した『俺たちの思い込み』によって、まがい物の壁が本物に変わるわけだ」
以前戦ったマリオネットと同じ。相手を超能力者に変える、思い込みを司る能力者。
「当然自分はそれを本物だと思っていないわけだから、ただの発泡スチロールと同じように扱える。怪力じゃない。化けの皮がはがれたな」
ごつい見た目に反して、慎重な考察を行う人だ。その目はまっすぐ発泡スチロールを握った敵を見据えている。
「クソッ! ばれちまったか!」
エリックの刺突を盾で受け止めるが、剣はたやすく貫通した。正体がばれたことで効力が切れたのだろう。発泡スチロールの繊維をまき散らしながら壁はたやすく切り裂かれた。
「やばい……!」
逃げる敵、追いかけるエリック。だがそこで、ロックが叫んだ。
「止まれ! エリック!」
「クソッ!」
一体どうしたというのだろう。怪訝な顔をしながらも、エリックはおとなしく止まった。その顔が見る間に青ざめていく。ここからでは壁に遮られて見えない。彼は何を目撃したんだ?
「どけえ! エリック!」
ジャベリンが新たな槍を作りだし、ハリボテの壁を貫く。敵はとっさに身を躱したが、壁を吹き飛ばした槍は、敵の狙いを明らかにしてくれた。
「なるほど……」
塗装する能力。敵はただ盾を持って近づいていたわけじゃなかった。
「炎の床か」
こちらを攻撃するための罠として、盾に隠れながら床に塗装を施していたのだ。踏み込んできたエリックがやけどを負うように、赤熱した岩石に見える床を塗装していた。
「危ないところだった」
けど、これはチャンスだ。既に火球は作ってある。敵はもう盾を持っていない。そして今、敵は槍を回避することで、自らエリックと距離を取った。これなら、彼を爆発に巻き込む心配はない。
「えい!」
火球を投擲。逃れようとする敵を焼き尽くすように、僕は能力を解除した。
「ぐああ!」
仕損じた。致命傷じゃない。奥に吹き飛ばされた敵は、地面を転がって体に着いた火を消した。
「はぁ、はぁ、もういいだろう⁉」
荒い息をして立ち上がった敵は、奥にいた誰かに告げた。
「ええ。十分です」
声は、さっきのデスゲームの現場から聞こえた。
「新手か」
即座にエリックが刃を向ける。例の塗装屋が注意をひきつけていたからか、まるで気づかなかった。
縛られていた男女は、その様相を劇的に変化させていた。涎を垂れ流し、奇妙な唸り声を上げながら、しきりに鎖から逃れようと暴れている。さっきまであった、恐怖の中に残された理性が、完全に取り払われた状態。何より異常なのは、その顔。短期間で何があったのか、全員紛れもない人狼に変わっていた。
「来るぞ
頸木を外された人狼たちはわれ先にとこちらに襲い掛かってきた。
「クソッ、なんだよこいつら」
向かってきた一匹をエリックが切り伏せるが、人狼まるで堪えた様子が無い。即座に身を起こして再び彼に飛び掛かって行く。
「うわっ!」
当然僕も傍観者ではいられない。飛び掛かってきた人狼の爪を躱すと、その後ろに、さらにもう一体。とっさに手の平に作っておいた火球をロケットにして距離を取る。炎が毛皮を焦がしたけれど、今のでどれだけ効いたのか。
「加減してんじゃねえぞ新入りぃ!」
ジャベリンの怒号。投擲が主となる彼だが、接近戦もこなせるようだ。作り出した槍を振り回し、襲ってくる人狼を薙ぎ払う。しかし、いかんせん数が多い。三体もの人狼に押され、次第に状況が悪くなっていく……
「ふん」
押し倒されて喉笛を食いちぎられる、その寸前、彼を囲っていた人狼は放射状に弾き飛ばされた。
「相手を選んで噛みつく……非常に合理的な思想だ。見た目以上に頭がいいらしいな」
ロック。彼の手には何の武器も握られていない。まさか、素手で? 素手であの一瞬のうちに人狼を三体も弾き飛ばしたのか?
「二人に向かって行ったのは囮。ジャベリンが接近戦が苦手だとふんで、まずそこに戦力を集中させた……」
そのうちの一体に歩み寄り、思い切り足を振り下ろす。その凄惨なありさまに僕は思わず目を逸らしそうになった。頭がもげている。
「これでもう、動けないな」
淡々と告げるロックの足元で、人狼の体が元の人間に戻って行った。
「おい、メイクアップ。こいつはやばいぜ」
さっきの塗装屋が不安げな声を出す。
「あのごついのを始末させないとよ」
メイクアップと呼ばれた側、恐らく人狼を作り出した張本人が相方に震える声で答えを返す。
「無理だ。私の能力はあくまでも外見上の変化を施し対象を怪物だと思い込ませること……操ることではない」
ロックの戦闘力に恐れをなしたか、ジャベリンを囲っていた二体は唸り声をあげて後ずさりを始めた。
「クソッ、一体どうすりゃいいんだよ」
足並みの崩れた連携に合わせて、エリックも対峙していた人狼の腹を掻っ捌いた。そして僕も……上にのしかかってきた一匹の人狼、その腹部に手を密着させて、火炎放射で焼き貫く。どてっぱらに風穴を開けられ、その人狼は息絶えた。
「さあ、どうする」
戦況は圧倒的にこちらに有利。けど、気を抜いちゃだめだ。まだ、さっきの視界を奪う能力者が姿を現していない……。一体残った人狼が、飛び掛かろうと、腰を落とす。いつでも対処できるように、僕は手の平に火球を作り出した。ガントレットが軽い。撃ててあと三発か――
「ぐあっ」
人狼が飛び掛かってきたその瞬間。視界が突然ぼやけ始めた。
「あいつか!」
例の能力。目の焦点が合わなくなり、周囲の輪郭がぼやけて膨らみ始める。人狼は? ぼやけた塊が空中を直進してくる。牙も、爪も、まるで捉えることはできない。
「えいっ!」
あてずっぽうに腕を突出し、やみくもに炎を噴射する。フレンドリーファイアの心配はないはずだ。こっちの味方がいた記憶はない。どこに命中したかはわからないけれど、攻撃がぼやけた塊に当たったのは見えた。爆風により、塊が後ろに吹き飛ばされる。それが地面にぶつかった瞬間、奪われた時と同じように視界が急に戻ってきた。
「なんだったんだ?」
炎を噴射する直前、僕の手は確かにあの塊に触れた。でも、あれは……。毛の生えた獣の体じゃない。あれは、人間だった。
「能力が解除された? 視界が奪われたことで?」
さっぱりわからない。それに、こっちの視界を奪うのが敵の能力なら、なんでその間に攻撃してこなかったんだろう。銃撃を行えばまず間違いなく倒せたはずだ。
「この『視界を奪う能力』 対象を選べないんじゃないか?」
エリックの意見は賛同できる。そうとしか考えられない。でも、それだと大きな疑問が残る。
「問題は、何故奴らは今能力を使ったか、ということだな」
ロックが人狼の首をへし折りながら淡々と言った。
「けっ! なんだっていいぜ。あの野郎が明後日の方向を向いてる今がチャンスだ!」
ジャベリンの言う通り、塗装屋は首を左に向けている。何かあるのだろうか? 視線の先は積み上げられた荷物や機材に阻まれて見えない。見ていると塗装屋は、近くにあった機材の箱を、梱包材として入っていた発泡スチロールを取り出した。
「死ね!」
ジャベリンの攻撃。投擲された槍が塗装屋に迫る。しかし彼はまるで動じていない。無造作に右腕をかざし、手の甲を槍前面に向ける。
「何っ!」
金属音。槍は塗装屋の手を貫通することなく脇へと弾き飛ばされた。
「なるほどな。そのために視界を奪ったのか」
歯ぎしりするジャベリンにロックが淡々と告げる。
「奴はその能力の特性上『描いている所を見ている人間』に効力が無い……俺たちの視界を防ぐために、三人目の敵が協力したんだ」
白銀色に塗られた手首。彼は何の制約もないかのように動かすが、それは傍目に鋼やチタンに見える。
けど、ロックの推測だけでは足りない気がする。彼は間違いなく左側を見ていた。結果的にそれは隙ではなかったわけだけれど、何か目的があったことは間違いない。
彼は何を見ていた? 拾った発泡スチロールの直方体に向かって、指の先から塗料を塗りつけている。あれは、一体何だ?
「よそ見するんじゃねえ!」
手を出せないでいる僕を余所に、エリックが切り込みに行く。人狼が行く手を阻むが、後ろから駆け寄ったロックの全体重を乗せたタックルが、エリックを煩わせるより先に敵の骨格を粉砕する。迎え撃つのは能力者のみ。塗装屋を庇うように、メイクアップと呼ばれていた敵がエリックの前に立ちふさがる。
「どけっ!」
刃を振り下ろすエリック。しかし、そこで包帯で隠された敵の左腕がその正体を露わにした。
「なっ⁉」
その左腕から生えていたのは、一匹の大蛇だった。ひるんだエリックの隙をついて、大蛇は振り下ろされる刃に向かって行った。その牙が白刃を捉える。
「蛇を移植したのか?」
「さあ、どうでしょうね」
牙が刃を打ち砕く。そのまま蛇はサーベルに身を絡ませ、エリックの手元へ……
「かかったな」
蛇の動きが急に止まった。見ると、エリックのサーベルは、柄の部分からどろどろに溶けていた。溶けた刃が蛇の上で再び固まり、がっちりとその体を固定してしまっている。
「これで、逆にお前は逃げられないわけだ」
そしてエリックは二刀流。右腕に握られた刃が、動けない敵に向かって振り下ろされ……
「スティールロール! まだですか!」
「できた! いいぞ、レソルーション!」
レソルーション……未だ姿を見せていない『視界を奪う』能力者。彼は仲間の指示に答え、再び能力を発動させた。
「なんだと……」
暗転は一瞬だった。その一瞬で、何が起きたのか、蛇は高速を逃れ、再びエリックに鎌首をもたげている。
「なるほどな。メイクアップ――あの人狼も、その蛇も、お前の特殊メイクのたまものだというわけか。本物だと思い込ませることで、本物にしてしまう能力……視界を塞いでしまえば、蛇は元の腕に変わる――初めから蛇になっていたことなどなかったかのように」
そして、変化はそれだけではなかった。
「あいつがそうか」
三人目の敵。レソルーションが、塗装屋――スティールロールの傍らに立っていた。
「これでいいか」
スティールロールが、黒く塗装した箱をレソルーションに見せる。箱に触れたレソルーションは首を縦に振った。
「十分だ」
他二人よりも一段年上のような声。ロックが最後の人狼を叩きのめした瞬間を見計らって、奴らは動き出した。
「くらいな!」
レソルーションから受け取った箱をスティールロールが投げつける。瞬間ぼやける視界。何もかもが不確かな世界で、その投擲された箱だけが、輪郭もはっきりと捉えることができた。
「しゃらくせえ!」
投げつけられた箱を叩き落とすジャベリン。僕らは彼があれを塗装するところ見ている。何に見せかけようとしたかは知らないが、その影響を受けることはない。
「クソッ」
しかし、目が使えないのはまずい。適当に攻撃したら、同士討ちしてしまう危険性もある。だけど条件は敵も同じはずだ。飛び道具は使えない。ぼやけた塊が近づいてきたら、その瞬間を狙って……
「ぐぁっ!」
なんだ? 背中を切られた。幸い、傷は浅い。でもどうなってるんだ? これは一体……。
「ぐっ!」
「いってえな! 畜生!」
ボケた色の集合にしか見えない世界で、次々にストレイドッグのメンバーが悲鳴を上げる。
「くっ!」
今度は脇腹だ。視界をぼやけた影が通るのは見えるけど、まるでその姿を捉えることはできない。
「なんでだ? なんでこっちの死角が分かる?」
二度の攻撃はどちらも背後からなされたものだ。敵も僕らと同じように視界が奪われているのなら、僕のいる位置は分かっても、背後を向いているかどうかわかるはずがない。
「クソッ!」
背中から攻撃するというのなら、こっちにも考えがある。胸の前で腕をクロスさせ、両脇の下から掌を背中側に向ける。今度近づいてきたときがチャンスだ。攻撃してきた瞬間に、すかさず炎をぶち込んでやる。
「今だ!」
ふとももを斬りつけられたのを認識した瞬間、僕は能力を解除した。両手から火炎が吹き出し、背後に来ていたであろう敵に集中砲火を浴びせる。これで流石に仕留められたはず……。
「ぐはっ!」
そんな……アレを躱した? どうやって? 腹部に突き立てられたナイフは、敵の無事を証明する。絶体絶命。火球はもう、あと一発しか撃てない。
「そういうことか……」
ロックのうなり声が遠くに聞こえる。彼でさえも、この状況は苦戦するようだ。
「あいつは、わざと俺たちに見せつける形で塗装を行ったんだ」
何もかもが不確かな視界の中、際立ってはっきりと見えるのは、さっき投擲された箱。
「三人目の敵の能力は、単に視界を奪うわけではない。一つの物体以外見えなくすることだ」
どう考えても見えるはずがないのに、人間の視力を越えているはずなのに、僕はその箱に施された塗装、細部まではっきりと捉えることができる。アンテナなようなディティール。立体的に浮き出て見える枠線。そして、側面に備え付けられた接触端子……
敵があれを何に見せかけていたか、僕はようやくわかった。
「モニター」
当然その画面には、何も映っていない。あたりまえだ。ただの絵なのだから。でも、敵二人にとってはそうじゃない。
「恐らくあのモニターは、この部屋に仕掛けられた監視カメラを映しているものを模している」
敵は、直接相対する前に、僕らの存在に気づいた。監視カメラがあることは疑いようがない。
「そして、敵の二人は、あれが塗装される瞬間を『あえて見ていなかった』能力の効果を得るために」
二人にとってあれは、本物のモニターと同じ効果を持つ――すなわち、あそこには、僕らの姿を撮影している監視カメラの映像が映っている。
「一つの物体に焦点を合わせ、人間の目の分解能を越えて、遠くの物体をはっきりと見せる……それが奴の能力の正体か」
あれだけ離れているのにディティールまで捉えることができる。つまり、どれだけあれが離れていようが、敵はその内容を読み取るのに苦労することはない。
ダメだ。絶望的。ぼやけた視界のなかで、敵と思しき影がゆらゆら揺れる。
「なら、あれをぶち壊してやりゃあいいんだろ!」
ジャベリンが槍を投擲するが、そう簡単にはやらせてくれない。立ちふさがったメイクアップが、右手で槍を受け止める。箱の前に立ったことで一時的に焦点が合わさり、特殊メイクを施した右腕が、周囲の視線で本物に……金属に覆われたロボットアームに変わる。
「ぐあっ」
二投目は無い。もう片方の能力者、レソルーションがジャベリンを襲う。流石に画面越しに確認しているためか、その攻撃は決定打に欠けるが、このままじゃ僕らはなぶり殺しで全滅だ。
「クソッ! 新入り! 火でこいつらをぶっ飛ばせよ!」
ジャベリンが叫ぶ。だけど、僕にはどうすることもできない。残った火球は後一発。仲間を巻き込む覚悟で撃っても、三人全部倒せるかどうか……
「フレイムスロアー! どうして攻撃しない?」
エリックも苦戦している。何か無いのか……?
「ダメです。僕はもう、あと一発しか炎が撃てません! 敵を倒すのは不可能です」
失望させてしまうだろうか。いや、この際そんな細かいことはどうだっていい。何とかしないと、何とか……
「一発……一発撃てるんだな」
エリックの声音が変わる。
「え、はい」
なんだろう。あの自信に満ちた声は。
「よし、ならそこから地面を這いまわって、濡れている所を見つけろ」
「えっ?」
「早くしろ!」
言われた通りするしかない。敵らしき影をおぼろげながら判断して、僕は床を転がった。確かに、何か濡れているところがある。
「ありました!」
「よし、ならそこに火をつけろ!」
ここに、火を? 迷う時間はない。それでなんとかできるなら。
僕は手の平の火球を爆発させ、その液体に火を放った。
「くっ⁉ これは?」
途端に煙が噴き上がる。どうやら可燃性の液体だったらしい。熱の伝わり方がおかしいのか、普通では考えられないほどの煙が起こった。
「けほっ」
思わず口を手で覆う。一体何だ? これに何の意味があるっていうんだ?
「伏せろ!」
エリックが叫ぶ。わけもわからず僕は従った。爆発はもう済んだ。一体何が襲ってくるっていうんだ?
一秒、二秒……何も起こらない。代わりに伏せて動けない僕を狙って、敵が上から攻撃してきた。やみくもに転がって、ナイフの攻撃をなんとか避ける。もう起き上がってもいいのか? エリックからの返事はない。
「エリック⁉」
「その口を閉じてろ!」
作戦は失敗したのか? エリックの口調は厳しい。敵の攻撃はなおも続き、避けきれなかったか、時折仲間の悲鳴が上がる。もうだめだ。眼前に立つぼやけた人影、この位置の攻撃は避けられない……
「えっ?」
突如その人影がもがき始めた。苦しんでいるようにも見える。体がどんなふうになっているのか、それは分からないけれど、落としたナイフが床に当たって、からんと小さな音を立てるのが聞こえた。
「えっ?」
一体何があった? 他でも同じようなことが起きているらしい。ジャベリンからも怪訝そうな声が上がる。そして
「戻った」
視界が再び通常通り、完全に晴れた。
「な、何だ? お前ら何をした?」
わけもわからず腰が砕けたように座り込むのは、能力の特性上戦闘に参加していなかったスティールロールだ。他二人は、すでに意識を失っているのか、コンクリートの床に倒れ伏している。
「お前に教えてやる義理はない」
静かに歩み寄ったエリックは、その胸に刃を突き刺した。
「一体、何がどうなったんですか?」
階段を登って地上に抜けた時に、僕は新ためてエリックに尋ねた。
「火事の時の最大の死因、知ってるか?」
そもそも僕は熱が効かない。火事で死ぬなんて考えたこともなかった。
「いえ、知りません。火傷ですか?」
「違う。一酸化炭素中毒だ」
「一酸化炭素?」
「不完全燃焼を起こすと空気よりも軽い一酸化炭素が発生する。吸い込むと血中のヘモグロビンの働きが阻害され、酸素を全身に運べなくなるわけだ。そして、燃焼が起こっているということは、そもそも酸素が消費されているということ。奴らが倒れたのは、ひとえに酸欠のせいだ」
「酸欠……じゃあ、あの液体は?」
「エリックの能力だ」
ロックが代わりに答えた。
「エリックの能力は、蝋を鹸化して液状化することだ。液化して地面に撒いたのを、着火前に蝋に戻したんだろう。不完全燃焼を起こすように、な」
「……すごい」
「俺みたいに超能力が使えない奴には、逆立ちしたって真似できない頭脳プレーだ」
ロックの言葉は、心なしか、少し誇らしげだった。
「あんまりほめないでくださいよ」
エリックがはにかむ。そんな二人の様子が面白くないのか、ジャベリンは肩をすくめて早足になった。
「おい。待てよ」
エリックの制止も聞かずに先へ進むと、ジャベリンはこちらを振り返った。
「今日の所は認めてやるぜ、新入り」
「えっ?」
「けど、おかしなことしたら容赦はしねえ。それを覚えておけよ」
それだけ言い残すと、彼は走って先へ行ってしまった。
「あの野郎。妙な真似しないように、きつく言っといたほうがいいな」
「いえ。大丈夫です」
ちょっとだけここでやっていけそうな気がした。まだ完全に、彼らの考えに賛同したわけじゃない。でも、彼らの、ストレイドッグの考え方が、少し理解できた気がする。
「少し、風に当たりたいんです。先に戻ってください」
「いいけど。早めに戻ってこいよ。お前はエースに狙われてるんだからな」
ゆっくり歩こう。そして、ゆっくり考えよう。
これからのことを。前向きに。
*
「おら、さっきまでの威勢はどうしたぁ?」
死なない程度に軽くスイング。特殊合金でできた棒は、鈍い音を立てて女の脇腹にめり込んだ。目が潤み、せき込み、そしてすがるような視線をこちらに向けてくる。鬱憤がたまる毎日だが、この瞬間だけは生きている喜びを実感できる。
「お、お願いです。止めてください」
仲間の一人が感情に任せて一発殴ったため、その顔には青痣ができている。風俗店のオーナーだというのに、不釣り合いなほど若い。この街のガキは十を超えるか超えないか辺りで売春を始める。こいつもその口だろう。そして、金回りのいいパトロンをひっつかまえて、店を譲り受けた……
「やめてください。なんでもしますから」
そのパトロンは既に死体に変わってる。倒れた女から二十メートル後方。オフィスビルの二階は凄惨な殺戮現場と化し、ギャングの構成員二十名ばかりの血が流れた。その収穫が、この女だ。
「何でもする? じゃあそこでおとなしくサンドバック続けてくんねえかな」
年齢に不釣り合いなほどの地位。そして、かつて自分と同じ立場であった娼婦を、王か何かにでもなったかのように扱うその姿勢。レジスターと重なることの多いその姿は、いつも以上に暴力衝動を加速させた。
「な、なんで? 私が何かしましたか? 私はただ買われていただけ。悪いことしてたのはあの人たちじゃないですか」
無言でアッパースイング気味に、その胴体を殴りつける。
「その悪い人からもらった店で、無茶な運用をして女を使い潰してたのはどこのどいつだ? 性病をうつされ、尻穴を壊され、喉をやられて喋れなくなった女たちの前でも、同じセリフが吐けるのか?」
むろん、これは詭弁だ。女共に対する慈悲や共感は全くない。ただうろたえ罪悪感に苦しむこいつの顔が見たかっただけだ。そして、それは叶った。
「だって、私経営のこととかわかんないし……」
「わからないのに店を持ったのか。自分は矢面に立つことなく高みの見物……」
棒で殴るのは止めだ。髪を掴んで無理やり立たせると、人通りの少なくなった道路のほうに引きずって行く。
「な、何するんですか……」
「知ることになんの意味がある?」
この辺りでいいだろう。ふらつく足の甲を踏み抜き、移動手段を完全に立つ。
「この辺りは浮浪者がよく集まるんだ。お前に潰されて捨てられた女共もな。いい遊び相手になるだろうぜ」
女はヤルより、ぶちのめして嬲るに限る。プライドを引き裂かれ後悔にむせび泣く女以上に興奮をかきたてられるものはない。
「さーて、まずは――」
「やめろ、アイアンロッド」
肩に手を置いたのは同じストレイドッグの仲間、ラストステップ。
「そろそろ行くぞ」
もう時間か――楽しい時は早くすぎる。このまま一晩中楽しんでもいいが、もって帰るのは流石に面倒だ。
「わかったよ」
「あとそれから」
よほど言いにくいことなのか、ラストステップは眼帯を指で弄んでいた。
「何だ?」
「お前のことを、新入りが見ていた」
新入り――フレイムスロアーとか言っていたな。
「なんであいつがいる? 別の仕事を任せられていたはずだろう?」
「さあ。もう終わったんじゃねえか」
まあ、ありえない話じゃない。能力者同士の戦いと言えど、早く終わることもある。
「それで、新入りが見ていたから何なんだよ」
「懐柔するから今はなるべくまずいことは見せるなって、エリックがよ」
「あいつの点数稼ぎに付き合う義理はねえ」
これで新入りがまずったことになろうが、俺には何の関係もない。何よりあいつは、ヘッドセットを殺した奴らの一人だ。必要無いと判断したら、すぐにでもぶち殺してやる。
「……帰るか」
腹いせに女の腹に一発蹴りを叩き込んだ後、俺は仲間と共にアジトに戻った。
*
やっぱり。あいつらは薄汚い犯罪者だ。それでも行くあてのない僕は、ストレイドッグに戻るしかない。無抵抗の女の人を引きずり回して嬲り続けるなんて……。彼だけが異常なのか? それともストレイドッグ全員? 心の中の甘ったれな部分は、エリックだけは例外だと声高に叫んでいるけれど、この声はここ数日でだいぶ弱弱しくなってしまった。
「止めようとしないなら、全員同罪だ」
ここは僕のいるべきところじゃない。かといって、他に僕の居場所はないんだけど。帰るべき場所だったはずのアカデミーズなんて、始めから存在していなかった。
「あ、フレイムスロアー」
オフィスとアジトをつなぐ廊下で、エリックに声をかけられた。
「なんですか?」
「レジスターが呼んでた。オフィスのほうに向かってくれ」
レジスター。ここのボスか。彼女はこのありさまを知っているのだろうか? 知らないはずはない。
「わかりました」
エリックの言葉に従い。廊下を歩いて扉を開ける。
「こんにちは。あなたがフレイムスロアーね」
待ち受けていたのは、若い女だった。
「私はレジスター。ストレイドッグ全体に仕事を与えている人間よ」
「つまりは、ボス……そういう認識で問題ないですか?」
「リーダーという呼び名の方が、私としてはありがたいのだけれど」
どっちだっていい。呼び名で彼女の立場が変わるわけじゃないんだ。
「それで、僕は何故ここに呼び出されたのですか?」
「ヘリング・エースのことで話があるの」
なるほど。大体見当はついた。
「エリックが言っていました。僕はエースに狙われている」
だから戦闘プログラムを渡せ、と。
「そうね。正確にいうと、狙われているのはあなたの戦闘プログラムだけれど」
そういうと、レジスターはゆっくり話しはじめた。
「私達ストレイドッグは、あの日、アカデミーズ――つまりあなた達が戦った相手。エースは当然こちらを探しているわ。今エースが攻撃してきたら、ストレイドッグは壊滅させられる。慎重にふるまわないといけないわ。こちらの動向を気取られるわけにはいかない」
「なるほど」
「そんな時期だから、エースがあなたのことを探し回っているのはとてもマズイの。足跡を辿られて、このアジトが割れたら、ストレイドッグは壊滅。せめて、あなただけでも何とかしたい」
「それで、僕にどうしろと?」
「エリックから聞いたと思うけど、戦闘プログラムを渡してもらいたいの」
確かに彼はそう言っていた。けど、意味が分からない。
「何故戦闘プログラムを渡さなければいけないのか、そう言いたそうね」
「ええ。納得できませんから」
何をするつもりか知らないけれど、データを彼女に渡したところで、エースから逃れられるわけじゃない。エースのターゲットが一人増えるだけだ。
「まあ、そうでしょうね。無理もない……今から説明するわ」
レジスターは立ち上がった。
「エースがあなたの戦闘プログラムを狙う理由。それは何故だと思う?」
「僕のデータを回収して、能力を使えるようにするのが目的でしょう?」
エリックから聞いた話だと、こういうことだったはずだ。
「確かに。それはそう。けど、あなたのデータなら既にエースは持っているはず。アカデミーズにいたころ、ミッションが終わるたびに戦闘データを要求されたでしょう?」
そういえばそうだ。失敗や反省点、改善点をフィードバックするためと称して、いつもプログラムは回収されていた。
「だから、最新のデータじゃないにしても、エースは戦闘プログラムを入手している。能力を使うため、という動機は不適当よ」
となると理由は一つしかない。エリックの言っていた言葉を思い出す
「情報の漏えいを防ぐことが目的、そう言うわけですね」
「その通り。他の犯罪者にプログラムが渡れば、最悪能力をコピーされてしまうし、そうでなくとも手の内が一つ明らかになる。ヒーローにとってこれ以上の痛手はないわ」
エリックも同じことを言っていた。きっと常識なのだろう。ヒーローの真実を知る者にとっては。
「それを防ぐために、エースはあなたの命を狙っている。あなたが誰かにプログラムを渡すよりも先に、直接殺してしまおうと」
「その事実はどうあっても変えられないんじゃないですか? 戦闘データを渡すことで、どう状況が好転するというんですか?」
「エースの動機を消すことができる」
レジスターは言い切った。
「この三日の間。私は方々根回しを行って、裏取引の準備を整えたわ」
「裏取引?」
「あなたの戦闘プログラムを渡す。そういう取引よ」
最悪だ。そして、意味が分からない。
「いったい何故?」
「エースがあなたを狙うのは、あなたしか情報を持っていないから。市場に流れ、誰もが普遍的にそれを手に入れられるようになった時、情報は価値を失う」
「なっ……⁉」
大勢に公開される? 犯罪組織の連中が、僕の育て上げた戦闘プログラムを使って人々を苦しめるようになるということじゃないか。
「二人や三人は口封じできても、百人二百人となると、さすがに労力に見合わなくなる……エースも諦めるはずよ」
もっとも、安全のためにアジトの場所は変えないとダメだけど。レジスターはそう付け加えた。
「でも、そしたら……そしたら僕の能力が他の組織にばれてしまいませんか?」
「さすがに、組織を潰されたくはない。だからこその取引よ。背に腹は代えられないわ。それに、あなた一人に仕事を任せるわけじゃない。他のサポートがあるわ。一人放逐されてあてもなくさまようよりはマシでしょう?」
僕は……僕はどうすればいい? ここで生き続けるのか? 弱者を虐げ暴力に振るう奴らと? 自分も犯罪者に身を落とすのか?
できない。弱弱しい声だったが、胸のうちははっきりと答えてくれた。それはできない。
確かに僕の信じていたヒーローはまやかしだった。だけど、それで僕がヒーローを諦める理由にはならない。正義を為す物がいないなら、自らが正義を行えばいい。
「考えさせてください」
「取引は三日後。それまでに決めて。ここを去るか、戦闘プログラムを渡すか」
既に肚のうちは決まっている。後はそれを実行するだけだ。
「わかりました」
静かな決意と共に、僕はオフィスを後にした。
書いた時は若干アサギ脳になってました




