第七話 爺さんのチートを探せ
「全く――」
ミャウはパンパンと両手を打ち鳴らし、懲りない奴と言わんばかりに床に突っ伏すゼンカイを一瞥した。
「あ、アネゴさん何かごめんね」
申し訳無さそうに眉を落とし、その細い身体をカウンターへと向けた。
「いいわよ別に。謝って貰うような事じゃない」
二人がそんな会話を交わしてると、再び爺さんが起き上がりミャウとアネゴを交互に見て、
「なんじゃいなんじゃい、おっぱいやパンチィーぐらい減るもんじゃあるまいし」
と懲りないことを言う。
「黙れクソジジイ」
「また殴られたいの」
キツネ耳とネコ耳による手痛い返し。だがゼンカイは動じない。面の皮が厚いとは正しく彼の為にあるような言葉だろう。
「まぁとりあえず、このクソジジィは自分の能力をまだ知らないってわけね」
どうやらアネゴにとって、クソジジィという呼び名は決定事項らしい。
「こんな事なら、わしの取扱説明書貰っておくんじゃったのぅ」
しょんぼりと頭を垂れるゼンカイ。
「説明書って……まぁでも私なんとなくお爺ちゃんの能力判るかも」
「本当か!」
ゼンカイは猛烈に興奮し、ミャウの話に食いついた。
「えぇ。そうね、じゃあとりあえず装備品を見てみましょう」
「装備品?」
ゼンカイが首を傾げる。
「そう、じゃあとりあえず私がやってみるわね」
「日本語で頼むぞい」
何かを察したのか即効で口を挟む爺さんに、わ、判ったわよ、とミャウは返事しひとまず色々とアイテムを出し装備した後、
「【イクイップ】!」
と続けて何かを唱えた。
すると頭上に、ステータスで見たような文字列が並びだす。
装備品
武器・盾
右手:ヴァルーン・ソード
左手:
防具
頭 :
胴体:ミスリルプレスト
腕 :魔導の腕輪
脚 :ホークブーツ
アクセサリー1:炎守の指輪
アクセサリー2:シルフのネックレス
総合攻撃力:180
総合防御力:148
「おお! これまた便利じゃのう!」
ゼンカイが目を見張りそう言う。ただ最初にステータスをみた時に比べたら喜び方が落ち着いて来ている。
この世界の力に少しずつ馴染んできているのだろう。
「ふむ、しかしミャウちゃんも色々もっておるんじゃのう」
ゼンカイは改めてミャウの出で立ちを見た。
腰に帯びた彼の頭を殴りつけた剣も、その可愛らしい指で赤く光るリングも、視点を変えると全てが特別な物に見え、彼女が冒険者である事を再認識する。
「さぁ、お爺ちゃんもやってみて」
「あい判った! 【イグシップ】!」
装備品
武器・盾
右手:
左手:
防具
頭 :禿頭
胴体:白シャツ
腕 :
脚 :ステテコ
アクセサリー1:
アクセサリー2;
総合攻撃力:32
総合防御力:41
「禿頭って装備なの!?」
即効でミャウが突っ込みをいれた。
だが正直それ以外にも突っ込みどころが多い。
「白シャツは判るけどステテコって何これ?」
アネゴもゼンカイの装備を見て不思議そうに問う。
「ふふん。これじゃよ!」
ゼンカイが得意気に言い放ち、ステテコ(男性用下履き)の腰のゴムを前方に押し広げた。
そのまま上から覗きこめば彼のパンチラが拝めるが誰もそんな物見たくはない。
しかしこのゼンカイ、異世界に来てからここに至るまで長いことシャツ一枚とステテコ一枚という出で立ちだった事になる。
春だから良かったような物だが、冬だと完全にアウトだっただろう。
「あっそ。それがそうなのね」
自分で聞いておきながら、ゼンカイが折角教えてくれたステテコに、大して興味無しといった具合である。
このアネゴ中々の食わせ物だ。
「まぁステテコはとりあえず置いておくとして……」
そう言ってミャウは話を進めていく。
「お爺ちゃん。ほら例のアレ出してよ」
「アレ?」
「だからさっきムカイとか言う男相手にしていた時、取り出したじゃない」
それを聞いてやっと思い出したのか、ポンと一つ手を打ち。
「くほれくあのう」
ゼンカイは口からパカっと入れ歯を取り出し、二人の前に掲げて見せる。
入れ歯が無いと何を喋ってるかさっぱり判らないのだが。
「そうそうお爺ちゃんそれそれ」
ミャウは何となく察したようだ。
この娘、中々順応が早い。
「うぇ……」
薄気味悪いものでも見たかのようにアネゴが顔を顰めた。
爺さんの手に握られた入れ歯はお気に召さないらしい。
取り出されたばかりの入れ歯にはネトネトした唾液がこびりついている。
成る程、確かにこれは見た目に厳しい物があるだろう。
「じゃあお爺ちゃん。また装備を見てみて」
「うぁいうがあた。うあぐりっぷ《ぬぃおんご 》」
歯がない状態では言ってる事がはっきりしないが、どうやらそれでもちゃんと受け付けてくれるようで、空間にしっかりゼンカイの装備が表示される。
装備品
武器・盾
右手:愛用の入れ歯
左手:
防具
頭 :禿頭
胴体:白シャツ
腕 :
脚 :ステテコ
アクセサリー1:
アクセサリー2;
総合攻撃力:170
総合防御力:41
「きゃあやっぱり! 凄い!」
ミャウが子供のように頬をほころばせて手を叩いた。
自分の事ではないのに嬉しそうに喜んでくれている。
「確かにこれは中々ね。攻撃力だけ見る分にはとてもLV1の物では無いし」
アネゴは切れ長の瞳を、少し見広げるようにして感想を述べた。
ミャウ程の感情の変化は見れないが、かなり感心はしているようである。
「すろんでにしぐいぬおかぬお」
「うん。もうそれはめていいから」
ミャウが冷ややかに返すと、素直にゼンカイは従い、改めて口を開く。
「これがそんなに凄いのかのう?」
「うん。攻撃力だけとは言え、LV1でそれなら十分凄いと思うよ」
「ほぉ。そ、そうかのう。そうかのう」
身体を妙にくねらせ照れてみせるゼンカイ。顔をほころばせ相当嬉しそうだ。
「まぁでも良かったわ。これなら冒険者としても問題無さそうだし」
ミャウがそう言うと、
「うん? あぁなんだ冒険者になりたかったのか」
とアネゴが返す。
「えぇそうなんですよ。受付は大丈夫ですよね?」
「あぁ。今日は暇だしね。上に行けば直ぐにやってくれると思うよ」
どんどん話を進めて行く二人の横で、ゼンカイが聞き入っている。
「なぁところでさっきの【日本語】ってステータスでも出来るのかい?」
「えぇ。私も初めて知ったんですけどね。ステータスや装備、スキルなんかも出来そうですねぇ」
応えるミャウにへぇ、とアネゴは一つ頷き、ちょっと見せてみてよ、とゼンカイに頼む。
「了解じゃ!【ステータス】」
とゼンカイが素直に応じる。
アネゴは、どうやら入れ歯の件もあってか割と爺さんに関心を示しているようだ。
「おお。本当だ本当だ。面白いなぁこれ。……知力ゴブリンい――プッ……ククッ」
「いやだアネゴさん笑っちゃ失礼ですよ……ぷっ……」
そう言いつつもミャウも再び零れた笑いを止め切れず。
そして二人してゲラゲラと笑いだした。
「全く失礼にも程があるわい」
流石のゼンカイもあれだけ大笑いされれば腹も立つらしく、一人そっぽを剥きプリプリと怒りだした。
「そんなすねないでってば。ねぇそれより話聞いていたでしょう? 二階に行けば受付して貰えるから行ってきたらいいよ」
ミャウは階段のある位置を指さしゼンカイを促す。
その方向に爺さんが顔を巡らすと、少し広い空間に背もたれ付きの椅子四脚を備えた木製の丸テーブルが三台並んでおり、その更に右奥には二階へと繋がる階段が設けられていた。
「二階には受付のテンラクさんがいるから、彼に言えば冒険者の手続き取ってくれるわよ」
ミャウがそう言っている間にアネゴがカウンターの中からその手に収まるぐらいの水晶を取り出し、ソレに向かって何かを話し始めた。
ミャウの話ではその水晶は魔道具との事であった。
道具を持っている相手の名前を呼ぶことで遠方からでも会話が可能らしい。
ゼンカイは電話のような物かと思ったが、見ているとアネゴが一つ喋ってから、相手らしき声が水晶から聞こえて来ているので無線機と言った方が近いのかもしれない。
「オーケー。テンラクには話を通しておいたから。もう行って大丈夫よ」
「じゃあお爺ちゃん行ってらっしゃい」
ミャウが笑顔で手を振るので、ゼンカイは少し寂しげに眉を落とし。
「一緒には行ってくれんのか?」
と確認するように聞いた。
「登録にわざわざ私が出向く必要ないじゃない。基本的な事は全部テンラクさんが教えてくれるから大丈夫よ。終えてきた依頼完了の手続きも取らないといけないしね」
「つれないのぉ」
ゼンカイは一人ぼやく。
「まさかお爺ちゃん、一人じゃ何も出来ない子なんじゃないよね?」
目を細めミャウが少し挑発したように述べる。
「何じゃと! わしだってそれぐらい一人で出来るわい! 見ておれ!」
ゼンカイはかなり単純な男であった。
ミャウの発言によって息巻くようにしながら大股で二階へ向いだす。が、数歩進んで振り返りミャウを見た。
「なに? まだ何かあった?」
「チート……」
「え?」
「そういえば結局わしのチートは何なのかのう?」
アネゴとミャウは一度顔を見合わせ、そして苦笑しながらゼンカイに視線を向け直す。
「いや。だからその入れ歯がチートなんでしょう?」
「……な、何じゃとぉおおぉおお!」
爺さんの雄叫びは二階にまで響き渡ったという。