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無題

作者: 黒やま

「・・・で、どうする?」

ガヤガヤと普段の静謐な雰囲気とは違い、喧騒のする居酒屋『因幡のうさぎ』。

平日といえども今晩は、金曜日の夜10時を少しまわった頃という

一番の稼ぎ時の時間帯なので無理もない。

先程の台詞を口にしたのは、帰宅するのが気まずいからといって

半ば強引に連れてこられた同僚の浅田だ。

浅田は昨年の6月に結婚したばかりの新婚のため、自分とは対照的に

はやく愛する妻のもとに帰りたいのがオーラのように発せられている。

それなのに、こうやって自分が引き留めているから、ぶすっとして

帰宅したくない理由をいきなり突いてきた。

「どうもこうも・・・、上手くいってないからこうしてわざわざ

新婚のお前を引き留めているんだろうが。」

「こんな風に家に帰るの渋っているから、さらに奥さん怒らすんだろう。」

返す言葉が見つからず、ひたすらビールを飲み続ける情けない自分。

「崇彦君と美姫ちゃんだっけ?まだ4歳と2歳だろ。

早く帰ってやらなくていいのかよ。」

「こんな時間だ。子どもはとっくに寝ている。

そりゃあさ、子どもには悪いと思ってるよ。」

「奥さんにもだろ。」

さらにビールをあおり、2杯目を注文しようとしたらちょうど

頼んでおいた揚げ出し豆腐が出てきた。

揚がった豆腐の上に控えめに載せられた生姜とねぎを見つめ、

大学時代の妻の顔を思い出した。

「初めて作ってくれたんだよな、揚げ出し豆腐。」

「奥さん?初めての手料理が揚げ出し豆腐ってどうなの。」

「愛がこもっていればいいんだよ。あぁ~付き合ってた頃はよかったな。

毎日可愛い格好して、夏休みは旅行したり、花火大会一緒に行ったり・・・。」

最近の妻は子どものことで忙しいからといって自分のことはほったらかし。

自宅でも常にジャージですっぴん、久しく2人の時間をとっていない。

ここしばらくはすれ違いが発生し、そのせいかいさかいが絶えない。


「勘弁しろよ。こっちは新婚なんだぞ。そんな暗い話するなよ。大体な・・・」

浅田の説教が始まろうかとした時、彼のスマホが震えだした。

着信画面を見て相手を確認すると、にんまりとした笑みを浮かべて

すぐ誰からの呼び出しか分かった。

「佳菜子?ごめんな。今日会社の上司に無理に付き合わされてて・・・。

うん、わかった。切のいいところで帰るから。」

画面をタッチし、通話を終了するとニコニコとしている浅田を見つめた。

「浅田って奥さんのこと、名前で呼ぶんだな。」

すると浅田は、何を言っているんだこいつはという驚きの目で見てきた。

「当然だろ!もしかしてお前奥さんのこと名前で呼んでないのか?」

そう問われ、改めて自分が子どもが生まれてからというもの、

妻のことを『ママ』や『お前』としか呼んでいないことに気付いた。

「まぁ、、、な。」

「ダメだなぁ、ちゃんと呼んであげないと。それだからお前は・・・」

と、今度こそ説教が始まったのでそれをBGMに揚げ出し豆腐に箸を付けた。

すると胸ポケットの中で長方形の機械が振動する。

着信相手が誰なのか確認するため、携帯を開けるとそれは妻だった。

携帯を持って騒がしい店内から、少しはましな表へ出る。

そこで一拍置いてから通話ボタンを押し、耳に当てるといつもの苛立った声が機械交じりに聞こえてきた。

「早く出なさいよ、どうせ浅田君引っ張って酒飲んでるんでしょ。」

開口一番、妻からの容赦ない攻撃に電話の向こうの表情が見て取れる。

「仕方ないだろ。仕事でいろいろあるんだから。」

いつもの決まり文句を言い、さっさと電話を切ろうかとボタンに手を伸ばしかけて

ついさっきの浅田とのやりとりを思い出した。


「明子。」

と、何年かぶりに妻の名前を呼んだ。

「今度の日曜日、崇彦と美姫連れて4人でどっか行くか。」

明子はいきなりな提案に思いもよらなかったらしく、

しばらく返事に困っていた。

「なぁに?たまには私たちのご機嫌取りでもしようと思ったの?」

皮肉たっぷりの言葉ではあったが、声はだいぶ柔らかいものになっていた。

「まぁね。家族サービスも大切だしね。」

「じゃあ、期待してるわ。それと、早く浅田君を奥さんに返してあげなさい。」

ったくと言って、明子は電話を切った。

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