第七十三話 勇者と王女様
恐らくは古代の勇者を模したのであろう柱頭が施された柱が等間隔で立ち並ぶ中、柱と柱の間を走る赤絨毯を歩き続け、一行は礼拝堂まで案内してもらった。
案内人は大聖堂入り口に入ってすぐの神官であり、エルミール王女とラオン王子殿下の見姿を確認するなり、畏まった態度で接してきた。
その態度を見る限り、エルミール王女が毎年一度、この地に訪れていたのはどうやら間違いが無いようであった。
一行は神官の案内のもと長い身廊を抜け、翼廊から左に曲り、そして礼拝堂に通された。
礼拝堂に至るまでも、アーチ状の天井は見上げるほど高かったが、礼拝堂は更に着き向けるほど高く、また中は巨大なホール状の作りでもあった。
ここでは年に四回(祀られている勇者の人数分)古代の英雄である勇者を称える賛美歌が歌われているらしい。
こういった行司をとり行う際には沢山の人々が参列するため、これだけ広々とした作りとしているようだ。
「こ、これはこれは、ラオン王子殿下、エルミール王女。ようこそおいで下さいました」
礼拝堂には入り口の神官と同じように、十字の意匠が施された衣を纏った男が立っていた。色は街の景観と同じく白で統一されている。ただ全体的には神官よりは立派な装飾がなされてあり、頭には五角形の形をした布の冠を被っていた。
年の功は40代後半といったところか。ただ顔に覇気が足りないようにも感じられる。
「何じゃ。今日は大司教はおられないのかのう? わらわが立ち入ることは、前もって手紙で知らせがいってると思うがのう」
そこまで言って、王女が横目でジンを見た。間違いないよな? と確認している眼である。
「はい。間違いなく手紙の手配は致してあります。司教、どうなのだ? 届いていなかっただろうか?」
ジンが念のため確認すると、司教は、え、えぇまあ、とどことなく歯切れが悪い。
「なんじゃ。どうかしたのか? 質問に答えよ。わらわは毎年、大司教の前でお祈りしておるのじゃ。いないとなると話にならん」
「……て、手紙は確かに届いておりました。ですが……」
そこでまた司教の話がとまった。その喉に骨でもつまったかのような話しぶりに、王女も堪えきれなくなったのか、両手をぶんぶん振り回し、文句を言い出す。
「全く何なのじゃ! 手紙が届いていたならどうして大司教がいないのじゃ! ちゃんと理由を応えんか! 不愉快じゃ! わらわは不愉快なのじゃ!」
エルミール王女が喚き始めた為、司教もどこかオロオロと困り果てた様子だ。しかし王女のこういった態度には一行も慣れつつあるが、とは言え、この司教、見るにどうにも頼りがいがない。
そしてこのやり取りに隣のジンも頭を抱えていると、背後から随分とハキハキとした大声が響いてくる。
「お待たせいたしました! 勇者ヒロシ! 大司教の依頼により只今参上つかまつりました! 此度の件、私にかかれば何の問題もなく解決して差し上げましょう!」
「……キモイ様。いい意味で声が馬鹿でかい」
それはゼンカイとミャウにとっても、聞き覚えのある声であった。
思わず二人が声の主を振り返る。そして周囲の者もそれに倣うように身体を向けるのだが――。
「ひゅ! ひゅ! ゆ! ゆゆゆゆゆゆうゆうゆううゆううし、ゆうし、ゆ、ゆうきゃヒロシ様ぁあ!」
礼拝堂に入ってきた二人の姿をみ、最初に声を発したのはエルミール王女であった。
しかも、いつもとは明らかに態度が違い、声もどこか上積っている。
「おや? これはこれはエルミール王女にラオン王子殿下ではありませんか! こんなところで出会えるとは奇遇ですね」
言って勇者ヒロシが爽やかスマイルを決める。
「イイカオシイ様。いい意味でいい笑顔」
「相変わらずねセーラ……てか、もはや文字数すらあってないし」
「ミョウ。久しぶり……いい意味で相変わらずペチャパイ」
「放っとけ!」
ミャウは歯牙をむき出しに怒鳴った。その横ではゼンカイが目を輝かせ、そのメイド姿に目を奪われており。
「ゼンダイン。いい意味で久しぶり」
そう言いながらセーラがゼンカイに近づく。名前がロボットアニメみたいになってるが。
「いい意味でビーフジャーキー食べる?」
セーラが屈み、前と同じように胸元からソレを差し出す。
「食べるのじゃ-」
「ちょっと!」
今まさにゼンカイがセーラのジャーキに飛びつこうとした時、その間にミルクが立ちふさがる。
「あんたゼンカイ様のなんなのよ! 馴れ馴れしい!」
するとセーラは立ち上がり、じぃっとミルクを見つめ。
「いい意味で貴方こそゼンマイの何?」
と問い返す。因みに爺さんの背中にねじ巻きはない。
「あたしはミルク! ゼンカイ様と将来け、け、きぇん、け、けけっ」
ミルクは顔中を真っ赤にさせながら必死に言葉を繋ごうとするがうまくいかない。
「……いい意味でハルクキモい」
「ミルクだよ!」
言下にミルクが突っ込んだ。こんな爺さんを巡って醜い争いを繰り広げるとは、何か色々世の中間違っている気もしないでもないが、そんな二人を尻目に、ミャウがヒロシに質問をぶつける。
「ところでなんであんたがこんなところに来てるの?」
「き! きしゃみゃ! ひっ! ヒロシしゃまに、な、なんて! し、しっけいじゃ! しゅっけいなのじゃぁあ!」
エルミールが指を突きつけ喚き立てるが、なんとも呂律が回っていない。
「おお! よくぞ聞いてくれた! 今回じつはこの勇者であり勇者たり勇者の中の勇者であるこの僕が! 解決するに相応しい依頼が、ここオダムドの大司教様からなされたのです! 聞いて驚かないでください。なんと! 僕も崇拝するかつての勇者」
「うわあああああぁあああああああ」
ヒロシの話に重ねるよう、司教が大声で叫びだした。コレでは何を言っているか聞こえない。
「……なんと! 僕も崇拝する」
「ひゃあああぁあっはっはぁああぁあっひゃおおぉおお!」
遂には司教、相当に素っ頓狂な声で叫びだした。大丈夫か? と心配したくなるレベルだが……。
「おっちゃんちぃっと黙っときや。聞こえへんわ」
言ってプルームが司教の背後にまわり、その口を右手で塞ぐ。
「ちょ! 司教になんて事してるのよ!」
ミャウが叫ぶが、んなこと言われたかて、これじゃあ話が進まんがな、というほうき頭の言葉にそれ以上何も言えず。
「ほな勇者様。続きを頼むで」
プルームが促すと、う、うむ、とヒロシが頷き、説明を続けた。
「何と!」
「いやもうそこはいいから、早く依頼内容」
「……実は、ここに祀られている四大勇者の遺体が盗まれたらしくてね。それの調査を頼まれたのさ」
ヒロシは皆の冷たい視線を受け、大げさな口調を改め、要点だけを伝えた。意外と素直な男である。
そして彼の説明を受けると同時に、その場の殆どの者が目を見開いた。特にラオンとエルミールの驚きようは相当なものであり。
「司教! これはどういう事じゃ! 四大勇者の遺体が盗まれたなどわらわは知らぬことなのじゃあぁ~~~~!」
王女が眉を吊り上げ怒りを露わにした。勇者と出会えた事による緊張は完全に吹っ飛んだ様子である。
「あ、あぁああ。こんな。こんなに早くにばれてしまうなんて……」
しかし王女の問いには応えることなく、司教は膝から崩れ落ちた。
「成る程のう。大司教がいないことはそういう事かい。なんとか内々で解決したかったというところなんやろ。ここは自治が認められているとはいえ、王国直属の都市や。下手な神なんかよりずっと敬われ、崇められてる四大勇者の遺体が盗まれたとあっては一大事やし、面子も丸つぶれやのう」
「……そういう事。それで勇者に……て、あら? でもそれをギルドに依頼したら結局知れ渡ってしまうんじゃない?」
「……いい意味で今回直接ヒトシ様にご依頼がありました。恐らくそれも内々で処理したいという思いもあったからなのでしょう」
「あぁ成る程! それでこのことは外では黙っていて欲しいと大司教が言われていたのか!」
勇者は合点がいったと言わんばかりに手を打ち鳴らし頷いた。
「……いや、てか貴方ふつうに喋ってるわよね」
ミャウの静かな突っ込みにヒロシは、あ!? と驚きの表情に変わる。
「……いい意味でカルイ様は口が軽い」
「全くい意味じゃないわねソレ」
呆れたようにミャウはため息を吐き出すのだった――。




