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第六十四話 骨と呪いと天使

「お前たちの魂はきっと暗黒神の力の糧となるだろう。安心して眠るが――」


 全て終わったものと、ヘドスキンが祈りを捧げようとしたその時であった。


 突如退路を塞いでいた骨の壁から光が漏れ、そして中心からヒビが入り遂には瓦解する。


「な! 何事だ!」

 ヘドスキンが目を見開き声を上げる。


 すると、瓦解した骨の壁をくぐり抜け一人の少女が姿を現した。


「貴様! 逃げたのでは無かったのか!?」


「馬鹿にしないで下さい! 私だってここの皆さんと戦いを共にする仲間です!」


 チッ、と舌打ちしてみせるヘドスキン。がその瞳が蠢き、プリキアの背後に立つ存在を注視する。


「なんだそれは?」


「驚きましたか? これが私が新たに契約した召喚獣【エンジェルさん】です!」


 自信満々に胸を張り応えるその背後には、フワフワと浮かぶ美少女の姿。

 だがそれは人ではない。美しい金色の髪に白いローブ。そして背中には白鳥のような白色の羽。そうそれは正しくその名の示す通り天使そのものであった。


「さぁエンジェルさんお願い! 二人を助けて!」

 プリキアが願うと、エンジェルさんは、承知致しました、と上質な弦楽器のような美声を発し、【アンチカース】と【ハイヒール】の魔法を唱えた。


 直後、ヒューヒューと喉を鳴らし白目を向いていたヒカルの呼吸が落ち着きを取り戻していき、更に光の膜がミャウの身体を包み込み彼女の怪我を治していく。


「こ、これって?」


「こ、声が出る! やった! 声が出るぞ!」


 ミャウが頭をさすりながら立ち上がり、ヒカルも声が戻った喜びに打ち震える。


「くそ! まさかそんなものを連れてくるとはな!」

 苦虫を噛み潰したような顔で天使を睨めつける。暗黒神を崇拝する彼にとっては天使などは憎悪の対象でしかないのである。


「すごいじゃないプリキアちゃん!」


「はい。この旅で結構レベルが上ってたのでもしかしたらと……すみません何か掛けみたいになってしまいましたが」


「いやいや結果が全てだよ。おかげでこの通り! 秘密兵器の復活さ!」


 自らを秘密兵器と称するヒカルは中々痛々しいが、確かにこれで元通りである。


「ふん。何を喜んでいるか判らんが、例え復活したところでまた同じ目に合わせれば良いこと!」


 言ってヘドスキンが詠唱を始めるが。


「貴方の思い通りにはさせませんよ! エンジェルさんお願い!」


 プリキアが再びお願いすると、天使が微笑み、【アンチカースフィールド】と唱え何やらキラキラした物が空間を覆った。


「さぁ! これでもう呪いの効果は発揮できませんよ!」


 プリキアがビシッ! と浅黒禿頭に指を突きつけた。正直エンジェルさん、万能すぎである。ここまでくると彼女の方が秘密兵器といってもいいぐらいだろう。


「くそ! どうやらそれは随分私と相性が悪いようだ。だが! 所詮お前のソレは天使系では最下級――」

「馬鹿にしないで下さい! 天使系の最下級はキューピーちゃんです! エンジェルさんは下から二番目です!」

「うぐぅ!」

 

 ヘドスキンが思わず喉を詰まらせる。プリキアは思ったより性格が細かいようだ。

 だが下から二番目というのは下手したら最下級より酷い言い方かもしれず、現に後ろのエンジェルさんが軽く傷ついている。


「えい! そんな事はどうでもいい! 私が言いたいのは所詮はその天使の力ではこのフィールドを展開させていられるのも5分が限界だろうということだ! しかもその天使は一度力を行使したら暫く同じスキルの使用は不可能なはずだ!」


 今度はプリキアに向かってヘドスキンが指を突きつける。


「そうなの? プリキアちゃん?」


「はい。確かにそのとおりです……だから回復も呪いの解除も暫くは……」

 

 強気な表情からちょっとしょんぼりし、顔もツインテールもクタッとさせる。


「な~に、5分もあれば僕も詠唱が完成できる! 十分だよ! プリキアちゃんの僕への想いを無駄にはしない!」

 

 ヒカルはちゃっかり図々しいことをいった。


「いえ別にヒカルさんの為というわけでは……」


「そのとおりよヒカル! プリキアちゃんの気持ちを無駄にしないで!」

 

 ミャウはプリキアの言葉が言い終わる前に言を重ねた。そのおかげでヒカルが鼻息荒くさせより張り切り始める。


「任せて! さぁ僕の力を見せてやる!」


「じゃあ私はあの巨人を!」


「エンジェルさんサポートお願いね!」

 

 其々が決意を顔にあらわし、行動に移る。

 ヒカルは両手で何かを包み込むように胸の前に持って行き詠唱を始め、ミャウが巨人目掛け駈け出し、プリキアの願いを承諾したエンジェルさんは手元に光の弓を現出させる。


「舐めるなよ! だったらこちらも5分とかからず終わらせてみせるわ! いけスカルジャイアント!」


 ヘドスキンの命令で骨巨人が両腕を力強く振り上げた。そして迫り来るミャウに棍棒を振り下ろす。


「そっちこそ舐め過ぎだっての!」

 エンジェルさんのおかげで呪いも消え、ミャウの足取りは軽い。

 更に再度剣への付与も忘れていなかった。流石に魔力の減りもあり二重付与は無理だったようだが、体力も回復したことで動きには磨きがかかっている。


「ば、馬鹿な……」

 ヘドスキンの表情に焦りが見えてきていた。


 彼の生成した骨の巨人はミャウの攻撃によって段々と破損しはじめていた。

 更にエンジェルさんの放つ弓矢も的確に巨人にダメージを与えていく。なまじ身体が大きいのが災いした形だ。


「貴方ミスったわね! 確かに骨さえあれば作れるそのスキルは便利だけど。倒せば倒しただけこっちもレベルが上がるわ!」


 そう、ミャウは先ほどのドラゴンスカルウォーリアとの戦いで、相当にレベルが上がっていたのだ。その上で回復魔法を受け体力も回復したことで実力をいかんなく発揮できている。


「……いくらレベルがあがったところで私には遠く及ばん!」


 ヘドスキンがそう叫びあげ、そして、もう良い! この役立たずが! と言い放ち巨人を元の骨へと戻す。


「みておれ!」

 そう声を張り上げ、更に詠唱し【スカルメイク・フルアーマメント】と唱えた。


 その瞬間、大量の骨が彼の身体に集約し、そしてヘドスキンの全身を覆う鎧と化し、更に盾と槍までつくり上げる。


「どうだ! これで我が力は数倍にもなる! 更にこの鎧は下手な攻撃など跳ね返すぞ! もうこれで貴様らに勝ち目など……」


「出来た! 皆離れて!」

 二人の背後にいたヒカルが声を張り上げ、ミャウとプリキアが左右に散った。


「さぁ今こそ敵を討たん! 一点集中! 【ライジングインパクト】ぉおおお!」


 ヒカルが叫び、そして両手を前に突き出した。その瞬間一瞬両手の間に雷球が生まれそしてすぐに弾けたかと思えば、骨の武装で身を固めたヘドスキン目掛け、太く逞しい雷の波動が突き抜ける。


 辺りは目を開けてられないほどのバチバチした光に覆われ、ヒカルの放った魔法の軌道上にあった骨は砕け塵と化した。

 

 それだけの威力を持った波動はヘドスキンに避ける間も与えなかった。辛うじて盾でその身を防ごうとするが、その盾自体が消失し更に身を守る鎧も粉々にされ、欠片すらも残る事無く――。


「う、うぐおおおおぉおおおおおおぉぉお!」


 断末魔の叫びを残し、ヘドスキンは絶命するのだった――。





「お、終わったぁああぁあ」

 ヒカルが安堵の表情を浮かべ、ヘロヘロと腰を落とした。


 彼の魔力は並外れており、余程のことがないと魔力切れを起こすことはないと思われるが、そんな彼も今の一撃でそうとう精神的に疲労したようである。

 

 つまりそれだけ強大な力を持った魔法であったということだろう。


「てか本当に凄いわねこれ」


 ミャウが、目の前でプスプスと煙を上げ佇む炭人形を眺めながら言った。勿論それはかつてヘドスキンであった物である。


「ちょ、ちょっと気合入れすぎちゃったかな。でもおかげで僕もレベルが上ったよ」


 瞼を半分閉じながら笑みを覗かせるヒカル。するとプリキアが側でちょこんと屈み、心配そうにそのまんまるい顔をのぞき込んだ。


「ヒカルさん大丈夫ですか?」


「う、うん、あ、いや! 実はちょっとここが痛くて擦ってもらえると治っちゃ……」


「大丈夫よプリキアちゃん。そいつは後でしっかり食べ物とれば回復するんだから」


「あ、確かにそうでしたね」

 言ってプリキアが立ち上がり、ヒカルががっくりと項垂れた。


「さぁ! それじゃあもう少ししたら戻りましょう。結局ここにヨイちゃんはいなかったし他の皆も心配だからね」


 ミャウのその言葉にプリキアがはい! と笑顔で応え。


「と、ところで何か食べるものない?」

とヒカルがお腹を鳴らしながら聞いてくるのだった――。

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