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2.霜月の姫(1)



「ねね、今度はあっち!ほら、はやくはやくーっ!」

 持ちきれないほどの紙バックを両手に、白黒コンビは気息奄々とした状態で項垂れた。

 ここ数日、ずっとこんな調子である。

「・・・要は、やんちゃ盛りの娘のお守りをしろってことだったんだな」

「ほら、カリカリしないの。相手は子供だよ」

 シモツキ伯爵から任された「護衛」依頼。その対象こそがまさしく、ただ今現在ショーウインドーを物珍しげに覗き込んでいる、あの愛らしき小悪魔であった。


『今年で十三になる私の娘、凛だ。君たちは、あの子に付き添い、そして守ってやって欲しい』

『何か狙われる理由でも?』

『・・・・』

『まあいい。だとして・・どうして俺たちが信用できると?』

『さあ・・・どうしてだろうな』


「ちょっと、遅いぞー。あなたたちはわたしの下僕なんだから、もっとしっかりしてよ」

「下僕ってな、このガキ・・」

「まあまあ・・・」

 今にも刀の柄に手をかけそうな相棒を制止しながら、レノは少女を眺めた。


『お父さま、この方達は?』

『・・今日から、お前に付いてもらうことになったお兄様方だ。レノ殿、そして雅殿という』

『ふーん』

『凛・・くれぐれも、困らせるようなことをしてはいけないよ?』

『解っているわ』


『貴方達、お父さまに雇われた“よーじんぼう”なんですってね。だったらちょっと、付き合ってくださる―――?』


「・・でもあの子さ、殆ど今までお屋敷から出たこと無かったんだって。だから、慣れないお外でちょっとハシャイじゃうのもしょうがないんじゃない?」

 雅さんに、それは美しい宝石のような紅の眼でぎろりんと睨まれる。あれが「ちょっと」かよ、ってとこかしら。

「んまあ・・・オレ達は大人だからさ。仕事だし、ね?」

 そうこうしているうちにいつの間にか姫君の姿が消えていたので、彼は地団太踏んで「ああ!」と走り出した。一方のレノは佇立したまま、成り行きをあららと傍観する。追わないのは、追う必要が無いからだ。

「・・なんだかんだ言っても、世話焼きなんだから」

 ミヤビは結局優しいんだから。

 オレなんかより、ずっと。

 また、さわりと風が吹く。

「――さあて、こちらはどうしましょうか・・」

 ・・・そのとき、既にレノは感付いていた。

 先ほどから、胸焼けしそうなほどに熱烈な秋波を送っているナニカが、すぐ後ろにいることを。

 それが――自分達が何よりよく知っている存在であるということも。



***



「これが自動販売機かあ・・・。ねえ。どうやるの?コレ」

「・・・コイン入れてボタン押せ」

「ほーう。・・・・ノンカロリー、じゅんれい、生?」

 何処か気になる単語を耳にして、雅はぴくりと瞼を動かした。

「まいいや、飲んでみよう」

「――待て待て待て」

「え、ちょ・・あ!ドロボーっ!」

「これは酒だ。子供はジュースにしとけ」

 そう言って新たにソーダ水を購入して、そのちっこい掌に収めると、少女――凛は気に入らなさそうに口を尖らせた。

「何よ、それ。つまんなーい」

 血色の眸が厭そうに細まる。子供の苦手な彼である、宥める言葉を捜すが億劫になり、とりあえず顰め面と無言の抗議に変えてみた。

 凛はその反応が気に入らなかったのか、八つ当たりのように、げし、と足を踏んできた。

 ・・・全く、大した教育をされた伯爵令嬢である。

「白いのはもっと優しいのに。ねえ、貴方って絶対世渡りべたでしょう」

 余計なお世話だと言いかけるが、少々気になったことがあって雅は少女を見下ろした。

「お前・・まだ名前覚えてないのか」

「んー、覚える必要あるのかな?」

 紅玉と黒曜石が向き合う。雅はいぶかしげ眉根を寄せるが、しかし彼女の態度が名前どおりに凛としていたので、眉間に入った力も失せていった。

 少女はくるりと回り雅に背を向けると、自嘲気味に呟いた。

「だって貴方達だって、どうせすぐ私の前から消えちゃうんでしょう?」

「・・・・」

 彼は押し黙った。

 いつもは齢以上に幼い彼女とは裏腹に、そのときの立ち居振る舞いはあまりに大人びていた。

 他人様の事情には徹底的に介入しないのが、青年が二十余年間保ち続けてきたモットーだ。それゆえ彼は別段彼女を気遣ったような返答をすることは無かったが、しかし一瞬――ほんの一瞬だけ、とても珍しい“彼らしくない”顔つきをした。

 凛は小鼻を鳴らすと振り返り、もう一度「なんてね」と子どもっぽく笑った。

「だ・か・ら。ね?こんなカワイイ私なんだから、ちょーっとは優しくしてよ?」

 そこでレノが注文したハンバーガーを持って神々しく登場し、あっという間にその表情は満面の笑みへと転じた。

「やったっ!これ一回食べてみたかったの!」

「・・・」

 先ほどの面差しなど見る影も無い。全く、何処までが本気なのか。

 やれやれ、と雅は大きく肩をそびやかした。

 





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