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2.霜月の姫(3)


「お帰りなさいませ。お嬢様、レノ様、雅様」

「たっだいまーっ!ねえ、みんな集まって!」

 屋敷に戻って尚テンションの高い(買ってきた戦利品で遊び惚けるくらいに)少女とは裏腹に、どこかげっそりとしている成人男性二人を見て、凛お嬢様付きの女中・マリさんは困ったようにお辞儀をした。

「凛様がまた何かわがままを言われたのですね・・・申し訳ございません」

「いえいえ」

 黒の青年のわざとらしい爽やかな返事。白い男は苦笑した。

「毎度ながら思いますが、随分元気なお嬢さんだ」

「・・・どうやら、大変だったようですね」

 想像が付きますわ、と。彼女のことだ、凄まじいのはどこでだって一緒なのであろう。

「ご夕飯はもうお済みですか?それともお風呂に?」

 最初はにっちもさっちもいかないほど二人を警戒していたシモツキ家の皆さん方だったが(イキナリ襲い掛かってくるほどに)、慣れたのかそれとも御当主に諭されたのか、いつの間にかレノ達を身内のように扱い始めていた。

「じゃあ、オフロで。あー、でもその前にもうちょっと、お嬢さんと遊ぼうかな」

「・・・物好きだな」

「おっと、厭ならいいんだよ。オレだけリンちゃんと仲良くなっちゃうから。別にみーちゃんに強制はしないしぃ」

「・・・。何度も言ってるがそのみーちゃん呼ばわりはやめろ。ウザイ」

「おや、なら“みやぴょん”にしようか。ね、みやぴょん♪」

「♪、じゃねえよ。駅のホームで足を滑らせて死ね、この若白髪野郎」

 仲が良いのか悪いのか解らない二人のやり取りがツボに嵌ったらしく、マリさんは大袈裟に肩を揺すった。

「相変わらず、お愉しい方々」

「・・あ、スミマセン、ちょっとこの頃図々しかったかもしれませんね」

「いいえ、私どもは、貴方がたに感謝しているのですよ」

「感謝?」

 ええ、と頷き、彼女は険のない目つきをした。

「お嬢様はあなた方を慕っていらっしゃいます。とても、とても」

 彼女が見据えた先―――庭で使用人達と一緒に花火に興じていた凛は、走り回りながら火で空に円を描いていた。


「・・凛様は、幼き頃からこのお屋敷から出ることが赦されず・・・殆ど誰とも接する機会がありませんでした。ですから、あなた方がよくしてくださることが、嬉しくて仕方無いのでしょう。私どもも、お嬢様のあのようなお顔、始めて拝見いたしました」

 その「お屋敷から出られなかった」と言う台詞を聞いて、レノは尋ねてみた。少し慎重に言葉を選ぶようにして。前々から、どうしても気になっていたことを。

「彼女、体でも弱いんですか?」

「・・・いいえ」

「なら・・どうして?」

 マリさんは否定も肯定もせず黙り込んだ。つまり・・・答えられない、それが答えなのであろう。

 そして多分それは、レノと雅がこの屋敷に雇われたこととも関係している。

「では、わたくしめはこれで。御用の際は、家の者に何なりとお申し付けくださいませ」

 キモノ独特の歩き方で歩いていく彼女の後姿を眺め、それが完璧に視界から消えたところで、レノは顔に貼り付けていた営業スマイルをといた。腕を組み、空を仰ぐ。

 全く、一体何がどうなっているのか、未だによく把握できていない。

「・・・それにしても、さすがってことかね」

 肌にビリビリと感じる圧力。強大な魔力の香り。

「大した結界だ。こんなの、オレじゃ片手間に出来ないよ」

 帰ってくると、いつの間にか並はずれた術式がシモツキの屋敷を覆っていた。その厚さ、精度ともに一級というか特級品である。もし間違ってでも結界を食い破ろうとしたなら、反発で黒焦げどころか骨一片も残らなくなるだろう。

 ・・・これが帝国賢者の力で、しかもそれが全部で十人も居るんだからある意味世も末だな、と思う。

「―――気付いていたか、レノ」

 自身の系統(はたけ)が違うからか、そんなことには気にも留めず、相棒は黒い刀の手入れを始めながら語りかけてきた。

 何を言われているか瞬時に察し、レノは掌を上に向けて「どうしようか」っていう仕草をした。

「気付くってか・・・あんだけストーキングされればね」

 ずっと、今日一日だけではない、ここ数日間ずっと感じていた視線。だがそれは殺意と言うより寧ろ何か肉慾に近いようなモノであった。

 ――欲しい、あの子供が、欲しい――という。

 うん、これは確かにボディーガードが必要になるかも。

「まあ、“奴等”にだってロリコン趣味はあった、ってことじゃない?」

「気持ち悪いことを言うな」

 すっ飛んできたスリッパを避けると、彼はいつの間にか刀を腰に差し、立ち上がっていた。

 解ってはいたことだが、レノは一応形だけ訊いてみた。

「何処行くの?」

 彼はちらりと屋敷の外のほうを見やった。

「・・“集まってきた”ようだからな。お前はガキんちょと遊んでろ」

「えー、だからこその結界、じゃないの?」

 ゆらゆらと揺れる、愉悦に満ちたような血色の眸。ああそっか。ただ斬りたいだけ、か。この頃フラストレーションが溜まってたもんね。

「まあ、いいや。頑張ってねー」

 邪魔すると代わりにこっちに火の粉が飛んできかねない。なら、放っておくのが賢い選択だ。

 リンちゃんオレにも花火~!と人の輪に入っていく白の青年を尻目に、黒の青年は音も無く闇に溶け込んでいった。



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