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第六十七話 王女の操が――危ない!?

王女の悲鳴にジンが馬車を振り向いた。


 幌馬車の前ではタンショウが何とか二体を食い止めている。が……計算でいけば一体足りず。


「ば、馬鹿野郎! もし姫様がオークの手になんて堕ちたら……全員の首どころじゃ済まねぇぞ!」


 叫びあげ、ジンは馬車へと脚を向けようとするが、件のオークがそれを許さず。


「クッ! 畜生!」


 肉薄しその首目掛け伸ばされた腕をジンは何とか避ける。


 だがその最中でも心中では、ヤバイ、を連呼している。

 焦りで額に汗も滲む。相手がオークであることを知った時、ジンはエルミール王女を馬車に留めていて正解だったと安堵した。


 だが結局は気づかれる事となった。奴等は鼻が効く。きっと雌の匂いを馬車の中から感じたのだろう。奴等は雌とみると見境がない。勿論オークにとって人間の身分など知ったことではないだろうが、ジンは流石にそうはいかない。

 

 もし王女がオークに子種を植え付けられるなんてことになっては王に合わせる顔が……いや、それどころの話ではない!


「な、無礼者! わらわの身体は勇者様の為にあるのじゃ! 醜悪な豚風情がへ、へんなところを触るな!」


 最悪だ! とジンが苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。まだ勝負も付いていないのに、もう死刑宣告を受けた気分であった。


「てめぇら! 誰かさっさと助けにいけぇ!」


「バッド! ミーはピンチざます!」


「くっ、痛ぇのは気持ちいいが余裕はないぜ!」


「うぉおおおぉおお! 無理だぁあぁ!」


 彼等のその反応にジンは頭を抱えた。だが――。


「こ、この! いい加減にせぇ! わ、我は求める邪なる者に神の裁きを、光の――」


「これは! まさか姫様アレを習得されていたのか!」


 ジンは目を見開き、ひとりごちる。

 そして――。


「お前らすぐその場から離れろ!」

 ジンが声を張り上げ叫んだ。

 顔はムカイ達に向かれている。


 そしてその直後馬車の中からエルミール王女が高々にソレを唱える。


「闇を滅せよ! 【ホーリーレイ】!」


 どこか神々しい響きと共に、馬車の中から一本の光が射出された。馬車全体を覆わんばかりの強大な光だ。


 その光は瞬時にタンショウやその相手をしていたオーク二体、そしてムカイ達と相対していたオークをも瞬時に飲み込み、数秒ほど後に何事も無かったかのように消え去った。


 馬車の前ではタンショウだけが立っていた。ムカイ達三人はぎりぎりのところで避けるのに成功したようだった。

 

 勿論オーク達に関しては骨一つ残さずその場から消え失せている。


 マンサもマゾンも何が怒ったのかと目を丸くしている。だが、ジンだけは心のなかでガッツポーズをとっていた。


 思いがけず発動された王女の魔法。このおかげで形成は一気に逆転したとも言えた。ジンは即座にムカイ達三人を促し、マンサとマゾンのカバーに入ってもらう。


 そしてタンショウに、

「もう馬車の守りは大丈夫だ! こっちを補助してくれ!」

と願う。するとタンショウは盾を前に構え一気に加速し距離を詰めてきた。


 それはスキル、【シールドクラッシュ】による恩恵であった。このスキルは目標に向かって盾で体当たりをする技であり、使用者の敏捷性に関係なく大幅に加速する事が出来る。


 勿論その攻撃ではレベル50のオークには、ほんの少しのダメージも与えられないが、タンショウが壁となる事には大きな意味があった。


 そしてそのダメージを軽減できるチートに、ジンは敵を打ち倒す活路を見出す。


「タンショウ! ちょっと我慢してくれよ!」

 言って突如ジンがタンショウの背中を斬りつけ始めた。


「ホワット! ク、クレイジー! ユー! マインドがどうかしちゃったのかY……しちゃったのかざます!?」


「畜生タンショウ! 気持ちよさそうじゃねぇか!」

 

「うるせぇ! てめぇらはそっちに集中してろ!」


 オークを相手するマンサとマゾンに、剣を振り続けながらもジンが返した。


 そしてタンショウは仕切り無く振るい続けられるオークの攻撃からも、背中を斬り続けるジンの攻撃からも文句一つ言うこともなく堪え続けていた。


 ジンの行動は何も知らないものからしてみたら常軌を逸したものだ。

 だが、それがきっと意味あるものなのだろうと皆が思い始めたのは、彼が攻撃を繰り返す内に、その周りに片手に収まるぐらいの青白い球体が浮かび上がってきてからだ。


 そして、その球体は一つ、また一つと増え、遂には十二個の球体が出来上がり、彼の周りを漂った。


「よし! よく堪えたタンショウ!」


 ジンはそう叫びあげ、タンショウへの攻撃を止め、彼の背中の外側に出た。だがレベル50のオークは未だタンショウに対する攻撃の手を緩めない。


 その姿に、そうか、デコイの効果か、とジンが呟く。


 デコイとはディフェンダーのスキルの一つで、自らが敵のターゲットとなり囮となるスキルだ。これを使えば、ある程度の敵の攻撃ならば引き付ける事ができる。タンショウのチートを考えたら非常に相性の良いスキルだ。


 ただこのスキルも万能というわけではない。効果範囲もそこまで広くはないし、また他から攻撃を受けた場合、敵の意識もそちらに向けられる。


 また先程の王女の時のように、理性をなくすほどの精神状態に陥ってしまうと効果が切れる場合があるのだ。


 とは言え、このオークに関しては見事タンショウのスキルの効果をうけているようだ。

 一撃でも攻撃を与えればまた意識は別に向くだろうが、逆に言えば一撃は確実に与えられる状況だ。


 その時、オークが咆哮しタンショウ目掛け両手で握りしめた戦斧を振り下ろした。


 チャンス! とジンは上空高く飛び上がり、戦斧がタンショウの盾に激突したのを見届け、頭上からバスタードソードによる斬撃を、その脳天に叩き込んだ。


「【フェイタルブレイク】!」

 見事その頭蓋を捉え、刃がメリメリと食い込んでいく。と同時にジンの周囲を漂っていた球体が一斉に彼の刻んだ傷口に入り込んだ。


「これで……決まりだ」


 ジンは思いっきり身体を反らすようにして、食い込んでいた刃を抜き、軽やかに大地に着地した。


 が、まだオークは死んでいない。タンショウに向けていた殺意をジンの背中に移し、巨大な鼻から荒息を吹き上げ、憎々しげに睨みつける。


「無駄だ。お前はもう死ぬ」


 背中を向けたままジンは立ち上がり、静かにそう呟いた。


 その直後、突如オークが両手で頭を抱え苦しそうにもがきだした。すると次々とその巨大な頭の肉肌が丸く膨れ上がっていく。その数は十二、そしてそれらはオークの顔面の形を変えるほどまでに膨張し――そして、破裂した。


「ヤレヤレだ」

 

 頭の消えたオークを一瞥し、ジンが呟く。と、同時にその巨大な膝が崩れ、顔無しの巨躯が、ゆっくりと前のめりに倒れていった。


 自分の方が片付き、ジンは残ったオークの方をみやった。そして安堵の表情を浮かべる。

 どうやらそちらも無事片がついたようであった。


「ありがとうなタンショウ。助かった」


 ジンは彼に労いの言葉を掛けた。だがタンショウは弾け死んだオークに向かって一生懸命何かをジェスチャーで表現している。

 

 どうやら、汚ねぇ花火だ、とやりたいようだが、ジンはさっぱり理解せず疑問の表情を浮かべるだけであった。


 とは言えタンショウ。確かにかなり役にたったのは事実である。王女の件は危うかったが結果は上々といったところであろう。





「姫様、大丈夫でしたか?」

 オークも片付け、再び馬車の前に集まった一行。そしてジンが心配そうに幌馬車を覗きこむが――。


「ば! ばか! 来るでない! 変態! このエロガッパがぁあ! 死刑じゃ! 死刑なのじゃぁああぁあ!」


 ジンは車内から顔を抜き、頭を擦りながら皆に向き直った。鼻血が出ていた。が、別に王女の姿に興奮したのではなく、叫びながら投げつけられた鈍器に当ったからである。


「ホワット? 一体何があったざます?」


 すっかりマンサは、ざます口調になれたようだ。


 そしてジンは、いや、ちょっとな、とだけ返し、御者の一人を呼びつける。


「姫様に合う着替えを用意してくれ。あれじゃあ俺達が近づけない」


 御者は畏まりました、と頭を下げもう一台の馬車に駆けていく。


「て、て事は今はもしかして――」

 

 ムカイを含めた三人が鼻の下を伸ばした。きっと嫌らしい事でも考えているのだろう。


「ホワット? クエスチョン? オークが何で王女の服をざます?」


 ジンはため息を付き、そして彼等にその生態を教えてやった。


 途端にマンサの顔が紅くなり手で鼻を押さえ始めた。どうやら意外とウブな男のようである。


 少しして御者が幌馬車の王女に着替えを手渡した。中から王女の尖った声で、絶対に覗くでないぞ! 覗いたら死刑なのじゃ! と皆の耳に届く。


「私が見張ってるから大丈夫ですよ」

とジンが返すが。


「お前が一番心配なのじゃ! このエロガッパ!」


 エルミール王女の痛烈な返しにジンが顔を眇め、そのやり取りを聞いていた皆は、ククッと笑いを堪えるのだった――。


 

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