4.遊園地デート?(2)
盛り場から外れた人気の無い遊歩道を歩いていて、雅はぴたりと足を止めた。
「――で、何の用だ?」
不穏な風が流れる。
と、俄かに木枯らしの如く風が吹き荒れ、塵や小石が蜷局を巻いた先から一つの人影が現れた。
「ほう・・・今度は直々にご登場か」
雅は血色の眼を細めた。
この匂い、この感覚。あの霜月の裏山で感じたものと同じだ。口許に悦と狂気を滲ませ、はっきりとその姿を視界に入れる。
対して、爪先まで隠れる影色の外套に身を包んだその男(だと思われる)は、解せないという様子で言った。
「・・・・我を呼び寄せるため、敢えて一人になったのか?」
「面倒だっただけだ」
ソイツはほお、と感心したように嘯く。だが妖魔風情に感心されても特に嬉しいとは思わない。
「そうか・・。それほど自分の力量に自信があるか、それとも・・・」
「何の用だ、と訊いた筈だが」
妖魔は黙り込み、慎重に目の前の「人間」を観察した。そう、とても奇妙な人間を。
だが、成すべきことが定まっている以上余計な分析は無駄でしかないと判断したのか、外套姿の男は言った。
「――我らの障害になるモノを、葬りに」
ハッキリした返答で結構なこと。
「敵」が凶手を伸ばしかけるその寸前、爆発的に距離を詰め、雅は暗い色の衣を一刀両断する。しかし物質を切った感触は伝わってこず、そこからは無数の蝙蝠が湧き出した。
中級以上の妖魔が扱う、使い魔たち――。
視界を奪われ刹那怯んだ雅を見逃さず、妖魔は死角から攻撃を放ち、その黒刀を叩き落した。
「あれが無くば、焔は使えまい・・」
続けざまに放たれる衝撃。形を取り戻した妖魔の腰から機敏にうねる鞭のようなものが出現し、弧を描いて雅に襲い掛かった。雅は別段無理な動きもせずにそれを避けるが、鞭は直角に曲がり、避けるたびに速度を増して迫り来る。
六度ほど標的の代わりにコンクリートを抉ったところで、それは無数の糸となり網となって雅に覆い被さってきた。
「捕えたぞ」
逃げ場は無い。手ぶらでは防ぐ手立ても無い。カゲたるものに一瞬でも触れられれば、その部分の魂は腐食する――。
しかし、雅は避ける素振りも防ぐ動作も見せなかった。代わりにただ――うっすらと、笑った。
黒い網は青年を捕らえ闇の中に堕としていく。カゲを操る男は頷き、達成感にも似た笑みを浮かべた。だがそれは次の一瞬で驚愕に移り変わった。
「・・・全く舐められたモンだ」
「な・・・!?」
青年は表情一つ変えずその網を手で“引きちぎった”。その手に宿り、彼を守ったのは、焔。
そこで随分遠くに弾き飛んだ黒い剣を一瞥し、妖魔は理解した。
「――貴様、焔人か!!」
それは単純なからくりだった。そう、あの刀に特別な力があったわけではないのだ。霊刀・不知火はその切れ味を除けばあくまで魔力の増幅器であり、また雅の荒々しい魔力に触れても壊れないというだけのモノ。あれ自体に発火能力は無く、今までの剣技剣舞は総て彼自身の技量と能力でしかない。
そう、今男の前に立ちはだかる、“人であって人でない存在”の――。
「く・・・おのれ」
苦い薬でも飲んだようにくぐもった呻きを発し、ローブの男はまた雅に攻撃をしようとした。だが、ありったけの力を込めた光芒がその掌から放たれる間際、それを留める手が何も無い空間から突然飛び出した。
「――止めときなよ、モっちゃん。君の敵う相手じゃないの、もう解ってんでしょ?」
若い青年の声。
手が出現した場所から空間が歪み、やがてそこからヒトガタをした“何か”が滑り降りた。
その姿を、その眼光を目の当たりにし、雅の中に警告音が奔った。
「・・・お仲間、か」
「まあ、一応ね」
軽薄そうな男であった。ノースリーブのパーカーに、左目にアイパッチをした緑の髪の少年。表面上は深夜のダウンタウンに居そうな何か勘違いしたファッションの若者にしか見えないのだが――その独特の雰囲気と左目の眼帯の向こうにある禍々しさが、彼を「人間」として判別することを雅に本能的に拒絶させていた。
「ったくモっちゃん、一応忠告しとくけど、喧嘩売る相手は選んだほうがいいよ」
幾何学模様の刺青が入った右腕をぷらぷらと振る。少年はくるりと雅に向き直り、にっこりと笑った。とてもとても朗らかに、そして、好意的に。
「――あの兄ちゃんからする血の匂いは・・・まるで君の比じゃない」
雅は地面に突き刺さった『不知火』を抜きその少年に対して構えた。しかし少年は警戒するでも威嚇するでもなく、ただ愉しげに笑った。
嫌な空気だった。数瞬前、カゲを纏った男と遊んでいた時よりも、ずっと。この少年を前にしたときから、気温が数度下がったような錯覚に襲われてさえいた。
「キサマらは、何故あのガキを狙う」
「魂と肉体が欲しいから」
「・・・大した理由だな」
「可愛い子だからいいじゃん。俺、もとから予約してあるんだよね。あの子解体する時は、大腿骨と・・そうそうあと頭蓋を貰って部屋に飾るつもり」
不知火の斬撃が実体化して飛ぶ。それはコンクリートを引っぺがし、空高くへ舞い上げる。
しかし少年は避けることもせず、それを事も無げに片手を一振りして消し去った。
「・・・!」
「ああ悪いけど、戦うつもりはないんだ――っとごめん、モっちゃん」
斬撃を弾いた余波で、それはローブ姿の男の腕をもいでいた。黒く濁った血がだばだばとあふれ出る。だが、これこそが異形の力。それはまるで映像の逆再生でもしたかのように数秒で元の形に戻っていった。
「でも兄ちゃん、こんなとこで悠長にしていていいの?案外暇人だね」
少年の言葉に雅は思い切り不機嫌そうな顔をした。だがそれは、すぐに微かな焦燥に変わる。
今になって漸くその存在に気付いた、四方に張り巡らされた魔力の檻――空間分離結界。それもとても短時間では破れないほど煩雑な。
「てめえら・・」
ソレを見て、少年は更に愉快そうに腹を抱えた。
「駄目だなあ、そんなんじゃ。あの子も白い兄ちゃんも、早く行ってあげないと・・・・・・・殺されちゃうよ――?」