第七十一話 旅の再開
「誰もこない! やっぱり応援に言ったほうが良さそうだ」
ミルクが若干イライラした口調で、自分たちが向かった方とは別の入り口を見比べる。
「やはりここはゼンカイ様の下へ急いだほうが良いな……待ってて下さいゼンカイ様!」
眉をキリッと引き締め、拳を握りしめるが。
「ミルクちゃん慌てすぎ」「疲れてるんだしもう少しまってみたら?」
双子の兄弟が声をかけるも、黙れあたし一人でも行く! と聞かない。その強情さにウンジュとウンシルが肩を竦め眉を広げた。
「ミルク! 良かった無事だったのね」
「お、お腹すいたぁ~」
「ウンジュさんにウンシルさんも……良かったのです」
三人の声にミルクを含めた皆が振り返った。
そこにはミャウ、ヒカル、プリキアの姿があり――。
「ミャウ! そっちも片がついたみたいだね。……て、それ何?」
「明らかに」「天使だねこれ」
プリキアの後ろでふわふわ浮いているその姿に、ミルクと双子の兄弟が目を丸くさせる。
「はい! 私が新しく召喚したエンジェルさんです」
プリキアは初めて目にしたであろう三人に紹介する。
「宜しくね」
音符の混じってそうな声質で挨拶し、エンジェルさんがウィンクした。
「可愛いねウンジュ」「そうだねウンシル」
「あの羽根とか悪戯したいね」「色々楽しめそうだよね」
双子の会話に、プリキアが、悪戯? と首を傾げた。
「なんでもないよプリキア」「そうだよこっちの話だよ」
そんな双子の兄弟をジト目でみやるミルク。
「ミルクどうかしたの?」
ミャウが不思議そうに尋ねるが、いや、なんでもないなんでもない、とミルクは右手を振って返す。
そして其々は互いが向かった先で出会った敵と戦闘についてを話して聞かせる。
「成る程ね。ミャウの方には、そんなとんでも無いのがいたのかい。よく勝てたね」
「皆の協力によるところが大きいけどね。特にプリキアちゃんには助かったわ」
すると地べたに座り込んでいたヒカルが、僕の活躍も忘れないでよ、と口を挟む。
「はいはい。確かにヒカルの魔法があったから倒せたとこもあるわね」
「確かにエンジェルさんだけでは厳しかったかもしれません」
プリキアの言葉に、へへっ、と嬉しそうにヒカルが頭を擦る。
「でもミルクの方も大変だったみたいね。まぁ酔っ払って倒すとか、らしいといえば、らしいけど」
「そ、それしか思いつくのがなかったんだよ。仕方ねぇだろ」
ミルクが少し膨れたように返した。その姿にミャウも苦笑を浮かべる。
「ところでそのイロエというのは大丈夫そうなの? まぁ縛ってるなら動けないでしょうけど」
「あ、あぁしっかり身動き取れないようにしてるからな」
ミルクの顔が紅い。
「それに」「あれだけ」「お仕置きすれば」「腰が立たないと思うよ」
「お仕置き、ですか? それで腰が立たなく?」
プリキアが不思議そうに首を傾げると、ミルクが両手を振って、いやそれは知らなくていい! 何でもないんだ! と慌ててみせる。幼い少女には刺激の強すぎる話だからだ。
「さて、後はお爺ちゃんを待つだけなんだけど」
ミャウが腕を組み誰にともなく述べる。するとミルクが思い出したように声を上げた。
「そうだ! ゼンカイ様が心配だ! 助けにいかないと!」
気が気でないといった風なミルクであるが、ミャウが横目でその姿をみやり、う~んと軽く天井を見上げる。
「そこまで心配しなくても、なんとなくだけど大丈夫な気がするのよねぇ」
「な!? 何をいう! まだ戻ってきてないんだぞ! 呑気な事を行っている場合か!」
ムキになるミルクにミャウは苦笑するも。
「でもお爺ちゃんの方は、残ったゲスイってのと頭でしょ? プルームの話を聞く限りは大した事なさそうだしね」
「まぁでもあの爺さんのレベルはそんなに高くないから、心配するのも判るけどね」
ヒカルがやれやれといった感じに口を挟んだ。
「確かに上がったといってもお爺ちゃんのレベルはまだそれ程は高くないわ。でもスキルの入れ歯100――」
その時、残った入り口側の方から声が弾けた。その声は当然皆も聞き覚えのある、あの爺さんの声であり。
「ミャウちゃんや! ミルクちゃんや! 無事じゃったか! おお! プリキアちゃんも……て、これは……天使じゃあぁあぁあ!」
と、戻ってくるなり天使の姿に興奮し飛びつこうとする。
「ゼンカイ様! ご無事で何よりですぅう~~~~」
天使に飛びつこうとしたゼンカイを、ミルクが見事キャッチ。興奮した勢いで強く強く掻き抱き。
「ぎ、ぎぇえぇええええぇえ!」
ボキボキボキ、という何かが砕ける音と共に見事ゼンカイは気を失った。
「なんや、やっぱりみんな無事だったんか」
ゼンカイに続き、プルームとラオン、ヨイの三人も姿を現した。
「あ、ヨイちゃん無事だったんだ良かった」
プルームの膝元に立つヨイを見て、安堵の表情を浮かべる。
「こ、この子がヨイちゃん? か、可愛い……」
ヒカルがヨイの姿を視認し、頬を緩ませた。かなりのデレ具合である。
「なんや。トリッパーてのは小さい子に興奮する変態ばかりかいな」
ほうき頭を撫でながら、彼は呆れたように息を吐き出す。
「あ、ゼンカイ様気づかれましたか?」
「お、おぉ! なんとも硬い中にも弾力のあるこの感じ……こ、これは!」
「あたしの膝ですわ」
ミルクがポッと頬を紅らめた。
「ラオン王子殿下もご無事で何よりです」
ミャウがそう恭しく頭を下げると、ラオンが、うぬがぁ と返す。
「これで、山賊達は全員退治したって事になりますかね?」
プリキアが確認するように述べるとラオンが頷き、ゼンカイも、そうじゃな頭も無事倒したし、と続けた。
「そう。じゃあそっちの話も聞きたいところだけど、姫様の事も気がかりだしね。とりあえず戻りましょう」
ミャウの言葉に意を唱えるものはいなかった。すでにこの洞窟には危険もない。帰りはそう苦労することもないだろう。
「遅かったのじゃぁあ! 待ちくたびれたのじゃあ~~~~!」
一行の出迎えは労いの言葉ではなく、両手を振り上げた、エルミール王女の叱りの言葉で行われた。
その様子を見るに特に問題は無かったんだな、と安堵の表情を浮かべた一行ではあったが。
「全く! こっちはオークとかいうのが現れて大変じゃったのだからな! わらわを危険な目に合わすなど死刑じゃ! 皆死刑なのじゃ~~~~!」
この言葉に皆の顔色が変わった。死刑の宣告になどではなくオークが現れたという事実にだ。
とりあえず一行は王女を含めた護衛達共再開し、情報交換を行う。
「成る程ね。こっちはこっちで大変だったのね」
「しかし姫様に手を出そうとするとはオークはとんでもないのう! わしがいたらコテンパンにしてチャーシューに加工し皆に振る舞ってやったのにじゃ!」
しかし皆の目が、そんなものは食いたくないと言っていた。
「ミーはマイハニーが無事な事が何より嬉しいザマス!」
「は? ザマス? 何それ?」
ミャウが怪訝な表情で述べる。マンサの口調のおかしさはミャウもよく知っているが、その語尾が更におかしな事になっているのだ。不思議に思っても仕方ないだろう。
「わらわが命じたのじゃ。こやつは今日から語尾にザマスを付けるのがルールなのじゃ! でないと死刑なのじゃ!」
王女のその話を聞き、ミャウは人知れず胸を撫で下ろした。護衛に回ってなくてよかったという気持ちのあらわれだろう。
「それにしてもその頭って奴の変化は気になるな。一体何があったらそうなるのか」
「注射をうったのじゃよ。そしたら急に変わり果ておった」
ゼンカイの説明に皆が、注射? と不思議そうな顔で復唱した。
「注射じゃよ。皆も一回ぐらい受けたことあるじゃろう? 予防接種でチューじゃ。あれはわしも苦手でのう」
「何なのじゃ? そんなものわらわは知らんのじゃ! わらわの知らないことを知ってるとは許せないのじゃ! 死刑なのじゃ!」
そんな無茶な。
「確かにこっちの世界じゃ注射ってのは聞かないね。そもそも治療や回復の魔法があるし、薬なんかも結構万能だからね」
ヒカルの言葉にゼンカイが頷き。
「注射がないとは羨ましいのう」
と呟く。
「まぁその辺の事も今度調べたほうがいいかもな。どう思われますかラオン王子殿下?」
だが、ラオンは顎に指を添え何かを考えているようで返事がない。
「殿下?」
再度ジンが尋ねるとラオンが顔を向け、う、うぬがぁ、と歯切れの悪い返事を返した。
「まぁともかくや。山賊も退治したんやし、あとはさっさと王女様つれて先を急いた方がいいんちゃうか?」
確かにプルームの言うとおりであった。道程を考えてもそろそろ出た方がいいだろう。
皆はその意見に納得し、先を急ごうと馬車に乗り込みだす。日は傾き薄暗くなり始めてはいるが、ここは多少無理をしても先に進んでおこうという話で落ち着いたのだ。
道を塞いでいる岩も除去されているので、あとは一時間も走らせればこの狭い街道も抜け、ある程度広い地帯に出る事が出来る。
そこで一夜を明かし、明朝出れば昼ごろには山脈を抜けれる事だろう。
「俺達はここに残るぜ。山賊たちを見張っておくやつらも必要だろ?」
ムカイ達三人が馬車に乗り込む事無く彼等にそう告げた。
山賊たちの生き残りは捕縛されていて、あとから王国から回収の手がやってくる予定なのだが、それまで監視しておき、一緒に乗って王国に戻るということである。
「俺達は元々山賊退治の依頼を請けてやってきた形だからな。こっから先は任務外だ。で、兄ちゃんと嬢ちゃんはどうすんだい?」
「わいとヨイちゃんは折角だからこのままオダムドに向かうわ。ヨイちゃんも興味あるようやしな」
プルームがそう述べると、じゃあ、ここでお別れだな、と挨拶を済ませ、そしてムカイ達三人を残し、馬車はその場を後にしたのだった――。




