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5.ひらりひらり(1)


「・・・随分こっぴどくやられたようだな」

 相棒の揶揄に、レノは「ほっとけよ」と投げやりに答えた。その通りだから本当は言い返せる言葉が無い。

 血に染まった白い服を見て、凛は肩を震わせて項垂れた。

「・・・私が居たから。ごめんなさい・・」

「お前が謝ることじゃねえ。少なくとも、これはコイツ自身のヘマだ」

「そんな・・・!」

「ミヤビの言うとおりだよ、リン」

 自分の力を過信し、あんな単純な罠に引っかかるとは・・・まったく、とんだ失態である。

 レノは罰の悪い表情をして、そろそろと立ち上がった。

「リン・・」

 上から覗き込むと、凛は今にも泣き出しそうに面を上げた。

 不甲斐がない。笑わせてあげるどころか、これほど怖い思いをさせてしまうとは。

 でも、だからこそ、

「・・一つ、言っておかなきゃならないことがある」

 こうなってしまった以上、もう知らないままではいられないだろう。

「オレたちは本当は・・ああいう連中から君の身を守るため、雇われたんだ。君の、お父さまに」

 聡い彼女のこと、薄々気付いていたのだろう。すぐに「知っているわ」という応答が返ってきた。

「知っていたわよ。私の翼のことも、霜月家に起こっていることも、本当は、なんとなく解っていた。二人がとても『強い』存在だから、尚更ね」

「・・・・」

「・・でも貴方達は優しくて、とても強くて・・だから私はついつい甘えてしまった。止められ無かった。迷惑をかけてしまうこと、解っていたのに。・・・ごめんなさい」

 こうなってしまうから。だから、凛にだけは、隠し通そうと思っていたのに。

 凛はぺこりと下げた頭を上げ、弱々しく微笑んだ。

「でも・・今日で終わりにするね。もうこれ以上、貴方達を巻き込むわけにはいかないもの」

「リン。オレ達は巻き込まれただなんて、」

「ッ私が嫌なのよ!」

 レノの発言を遮って、凛は吠えた。幼さを感じさせない、武張った威圧にレノは押し黙る。捻り出された声は本気だった。子供っぽい割に大人びた、いつもの彼女の何処か達観したような言葉とは明らかに違う、それは心からのモノだった。

「もう嫌なの・・。私・・レノと雅のこと、すきだから・・・大好きだから。・・・だからもう、無理なの」

 自分の大事な人だからこそ、自分のために傷付いて欲しくない。言っていることもその気持ちもわかる。でも、それは――未だ幼い彼女の口から出るにはあまりに酷な台詞。

 レノは自虐的に笑い、凛の両肩に手を置いた。

「護衛失格だね、オレ。・・・・・ごめんね」

「・・・違うよ、そうじゃなく、て」

「リンは、もうオレ達のことなんて要らない?」

「――っそんなわけない!」

 解っていて、わざわざ言う。オレも意地悪だな、と思いながら、レノはリンの頬っぺたを抓った。

「なら、まだクビにしないでよ」

「・・・・だけど」

「オレも、そしてミヤビも、リンのこと大好きだから。最後まで仕事をさせて?」

 凛が可愛い。凛が好き。だから、その可愛らしい笑顔を守ってあげたい。

 ――本当のところは、それだけではないのだけれど。そんな優しいだけの人間ではないのだけど。

 凛はじっとレノを正視し、頬を覆うその掌を握り締めた。

「ほんとに、側に居てくれるの・・・?」

「君が許してくれるならね」

「・・でも、『契約』が終わったら、居なくなっちゃうんでしょう?」

「それも、リンさえ構わないなら、遊びに行くよ。お屋敷に」

 ねえみーちゃん。

 と呼びかけると相棒は華麗にシカトを決め込んでくれやがりまして、レノは唇をひくつかせた。相変わらず、不器用なんだから。

「拒否しないってことは、『喜んで☆』ってことなんだよ」

 思いやりでその本音を代弁して差し上げると鋭い眼光に射抜かれた。でもやっぱり、やさしいやさしい相棒くんは凛には弱くて。雅が凛の寂しげな視線に負けて「暇な時ならな」と呟くと、彼女はとびきり明るく華やいだ。

「・・ありがとう・・・・!」

 ――こんな風に笑える子だったんだ。

 彼女のその嬉しそうな微笑みは、今まで見たどんな表情よりも美しかった。

 レノは膝を打って「よしっ」と気合を入れ、いつものテンションを取り戻した。

「・・さって、これからどうしようか!遊園地は・・・なんかいろいろ面倒くさそうだから(最早不審人物扱いされている)、街にでも行く?」

「賛成ーっ!」

 だがそこで、出鼻を挫くようにツッコミが入った。

「もう時間だろ」

 時刻は午後の四時半。たしかに、門限というか、五時には屋敷に帰る約束だ。

 でも、何故いきなりそんなことを深刻そうに言うのか。

「雅・・・・・?」

「みーちゃん、どうしたの?」

「・・・還るぞ」

 どこか思い詰めたような面付き。

 そして彼は、すれ違いざまレノに耳打ちした。

「・・・・・嫌な予感がする」

「・・・・・・」

 予感、か。

 みーちゃんの勘は当たるからな、とレノは苦々しく眉間に力を込めた。



***



「お。」

 おウチに帰って来たその男を見て、パーカー姿の緑髪の男は愉快げに言った。

「珍しいねえ。アンタがそこまで手こずるなんて」

 整ったその男のフォルムからは、片腕が失せていた。

 傷口からぼたりぼたりと落ちる乾いた血の塊。褐色の大理石が赤黒く染まる。

「片腕どころか一軍全部失ったんだって?たいした人間サマだねえ、ほんと」

 フードの男の態度が気に入らなかったのか、片腕の男は殺意にも似た反感を向けた。「おお怖い」と口笛が鳴る。

 男は血を流しながらもう片方の手に槍を出現させ、フードの男の喉元に突きつけた。

「・・下妖の分際で、一丁前な口を叩くな」

「あーあー、まったく、どいつもこいつもみぃんな血の気多いんだから・・・・・」

 フードの男は呆れたようにその槍に触れ――そしてそれを石化させた。

「―――!」

 片腕の男は慌てて距離を取るが、遅い。フードの男の陰から触手が生え――大蛇と化し――相手の脚を絡めて床に叩き付けた。

「ま、血の気が多いのはおれも同じか」

「・・・・・きさま、何を」

「なにをって・・わかんない?キミは――あれだけの駒を失いながら、それでも獲物を狩り損ねただろう?」

 蛇男は侮蔑的に片腕の男を見下ろす。片腕の男は予想だにしなかった展開に眦を決した。

「まさか・・・」

「そのまさかかもね。ウチは『失敗には死を』なんてオキテはないけど・・アンタはあまりに調子に乗り過ぎた」

「く・・・」

 同じ階級にある妖魔なら、力量はほぼ同等。しかし、今は身体の損傷状況があまりに違いすぎる。

 いや――たとえ常態であっても、この男の場合。

「・・下等なバジリスクが・・・・・っ!」

「ああ大丈夫。あとでちゃァんと妹さんの所に届けてあげるから」

 男が眼帯に手をかける。凍りつく空間。露になる、その左眼。

 片腕の男は血が出るほどに歯を食いしばり、蛇男は空虚な笑みを浮かべた。

「ばいばぁい」

 握られていた槍が手を離れ、床に転がった。





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