第七十七話 墓地での戦い
アンデッドとは、死体に、なんらかの力が働き、蘇った存在である。
そして多くの場合この力は魔法によるところが大きく、特に多くはネクロマンサーというジョブの手によって操られている事が多い。
しかし……こういったネクロマンサーの手によって蘇った死体は、いわゆる傀儡に近い状態なのだが、元の知識などはよみがえること無く、せいぜい本能で唸ったり歩きまわったりしながら相手に襲い掛かる程度が関の山なのである。
だが――。
「悪いがここから先は通すわけにはいかねぇな」
「それにここまで来た以上黙って返すわけにもいかない」
「つまりだ。お前らの運命はここで俺らに殺されて食われるって事だ。まぁ使えそうな奴なら俺らみたいにアンデッドとして復活できるかもしれないけどな」
一行の目の前のアンデッドの大群は、明らかに自分の意志で話しているようであった。だがこれは当然、冒険者達の知識では考えられないことである。
「喋るアンデッドなんて聞いたこと無いけど、ここはやるしかないみたいね……」
言ってミャウが構えた剣に聖なる力を宿した。
目の前にいるのはアンデッドであることに間違いはないと判断しての事だろう。
たしかに彼らは言葉を語るが、その見た目はアンデッドとしかいいようがない。
あるものは顔の半分が砕け、またあるものは全身が焼けただれ、中には内臓が外に飛び出ているもの、脳が剥き出しのもの、首から上が紛失してるものなど様々だが、当然そのような様相の彼らが生者であろうはずがないのである。
「ゆ、ゆうひゃひゅろしゅしゃまぁ~。きょ、きょきょは、みゃわに~」
未だ喋り方のオカシイ王女だが、単身躍り出ると、祈るようなポーズでその可愛らしい唇を開き始める。
「姫様は【レクイエムソング】を使う気か――」
ジンが一人呟くと更にそこへ二人前にでる。
「わ、わたしも、アンデッドなら!」
「エンジェルさんお願い!」
王女エルミールに続けと言わんばかりに、プリーストのヨイは地に膝を付け祈りを捧げ、エンジェルさんは両羽を羽ばたかせ、光の粒子が風にのるようにしながら、アンデッド達に降り注いだ。
「ヨイちゃんのは」「プリーストスキル【セイグリッドグレイス】かな」
「聖なる祈りで死者の魂を浄化するスキルだね」
ウンジュとウンシルがヨイのスキルについて語ると、ヒカルが付け加え、その姿に着目する。
「そして私のエンジェルさんが使用したのは【エンジェルダスト】! これもアンデッドに効果絶大なスキルですよ!」
そして直後にエルミール王女の美麗な声音が鳴り響く。先ほどまでの舌っ足らずな喋りは鳴りを潜め、その口から発せられた優しい歌声が墓地全体を包み込む。
「なんと姫様の歌声がここまで美しいとは……それに天使の光と華連に祈る少女があいまって、まるで世界最高峰の演奏家の奏でるオーケストラを聞いているようだ」
勇者ヒロシが尤もらしいことを言うが、妙に鼻につく。
「いい意味でウザイ様うぜぇ」
「あんたの勇者の扱い段々雑になってきてるわね」
呆れ顔でセーラをみやるミャウだが、その顔には若干の余裕が感じられる。
何せ相手は喋るとは言えアンデッド。目の前で並び発せられた三人のコンボに堪えられる筈がない――のだが。
「何やってんだお前ら」
「まさかこんなパフォーマンスで許して貰おうってわけじゃねぇだろ?」
「くけけっけ。何だこのキラキラしたもんは、こそばくて仕方ないぜ」
アンデッドはまるで何事もなかったように、そこに立ち並んでいた。倒れる者も、苦しむ者も、その身が崩れ去る者も、只の一体としていない。
「そんな……全然効いていないなんて……」
ミャウの声にはどこか狼狽した雰囲気が感じられた。猫のような瞳の奥の黒目が萎み、信じられないものをみたとでも言わんばかりの表情を醸し出している。
「さて、そっちからこないなら、こっちからいかせてもらうぜ!」
アンデッドの一体が語気を強め、前に出ている仲間たちに詰め寄ってくる。王女の歌も、プリーストの祈りも、天使の羽ばたきも意味を成さない事は彼らの様子から判断が付いた。
その為、プリキアはすぐその羽ばたきをやめさせ、天使の弓での攻撃に切り替えさせようとする。
エルミールとヨイの二人も納得がいかないといった様相を見せるが、仕方なく一旦後ろに下がった。
「だったらもう力で叩き潰すしかないねぇ! いくよ! タンショウ!」
ミルクが叫びあげると、タンショウが両腕を上げソレに応えた。
両手の盾を前に突き出し、鉄板のスタイルで突っ込む。
そしてスキル【デコイ】で周囲の敵を惹きつけようとするが……。
「タンショウのデコイが効いてない!?」
そう、確かにタンショウにも何体かの敵は群がってるが、それはあくまで自分の意志で攻撃に向かっているものだ。
その証拠にタンショウの周囲のアンデッドも多くは散開し、それぞれの意志で一行に襲いかかりにきている。
そしてそれらはミルクにもその牙を向いた。頭の無い槍を持ったアンデッドや、腸を引きずりながら両手を振り上げて襲い来るものなど――だが、それで怯むようなミルクではない。
「なめんじゃないよ!」
巨大な戦斧と大槌を同時に振り回し、群がる屍の首を飛ばし、頭を砕き、そして胴体を切り株状態にする。
「ふん! やっぱりこっちの方が早いねぇ」
鼻息荒く言い捨てるミルクであったが、ふとその膝に何かが絡みついた。
「ぐへへぇ、俺の胴体を斬り捨てるなんて酷いじゃねぇか~」
な1? とミルクの表情が強張る。
「俺は頭を飛ばされたぜ。酷いなぁねえちゃん」
「俺も首から上がこんなとこに来ちまったよ。責任とってくれよぉお」
更にもう二体がミルクの背中と正面から覆いかぶさる。死体独特の匂いが鼻につくのか、思わずミルクも顔を背けた。
「へへ、姉ちゃんいい胸してんだな」
「けつもいい形だぜ」
「このムチッとした脚も中々」
「くっ! ふざけるな! 放せ!」
ミルクは密着して離れようとしないアンデッドを振りほどこうとするが、彼らは全くお構いなしといった具合だ。
「くけけ、じゃあ俺はとりあえずこのムチッとした美味そうな脚を――頂くぜ!」
言って膝に抱きついていたアンデッドが大きく口を広げた。彼女の関節部分の肉肌に喰らい付こうというのだ。
だが、その時、醜い死体の頭を刃が貫いた。
「ミャウ!」
ミルクの声に猫耳を揺らしながら笑みで応える。
「さっさと放しなさい!」
声を上げ、ミャウがミルクの足元のアンデッドを蹴り飛ばし、更に正面から抱きついていた存在も一刀両断に斬り伏せた。
「わしもいるぞい!」
言いながらゼンカイはミルクの背中に抱きついているアンデッドを、ぜいいで吹き飛ばす。
「ふん! 死んどるくせにミルクちゃんのおっぱいやお尻を狙おうなぞ、不届き千万な奴らじゃ!」
「あぁ、ゼンカイ様。あたしの為に身を挺して……」
感動のあまり瞳を潤わせるミルクだが、ミャウが、ちょっと! と注意し。
「そういうのは後にしてよね! こいつらまだ動いてるんだから!」
そう言ったミャウの視界には、あれだけのダメージを与えたにも関わらず、いまだ蠢く死者の姿。
「全くこいつら……意志はあるのに、不死身なのは変わらないってどんだけよ……」
ミャウがぼやくように発したその時であった。
「皆できるだけ散って!」
ヒカルの声が周囲に広がった。ミャウ達以外も、多くが其々アンデッドの相手をしていたが、その言葉に従い、広がるように皆が散る。
「【バーンウェイブ】!」
ヒカルより発せられた魔法により、竜の息吹にも似た炎の波が、アンデッド達を飲み込んだ。
その炎は瞬時に死者のその身を覆い尽くし、そして全てを焼きつくした。程なくして螺旋を描くように渦を巻いた豪炎が、竜の咆哮がごとく轟を耳に残し、火柱とともに姿を消す。
この魔法の一撃により、三分の一以上の生ける屍が、物言わる煤へと姿を変えた。
「そっか! 炎で焼き尽くせばこいつらも倒せるのね! そうと分かれば!」
ヒカルの所為にヒントを得たミャウは、己が刃に炎の付与を纏わせる。
「さぁ覚悟なさい!」
力強く声を張り上げ、ミャウは大地を蹴り、アンデッドの周囲を縦横無尽に飛び跳ねながら、炎の刃を叩き込んでいく。
そしてアンデッド達は斬りつけられた先から炎を迸らせ、そして全身を真っ赤に燃え上がらせ散っていった――。
「焔の舞い!」「焔の舞い!」
双子の兄弟がルーンを刻み、ステップを踏むと、彼らの踊りにつき従うように炎が大地より吹き上がる。
この双子の兄弟が織りなす舞と炎は、彼らを襲おうと迫ったアンデッド達を次々と焼きつくしていった。
「観客がアンデッドなんて」「全く披露する価値が無かったね」
ウンジュとウンシルは、黒焦げになったアンデッドの群れを見下ろし、吐き捨てるように言った――。
「むぅ! 皆やるのう! じゃがわしだって負けておれんのじゃ……そうじゃ!」
ゼンカイが何かを閃いたように右手をポンと打ち、そして口の中に手を突っ込み、ぐぬぬ、と気合を入れる。
「行くぞ! 新技じゃ!」
言ってゼンカイはアンデッドの群れに向かって入れ歯を投げつけた。
それは一見今までのぜいはと何ら変わらないようにも思えたが、ゼンカイの手を離れたその直後、突如今まで以上の高速回転を見せ――そして煙が一つ上がったかと思えば一気に入れ歯が炎に包まれ、軌道上にいるアンデッド達に次々と飛び火していく。
そして見事ゼンカイの手に戻って来た時には、何体ものアンデッドが消し炭に変わり果てていた。
「どうじゃ! これぞ新技! ねぜはじゃ!」
相変わらずのネーミングセンスはともかく、どうやらゼンカイの高校球児をも思わせる熱い気持ちが形となり、この炎の新技を完成させたようだ。しかも威力もかなりのものである。
「タンショウ! 肩をかりるよ!」
ミルクが叫び、そしてその山のような肩を蹴りあげ、飛び上がる。
「【グレネードダンク】!」
ミルクの十八番とも言えるスキルがアンデッド達に降り注ぐ。その瞬間、周囲の屍の身体は粉々に吹き飛んだ。
「ふん! 炎なんて無くてもバラバラにしてしまえば関係ないみたいだね!」
ミルクがどうだ! と言わんばかりに胸をはった。先ほどの借りを返したと言わんばかりの強烈な一撃に、元のアンデッドの姿など微塵も残っていない。
アンデッド達の先ほどの所為を、よほど根に持っていたのであろう。
「ぐへへ、メイドさんだぁ」
「俺、超好みだぜぇ。こいつは殺さずにむいちまうかい?」
「いいねぇそれ。アンデッドだけどその中身に興味あんぞっと!」
「いい意味でくだらない。いい意味で下劣。いい意味で臭い」
メイドのセーラは侮蔑の表情で彼らを見回した後、その手に一本のホウキを現出させる。
「あん? そんなもんでどうする気だ?」
「気でも触れたのかい?」
「まぁ身体を掃除してくれるなら、そんなのより……げへへ――」
「……いい意味でお掃除開始いたします」
その瞬間、メイドの目が鋭く光り、そしてホウキの穂が膨張したように肥大した。
セーラはその肥大化した穂を力強く振り回す。小さな身体からは信じられない程の動きと、凄まじいまでの回転力から生み出された竜巻のような轟音。
そして残念な事にそれだけの回転の中でもめくれないスカート。
だがフリルだけは可愛らしくなびき続けていた。
そんな中、金色の穂に飲み込まれたアンデッド共は、振り回すごとに絡みついた毛髪に締め付けられ続け――。
遂には粉微塵にまで成り果て、埃となって宙を舞った。
だがメイドを職とするセーラは、この埃となった醜悪な屍も見逃さない。その手に今度は塵取りを現出させ、綺麗に掃き取ってみせたのだ。
「……いい意味で大掃除完了」
メイドの仕事を一つ終えた彼女の表情はとても満足気だったという。
「ふふっ。皆やるなぁ。セーラのメイドスキルも久しぶりにみれたし」
仲間たちの戦いぶりを、勇者ヒロシは嬉しそうに顔を綻ばせながら眺めていた。
「てめぇ、仲間に気を取られている場合か?」
「言っておくが、俺達はこの中じゃ一番強いアンデッドなんだぜ」
「そうさ。俺帯は生前も一流の冒険者として名を馳せた程なのだからな」
ヒロシの前で随分と偉ぶるアンデッドたちだが、言ってるセリフは三下のソレである。
「そう? じゃあ僕も少しは本気を出しちゃおうかな」
言ってヒロシはその手に光り輝く剣を現出させる。柄と鍔に豪華な意匠が施され、その見事なフォルムは、どこか神々しさをも感じさせた。
「な、なんだそ――」
「よくぞ聞いてくれたね! これこそは勇者が勇者のために勇者に相応しい武器として伝説の勇者にのみ使い――」
アンデッドの言葉を最後まで聞くこと無く、勇者の長い長いウンチクが始まった。あまりに長いので割愛するが、その剣は【聖剣エクスカリバー】もはや説明の必要もない超が付くほど有名な伝説の武器である。
「というわけなのだよ! さぁ僕の華麗なる勇者の技をその眼に焼付け常世へと舞い戻るがいい! 【ジャスティスボンバイエ】!」
……そのネーミングセンスはゼンカイに通じる微妙さだが、その威力は絶大であった。勇者の放った、たった一振りで、光の波動がアンデッド達を瞬時に打ち砕いた。
そして目の前から生ける屍が消え去ったその空間を眺めながら、あれ? ちょっとやりすぎちゃったかな? と余裕の笑みを勇者は一人零した。
こうして最初こそ戸惑った一行であったが、蓋を開けてしまえば、そこまでの時間を労する事無く、百体全てのアンデッドを壊滅させていた――。




