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1.邂逅(1)


 ノワールの朝は早い。

 太陽が山脈の合間から頭を出す前に機関車の汽笛が聞こえ、工場が回り出し、街は熱気に包まれる。市場では鶏が起きるよりも前に乱闘騒ぎが起こり、常に地元警察はフル回転で残業手当は出ない。だから彼らはヤル気が殆ど無く―――そのためかこの街は「自由都市」という名のもとの「無法都市」化を日々着々と進めているのである。

 昨日の夜雨の所為か、心なしか今朝の空気は清清しい。

 鼻歌混じりに白い髪のその男は窓を開け、日課である花の水やりをしている向かいの老婆に「おはよう」を言った。





 ドン!埃被った小汚いテーブルにびたーんっと骨っぽい掌が打ち付けられた。同時に、清らかなこの空気をぶち壊す濁声が鼓膜を震わせる。

「いい加減にしてくれよ、レノ~。こっちだって生活かかってるんだよ」

 碧の瞳以外髪も肌も純白の男――“レノ”と呼ばれたその青年は溜息をついた。

 空は青い。小鳥達の囀りは今日のさわやかな晴天を教えてくれる。お隣のコーエンさん家のリンダは日々女らしくなっていく。彼は叫んだ。ああ、なんて平和な毎日だことだろう!

 だのに、今日に限って何故朝っぱらから野郎のぼやきを聞かねばならないのか。


「ウォーくんは今日も元気だな~。ウン何よりだ。ぼくはとっても嬉しい」

「何ヘラヘラしてるんだっ!とっとと払うものを払え!」

 値の張りそうなスーツを身に纏いながら、何故か安っぽいコートを着た男、ウォード。此処に来る前何があったのか知らないが、彼がここまでキレキャラ化するのは稀である・・・いや、そうでもないか。なんにしても八つ当たりされるのはいい迷惑だ。

 レノは片眉を下げ、やれやれと盆の窪を掻いた。

「そうは言っても仕事なくてさ・・」

「何を言う!僕が紹介した仕事全部棒に振ってくれちゃったくせに」

「でも浮気の証拠写真撮ったりティッシュ配りしたりして何になるの」

「金になる!そして払ってくれ!」

 彼――馴染みの仲介屋、ウォード・クラインは長身で基本的には鼻筋がスッキリとしたいい男なのだが、その似合わないスーツとコートとがイロイロ台無しにしている。もっと気をつければ、女の子も放っておかなくなるだろうに。無論、レノが他人のためになるようなことを無償で言うわけはないが。

「全く・・・君たちに一瞬でも家を貸した僕がばかだったよ・・・」

 彼は暫く同じようなことをひたすらまくし立てた後、ぞんざいにコートを翻し、捨て台詞を吐いた。

「今月末までには耳を揃えて全額完済すること、いいな!」

 バタン!と勢いよく扉が閉まり、その振動で壁に掛かっていたカレンダーが落ちた。一応拾い上げてみたが一年前の日付だったのでそれはあえなくゴミ箱行きとなった。


「・・・元気な人だよ、相変わらず」

 あーあ、と独りごち、回転イスをくるくるさせる。でもそろそろ本気で相手をしないと真面目に此処を追い出されかねないかもしれない。

 仕方ない、と腰を上げパソコンに向かっていると、そのうちに廊下の床板が軋む音がした。そして、掠れた低い呻きが、ドアが開くと共に入ってきた。

「・・・なんなんだ、朝っぱらから」

「あ、ミヤビおはよー」

 “雅”と呼ばれたその東洋系の青年(同居人であり一応はレノの相棒)は、寝癖でくしゃくしゃだった黒髪をさらに掻き揚げて、不機嫌そうに冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。彼は低血圧体質なため基本的に朝はすこぶる機嫌が悪い。下手を打つと冗談抜きで愛刀・不知火(しらぬい)の錆にされかねないので、話しかけるにも少し気が引ける。

「なんかね、そろそろ『ぼくらの心の友!』がおかんむりらしくてさ。みーちゃんはやるとしたら何したい?」

 寝ぼけてるんだかマジなんだか解らない「人斬り」という言葉を丁寧にスルーして、「じゃあ適当に見繕っとくよー」と隣の部屋に聞こえるように言う。聞こえてないならそれでいい。どうせすぐ忘れるんだし。

 ぽきぽきと指の関節を鳴らしながらサイトを開く。だが超大国アトルリアのお膝元、大抵「依頼」なんて限られてくるもの。

「みィんなこの五年で平和ボケしちゃったからなぁ・・・」

 頬に微笑というか微小な笑みを貼り付け、ぶくぶくに太ってレースまみれになった「マリーちゃん(犬)」の写真とほほえましい睨めっこする。仕方ないものは、仕方ないのだから仕方が無い。犬探し、もうこの際これでいいか。

 ああ、あとで絶対雅に柱の一本も駄目にされるだろうな、なんてどうでもいいこと(そうでもないけど)を考えながら、画面をクリックしようとした瞬間だった。

『おはよう。あら、憂鬱そうなカオ』

 レースだか毛皮だか解んないものを巻き付けられた犬が、突如として褐色の肌の女にすげ変わった。

 そのおかんばせを見て、つい「げ」という間の抜けた声が口からこぼれた。トランプでババから始まったあともっかいババを引いてしまったような気分になる。

「・・元気かい?ルーシア。ああ、今日も美しいようで何よりだ」

 今日はまた仰々しい日だな。まあ、知人が多いのはいいことか。けして「友達」ではないところがミソだけど。

『あらそれはどうもありがとう。でさ、早速だけど』

「あ、仕事なら足りてるから」

『あら。ウォードは来てないの?』

 そこでレノは総てを理解した。成程・・・ここに来る前彼に何かあったのだろうとは思ったけど、つまりこの人が原因だったわけか。

『まあ、いいわ。彼が言ってたんだけどね、もう少しで、あなた法的に訴えられて追い出されちゃうんですって。そこ』

 至極やさしく相好を崩すその女に思い切りレノは唇を引きつらせた。

「焚き付けたのは、君だったのか。・・・相変わらず性格が悪いね」

『何のことか解らないけど、性格悪いってとこは聞き捨てならないわね。折角、借金全部ちゃらにできるような仕事、教えてあげようと思ったのに・・・』

 あーあーどうしよう。これ、またいつものパターンだ。

「・・そう言いつつ、また報酬を八割がた持っていく気だろう?」

『私には仲介権があるもの、当然でしょう?ああでも、別にいいのよ。貴方達の代わりなんていーっぱいいるんだから。ただ、これを断ったとして・・・・』

 ふふふふふふふ。

 なんか、物凄く液晶を叩き割りたい気分になるが、そこはフェミニスト(自称)。レノはどうにかそこを120%の作り笑いで堪えた。

『じゃ、そっちに情報を送るわね。宜しく』

 丁度その時後ろを通りかかった雅がその女を視認するなり、「げっ」て声と共に凄く面白い顔をしていた。




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