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第七十六話 黄金の背中

 空中を飛ぶその身は尾の先から頭、さらに左右に広げられた巨大な皮膜に至るまで、金色の鱗に包まれていた。

 その見姿を、もしも地上から見上げたなら、昼間なら二つ目の太陽。夜であれば闇夜を煌々と照らす巨大な月と崇められるかもしれない。


 その生物は、小さな村落ぐらいであれば、すっぽりと収まるのではないかと思えるほどの寥郭たる背中に一行を乗せ、優雅に天空を飛翔する。


 背中だけでもそれだけの大きさを誇るのだ、広げられた翼も含めたなら、その巨大さは計り知れない。


「しかしデカイのう。ジャンボジェットなら何機分ぐらいになるかのう?」


「ジャンボ……何それ?」


「ゼンカイ様との空中散歩……し・あ・わ・せ」


「こ、怖い。空とか怖いよぉ」


「ちょ! ヒカルさんしっかりして下さい! てか、ちょっと離れてくださいよぉ~」


「この龍の姿は」「しっかり目に焼き付けておかないとね」


「この鱗もらっていけば高く売れそうやのう」


「だ、駄目ですよ、プ、プルームさん、そ、そんな事しては」


「ゆうひゃひゅろししゃまは、しゃしゅがりぇすのじゃ~~、そりゃからのにゃがめ、しゅごい~しゅごいのじゃ~」


「いや、感動して頂けるのは嬉しいですが姫、もう少し離れて頂けると……」


「いい意味でグドン様鈍感」


 無数の鱗が犇めき合う背中に腰を下ろしながら、一行が思い思いの言葉を述べていると、ジンが勇者に顔を巡らし質問する。


「ところで目的地まではどれぐらいで着くんだ?」


「今は背中にお前たちを乗せておる為、速度は落としておるが、それでも一時間もせず到着するであろう」


 答えは勇者ではなく、マスタードラゴンが行った。この竜は人語を理解し、また人語を発することも出来る。


発せられた声も、心胆に響き渡るようなずっしりとした声音であった。と同時に人間などより遥かに長い時を過ごしたであろうからこそ漂う風格も、一言一言に滲み出ている。


「悪いねマスドラ助かるよ」


 勇者ヒロシが雄々しき竜にお礼を述べた。すると、な~に、と応えが返り。


「我は主に助けられた。このぐらいの働きは当然のことよ。気にすることはない」


 長い首を回し、その黄金の瞳をヒロシに向ける。ワニにも似た前方に突き出た顎門が嬉しそうに緩んだ。


 それはとても雄大な笑みである。


「て、てかマスタードラゴンだからマスドラって、ま、また安直な……」


 ヒカルが固く瞼を閉じたまま呟く。


「人間よ。我はその呼び名を気に入っておるぞ。何せこの勇者が付けてくれた呼び名だからな」


 別にマスドラは怒ってるようではなかったが、その返しにヒカルが、ひぃ、ごめんなさいぃ、と頭を抱えて謝った。

 なんとも気の弱い男である。

 

「ミャウちゃんや! わしもドラゴンが欲しいのじゃ! 買ってくれなのじゃ!」


「いや。突然何を言ってるのよお爺ちゃん。てか買えるものじゃないし」


 ミャウがやれやれといった感じに応えると、ゼンカイは眉を落とし残念そうな顔をみせる。


「ゼンカイ様! あたしが転職して専属のドラゴンになります!」


 ミルクが突然そんな決意を表明した。だがドラゴンへの道はきっと長く険しいものになるであろう。一体どれほどの試練を乗り越えなければいけないのか想像もつかない。


「娘よ。ドラゴンへの転職は無理であるぞ」


 無理だったのだ。


「ゆ、ゆうしゅやひろしゅしゃまは、どのようにしゅて、このにょうなりっぴゃな、りょらぎょんを、にゃかまにしゅたのじゃりょうか?」


 勇者ヒロシに寄り添うようにして、幸せ一杯という感じの王女は、もはや骨抜きだ。


「……しかしこの娘。随分と変わった喋り方をしおる」


「マスドラ。この方はネンキン王国のエルミール王女様なのですよ。だからこそ喋り方も少々独特なんです」


 いや、それは違うだろう。てかずっと王女だからこそ、こんな喋り方だと思っていたのかこの男。


「いい意味でカスガ様は鈍い、鈍感、愚鈍」

「なんでそんなヒドイこと言うの!」


 勇者ヒロシ。少し涙目である。


「それでマスドラさんとは、結局どう出会われたのですか?」

 

 プリキアはその話に興味津々といった具合だ。召喚士としての血が騒いでるのかもしれない。


「あぁそれは……」


「待て。勇者よ、前方から何かくるぞ」


「えぇえぇええ~」


 プリキアは酷く残念そうだが、確かに前の方から群飛して何かが近づいてきている。


「マスドラ、もしかしてこの辺は」


「うむ、主達の目的の森、手前といったところであるな」


「どうやら森に近づけたくない奴等がいるみたいね」


 言ってミャウが眉を引き締める。


「しっかしなんやあれ? 随分ぎょうさんおるのぉ。気持ち悪いぐらいやで」


「四、五十匹はいそうだね」


「うんしかもアレは」「ガーゴイルかな」


「ど、どうしましょう、く、空中で戦うのは、た、大変そうです」


 皆が心配そうにしたり、身構えたりとし始める中、勇者が、大丈夫、と一言発し。


「これぐらい余裕だろ? マスドラ」


「ふむ……確かにな。だが皆少々揺れるでな、しっかり掴まっておるのだぞ」


 言うが早いか、マスドラが長い首を深く反らした。そして息を一気に吸い込み、と同時にその巨大な喉が大きく波打つ。


 面前のガーゴイルの大群は、凡そ10数メートル先まで近づいてきていた。コウモリのような翼を持ち、尖った耳とアヒルのような口吻を持つ魔物で、全身が岩肌のような色をしている。


 しかし、その五十近くにのぼる、ガーゴイルの群れをみてもヒロシは全く恐れる様子をみせず――。


 そして、間もなくして偉大な竜は勢い良く首と顎門を前に突き出し、その巨大な口を広げた。同時に嵐のような轟音が鳴り響き背中が揺れた。そして黄金の息吹(ゴールドブレス)が目の前の愚かな魔物達を全て包み込んだ。

 それはきっと炎なのであろうと誰もが思った事だろう。

 だが燦然たる輝きは形容しがたい美しさを誇り。

 ソレが敵を打ち砕くために放たれた息吹ブレスである事を忘れさせた。断末魔の叫びすら聞こえなかった事が、より彼らを見惚れさす要因となったのだろう。


 そして、あまりに美しい、その一吐きが終わりを告げた時。既にガーゴイルの姿は影も形も無く消え失せていた――。





「ありがとうマスドラ」


「何。またようがあるときは何時でも呼ぶがいい」


 尤も墓地に近い位置に一行を下ろし終えると、勇者ヒロシの言葉をうけマスドラは再び大空へ飛び去って行った。


 その荘厳な羽ばたきを眺めた後、勇者が皆を振り返る。


「さぁ、ここからが本番だね」


 爽やかスマイルで白い歯を覗かせると、ゆ、ゆうしゃしゃまぁ、と王女が傾倒した。

 この王女、本当に大丈夫か? と皆も心配になってるようだが、今更帰れとも言えないだろう。


「いい意味で勇者タラシ様はジゴロ」

「何で!?」


 と一抹の不安を覚えるやり取りはあったものの、一行は墓地に向けて行動を開始した。

 勇者の話では、今の位置から3、40分ほど歩けば到着できるらしい。


 辺りはすっかり夜の帳に包まれていたが、みよ! これが勇者の魔法だ! と得意気に唱えられた【ライトアップ】のスキルの効果で一行の周囲に光が溢れ闇夜を照らした。


「あれ? そういえばプルームはどうしたの?」


 疑問を発したのはミャウであった。そしてそれには一人残されたヨイが応える。


「そ、それが、し、神殿が気になるから、さ、先に行っとるで、と、い、言い残して……」


 ミャウは、勝手なやつね、と嘆息を吐いた。


「ふふっ。僕にはわかるよ。彼はきっと皆の任務達成のため先に行って捜索してくれているんだ。頼りがいのある仲間が一緒にきてくれて僕は嬉しいよ」


「いい意味でノンキ様は頭がめでたいですね」


 セーラがジト目で呆れたように述べた。そこに尊敬という言葉はない。


 とは言え、プルームの自由奔放さは、今に始まったことでもないので、一向はそのまま先を急いだ。


 そして歩き続け勇者の言っていたのとほぼ変わりない時間で、彼らは墓地に辿り着いた。


「ぶ、不気味な雰囲気だよねぇ……」


 目の前に聳える墓の大群に。ヒカルが声を震わせた。


「しっかりしてよね。第一そんな事いってる場合じゃないみたいだし」


 ミャウが表情を引き締め、そう述べると、墓地の奥から多量の足音が鳴り響き、一行へと近づいてくる。


「どうやら早速お出ましみたいね」


 ミルクがその手に武器を現出させ、それを皮切りに皆も臨戦態勢を取り始める。


「新しいジョブの力の見せ所じゃ! 腕がなるわい!」

 

 ゼンカイは一人張り切りながら、腕を伸ばしたり屈伸したりとラジオ体操のような動きをみせた。おかげで妙に緊張感が薄く感じる。


「ふふん。どんな相手だろうと勇者に恐れるものなどないのさ」


「……いい意味でオゴリ様自意識過剰」

「ゆ、ゆうしゅやひろしゅさまぁ。わりゃわが、きっちょ、おにゃくにてゅやってみせましゅのじゃあ~」


 とろけまくり姫様に、ご無理をなさらないように、とジンが心配そうに言う。


 そして……一行の目の前に、百体を越えるアンデッドが立ち並び。そして口を開いた。


「こいつら冒険者か?」


「ふん。アンデッドの俺達に向かってくるなんて身の程知らずもいいとこだぜ」


「…………」


「え? なんでアンデッドが喋ってんの?」


 予想外の敵の所作に一行が言葉をなくす中、ミャウが唖然とした表情で疑問の言葉を呟いた――。

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