第九十七話 決別の決意
昼間、ゼンカイと広場で会話しおえたミャウは、その後、アマクダリ城に出向き、レイド将軍の部屋で書類の整理を行っていた。
「どうかな? 仕事の方は?」
「……はい。もうすぐ纏まりそうです」
机の上に並ぶ書類の量は決して多くはなく、またミャウの手際も良いせいか、彼女の言うように、それ程の時間を有せず終わりそうではある。
「そうか……だったら――」
言ってレイド将軍がミャウの後ろに立つ。
「一旦仕事は中断してそろそろ――」
そういうレイド将軍の息は妙に荒く、そしてその手をミャウの猫耳に向けるが――。
「申し訳ありませんが」
言ってミャウが、その手をスルリとすり抜ける。
「私をご用命頂いたのは嬉しい事と思っております。ですのでこの仕事はしっかり片付けたいと思いますが、仕事以外の面でこれ以上……これ以上レイド将軍閣下に協力するつもりはありませんので」
ミャウは鋭い視線を将軍に向け、きっぱりと言い放った。
するとレイド将軍の顔色がみるみるうちに赤く変わっていく。
「つまりお前は私の命令に従えないと、そういうのだな?」
「……与えられた仕事はこなします。ですが、ですがあのような真似はもうしたくありません! それに冒険者の権利として――」
「ふざけたことを抜かすな!」
ミャウの肩がビクリと震えた。
「権利だと? 貴様は何を言っておるのだ? 権利というのは人間だけが主張できるものだ。貴様は只の獣だ! 私が拾い調教したペットだ! そんなお前が権利など口にするなど烏滸がましいにも程がある!」
レイド将軍の口から発せられる言葉に、ミャウの唇はワナワナと震えていた。
すると、将軍が、ふぅ、と一つ息を吐き。
「そうか。判ったぞ。気づかなくて済まなかった。飼い主として責任を感じるよ。お前は疲れているのだな? ならば今日は特別に優しくしてやろう。ほらこっちへ」
「触らないで!」
差し出された将軍の右手を振りほどき、ミャウが語気を強める。
「……私は、レイド将軍が仕事を頼みたいというので来ております。ですが、呼ばれた内容がそれとは別にあるのであれば、これで帰らせて頂きます。それでは失礼致します」
言ってミャウは頭を下げ、踵を返そうとするが。
「待て!」
それをレイド将軍が止めに入った。
「貴様は今更何を言っておるのだ? お前がこの数日私に対してどれだけ尽くしてきたか忘れたわけではあるまい? 貴様にとってそれこそが仕事であろう!」
「私、は――」
「なんだったら全て言ってやろうか? なぁ? お前がどれだけ私に忠実かを。お前の! 仲間とやらに!」
「…………」
思わずミャウの唇が一文字に結ばれる。
「お前が私の与えた餌を獣のようにガツガツとむさぼり食うところや、私の熱くなったモノをニャ~ニャ~と鳴きながらウマそうに頬張るところ、更に私の上で野獣のように腰を振らせてよがり狂ってる様子を! なんなら私の手のものである魔術師を呼び、その様子を再現させたっていいんだぞ!」
ミャウは黙ってその言葉の羅列を聞いていたが、くるりと将軍を振り返ると。憂いの表情を浮かべながらも、構いま、せん、とその声を発した。
「何だと? 構わないだと?」
ミャウはぎゅっと瞼を閉じ、そして再度広げた。決意の篭った瞳がレイド将軍に向けられ、はい、と短いが硬い意志の感じられる言を返した。
「フフッ。フハッ、フハハハァアァ! 馬鹿が! 馬鹿が馬鹿が馬鹿が! だったらそうしてやる! 今回の事だけでない! お前の汚れた過去も全て暴露してやる! お前がどれだけ愚かで粗悪で醜い人生を送ってきたか! お前の仲間たちにもギルドにも、いや! 王国全土にその噂を広めてやろう! そうすればお前はこの王国で! まともになど生きていけぬぞ! 私が拾ったあの時よりも、更に惨めな暮らしがまっているのだ! それでもいいのか? いいのかぁああぁ!」
「構いません!」
ミャウの叫びに、将軍の眉根が吊り上がり、何? と、まるで枝のように太い血管が浮き上がった顔をミャウに向ける。
「確かに貴方がそこまですれば、私は街の人達から後ろ指をさされることにもなるかもしれない。でも――仲間はそうじゃないと、信じてますから……」
そこまで言ってミャウは軽く口元を緩めた。
「……私の事は、どうぞ好きに言ってくれて構いませんので……それではこれで」
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
レイド将軍が怒声を上げ、そしてミャウに詰め寄り、強くその両肩を掴む。
「貴様は! 拾ってもらった恩もわすれて勝手なことを! 忘れたようだな! 調教してやっと従順な猫に戻ってきたと思えば! またもや貴様は! 只の野良猫に! ふざけおって!」
「ちょ! 痛い、やめ!」
「だったら改めて教えてやる! 力づくでもな! さぁこれを脱げ! 脱げ! 貴様ら獣が服など着る必要がないのだ! さぁ! とっとと脱いでその薄汚れた身体を――」
「やめてください!」
その瞬間、甲高い快音が部屋内に鳴り響いた。そして自らが行った行為に、思わずミャウが、あ、と声を漏らす。
レイド将軍の顔は横を向いていた。が、そのまま手を頬に当て、赤く腫れた箇所を撫でながら嫌らしい笑みを浮かべ始める。
ミャウの右手は開かれ完全に振りぬかれていた。咄嗟にでた平手が、将軍の頬を打ったのである。
「ククッ、やったな! やりおったな! 貴様! このネンキン王国の将軍である私に、よりにもよってぼ、暴力を、暴力を振るいおった! これは大変なことだぞ! 言い逃れは出来ぬぞ! なんなら今すぐ騒ぎたて問題にしたっていい! そうすれば貴様はもう冒険者などとは名乗れなくなる! 当然資格も剥奪だ!」
ミャウは出てしまった手をぎゅっと握り、悔しそうに唇を噛む。
「さぁ! どうする! このまま問題にするのか! それとも私にわびをいれ、二度と歯向かわないと、私の命令には二度と背かないと、そう誓うか! 二つに一つだぞ! 勿論前者であれば、貴様は冒険者としてだけでなく、人生そのものが詰むだろうがな! だけどな! 私は優しい男だ。今ならまだ! 許してやる! さぁ! さぁ! どうするか応えろ!」
ミャウの猫耳は前後左右に揺れていた。まるで彼女の気持ちを表しているように。そして、レイド将軍は、さぁ、さぁ、と醜悪な笑みを浮かべミャウに詰め寄っていく。
「わ、た、わたしは……」
ミャウの口がゆっくりと開く、そしてレイド将軍の顔も更に深く歪んでいく。
が、その時――。
「ミャウちゃんや! ミャウちゃんはおるかのう!」
入り口のドアを激しく叩く音と共にゼンカイの声が部屋に響き渡った。
「ミャウちゃんおるんじゃろ? 一大事じゃ! 早くあけるのじゃ!」
「一大、事?」
言ってミャウが、お爺ちゃん? と更に言を繋ぐ。
「おお! ミャウちゃん。やっぱりおったか! さぁ早くあけるのじゃ! 早く! 大至急じゃ!」
チッ、とレイド将軍は舌打ちし、ミャウを一度睨めつけた後、入り口に向かい、ドアを開けた。
「全く何をとろとろしておるのじゃ! 一大事と言うのに!」
ドアを開け開口一番飛び出したゼンカイの言葉に将軍の顔が歪んだ。
「貴方こそ、突然やってきて少々失礼では? 第一……」
「うるさいのじゃ、お前になんてようはないのじゃ。わしはミャウちゃんを連れにきたのじゃからのう」
言って、あ! と声を上げる将軍を気にすること無く、ゼンカイが無理やり部屋内に進入する。
「お爺、ちゃん?」
その姿に目を丸くさせるミャウであったが。
「おおミャウちゃんや! 大変なのじゃ! ブルームの奴がのう! エルミール王女の情報を掴んできたのじゃ!」
「え!? 王女の!」
「そうじゃ! え~い! とにかくこんなところでモタモタしとる場合じゃないのじゃ! さぁミャウちゃん! いくそい!」
「え、あ」
言ってゼンカイはミャウの腕を取り、引っ張りながら、邪魔したのう、と述べ部屋を飛び出す。
が、勿論それで納得出きるレイド将軍ではなく。
「待てぃ! 貴様! 勝手なことを! こっちはまだ話が終わっていないのだぞ!」
その怒鳴り声にゼンカイが振り返り、
「なんじゃうるさいのう。王女の行方以上に大事なことなんてあるのかい? 無いじゃろうが! それぐらい将軍ならわかるじゃろう!」
と怒鳴る。すると将軍から、ぐぅ、という声が漏れた。
「もういいじゃろ? それじゃあ」
「その女は私を殴りつけたのだ!」
うん? と再度ゼンカイが将軍を振り向く。
「聞こえたか? その女はこの将軍閣下である私の顔を平手で殴ったのだ! その事をこれから――」
「そんな物どうせお前がミャウちゃんにエロいことでもしようとして殴られたのじゃろ? お前スケベそうな顔しとるしのう。自業自得じゃよ」
将軍の顔が、な!? と引きつる。
「もうええのう? 全くくだらん話に付き合っとる暇はないのじゃ。のうミャウちゃんや?」
言ってゼンカイが微笑むと、ミャウは目を瞬かせ、そして。
「……うん。うん! そうだね! いこうお爺ちゃん! 王女の事、心配だし!」
「それでこそミャウちゃんじゃ!」
そう言って二人は長い廊下を走って行った。将軍の待て、という声を聞いても、最早止まる事は無かったという――。




