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第八話 ギルド加入

「納得いかんのう――」

 ゼンカイは一人ぶつぶつ言いながら階段を上っていた。

 一階で自身のチートが入れ歯であると教えられた彼だが、それが不満だったからである。


 正直ゼンカイはもっと格好良くてお洒落なチートを望んでいたらしいのだが、世の中そう上手く事は運ばない。 

 爺さんの持つ入れ歯の能力が高いのは事実であり、確かに現状ではそれがチートである可能性のほうが高いのだ。


「いらっしゃい。貴方が新しくやって来たというトリッパーですね。下から話は聞いてますよ」


 二階に上がったゼンカイを出迎えたのは人の良さそうな恰幅の良い男性であった。

 40代中頃の男で、別の意味で胸がありそうではあるが当然そんな物に爺さんが興奮するわけもない。


 ゼンカイが階段を上がった部屋には今この男性しかおらず、さらに彼は部屋を仕切るカウンターの中にいた。

 その為この男性が下で聞いたテンラクである事はゼンカイにもすぐに理解できたようだ。


 カウンターの中でニコニコ笑顔を浮かべる姿には、その名前が妙に似合っている。


「わしがゼンカイじゃ。よろしくのう」

 そう言って軽く手を上げた後、トコトコとカウンターの前まで歩み寄る。

 

 二階の部屋は、一階に比べると随分こぢんまりとした正方形に近い間取りであった。

 カウンター以外に特に目立った物はみられず。石壁に囲まれただけの殺風景な部屋である。


 ただテンラクの背後の壁にも一つ扉が設けられているので、その奥にも部屋があるのだろう。


「冒険者になりたくてのぉ。手続きとやらを取りに来たんじゃわい」

 ゼンカイは頭を擡げテンラクに要件を告げる。が、カウンターに密着しすぎた為その姿がさっぱり見えない。


 カウンターはテンラクの胸より少し下ぐらいまであり、爺さんには少々高すぎたようだ。

 勿論そんな状態なので、テンラクからだと、爺さんの縦長のハゲ頭を上から見下ろす形になり、その様相がはっきりしない。


「あの、ゼンカイさん。もう少し台から離れて貰ったほうが話しやすいと思いますよ」

 テンラクの助言に、おお! 成る程! とゼンカイは数歩後ろに下がる。


 こうする事でゼンカイにはテンラクの顔が、テンラクからはゼンカイの顔がはっきりと見えるようになる。

 そして交わされる視線……照れくさそうにはにかむ二人。

 いい年したおっさんと、禿げた老人が見せるその触れ合いは全く微笑ましくない。


「それじゃあこの用紙に必要事項記入してくださいな」

 テンラクは終始にこにこしながら、ゼンカイに紙とペンを手渡す。


「ふむふむなるほど。ところでインクはあるのかのぅ?」


「あははは。そんなのは必要ないですよ。それはそのまま自由に書き込める魔道具ですから」


 テンラクは身体を小刻みに揺らしながら、ゼンカイの疑問に応える。

 ほぅ、と短く発し、地べたに寝っ転がるようにしながら用紙に記入を始めた。

 非常に行儀が悪く感じられるが、カウンターに背が届いていないのでしょうがないとも言える。


 しかし驚くべきはこの国の魔道具の数々か。

 今ゼンカイが鼻歌まじりに使用してるペン一つとっても、インクが必要無いのだから、それ一本で永遠に文字を書き続けれる事になる。


「これは便利じゃのう」


 しかし実はかなり凄い事なのだが、彼はなんかちょっと便利な物見つけちゃったぐらいにしか思ってないようだ。

 そう基本ゼンカイは難しい事は考えず楽観的、それが彼の良いところとも言えるが。


「出来たぞい!」

 気合充分に立ち上がり、ゼンカイは背伸びしてカウンターの男に用紙を差し出す。


「はい、ありがとうございます。確認させて貰いますね」

 テンラクはヒョイと用紙を受け取り、ふむふむと目を通していく。


「え!? 140歳!」

 テンラクは驚いた様子で口を開け広げ、目を丸くさせた。


「そうじゃ。まぁ今は若返って70歳じゃがな!」

 えっへんと胸を張る爺さん。ちょっと前までそれを悔やんでいたとは思えない。


「そうですか。それじゃあこの年の横に、現状は70歳と記入しておいて下さい」


 テンラクは冷静に対処する。

 書類仕事はお手の物といったところか。


「これでよいかのう?」


「はいはい大丈夫ですね。あ、あとトリッパーの方はこちらの備考欄にチート能力を書いて貰えますか?」


「……それは判らんのじゃ」

 爺さんは自分の能力を認めたくないらしい。


「あれ? おかしいですねぇ? 下からは判ってると連絡来てますが」


「あ、あやつらは入れ歯じゃと言うとるが納得いかん!」


 ゼンカイの反応にテンラクは、あはは、と軽く笑い、

「まぁこれは形式的なものですからね。なんとなくでも判ってるならそれを記入して置いてくれれば良いですよ」

とにこやかに告げた。あくまで相手を不機嫌にさせないようやんわりと促す形だ。


「仕方ないのぉ」

 渋々ながらゼンカイは、チート能力の項目に、入れ歯、と記入する。


「はい、ありがとうございます。入れ歯ですか。珍しいですね。いやぁしかしゼンカイさんは字がお上手ですな。とても達筆で素晴らしいです」


 チートの件で若干不機嫌の漂っていたゼンカイだったが、彼の褒め言葉でぱっと表情を明るくさせ、

「そ、そうかのう」

と照れ笑いを浮かべた。


「えぇえぇ。本当に素晴らしい。あ、所で登録にはあと一つやって欲しいことがあるのですが良いでしょうかね?」


「おお! どんと来いじゃ!」

 胸を一叩きするゼンカイはすっかり上機嫌である。


「ありがとうございます」

 テンラクは深々と頭を下げた後、カウンターの奥から一冊の書物を持ってくる。


「これに手を乗せ、大きな声でご自分の名前を唱えて貰えますか? それでこちらの手続きは終了ですので」


 ゼンカイは差し出された厚手のソレを受け取る。堅表紙で物々しい雰囲気の漂う書物であった。


 なんとなく興味が湧いたのか、爺さんはそれを読んでみようと試みるが、ページ全体がくっついてしまっているようで、ぐぎぎ、といくら力を込めても全く開かない。


「おやおや、それはまだ見ることは出来ませんよ。まぁとりあえずは私の言ったようにしてみて下さい」

 テンラクにそう言われ、ゼンカイは表紙に手を置き自分の名前を叫んだ。

 

 すると本全体が光輝き、

「ジョウリキ ゼンカイ――記録しました」

と抑揚のない声が部屋に響き渡る。


「おお! な、なんじゃこれは!」


「それで、その本の最初のページが開くはずですよ」


 驚くゼンカイに、そうテンラクが教えると、彼は再び本の間に指を掛ける。


「開きおった! で何じゃステータスではないかい」


「えぇそのとおりです。その本はこれからの貴方の行動を記録する為の物ですからね。ステータスからこなした依頼まで次々とページに追加していきます」


「なんと! 便利じゃのう。これは貰っていいのか?」


「いえいえ。それはあくまでこちらが冒険者を管理する為の物なので……ただここに来てもらえればいつでも閲覧可能ですよ」


 テンラクの回答を聞き、ゼンカイは肩をすくめた。


「何じゃつまらんのぉ」


「ですが結構便利なようで、冒険者の皆さんはよく活用されてますよ。ここにくれば気になった相手の情報も閲覧可能ですからね」


 その言葉に爺さんが目を見張った。

 興奮したように血走った瞳を向けてくるものだから、テンラクがビクリとたじろいだ。


「じゃ! じゃったらミャウちゃんの情報も見れるのかのぅ! スリーサイズとかもばっちりかのう! いやミャウちゃんより寧ろアネゴちゃんのを見たいんじゃがのう!」

 

 ゼンカイは相変わらず煩悩丸出してある。


「あ、いえ、確かに情報は見れますがスリーサイズとかは……あくまで冒険者として必要な情報ですから、あまりプライベートな事は記録されません」


「なんじゃい。故人情報保護ってやつかのぅ。つまらんのぉ」


 激しく残念がる爺さんだが、故人では死んだ人限定になってしまう。

 ゼンカイの場合はあながち間違いではないが。


 ひと通り話を終え、ゼンカイはテンラクに自分の情報が載った書物を返した。

 テンラクは受け取った書物に手慣れた手つきで最初にゼンカイが記入した用紙を張り付け、背表紙にもゼンカイの名前の書かれた紙を貼り付ける。


「一応中身は確認させて頂きますね」

 言ってテンラクは本をパラパラと捲る。


「知力……ぷっ」

「何がおかしいんじゃ!」

「あ、いや失礼」

 

 テンラクは右手を振り軽く謝罪する。


「いやしかしこの、【(善海)(入れ歯)(カウンター)】や【(善海)(入れ歯)(ガード)】等、随分変わったスキルをお持ちですね」


「格好良いじゃろ? それを持っていればナウなヤングにばか受けじゃ」


 そんな事を言われた所で、はぁ、としかテンラクも反応できない。


 しかしどうやらゼンカイの編み出した技は、しっかりスキルとして登録されてるようだ。


「ふむふむ、はい、大丈夫そうですね。ではこれで冒険者の登録は終了です」


「おお! これでわしもはれて冒険者じゃな?」

 ゼンカイは握った両拳を胸の前で構え、興奮した口調で問う。


「はい。今日から依頼を受けることも可能ですよ。え~とそれでは……」

 言ってテンラクはゼンカイに一枚の紙を手渡す。


「それには冒険者として知っておいてもらいたいことが書かれていますから、目を通して貰えますか。それを見ながら少し説明を――」


 テンラクは用紙に書かれている内容を読み上げ、要所要所で補足説明を付け加えていった。


 こういった説明はゼンカイは苦手とするところなのだが、テンラクは話が上手く途中ちょっとした冗談を交えながら分かりやすく話していくので、理解するのに苦労は無かった。


 内容的にも、そもそもがそれほど難しい事を言われているわけではなく。

 冒険者は依頼人を裏切るような事をしてはいけないといった基本的な心得から、依頼の受け方や報酬に付いてまでが主であり。

 人としての常識を培ってきた者であれば問題の無い内容である。


 尤もゼンカイに関しては、その常識に若干の心配もあるところなのだが――。


「――と、言う感じですね。ご理解頂けましたか?」


 話を締めくくり、確認の問いを行うテンラクに、バッチリじゃ! とゼンカイが親指を立てて返した。


 その自信満々な様子を見ながら、テンラクは数度頷き。


「ではこれで説明は終わらせて頂きます。下に行けば今日からでも依頼を受けることが可能ですので頑張って下さい」


 人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、テンラクがそう伝える。


「おっしゃ! 早速冒険じゃぁあ!」

 右拳を上に突き出し張り切った様子で戻ろうとするゼンカイだが。


「あ、そうだこれは渡して置かないと」

とテンラクが掌に収まる程度のプレートを差し出してきた。


「これはなんじゃい?」


「ギルドカードです。これが冒険者であることの証明にもなりますので大事にもっていて下さいね」


「おお! これがか! これでわしも一人前の冒険者なのじゃー!」

 

 ゼンカイは随分と嬉しそうにカードを眺め回した後、喜び勇んで下へと降りていくのだった。






 



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