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第八十七話 力の差

 轟音が止み、全ての攻撃が魔神ロキのいたであろう場所に叩きこまれた後には、何も残ってはいなかった。


 その現実は、一瞬だけ皆に勝利の二文字を浮かび上がらせ、勇者ヒロシに至っては、やりすぎてしまったかもと若干後悔の念にかられたほどであったのだが――。


「まさか、今ので私を倒した等と思っているわけではないだろうな?」


 今先ほど、ほんの少し前まで聞いていた声が、それ程の距離もない辺りから響き渡ってきた。


 そしてその声の方へと皆が顔と身体を向ける。魔神の笑みがそこにあった。


 それを、一番近い位置から確認したであろうはセーラの黒真珠のような瞳。

 彼女と視線を合わせたロキは、表情を一変させ、ここに来て初めて腰の剣を抜いた。

 刀身は不気味にグミャリと波のように折れ曲がっている。

 刃の長さは80~90㎝といったところか。

 ソレの表面を、邪悪な光が螺旋を描くようにしながら覆っている。


「これは【魔剣レーヴァテイン】私のお気に入りの武器で、とても魔法のノリがいいのだよ」


 右手で柄を握り、刃を横に傾けた。

 ユラユラと上下に揺れる刀身が、何重にもブレて見える。

 

「さて。それじゃあ今度は私からいくのだよ。何せ貴方は少し面倒そうですから、ね!」


 語気を荒らげ、そしてロキが刃をまず下から上に切り上げ、更に両手へと握り直し、振り上げた状態から一気に切り下ろした。


 だが、これは傍から見れば不可解な攻撃である。何せロキとセーラの距離は、近く見ても10m程度は離れていた筈なのだ。


 しかし相手は魔神とさえ呼ばれたかつての勇者。あらゆる魔法を使いこなすと言われた猛者である。

 彼らは、いや彼女は、もっと慎重になるべきだったのかもしれない。


 悲鳴は上がらなかった。それは彼女の精神が強いのか、それともすぐには何も感じなかったのか。恐らくは後者であろう。セーラの表情には、痛みより疑問の色の方が強かったからだ。


 そしてその時には、彼女の左腕は真上に、ホウキを持った右腕は下に、それぞれが移動していた。


 血は流れていない。しかし断面だけはくっきり顕になっている。

 するとセーラの黒目が萎み、あまりの出来事にその膝が崩れた。

 悲痛な呻きは、後から一気に弾け広がった。


「これでその煩わしいホウキも使えないのだよ」


 嘲笑うように唇に指を添える。その時、セーラの横を駆け抜け、殺気のこもった一閃が、ロキの首目掛け振りぬかれた。


 だがロキはソレを魔剣で受け止め、直後、歪んだ音叉の音が、周囲に響きわたった。


「貴様ぁあ! セーラに何をしたぁああぁああ!」


 荒々しい声音と額に浮かびし波打つ血管。その顔は、最早勇者というより鬼である。


「君、そんな顔もできるのだよ。しかもレベルが130! これは凄い! 流石勇者なのだよ。メイドの倍はあるのだよ」


 賞賛するような言葉を浴びせながらも、彼は猫を相手にする虎の如き表情を崩していない。


「フッ、しかしこれは中々のパワーなのだよ。このままだと押し負けそうなのだよ」


「黙れ! セーラの腕を! よくも!」


 猛り、身を翻すように回転させ、今度は逆の首を狙い刃が走る。


「本気で殺しにきますか? だが――」


 口端を吊り上げ、その瞬間、ロキの身が消失した。ヒロシの刃が虚しく空を切る。

 勇者の顔が悔しさに歪んだ。


「攻撃は当たらなければ意味がないのだよ」


 ロキは勇者の数歩前に姿を表した。そして掌で顔を覆い、楽しそうに身を捩らせる。


「しょ、しょんにゃ、あんにゃしゅびゃやく……」


「まるで瞬間移動じゃのう」


 あまりの光景にしばし目を奪われていた二人だが、ここにきて漸く冷静さを取り戻しつつある。


「さぁ――この私を――捉えられますか?」


 その言葉を言う間にロキは更に三回消えては現れてを繰り返す。

 ゼンカイの言うように正に瞬間移動と言える所為であった。


「く、くそ!」


「捉えられないですか? つまらないのだよ。では、この攻撃はいかがかな?」


 言ってまたロキは離れた位置から魔剣を振るおうと動き始める。


「まずい! お爺さん王女を!」


 ヒロシが突如慌てたように後方に駈け出し、ゼンカイに訴える、

 そして彼の手は、茫然自失といった具合のセーラを掴み、そして空中へと飛び上がった。


 一方ゼンカイも、勇者ヒロシの必死さから何かを察知し、エルミール王女に腕を回す。


「ぶ! 無礼者! 勇者ヒロシ様以外の物がわらわに触れるなど!」


「そんな事を言うとる場合じゃないのじゃ!」

 

 ゼンカイは王女を何とか抱きかかえ、渾身の力で跳躍する。


 その直後、魔剣レーヴァテインによる斬撃が一文字を刻み、刹那――跳躍したヒロシとゼンカイの足下が真横にズレた。


 それは一瞬の出来事であったが、瞳を見開いたその先で、空間に浮き出た歪を彼らは確かに視認した。


 そう空間がズレたのだ。魔神ロキの斬撃によって。


 着地した時。二人の位置は明らかに跳躍した位置から横に流されていた。完全に位置そのものが変わっている。

 その事実に二人も驚愕といった感情を隠せずにいた。


「流石に二度目は躱しましたか。いや、そうでなくてはな。こちらも張り合いがないのだよ」


 軽く拍手をして見せながらロキがいった。勿論本気で褒めてるというわけではなく、どこか人を小馬鹿にしたような態度である。


「こやつは……時空を操る魔法さえも、こんなにあっさり扱えるというのか――なんて奴なのじゃ……というかさっさと放すのじゃ! 無礼者なのじゃ!」

 

 ゼンカイに抱きかかえられたままの状態が、おきに召さないようで、ジタバタと王女が暴れだす。


 仕方がないので、わ、わかったのじゃ、とちょっと残念そうに言いながら、ゼンカイはエルミールを下ろした。


「姫様。大丈夫ですか?」


「ひゃ! ひゃい! りゃいりょうびゅでしゅ! ひろしゅしゃまにしゅんぴゃいしゅていちゅじゃきゃけるにゃんて、みゃらわはしゅあわしぇですりゃ」


 戻っていた口調が勇者の声でまた呂律の回らない口調に。トロットロ姫の出来上がりである。


 だが、勇者は、そうですか……、と何処か上の空な感じにも思える。


「セーラ……」

 

 メイドを地面に下ろし、両腕を無くした彼女に憂いの瞳を向ける。


「いい意味で……私は大丈夫、で、す」


 セーラの顔色は青く、声音も苦しげであった。不思議なことに出血はまるでないままだが、段々とその痛みは増してきているようである。


「さて、次は……」

 

 ロキは彼らの姿を眺めながら、一つ呟く。だが、その直後、轟音と共に大地が揺れ、そして辺りの地に亀裂が走る。


「これは、ガッツの奴か――それに……」


 ロキは口元をニヤリと緩め、そして皆の姿をみた。


「君たち! どうやら大切なお仲間たちは――」


 両手を広げ、背中を反らし少し溜めるようにしながら。


「皆やられてしまったようなのだよ。どうだい? 悔しいかな? 悔しいだろう?」


 歓喜の言葉を言い放った。醜悪に歪んだその顔に、かつての勇者の面影はない。


「皆じゃと? 何でじゃ! 何でそんな事がわかるのじゃ!」


 ゼンカイが声を荒らげた。その頭に浮かぶは、きっと一緒に旅を共にした仲間たちの姿なのだろう。


「そうだ!」


 奥歯を強く噛み締めながら、勇者が怒気のこもった言葉を続ける。


「僕の仲間たちがそう簡単にやられるはずがない!」


「いや。やられたさ」


 突如ロキの側に稲妻が駆け寄り、かと思えば雷帝ラムゥ-ルの姿がそこに現れた。


「ふむ、もう少し手応えがあるかと思ったのだがのう」


 続いて、空中から巨大な影が彼らの前に落下する。そして大岩が落ちてきたかのような轟音が鳴り響き、武王ガッツがその姿を見せた。


「主の命令通り、に」


 優雅に舞うかのような所作と共に、一行の背後から聖姫ジャンヌも姿を露わにした。


 こうして仲間たちを次々にねじ伏せた古代の勇者が、四人全て、ヒロシやゼンカイ達の下に集結したのだった――。

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