1.邂逅(3)
「へえ、あのお庭、じょうどていえん、っていうんですか」
「ええ。大和の文化の一つで、極楽浄土・・・つまりは天国の情景を表現しているのです。まあ、殆どこちらの方には理解していただけぬ文化ですが」
そう言って、シモツキ伯爵はずずずっとお茶を啜った。湯飲み、畳、座布団、独特の木の香り、んでもって、お寿司(ここ重要!)。こういう目新しい文化もなかなか興味深く、最初は楽しんでいたレノであったが、「正座」という独特な座り方だけはいただけずにそろそろ爪先や脹脛がジンジンしてきていた。(それを察した伯爵が「お楽になされ」と言ってくれたので、その後仕方なく体育座りした)。
「・・・見たところ、雅殿は我らの血が混じっているようだが」
伯爵の他愛無い同朋意識が気に障ったのか、雅はぞんざいに吐き捨てた。
「ええ、おかげで“こういう”仕事でもなきゃやっていけないわけですがね」
あまりにも無礼かつ毒々しい返答に、おいおいおい、とレノは突っ込みかけたが、人間が出来ているシモツキ伯爵は至極やわらかく対応してくださった。
「基本的には、そうなのかもしれません。我が霜月家とて、大和を毛嫌いする純血主義の貴族には常に敵視されております。肩身が狭いわけではないといえば嘘になりましょう。でも・・こういうのは開き直った者勝ちですよ」
「開き直る、ですか」
「ええ。何せこの顔ですから、目立つのですよ。何処に居ても。無論それによる弊害はありますが、私は目立ちたがり屋なので万々歳です。それに大和嫌いの方を屋敷に招いたりなどすると、かえって大和通になったりもしますし」
厳格な人となりに見えた伯爵様であったが、もしかしたら結構ひょうきんな方なのかもしれない、とレノはこのとき思った。
その横で、些か苛立った様子の雅が無愛想に言い放った。
「・・・結局それで用件は何だ。何もアンタも茶飲み話の相手を探していたわけではないだろう」
「そうでしたな」
彼は湯飲みを低いテーブル(ちゃぶ台、というらしい)に置くと、今までの朗らかな面差しとは一転した面構えになった。やはり、伯爵様は伯爵様なわけだ。
「・・そなたらの腕前は先ほど見させていただいたが、噂に聞いた通りのようだ」
「護衛の依頼、ということでしたが」
「左様」
彼はふっと目を眇め、外を眺めた。
「・・・我が一族、霜月家は・・・・今、何者かに狙われている」
「何者か、とは?それこそ、先ほど仰っていた『大和を良く思わないもの』ですか?」
伯爵は黙り込み、静かにかぶりを振った。
「・・・解らぬ」
「解らない?」
「でも、狙われているのは確かだ」
そこで雅がフッと小さく笑い、言った。
「では、誰とも知れぬものから―――帝国でも指折りの方術家であるアンタを守れ、と?」
「いや・・・“私”を守って欲しいわけではありませぬ」
閣下はまた首を横に振った。流石のレノも話が読めず、怪訝にオウム返しする。
「貴方を守るのではない?」
「そうです。実は―――」
そのとき「きゃっ」というか細い悲鳴と共に、庭先にボール(鞠というらしい)が転がってきた。たむたむと鞠は転がり転がり、やがてぽちゃんと池の中に落ち、そして誰かが水際に駆け寄ってきた。
それは、黒色のおかっぱ頭に赤や黄色の彩色な着物を身に纏った、まだ年端のいかない女の子であった。
「・・・あの子は?」
するとシモツキ伯爵は悲しげに唸り、頷いた。
「そう・・あの娘です」
少し離れた場所から叫ばれる「お嬢様!その先はいけません!」という叱咤。
池のところに屈んでいた少女はゆっくりと振り向き、やがて見慣れぬ人間の存在に気付いたのか、レノや雅たちの居る部屋を左見右見した。
さわっと風が吹き、艶のある黒髪が幼げな頬を撫でる。
ひらり、ひらり。赤い蝶が舞う。
レノは立ち上がり、いつの間にか呟いていた。
「・・まさか・・・あのこが――“魔女”?」
そしてそれこそが、黒と白の青年達と、少女―――霜月凛の出会いであった。