第八十八話 狙われた二人
「どうやら大分片がついてきたようだね」
勇者ヒロシの下に四大勇者の全てが集まると、件の白衣の男と、アスガもその姿を見せた。
「はっ。意外と簡単に勝負が付いてんだな」
アスガが小馬鹿にしたように言うと、ヒロシが歯をむき出しに返す。
「黙れ! 大体僕の仲間がそう簡単に――」
ヒロシが悔しそうに歯噛みする。
「りゅ、りゅうひゃしゃみゃ……」
そんな勇者の背中を王女エルミールが心配そうに見つめていた。
「納得出来ないですか? フフッ。ならばいいのだよ。貴方にしっかり現実をみせてあげるのだよ。……宜しいですよね主?」
「好きにすればいい」
「はっ。ありがとうございます」
言ってロキが右手を差し上げた。その瞬間地面の各所に魔法陣が浮かび上がり、そして――ガッツ、ラムゥール、ジャンヌがそれぞれ相手をした仲間たちが陣の中に現出する。
「ミャ、ミャウちゃん! ミルクちゃん! なんて事じゃ、まさか本当に……」
ゼンカイはワナワナと拳を震わせた。仲間たちがやられてしまったというのに何も出来なかった自分を歯がゆく思っているのかもしれない。
だが、そんな多くの仲間が倒れている中。ガッツの瞳がある三人に向けられる。
「何や? 突然どうなっとるのや?」
「ブ、ブルームさん。み、皆さんが――」
「あれは、ウンジュとウンシル! そんな――」
そのやり取りを眺めた後、ガッツの瞳がジャンヌに向けられる。
「どういう事だ? なぜこの三人は無事なのだ? 貴様、まさか情けを……」
「私は命令通、り、やったつも、り――」
ジャンヌが軽く瞼を閉じながら応える。
「なんや、ようわからんが、おっさんも怖い顔すんなや。そのベッピン姉ちゃんは確かに容赦なかったで。ただわいの方がほんのち~とだけ駆け引きが上手かったちゅう話やな」
そう言って高笑いを決める。
その横では、ヨイが祈るような格好で何かを呟き。
「だ、大丈夫です! み、皆さん、ま、まだ息があります!」
嬉々とした顔でそう叫んだ。
「……お前たちも人のこといえな、い」
ジャンウがガッツとラムゥールを見やりながら言い返す。
「むぅ。よもやアレでまだ生きてるとはな」
「チッ。しぶとい奴らだ」
忌々しげに語る二人を、ため息混じりにみやり、そして白衣の男がロキに言う。
「それでロキ。どうなのだこの勇者の実力は?」
「は、主。レベルは130ってところです。ですがたかがメイドの一人がやられたぐらいで取り乱すような男。正直大したこと――」
「たかが、メイドだと?」
勇者ヒロシがロキを睨めつける。その顔は怒りにみちていた。そして一気に間合いを詰め叫ぶ。
「ふざけるな! セーラーは僕の大切な仲間だぁああ!」
怒声を上げ、両手で握りしめたエクスカリバーを、その頭目掛け振り下ろす。
だが、ロキは魔剣でソレを止め、半身を後方に逸らすようにしながら受け流す。
ヒロシの身体はロキの所為で前のめり気味に流された。が――。
「むぅあの状態から切り返すか」
「しかも中々はやいな」
ガッツとラムゥールが思わず感嘆する。その二人の視界に、身体がながされた状態から跳ね上げるように刃を振り上げるヒロシの姿。
その素早い切り返しに、ロキの動きがついていけていない。
だが、それでもその一撃は空を切る。
ロキの身が一瞬にして消え去ったからである。
「言った筈なのだよ? 攻撃はあたらなければ――」
余裕の表情で元の場所から離れた位置に出現するロキ。だが目の前に詰め寄ってきていた勇者の存在に、余裕という二文字はかき消された。
「クッ! 馬鹿な!」
再び消え、そして場所を変え現れる。しかしヒロシはその位置が判っているかのように彼の目の前に現れる。
「なんだありゃ? 予知能力でも使えんのかよ?」
誰にともなくアスガが言うが。
「いや。違いますね。アレはロキが現れる気配を察して距離を詰めてるのでしょう。ふふっ、これは面白い――」
眼鏡の中心部を軽く押し上げ、白衣の男は不敵に微笑んだ。
そしてそのレンズに映るは、ついにロキを捉えたヒロシの姿。
「おお! あやつ! やりおった!」
ゼンカイも思わず声を張り上げる。が――その刃に斬り裂かれたロキの身が瞬時に霧散する。
「シャドウドール。それは影の人形なのだよ」
本体は勇者から数メートルほど離れた位置に立っていた。だが、そこに先ほどまでの余裕はみられない。
「なんや、わいの持つアイテムみたいな事するんやな、あの男」
ブルームが呟くように言う。確かに彼のみせたダミー人形に通ずるものがあるだろう。
「しかしロキよ随分と苦労してるようではないか?」
「なんだったら俺が代わってもいいが?」
「…………」
ガッツ、ラムゥール、ジャンヌの視線がロキへと注がれる。が――。
「そんな心配は不要だ。もう勝負は決まっている」
ロキが勇者ヒロシをみやる。そこには何かに向かって剣を振り続ける彼の姿。
「ひ、ひろしゅしゃみゃま! いてゃいにゃにぎゃ!」
「何かに……囲まれてる?」
王女が心配そうに声を上げ、プリキアが何かに気づいたように目を凝らした。
「中々鋭い方もいるようなのだよ。そう、その男の周りは私が創りだした魔法の檻に囲まれている」
言ってロキが口角を吊り上げた。
「さて。主よ、どう致しましょうか?」
ロキが白衣の男に問うと、彼が一つ頷きそして返す。
「まぁいいでしょう。皆さんの戦いで実力は十分にわかりました。その勇者も実験体として十分役立つ。予定通りに、こっちへ」
白衣の男が言うと、隣のアスガが口を開く。
「なぁ。あの王女も――」
「……本気ですか? ふむ、まぁいいでしょう。ロキ――」
男はロキに何かを命ずる。すると彼が、承知しました、と返し、その手を前に突き出し掌を王女に向けた。
「な、なんなのじゃこれは!」
王女が叫び、両手でドンドンとソレを叩く。が、とても壊れるものではない。
「さぁ!」
語気を強め、ロキが右手をさし上げた。すると、勇者ヒロシと王女エルミールの身が魔法の檻に囲まれたまま宙に浮かび上がり、彼が主と崇める、白衣の男の側に移動した。
「これで、大体の目的は達成できましたね」
白衣の男が満足気に笑みを零す。
「で、あいつらはどうするんだ?」
アスガが顔を眇めながら問いかけた。
「そうですね……まぁ後は彼らに適当に片付けて――」
「ちょっとまちぃや!」
白衣の男が言いかけたところに、ブルームが待ったを掛けた。
「何か?」
レンズの奥の男の瞳が、ブルームを睨めつける。
「何かやないがな。全く、殺されるにしてもわいはあんさんの事を何も知らんのやで? それはあまりに冷たいちゃうんか? せめて名前ぐらい、そや、その【魔薬中毒のアスガ】みたいのがあんさんにもあんのやろ? 最後にそれぐらい教えてくれてもいいんちゃうか?」
すると男が一つ息を吐き出し。
「まぁいいでしょう。私は【人体実験のイシイ シロク】そう呼ばれてます。もう知っての通り、七つの大罪の一人ですよ」
「成る程のう。で、あの、ハルミって女もそうなんやろ? あんたらの仲間の」
「ハルミ――オボタカの事ですか。私達の間では【遺伝子改造のオボタカ ハルミ】と呼ばれてますがね。ただ仲間と言うのは語弊がありますね。私達は仲間意識などそれほど高くはないし、第一私はあの女が嫌いだ」
蔑むような瞳を見せるイシイだが、それはブルームにではなく、今その場にいない女へと向けられているようであった。
「成る程のう。だったら残りの奴らの事も教えてくれへんか? どうせわいらはもう逃してはくれへんのやろ?」
「そう思うのだったらなぜそんな事を聞くのかな? それとも……また何か逃げの算段でも考えているのかな?」
イシイの問いに、ブルームは彼の瞳をじっと見据える。
「チッ。抜け目ないのう」
「……実験した対象がどんな戦い方をしてるか。それぐらいは私もしっかりチェックしてるのでね」
ブルームの額に汗が滲む。それがイシイの言葉が正しいことを示していた――。




