第八十六話 魔神ロキ
元は墓石が建てられていたであろう位置が、突如捲り上がり、その中から彼を主張するホウキ頭が飛び出した。
そしてゆっくりと立ち上がり、ふぅ、と一息つく。
もしかしてこの世に残る未練のあまりアンデッドとして復活したのか? と勘ぐりたくもなるがそうではなかった。
そして、実際彼の顔に溢れる血色の良さは生きてる人間のソレである。
「行ったようやで、二人とも出てきても、もう大丈夫やで」
プルームの呼びかけに応えるようにもう二つ、土面が捲り上がる。
そこは、首から上が無残に切り離され、物言わぬ躯となった――かと思えた二人の少女が転がった位置のすぐ後ろである。
「はぁああぁああ! バレたらどうしようかと思いましたよ!」
「で、でも、ブルームさんが、ぶ、無事でよかった」
ゆっくりと立ち上がり、ヨイとプリキアの二人が土埃をパンパンと払ってみせる。
「すまんのう。何せヨイちゃんはすぐ顔にでそうやかい、ギリギリまで話さんよう言っておいたんや」
ブルームが頭を掻きながらヨイに言う。
するとプリキアが、それにしても、と言い、肩口に手を入れ何かを取り出す。
「こんなものを、いつの間にか仕込んでるなんて――突然囁き声が聞こえた時にはビックリしましたよ」
プリキアが取り出したのは、前もブルームが活用した声を届ける魔道具である。
「後一緒にガムも……まぁおかげで助かったのですけど。でも人形とは言え自分の死体を見るのはあまりいい気分じゃないですね」
言ってプリキアが眉を顰めた。ヨイに関しては見ようともしない。
「で、でも、ブ、ブルームさんも、こ、これで、た、助かったのですか?」
ヨイは、あまり人形を見ないようにしながら、質問を投げかけた。
「いや。あの嬢ちゃんは勘が尖そうやったからな。わいはここの屍にミラージュマントを二枚重ねて凌いだわ。あれは人の姿も映し出せるからのう」
その返しに、随分色々仕込んでるんですね、とプリキアが返し。
「全く、最初から勝つ気がないって声が届いた時はちょっと呆れましたよ」
少女は腰に両手をあて、嘆息をついた。
「最初に全員と合流した時から逃げるよう言うといたやろ? あんなんまともにやっても勝てはせんわ。勝てない戦いで命を落とすなんて馬鹿のすることやで」
腕を組み、高笑いをみせるブルーム。逃げに徹したことを恥などとは思っていないようだ。
「まぁ言うても、ほな逃げさせてもらいますわ言うて簡単に済む相手でもなさそうやったからな。実際色々使わせてもろうたわ。ほんま赤字なのは確かやで。ミラージュマントだけでも地面を覆う分と、わいと死体を入れ替える分で五枚はつこうたからなぁ」
「で、でも、い、命はお金には、か、変えられません」
ヨイが握りしめた両手を振りながら、そう訴えた。
するとブルームがフードの上から彼女の頭を撫で、そうやな、と返す。
ヨイの顔はどこか気恥ずかしそうでも有り、また嬉しそうでもあった。
「はいはい。それじゃあ早く皆さんを探しに行きましょう。他の勇者と戦ってるなら心配ですし、助けないと」
「何や、折角難を逃れたいうのに、また行くんかい。難儀やなぁ」
「だからって放っておくわけにはいきません」
真面目な顔をしてプリキアが返すと、ブルームが一つため息をつく。が、仕方ないといった感じに二人を引き連れ、他の仲間を探しへと向かうのだった。
「魔神ロキ……貴方と対峙できるのを僕は誇らしくさえ思いますよ!」
勇者ヒロシの猛々しい声が、辺りに響き渡る。その目の前には蒼く長い髪を掻き上げる全員をみやる男――魔神ロキの姿。
そう、今まさに、現代の勇者と古代の勇者が相対していた。
二人の間を何かが畝るように渦を巻いている――そんな緊張感が辺りを支配している、ようなのだが。
「みゃ、みゃじゅんりゃか、にゃんだきゃしりゃにゅが、ゆうひゃひろしゅしゃまに、きゃきゃりぇば、おみゃえにゃど、いちきょろにゃのじゃ!」
「……いい意味で姫様。緊張感が台無し」
未だトロットロの王女の口調は、なんとも力の抜けるものなのだ。
「わしは勇者として! 王女もセーラちゃんも守ってみせるぞい!」
流石KY爺さん。空気も読まずここで勇者発言とは恐れ入る。
「えぇセーラはともかく、姫様は守ってあげてください。ロキ様とは僕が真の勇者として相手せねばならぬ相手! ですから……」
「ひろしゅしゃま! わりゃわは、じゅぶんにょみゅぎゅらい! じゅびゅんでみゃもらみゃすのりゃ! きょんなぴょんきょつにみゃもってみょらわにゃく――」
「いい意味で聞き取りづらい。いい意味で勇者ハゲなんとかしろボケ」
「酷い! 僕ハゲてないし! てか最近ちょっと冷たくない!?」
勇者戦う前から少し涙目である。
「……なんとも緊張感の欠けた人たちなのだよ。しかしこの私を前にしてその余裕はある意味賞賛に値するのだよ」
ロキはまるで大切な賓客を迎え入れるかの如く両手を大きく広げた。
だがその顔は、敬意よりも、どこか蔑んだような感情のこもった物だ。
「勇者ロキ様、僕はまだ貴方と戦う事に納得できていません。出来れば仲間として邪悪を滅ぼす手助けをしてほしいとさえ思う。でも――それを受け入れては貰えないのですね?」
「クドいのだよ。むしろ私はすぐにでもやりあいたくてウズウズしてるのだよ。全く復活させてくれた主には感謝してもし尽くせない程なのだよ」
その答えに、勇者ヒロシが一旦目を伏せ、そして決意を決めた瞳で顎を上げる。
「ならばロキ! もう貴方を僕は勇者としてみない! だからこそ僕が自ら貴方を討ち倒してみせます!」
「どうぞなのだよ。やれるものならね」
「皆下がってて! ここは僕が勇者として一人で――」
「いい意味で、お断りします」
な!? と驚きの表情を見せるヒロシを他所に、セーラがロキに向かって駈け出した。
「いい意味で、一人でやろうなんて無茶」
「成る程。まずはメイドが私の相手をしてくれると? フフッ、しかしメイドの身でどこまで出来ますかね?」
「いい意味で、馬鹿にしすぎ! メイドスキル【大箒】!」
セーラが手にしていたホウキの先が一気に肥大化し、穂先の一本一本がまるで大蛇のように畝りながら、ロキへと襲いかかった。
「ふん。小癪な真似を」
鼻を鳴らし、ロキが右手を突き出しその手を開いた瞬間、彼の周りで大気が渦をまき、そして小さな竜巻がその全身を包み込んだ。
「しょ、しょんにゃ、えいひょうもにゃくみゃひょうをひゃつりょう!」
「な、なんだかよくわからないのじゃが、すごそうじゃ!」
王女と爺さんが声を張り上げるのとほぼ同時に、箒の波がロキを包み込む。がその穂先は瞬時にズタズタに斬り裂かれ、ロキの身に全く触れること無く細切れになって地面に落ちた。
「攻撃と防御を兼ね添えた風の鎧なのだよ。あぁそうそう、私は魔法を使うのに一々詠唱なんかはしないのだよ。どんな魔法も瞬時に発動してみせるのだよ」
元の大きさに戻ったホウキを両手に、セーラがロキを睨めつけた。
「セーラ! 全く勝手な事を! いいからここは僕に任せて……」
心配気にメイドに駆け寄るヒロシ。だが、セーラは背中までのびた艶やかな黒髪を靡かせ、彼を振り返る。
「いい意味で勇者オハギ様甘い。一人で勝てる相手じゃない。いい意味で――優先するのは勝利」
いつになく真剣な表情で語るメイドに、セーラ……、とヒロシが一つ応え、瞳を伏せた。
「私は別に何人がかりでも構わないのだよ。どっちにしても全員片付けなければいけないからな」
口元に指を添え、微笑を浮かべながらロキが言う。そこにはどこか余裕さえもにじみ出ていた。
「折角相手があぁいっておるのじゃ。わしら全員で協力して打ち倒すとするかのう」
「ひ、ひろしゅしゃま! わ、わりゃわみょてぃやちゃきゃいみゃしゅりゃ!」
「……いい意味で私があの風を取り払います。そしたら一斉に……」
セーラの言葉にヒロシは何も言わずコクリと頷いた。
「いい意味で、流石勇者ヒロイ様です」
「だったらいい加減、名前を間違えないで欲しいけどね」
セーラは返事代わりにニコリと微笑み。そして再びロキに向かって駈け出した。
「ほぉ。また貴方ですか? ですがいくらやってもこの鎧はどうしようもないのだよ」
「いい意味で、あんた舐めすぎ! メイドスキル【魔法掃除】!」
そう叫び、今度はホウキの形状はそのままに風の鎧目掛けなぎ払う。
「そんなもの、今度はホウキごと斬り裂かれますよ!」
自信に満ちた笑みで語るロキ。だが、セーラのホウキは、その風の影響を受けることなく、いや、寧ろその風ごと一気に薙ぎ払った。
「甘かったなロキ! セーラのそのスキルは魔法の効果を払いのける! 隙だらけだぞ!」
自信に満ちた声で言い放ち、そしてヒロシがエクスカリバーを抜いた。その刃は眩いばかりの光に包まれている。
「いくぞ! 【ジャスティスロングバケーション】!」
相変わらずのネーミングセンスはともかく、光りに包まれたエクスカリバーが天を貫くほどに一気に伸び上がった。
そして勇者は、うぉおぉお! っと声を轟かせながら、その刃を魔神ロキ目掛け振るう。
「【ホーリーレイ】!」
その勇者の横を、極太の光の波動が一気に駆け抜け、ロキの身体を捉えた。
スキルの主はエルミール。この時ばかりは流石に呂律も回っている。
「わしも負けておれんのじゃ!」
言ってゼンカイが口に手を突っ込み、そして入れ歯を投げつけた。
回転しながら入れ歯そのものが燃え上がるこの技は、ゼンカイがここにきて習得した新技、ねぜはである。
「いい意味で、メイドスキル【ホウキランス】!」
セーラはロキの風の鎧を打ち消した後、仲間の攻撃の邪魔にならないよう跳躍し、そして自らも新たなスキルを振るった。
スキルが発動すると共に、穂先が刃のように鋭く尖り、ロキ目掛け伸び進む。ソレは毛の一本一本が鋭い槍であり、まともにあたったなら身体中に風穴が空くことは必至であろう。
こうして四人の全力の攻撃が、顕になったロキの身目掛け降り注いでいった――。




