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第七十八話 敵の正体

 その広間に一人の男が脚を踏み入れた。所々が割れ、ヒビも多所に見受けられる大理石の床は、男の早めた脚に鼓動するようにカツン、カツン、とリズミカルな音を奏でる。


 男は正面の朽ちた台座を視認できる位置まで歩みを進めると、野獣のような瞳で周囲を見回す。


 上背の高い男だ。若干痩せ気味なところもあるが、付くところにはしっかり付いていて弱々しいという感じはない。


「おい! いるんだろう? 開けてくれ」


 男は張りのある声で叫んだ。だが見たところその場には、床と台座と何本かの柱ぐらいしか見当たらない。


 だが、その柱の陰には一人の男が潜んでいた。息を殺し、気配も完全に消し去っている。


 だが、男の声に僅かにそのほうき頭が揺れた。

 しかし、直後起こった現象によって、その言葉は自分に向けられたものではない事を知った。


 何も無かったはずの空間に一枚の扉が現出した。現れたのは扉だけだ。他には何もない。扉は見たところ鉄製のものだ。

頑丈そうにも思えるが、鍵はかかっていないようで男はあっさりそのノブを引き、戸を開けその中に入っていった。


 そして入った先が、外にはみ出ることはなく、男が再び戸を閉めると、男も扉もその場から消え失せた。


「何なんやアレは?」


 その奇妙な現象を目の当たりにしたブルームは思わず疑問の言葉を呟いていた――。





「よぉ。相変わらずこういう事には熱心だな」

 

 男はオールバックに近い黒髪を手櫛で梳きながら、目の前の手術服の男に話しかけた。


 その空間は一面が真っ白で、四つの手術台とオペの道具のみが設置されている。ただ空間内では発信源は定かではないが、けたたましい程の音量のクラシック音楽が流れ続けていた。


「オペ中に話しかけられるのは好きではないんだがね。何かあったのかね?」


 マスク越しのくぐもった声が男の耳に届くと、彼は肩を竦めた。


「別に大したことでもないのかもしれないけどな。あの墓に侵入したものがいる。そいつらはあの女が用意してくれたガーゴイルをあっさり倒して、更にあんたがわざわざ掘り起こして蘇らせたアンデッド共も倒しちまったんだ。さて、どうする?」


「その返答の前に、あれをアンデッド等と称するのはやめて欲しいとこだ。あれは私の作品の一つ。知識ももたず、ただ魔力だけで傀儡とされた汚らしい屍なんかといっしょにしないでくれ」


 質問した男は、細めの眉を左右に開き、両目を丸く見開かせた。


「それは悪かったな。で、このままだとそいつらがここまでやってくるぜ? まぁきたところでココが判るはずもないけどな」


「そんなのはお前に任せるよ」


「いいのかい? いい忘れてたが、その中には勇者ヒロシとかいう男の姿もあるんだが。それにその仲間たちも中々の手練で、チートを持ったトリッパーの姿もあったんだぜ?」

 

 手術服の男がピタリと手を止めた。


「興味が出たみたいだな。で? そっちの四体はあとどれぐらいで終わるんだい?」


「外の時間で10分程度だな」


「そんなにかい? て事はここだと10時間以上って事か。結構な時間だな」


「……あの方の所望は完璧な……いや生前よりも優れた状態での復活だ。細胞の一つ一つに手を加える必要がある上、脳の方もいじらないといけない。むしろこれでも十分急いでる方なんだがね」


 男は首をコキコキとならし、まぁ詳しくは俺にはわからないけどな、と告げた後。


「まぁ、じゃあそっちが終わるまで適当に遊んでくるわ」


 そう言って踵を返す。すると再び何もない空間に扉が現れた。


「ところで外にいるのもその仲間か?」


「あぁ多分な」


 男は一言返すと、手をヒラヒラと振りながら部屋を離れた――。





 ブルームは再び現れたドアを観察し続けていた。男が消えてから1分も経たず再度現出したドアに、一体なんなんや? と抑えた声がこぼれ落ちる。


 扉からは再びあの男が姿を見せた。見た目には特に変化がない。そして男がドアから完全に抜け出ると、再びソレは煙のように消え去った。


 その姿に、ブルームはどこか逡巡しているようであった。


 額から冷や汗が滲み出ている。何かあると踏んで仲間たちを置いて単身ここまで乗り込んだ彼ではあったが、実際にそのナニかを目の当たりにしても身体が強張り次の行動に移れないのである。


 それでもブルームは、柱の影から男を窺い見ようとした。見た目と匂いから、その力を知ることが出来ればと思ったのかもしれない。


 だがブルームがその姿を目で追おうとしたその時、獣の双眸が彼の視線と重なった。


 刹那――姿を晒すことなどお構いなしに、ブルームは全力で逃亡した。

 こいつは、半端やない! と一人零しながら――。





「あれはちょっとやりすぎだったかしらね」


 勇者が先頭を歩く中、ミャウが右手を差し上げ口にした言葉。

 それは先程のアンデッドとの戦いの後、視界に入る惨状を思い出しての事だ。


 別にアンデッドが黒炭に化したり、粉々の肉片に変わっていたことなどは気にする事でもなかったのだが、同時に多数の墓石が砕け折れ散ってしまったのだ。

 ミャウの表情には、迫る敵に対処するためとはいえ、墓を荒らしてしまった事に申し訳ないという気持ちが現れている。


「バチとかあたらなきゃいいんだけど」


 眉を落とし心配そうに述べるミャウだが、プリキアが、仕方なかったですし英霊さんも許してくれますよ、と少しでも安心させようと気遣ってみせる。


「わ、わたしも、あ、あの後、し、しっかり、お、お祈りしておきましたから、だ、大丈夫だと、お、思います」


 ヨイもプリーストとしてやはり気になっていたようである。


「ヨイちゃんは偉いのう。めんこいのう。わしなんかはまだまだこんだけあるんだから、大丈夫じゃろうとか思うってしまうがのう」


 愉快そうに笑ってみせるゼンカイだが、この中で一番お世話になる可能性が高いのに、それでいいのか? という気もしないでもない。


「ところでその神殿ってどこにあるの?」


 ヒカルが前を歩く勇者に尋ねる。


「そんなに距離は無いですよ。あと10分か15分ぐらいかな」


「しょ、しょんな~。わりゃわは、もっちょ、ゆうしゅやひろしゅしゃまと、しゃんぽをちゅじゅけちゃいのじゃ~」


「ひ、姫様は歌の時とは口調が全然かわるのですね」


 腕を絡めてよりそうエルミール王女に、ヒロシは苦笑してみせる。


「いい意味でデレル様女殺し」


「姫様も幸せそうだな。もう勇者ヒロシ様が護衛してさしあげたらいかがか? ついでに結婚してしまえ」


「ジ、ジンさんも突然何を」


 戸惑う勇者。そして結婚の言葉に顔をこれまで以上に赤熱させ、けぇ、けぇっきょん、と繰り返し脚を縺れさせる王女。


 そんなエルミールを、大丈夫ですか? と支える勇者。そのやり取りにセーラを含めた一行は冷たい視線を送り続けていた。


「全く。あんな勇者の何がいいというのじゃ! わしの方がよっぽど勇者らしいじゃろう」


「勿論ですわ。ゼンカイ様に比べたら勇者ヒロシなど、村人Aに耕される畑に巣食うミミズの糞みたいなものです」


「ミルクちゃん」「中々の毒舌」


 ミルクは流石にゼンカイを色眼鏡で見過ぎである。


「で、でも、ブ、ブルームさんは、だ、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫でしょ。あいつそれなりに強いみたいだし」


 先に神殿に向かったというほうき頭の彼が、ヨイは心配なようだ。が、その時何かが木々の間から飛び出し皆の目の前に着地する。


「プ、プルームさん!」


「噂をすればってやつね」


 ヨイの顔が綻び、ミャウが一息吐き出しつつ、ヤレヤレと言を述べる。


「やぁブルーム! お疲れ様。僕達の探索が少しでもスムーズに進むようにと努力してくれた君の……」


 肩で息を切らすブルームに、労いのような自己満足のようなそんな事をベラベラと喋り出す勇者であったが。


「あん? 何いうとんじゃあんた? 全く呑気なもんやのう。……ていう取る場合やないな。おまんら出来れば今すぐここを離れた方がえぇで」


 突然のプルームから発せられた言葉に、ミャウやミルクから、はぁ!? という仰天の声が継いで出る。


「ブ、ブルームさん。な、何が、あ、あったんですか?」

 若干不安そうな表情を滲ませつつ、ヨイが尋ね返す。


「何かも何も、ありゃちょっと手に終えんで」


「ちょっと待ってくれ。話が見えないな。君は一体何をみたのかな? 僕達も四大勇者を見つけ出すという任務もあるわけだし、それじゃあ返りましょうというわけにはいかないよ」


「いい意味で勇者ヨロシの言うとおり」


「しょ、しょうなのじゃ! りゃいりゃい、ゆうひゃひろしゅしゃまのちゅからなら、りょんなあいてでもみょんりゃいないのりゃ! びゅれいみょの! しゅけいじゃ! しゅけいにゃのじゃ!」


 勇者が納得がいかないという態度を示し、セーラが同調、王女に限っては死刑などと言い出す始末である。


「チッ。わからんやっちゃのう……て、あかん。もう無理や。来おったわ」


 そう言ってほうき頭が逆側に捻られる。その瞬間、細長い影が宙を舞い、ヤケに裾の長い布地をはためかせながら大地に降り立った。


「お前、中々逃げ足が早いな。俺もちょっと感心しちゃったぜぇ」

 

 それは全身黒ずくめの男であった。脚には漆黒のロングブーツ、そして同じく黒色のスラックスを履き、同色のシャツの上から闇にも溶け込みそうなロングコートを羽織っている。


 顔を上げ、狼のようなギラついた瞳を男は一行に向ける。闇夜に光るその眼は、どこか悪魔にも似た不気味さを感じさせた。


「ちゃっかり付いてきておったんか。まったく抜け目ないやっちゃな」


 いつも通りの軽い口調だが、その額に滲んだ汗が、決して彼が平常では無いことを証明していた。


「誰だいこの人は? 君の友だち?」

「アホか! この状況でなんで友達がやってくんねん!」

「いい意味で勇者ニブイ様呑気、鈍感、頭弱い」


「き、きしゃまら! ひろしゅしゃまにみゃんていいぐしゃにゃのじゃ! しゅけ……」


「で、お友達でないなら俺達に何のようなんだテメェは?」


 四人のやりとりにヤレヤレと呆れながらも、ジンが目の前の男に問いかけた。


「な~に、ちょっと仲間の準備が整うまでお前たちの遊び相手になろうかと思ってね」


 男の言葉に勇者ヒロシが眉を跳ね上げ、仲間? と短く発し。


「君は一体何者なのかな? 一応僕たちはオダムドの大聖堂から奪われた偉大な勇者様の遺体を取り戻すって目的があってきているんだ。関係ないなら邪魔をしないでもらえるかな?」


「どんだけアホやねん! どう考えてもこいつらが怪しいやろが!」


 勇者のどこかズレた発言に思わずブルームも突っ込んでしまい、後ろで聞いていた仲間たちも頭を抱えた。


「わしは見た時点で怪しいと思っとったぞい!」


「いや、だれでも判ると思うけど」

 

 何故か得意がるゼンカイにヒカルが呆れ顔で返す。


「かはは! なんだ今の勇者ってのも中々オツムが弱いな。まぁそっちのホウキ頭はわかってるって感じみたいだが」


「何! という事はお前らが勇者様の遺体を奪い去ったのか! 許せんぞ! 痛い目に逢いたくなかったらさっさと返したまえ!」


 勇者ヒロシはようやく、その男が怪しいと気づいたようだが、勇者の発言に男は、くくっ、と含み笑いをみせ。


「そう慌てなくても、もう時期むこうからやってくるさ。まぁそれまでちょっと遊ぼうぜ」


 そう言って男は楽しそうに身体を揺らした。


「ねぇ? もしかしてここのアンデッドもあんたが用意したの?」

 

 ミャウが気になっていたであろうことを男に問い詰める。すると両手で髪を掻き揚げる仕草をみせた後、彼がそれに応えた。


「いいや猫耳がチャーミングなお嬢ちゃん。それは俺の仲間の方だ。まぁあいつはアンデッドではなく作品って言ってたがなぁ」


「作品? どういうこと? そいつってネクロマンサーじゃないの?」


「ネクロマンサー? カッ! そんなチンケなジョブは持ちあわせちゃいないなお嬢ちゃん! 俺達は少々特殊でね」


 そこまで言って再び含み笑いを見せる。


「てことは、おまんも特殊ってわけかい? まぁ見た目からして変なやつって感じやがな」


 プルームの言葉に、あぁ、と男は返し。


「勿論そうさ。そして俺もちょっとした作品を持っていてね――」


 言って男はバサッとコートを広げ上げ、中から細長い透明の筒を取り出した。その先端には銀色の長い針が装着されている。


「おお! それは!」


 コートの中から取り出されたソレを見て、ゼンカイが思い出したように声を上げる。


「うん? 爺さんこれに見覚えがあんのかい?」

 

 コートの男がゼンカイに問うと、うむ、と爺さんが頷く。が――。


「……それは――それは……なんだったかのう?」

と爺さんは首を傾げ、思わず皆がずっこける。


「アホかい! おまんコウレイ山脈で山賊の頭がこれと似たもん使ってた言うとったやろが!」


「おお! そうじゃったそうじゃった!」


 爺さん、その言葉でやっと思い出したようだ。


「ククッ、そうかいそうかい。なるほどな、お前らアイツとあったのか。丁度良かった、あの女に後で聞こうと思ったが手間が省けたぜ。で? あいつはコレを使ってどうなった?」


「なんかでっかくなってその後しぼんだのじゃ」


 ゼンカイの説明はざっくりしすぎてるのだ。


「成る程な。ククッ。やっぱあの単細胞には効き目が強すぎたか」


「いまので判ったの!」


 男は中々勘が鋭いようだ。


「……なるほどのう、なんとなくそんな気はしとったが、おまんはあのハルミって女の仲間ってわけやな」


「うん? なんだお前、あの女の事を知ってるのか」


「山賊のアジトで少々お世話になったからのう。しっかしアレの仲間で更にそんな注射まで見せられて尻尾をまいて逃げるってわけにはいかんくなったで。おまんら一体なにもんなんや? あの女は大きな罪がどうとかいうとったがのう」


 ブルームがそこまで言うと、大きな罪? とヒロシが疑問の声を発し、目の前の男が肩を揺らした。


「全くあの女ももったいぶった言い方をするもんだな」


「……なぁ。おまんがアルカトライズで妙なもん出回らしてる張本人なんやろ? その注射っちゅうのは何度も見たことあるで。全くくだらない事しくさって、一体何が目的なんや?」


 ブルームが瞳を尖らすと、

「成る程な。俺らのことをちょこちょこ嗅ぎまわってたのはお前かい? エビスのヤツからも話は聞いている。……まぁいいか、そこまで俺たちに興味を持ってくれているんだ。少しはヒントを与えてやるよ」


 そう言って男は、くくくっと嫌らしい笑いを忍ばせ。


「まず第一に俺たちはある方に仕えている。まぁちょっとした事情でな。そして第二に主の下に俺を含めた仲間が七人いる。そしてそこの爺さん、筋肉バカ、デブ、可愛らしい嬢ちゃん――そしてオツムの弱い勇者」


「き、きしゃま! ゆうひゃひろしゅしゃまになんてきょろをしゅけいじゃ! しゅいけいなのじゃぁあ!」


「姫様、大事なとこなので少々大人しくしておいてください」


「て! 初対面でオツムが弱いとは失礼じゃないかね!」


「いい意味で事実」


「……続きいいか?」


 妙な横槍は入ったものの、男は更に話を続けた。


「俺達七人はそいつらと同じトリッパーのチート持ちさ。そしてそのチートも只のチートじゃねぇ。相当強力なだ。それが何かお前らにわかるかな?」


「……チッ。随分と勿体振るやっちゃ。全く、気に食わんで」


「ちょ! ちょっと待って!」


 ふとヒカルが何かに気づいたように言を発した。


「大きな罪、七人の仲間、強力なチート……もしかして! 【七つの大罪】か!?」


 ヒカルの辿り着いた答えに、男は、ご名答~、と顔を歪める。


「【七つの大罪】か!」


 そしてゼンカイも両目を見開き、うむ! そうじゃ! 七つか! 大罪か! と連呼するがきっと判っていないことだろう。


「それなら僕も聞いたことあるな。しかしその力と勇者様の遺体を盗むのと何の関係があるんだい? 君の力というのが関係あるのかい?」


「い~や、そっちは仲間の力に関係してるのさ。だけどまぁ折角答えに辿り着いたんだ、とりあえず俺の事を教えてやるよ」

 

 そう言って、ククッ、と不気味な笑いを覗かせ、コートをバサリと跳ね上げる。


 そして指の間に数本の注射器を挟み、口角を吊り上げながらコートの男がこう言った。


「俺は【七つの大罪】を持つトリッパーが一人! 【魔薬中毒】のアスガ リョー様だ!」

と――。


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