第六十三話 骨と呪いの脅威
目の前に再び現れた竜骨戦士に、一行が戸惑いを隠せないでいると、ヘドスキンを守っていたと思われる壁がボロボロと崩れ去った。
「貴重な骨ですからね。いつまでも出しっぱなしでは勿体無い」
ほくそ笑むその顔からは余裕すら感じられた。
「さぁ奴等を叩き潰せ!」
その命で再び骨の戦士が動き出す。
「クソッ! 仕方ない! 【ウィンド・ブレード】!」
ミャウが唱えると輝く刃の周りに更に風の力が纏われる。
「ほぅ。魔法剣による【ダブルコーティング】か。中々やるな。だがそれは相当に消費が激しくなるはず。どれぐらい持つものか」
お手並み拝見とばかりにヘドスキンが顎を擦る。
「余裕ぶってるのも今のうちよ!」
叫びあげ、ミャウは襲い来るドラゴンスカルウォーリアの三体を瞬時に斬り裂いた。二つの力を付与した事で剣速がまし、更に聖なる付与により一撃のもとに敵達を打ち倒す。
「【ファイヤーボール】!」
ヒカルが呪文を連続で唱え、三つの火球が骨の身体を焼き、そして小爆発を起こし粉砕する。
先ほどの一撃でこの手合には炎系統の魔法が良く効くと判断したのだろう。
「中々やるな」
「その薄ら寒い笑いを今すぐやめさせて上げる!」
ミャウが更に二体の戦士を骨に戻し、そして一気に距離を詰めヘドスキンに斬りかかった。
「骨は固となり我を守る盾へと変化せし【スカルメイク・シールド】」
だが、床に敷かれた骨がその形を盾に変え、ミャウの斬撃から主の身を守った。
チッ――とミャウの口から舌打ちが漏れる。が、ヘドスキンはニヤリと口角を吊り上げ次の詠唱を完成させた。
「――仇なす敵を穿け! 【スカルメイク・スパイク】」
直後に盾の一部が巨大な鋭い針と化しミャウ目掛け飛びだす。
「クッ!」
ミャウは剣を振るい風の力で横に飛び躱そうとしたが、針の一部はその細腕を掠め、裂傷を刻んだ。
だが、そこで彼は終わらせる気などなく。
「【スカルメイク・ドリル】!」
その叫びと共に、ミャウの着地点に文字通り骨のドリルが現出し、下からその身を貫き上げようと唸りを上げる。
その追撃に思わず彼女の顔も強張った。
「うぁああぁあ!」
反射的に大きく剣を振り回し突風を引き起こす。その風に乗ることで、ミャウは何とか難を逃れその距離を離す事に成功する。
そして骨の絨毯に着地し、荒ぶる息を抑えようと胸を押さえた。
「私の連続攻撃から逃れるとは。だが、そうとう消耗してきているようだな」
言ってヘドスキンが、フフッ、と唇を緩めた。
「ミャウさん!」
背後からプリキアの声が響く。呼びかけられたミャウはその彼女の姿を軽くみやる。
プリキアは唇を結び決意の色をその瞳に滲ませていた。
そして――その小さな背中を見せ、ぽっかりと空いた穴を駆け抜ける。
「逃がさん! ――骨は固となり――【スカルメイク・ランス】!」
早口で一気に詠唱を決め、何本もの槍と変化した骨が彼女の小さな背中を追った。
「ヒカル!」
「判ってる! 我が魔力にて盾を模れ【マジックシールド】!」
ヒカルの目の前に魔力で作られた青白い盾が出来上がり、槍による追撃を全て退く。
「……ふむ。成る程な。中々の腕だ。だがこれ以上は少々煩わしい」
そしてスキムヘッドは詠唱を連続的に唱えていく。
「――骨は壁なり【スカルメイク・ウォール】」
先ずは残った二人の背後に、再び骨の壁が出現し退路を絶った。
「――我が命に従いし傀儡と成れ――【ボーンドール・スカルジャイアント】」
次いで空間の中央に無数の骨が集まり、先ほどのドラゴンスカルウォーリアより遥かに大きな骨の巨人が彼の手にって生成される。
「ど、どうしよう……どんなに倒したって新たな敵が出現するんじゃどうしようもないじゃないか」
ヒカルの弱気な発言にミャウが顔を眇める。
「だったらこのまま黙ってやられろとでも言うの?」
「そ、それは……」
呟きながらヒカルが瞳を泳がせる。完全に腰が引けてしまっている様子だ。
「しっかりして! あんたの力がこの勝負の鍵を握ってるのよ! スガモン様の弟子なんでしょ? そんな醜態晒して師匠の顔に泥を塗るき!?」
キツイ口調ではあるが、そこには彼の気持ちを奮い立たせようという思いも込められていた。
そしてその言葉にヒカルの身がピクリと揺れ、眉が引き締まっていく。
「そうだ! 僕は大魔導師スガモン・ジイの一番弟子だ! こんなとこでへこたれてたまるか!」
「いいわよヒカル! だったら準備。さっきのよりもっと――」
「判ってる! 一つだけアレにも効きそうな強力なのがある。でも、ちょっと詠唱に時間が掛かるけど……」
「だったらその間は私が惹きつけておくわよ」
すると遠目に見ていたヘドスキンがククッ、と含み笑いを見せ語りだした。
「どうやら色々と作戦を練ってるようだな。だが私も何も対策を練らないほど愚かではない。特にあのスガモの弟子と聞いては放っては置けないな」
ヘドスキンは杖を掲げ再び新たな詠唱を唱え始める。
「その口は扉。我の言は鍵。形成したる呪いの鍵を持ってそれを封じん【カース・ド・ボイス】!」
語気を強めその禍々しい杖を力強く振り下ろした。
その途端、ヒカルが喉を押さえ、カァッ、カァッ、と声にならない声を吐き出した。
「まさか!」
「そのまさかだよ。呪いで喉を封じた。無音状態を作るサイレスとは訳が違う。喉の機能自体を犯す呪いを込めたのだ」
ヒカルは必死に声を絞り出そうと喉を鳴らすが、空気の漏れる音だけが虚しく響くだけであった。
「ククッ。あぁそうだ。ついでに言わせてもらえば呪いは時間と共に進行する。今は声が出ないぐらいだろうが10分もすれば呼吸も困難になるぞ」
その宣告にミャウが目を見張らせる。
「その悲壮な表情がたまらない。私には最高のご馳走だ」
「……呪いを解きなさい! と言ったところで聞いてはくれないでしょうね」
憎々しげに浅黒い顔をみやるミャウだが、彼の答えは彼女の思った通りのものであった。
「だったら、さっさとあんたを倒すしか無いわね!」
滾る感情を言に置き換え、そして目標目掛け跳ね行く。が、そんな彼女の前に件の巨人が立ち憚る。
その手には同じように骨で作られた棍棒。酷く原始的な形に見えるが、その巨大さはそれだけで脅威である。
巨人が構えていた棍棒をミャウ目掛け振り下ろす。見た目にそぐわず中々キレのある動きだ。
ブンッ! という重音と共に巨人の上半身が流れた。ミャウが剣に付与する風の力を巧みに操り攻撃の軌道から逃れたのだ。
そして面前の骨柱に向かって聖なる一撃を叩き込む。いくら巨大な姿を様していても、その特性は変わらないはずと踏んだのだろう。
ミャウの判断は決して間違ってはいなかった。実際その一撃を喰らった巨人は一瞬体勢を崩しかけ、柱にはヒビも入った。
だが、それでも倒せるほどのダメージは与えきれなかった。巨人はすぐに体勢を立て直し、どことなく怒りに満ちているような頭蓋をミャウに向けた。
「――その手足は錘。我呪いの力を行使し愚かなる者に戒めを――」
新たなる詠唱が完成された。するとミャウの手足が急に鉛のように重くなり、自由が効かなくなる。
「クッ! こんなものまで――」
片目を瞑り、焦燥がその顔に現れた。
動きが鈍くなったミャウの横からは、白い塊が近づいてきていた。何とか重い足を動かそうと歯を食いしばるがその願い叶わず、巨人の一撃をまともに受け、彼女の軽い身体は吹き飛び横の壁に激突する。
その衝撃で壁は砕け、人が収まる程度の窪みを作った。
ミャウは横倒しに倒れたままピクピクと耳や身体を小刻みに震わせている。起き上がる気配はない。
「ガッ――ガッ――」
ヒカルが苦しそうに喉を掻きむしる。目には涙さえ溜まっていた。ヘドスキンの呪いが進行し、呼吸困難に陥ってるのだろう。
そして遂にヒカルも前のめりに倒れ動かなくなった。
その二人の姿を見ながら、ヘドスキンは、フッ、と瞼を閉じ。
「終わったか。まぁ所詮はこの程度だろう」
勝利を確信したのか、スキムヘッドは口元を緩め満足気な笑みを零していた――。




